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職場へ向う途中の、都心の街路樹も、少しずつ、黄色に色づいてきてることがわかります。秋のはじまり、ささやかなことで、感じることができます。
きょうは、朝からわくわくしていた。
と、いうのも、仕事のある意味での「結果」が出る日なのです。
試行錯誤した上で、頑張ってきたこと。
時に、評価されるわけですが。
自分なりにベストを尽くしたからこそ、ここちよい充実感だけはあるのです。数字的なものも含めて、納得いけるものが残せたと想って。
最近は、こころからわくわくしたり、すがすがしい気持ちになったり
そういうのがめっきり少なくなった気がします。
ここちよい緊張感というものは、日常生活の中で、きっと必要で、
メリハリもって、緊張感も保ちつつ、
公私ともに過ごしていくのが、もっともいいんじゃないかなって。
将来の不安もあるけれど、
自分が頑張れる範囲で、どれだけベストを尽くすか。
ベストを尽くせば、将来も少しずつだけでも開けてくると想う。
大切なのは、自分に「ビジョン」を持っているか。
どう、生きてゆきたいか、どういう人間になっていくべきか
きちんとした「ビジョン」をもって、時間とともに、経験と行動を積み重ねていけば、ビジョンを示した方向に、少しずつ進んでいけるはずだと。
仕事も、自分の生き方も、
ビジョンを示していくことを、意識しながら、きょうも進んでいく。
夜、友人(仕事でつながりのあった友人)と逢って、あれこれしゃべったりしていた。いろんな人たちの近況を、伺っていると、みんな、志が高いなぁ。普段はふざけたこといってたり、まじめぶっていないのに、きちんと着実に前に進んで、いろんなことを積み上げている。もちろん、生き方も、結婚していい家族を築いていたりだとか、仕事も、趣味も充実しているとかとか、いろいろと。
私も、そうしたみんなから、いい刺激を貰っているなぁって、きょうはとても感じさせられた。
きょうもありがとうございました。
あしたも、いい1日になりますように。
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空を見上げると、きょうはまだ夏の姿のまま。
でも、朝のひんやりした空気は、すでに秋になったことを、強く感じさせる。
影の私も、どんどん長く伸びている。
陽の傾きは、

ゴーヤは、相変わらず
完全なグリーンカーテンとはいえないかな?でも、いまも青々と窓に葉をつけたまま。ただ、花は咲けども、実はならず。収穫は難しそうです。
来年は、ゴールデンウイーク前には、植えつけて、万全の準備で、育てていくことにしなくてはいけませんね。
町の福祉センターの壁面にも、ゴーヤのグリーンカーテンをされているのですが、想ったほど、葉の生育が出来てない感じがしている。ことしの夏の天候不順が、多少なりとも影響しているのだろう。
次の野菜、どれにしようか、ホームセンターで、見てみなくちゃね。
秋・・・そろそろコスモスが楽しみになってきました。
どこか、大きなコスモス畑を見にいってみなくちゃね。
今週も、どうぞよろしくお願いします。
きょうも、ありがとうございました。
おやすみなさい。
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仕事がおわって、めずらしく、県立図書館へいってみました。
行こうと思えば、いつでもいける場所なのに。ずいぶん長い間行ってなかった。だって、カードも1年以上期限きれていたし。資料を出してもらうために、新しくカードを作りなおした。
ちょっと、仕事関係で、調べたいこともあって、ここなら資料があるかと・・・
県立図書館の雰囲気は、あきらかに広島市立図書館や、地元の町立図書館とは違う。なんだか閲覧する人たちも、すごくまじめで真剣な人たち。とても静かで。学術とか仕事で、調べに来ました!っていう人たちが多い。
たしかに、一般書も児童書もそろっているのだが、
それらも、お堅いものばかりが取り揃っていて、他の公立図書館のように、幅広くという感じではない。雑誌コーナーも、業界の専門誌とか、各学術の専門誌が多い。新聞は、市立図書館なんかよりとても充実してる。業界紙から、日本海新聞とか、四国新聞とか、西日本新聞とかとか。九州や四国の新聞も置かれていたり、中国新聞も、地域ごとの新聞がそれぞれおいている)
だから、ここであえて借りようって想う本はなかなかなかったりします。比較的とっつきにくい図書館かな?
(一般書に予算がかけられていないのか、比較的古い本ばかりだなぁって印象が強い)
ただ、資料収集という面では、資料所蔵が充実されていて、昔の資料を調べるのにはなにかと重宝する図書館。
図書館っていう空間、僕はとても好きで、
こころが落ち着くのが、とても不思議なのですが。
本を探す、文字や写真から発見する・・・
そうした作業が、どこか自身のこころや頭の中を、新しい知識を入れ込んで活性化させているというか。知りたいって好奇心を持って、この空間に踏み入れるのだから、それが満たされると、満足感は得られるわけです。書棚に本を増やさないことを、命題にしている私だから、図書館の本も、自分にとって大切な書棚のようなものなのです。
と、まぁ、県立図書館は、そんな感じなのだけれど、
そこで偶然、知人の女の子にばったり出会って、ずいぶんロビーで長話となってしまった。久々だったので、彼女の近況をあれこれ興味深く聞いて。あっというまに周りが暗い時間になってしまった。(コーヒーでも飲みにいければよかったが、この付近にカフェなどまったくないしね)
彼女の笑顔で、あぁ、幸せにやっているんだなって、なんだかこちらまでホッとさせられてしまった。たまにしか逢うことないからこそ、こうした偶然は、とても得した気分になるものです。
めったに行かない図書館で、なんだかこころも頭の中も、満たされた。
うん、ささやかなことだけれど、それで満たされるということは、じぶんがいい状態だということだろう。
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秋へ、加速度はましていく/ほぼ日手帳がすでに・・・
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こんばんわ。きょうも1日、おつかれさまでした。
みなさん、どんな1日でしたか?
朝晩は、めっきり涼しくなって、僕はつい毛布を出してしまいました。
季節の移り変わりはのスピードは、僕たちを待ってはくれません。
職場近くの公園は、少しずつ赤く色づいています。
紅葉の季節へ・・・
みなさん、夏の疲れが出ないように、気をつけてくださいね。
私も、なんとか気をつけて、元気いっぱい過ごしてゆきたいな
3日前、所用でロフトに出向いたのですが・・・
ほぼ日コーナー、ほぼ日の文房具の棚は商品が激減してました。
ほぼ日路線図、大橋歩さんのシール、クリアファイルなどが、完売状態。
さらに驚いたのが、「ほぼ日ペーパー(ズ)」も、すべて売り切っていました。
発売開始から1週間で!
そばにいた店員さんに聞くと、次の入荷は10月1日だそうです。
ロフトで、ほぼ日の文房具を手に入れるのも、大変な状況。
ほぼ日手帳の人気が異常なのか、出荷量が少なすぎるのか。
ほぼ日仲間が多いのがうれしい反面、ほしいものがほしいときに手に入らないのは、困るなぁって想います。
(特に、僕のようなスプリング版のユーザーにとって、ほぼ日の最新の文房具、すぐ手に入れるには、ロフトしかないからね。来年の手帳とともにほぼ日ストアで購入するとなると、当分先になってしまう)
もうちょっと、手帳は、自由に、書きたいことを楽しく書きたいもの。
だから、仕事のメモも、予定も、テレビや本で「いいなぁ」って想った言葉も、地図も、落書きも、カラフルに無理なく、楽しく書くようにしていこうかなって思っています。
だから、次年度の「ほぼ日手帳」買うときは、
マルチ8の海外仕様を絶対手に入れようと想って。
(一本で8色の色鉛筆が内蔵されているもの)
ほぼ日ユーザーにはおなじみ。これでイラストなど書いている人がおおい。海外のデザイナーも愛用しているそうだとか。
これで、通の「ほぼ日手帳愛用者」を気取るのもいいかなって。
どんどん、文房具凝り性が、再発してきてる私です(笑)
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私は、日々ニュースも新聞もよく見るし、
政治についても、ごく普通に知るようにして、なにかに偏ったり、特別な考えが強くあるわけでもなくて。
その上で、私が思うこと。
私は、せっかく政権を取ったのだから、鳩山さんには、思うようにやってもらいたし、期待はしています。
ただね・・・
私は、連立のパートナーとなっている、あの小さな2つの党の党首(カメさんとフクさん)さんが、昔から、まーったく好きでなくて。
2人の政治理念、言動、人間性(テレビや新聞などから受けるもの)が、まったく私には理解できない・・・というか、私とは合わないのでしょう。
僕の常識とは離れてる2人だと想っている。(特に、2人がそれぞれ信念にしていることが、私には、それぞれ嫌悪感を感じるところがあって)
その2人が、連立与党の党首となるのだから、ほんとわからないものです。
選挙で国民のほとんどが付託したのは、民主党で、あんたたちの党を選んだわけじゃない。それを棚において、すごくえらそうに「総務大臣ポストをよこせ」とか、「3党の協議機関を作れ」とか、鳩山さんに怒ったり、文句を言ったり・・・民主党より威張って、やりたい放題しているのは、どうもしっくりこなくて。なんかずうずうしいというか。
参議院選挙までのガマンとはいえ、本当にダイジョウブ?って想ってしまう。
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運命に導かれるという言葉が使われること、ありますが
運命って自分で変えることができると思うか、運命は自分ではどうにもならないことと思うか。人が歩んだ人生によって、その捉え方って変わってくると想います。
人は、誰しも、運命の人というのがいる。
出会っているか、出会っていないかの差だけのような気がするのです。
出会うためには、自分次第ともいえるかもしれません。
この人が好き、自分にとっての運命の人に違いないと想い、すごく頑張っても、気持ち伝えて、努力しても、相手が運命の人にならなかったとしたら、その時点で、運命の人ではなかったということに結果論としてなってしまう。そう、絶対的なもの。
運命の人との出会いというのは、自分が自分らしく、まっとうに生きていくなかで、自然に導かれていくもののように思えます。運命の人というのは、どんなことがあっても、離れることがない強いなにかしらの目に見えない結びつきがあるんでしょうから。
1日おつかれさまでした。
朝晩はめっきり空気が冷たくなりましたね。体調崩さないように、みなさん気をつけてください。きょうの夕景もそうだけれど、秋の空にだんだんシフトしているのがよーくわかります。
きょうも、ありがとうございました。
あしたも、よき1日になりますように
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みなさん、こんばんわ。
どんな1日でしたか?残暑厳しいというのは、きょうみたいな日を言うのでしょうね。
僕はゆっくり1日お休みとなる日が当分ないのですが、家に帰って、時間が出来たら、部屋の片付けをよくしてしまいます。
きょうは、積み上げられたMDの整理。MDボックスを手に入れたので、それに並べて整理しました。部屋には、書棚に入りきらない資料と本が積まれている。これがある一定の高さになったら、整理に着手する決まりとなってるんです。再び、図書館に寄付する本がたくさん出てきそうだわ。とにかく、物を極限まで捨てなくちゃ。部屋をシンプルに・・・私の大命題です。
県内の学校の児童・生徒が自ら編集した「学校紹介」の記事・・・
そんな全面の記事が、毎週、新聞に連載されています。
きのうかおとついの、その記事に、僕の母校の小学校が載っていたので、興味深く読ませてもらったのですが・・・
びっくりしたことがひとつ。
児童数が「180人?!」
えっ、そんなに児童がいないの??
僕が通っていたときは、500〜600人はいたもの。
生徒が増え過ぎたということで、校舎が増築されたくらいだから。
それが、いまは、当時の3分の1以下になっちゃったんですねぇ。
おそらく、1学年1クラスってことでしょう。(僕らのときは、3クラスある学年がほとんどだった)
僕が通っていたころは、学区内を7つの区に分けて、それぞれに子ども会が存在して、いろんな季節の行事も行われて、本当に活発だった。夏には七夕まつり、海水浴、春はお花見遠足、冬はクリスマス会。それを7つの区が独自に行ってた。
それぞれの区には、男子は「ソフトボール」女子は「バスケット」のチームがあって、ほぼ全員(4年生から)が強制参加だった。
年に1度の大会で、その7区参加して対戦した。もちろん、区ごとにカラフルなユニフォームがきちんとあって、それに身を包んで、優勝目指して戦ってたもの。僕も、毎週、ナイターで練習してました。6年生のときに、準優勝!ちなみに当時、私はレギュラーでキャッチャー。優勝したチームは、たしか町内の大会(町内4つの小学校の優勝チームが集まって)に進んでいった。
いまは、こういう大会もないんだろうな。
そもそも「区」も、成り立たなくなってるはずだから。
と、いうのも、この小学校の多くの児童が、いろんな種類の公務員の官舎や、ガス会社の工場の社宅に住む子供だった。でも、ここ10年の間に、その公務員のほとんどの官舎、ガス会社の社宅も、町外に移転してしまって、住人がいなくなってしまったのです。
きっと、そういう理由がとても大きいのでしょう。
単なる少子化だけじゃなくて。
だから、現在は、だーれも住人がいないっていう状態の区が4つも出来てしまった。(移転した官舎や社宅の跡は、空き地のままだったり、バイパスの高架の用地になったりのため、住人がいなくなった)残り3つの区だけじゃ、ソフトの大会も開けないし。
この小学校は街の中心部〜臨海工場地帯にある。
だから、田舎のように、街の過疎化が進んでいるっていうのではない。
だけれど、こうしたところでも、児童が減ってしまうことってあるんですね・・・
僕がこの小学校に通っていたときが、一番にぎやかで、いい時代だったのかもしれませんね。
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こんばんわ!
きょうも1日おつかれさまでした。
夕暮れ時、帰宅して、すぐ、となり街まで出かけた。
ちょっとしたお買物(こまごましたものを)
このショッピングセンターってね、広い駐車場の周りにグルッと、家電量販店、温泉、ツタヤ、ライトオンとかユニクロ、たくさんの飲食店、道路挟んで大きなホームセンター・・・この街は、ウォーキングの町を目指しているだけあって、この付近もきちんとしたウォーキングコースとして整備されている。


イルミネーションもピカピカ。
たくさんの人たちが、想い想い、買物を楽しんでいる。
私も、あちこち覗いてみて、ショッピング。けっこう時間がかかってしまった。家電量販店と、ツタヤと、ホームセンターだけ寄ったのだけれどな。いつもは、都心のネオンや灯りを見慣れているから、
こうした、のんびりした空気で、ほどよい灯りが点在しているのって、ちょっぴり落ち着くし、ちょっぴり寂しさも感じる。秋の訪れだからこその寂しさかもしれないけれど。
秋の寂しさか・・・日が暮れるのが早くなればなるほど
せつなくなってしまう。
時計を見て、「まだこんな時間なのに・・・」って
だいぶ、日が落ちると涼しくなってきました・・・
もう少し涼しくなったら、またカメラもって、ひとりどこか出かけてみよう
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こころが「楽しい」を忘れていませんか?/やさしい地元散歩
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最近ね、仕事とか、身近にやらなくちゃならないこととかわんさかあって、
どうも、日常的に、自分が「好き」と思えることを、していないって部分が多々あって。
ほら、この日記にしても、写真を載せてる日記が少なめでしょ?
写真を、また「楽しく」撮りたいなって、思えるようになって。
いつも、「記録的」な写真だけしか撮っていないから。
記録的じゃない写真・・・
花、空、部屋の片隅、会社付近の街のスナップ、
スイーツ、美しい夜景、ポートレート、雑貨、光と影、
ラテアート、色が鮮やかな光景、しゃぼん玉
そして・・・セルフポートレート。
こころが詰め込みすぎなときは、
「カメラ日和」のようなカメラ雑誌をパラパラめくって、そのやさしい写真を撮るというこころを忘れてないか、確認するようにしている。
写真って、その時その時の、撮る人の内面の状況が、色濃く作品として写しだされる、すごい道具だと想います。余裕のないときの写真は、やっぱり余裕のない写真になっているもの。
それといっしょで、
最近、音楽を聴いていないな・・・って。
大好きなアーティストのニューアルバムが出てるのに、いまだ聞けてないことに気がつく。ゆっくり部屋のオーディオで、音楽を聴いてない。聴くのは車の中くらい。
新しいカフェとか、雑貨店とか、イベントとかとか
そういうの、タウン情報誌などで、チェックして、資料を集めて、出かけるってことも、最近久しくなかったなぁ。と想い、タウン情報誌を買ってみると、まぁ、こんなにいろんなカフェが出来てるんだとか、このカフェがこう変わったのだとか、あぁ、こういうイベントしてたんだぁとか、つくづく想わされるものです。
何もかもわすれて、「楽しい」と思えることを、忘れているのはよくない。
最近の、この日記の文体にも、いまの自分の状態が、顕著に現れるだろうと想います。僕が日常、人と接していて、会話していても、相手はなにか感じ取るだろうと想うんです。
人間、「遊び」の部分を持っておかないと、ギスギスキシんでしまいます。
「潤滑油」を差してあげないと、歯車もスムーズに回らない。
もうちょっと、こころから笑ったり、夢中になったり、感性趣くまま、行動してみたりしなくちゃいかんな・・・なんて反省しています。(まぁ、夏の暑さで、気力が失われてたのもあるんだけれどね。秋になったら、夏の何倍も行動的になるんですが)
なにより「人は人を癒す」と想うので、
気心しれてる、たくさんの友達と、また逢ったりできることは、
これから楽しみにしていきたい。
きょうは、土曜日ということで、めずらしく土曜らしく仕事も早めに終えて、夕暮れ時、地元を散策してみた。閉館前の図書館で、本を3冊ほど借りて(もう閉まる寸前までいました。20分程度じゃ、すべての書棚をチェックできない)とりあえず、いつもよむ雑誌のバックナンバーと小説と、写真の本をゲット。
九十九橋からの瀬野川の夕景は、好きな景色の一つ。
いつも見慣れすぎて、気にもとめない瀬野川を、すごく意識する瞬間。

地元のスーパー(サティ)で、おなじみのソフトクリームをいただいた。
この大きさで105円。もう、小学生のころから、同じおじさんが、クレープを焼いたりしている。変わらない味。夏は、ふとここの「ミックス」ソフトクリームが食べたくなってしまうんです。ごちそうさま
今週も、みなさんおつかれさまでした
いい週末を過ごしてくださいね。
あしたも、よい1日になりますように・・・
きょうも、ありがとうございました。
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人は、ひとりじゃ生きられない。
その大前提を、日々、忘れがちになることもあったりしますが・・・
僕の周りでかかわりのある人で、とくに女性に関しては、
「わたしはひとりがいい」
というタイプの方が非常に多い。
人に干渉されるのはいやで、人付き合いも上手じゃなく、
自分ひとりの時間を大切にして、好きな趣味とかをやって
逆に、人、特に異性に関しては、第一印象で「ダメだ」と想ったら、まったくだめで。深く付き合うことを避けて、人に興味を持ったりすることを、避けているというか。冷めているというか。周りへの配慮がなくって、わが道をいくみたいな。
俗に言う、「協調性がない」といえるかもしれないし。
合わない人と付き合うのはごめん、一人でいる時間、本当に気が合う限られた人だけいればいいというか。
それはその人の考え方だから、いいと想います。
たた、そういう人は、往々にして、自分に合わないと想った人をけっこう批判したりしがちではある。もうちょっと理解しようとすればいいのに、はなしてみればいいのに・・・人に対して興味持てばいいのに・・・って思えるときもある。そういう人に対してね。
僕は、別に特別な社交性を持って、たくさん友達を作れ!みたいなこと、いうのは好きじゃない。
ただ、きっと、人には、人との接し方、関わり方の最低限のルールってあると想うんです。
たとえばね、僕に彼女がいたとしてね、
その彼女を、僕の友達や仲間たちに紹介するとするでしょ?
そんなとき、ちゃんとその中に入っていって、ひとりひとり、みんなと仲良くできるか、できなくてもね、最低限なルールというか、最低限、好意的に接していけるか・・・それってすごーく気になるんですよ。やっぱり自分の彼女は、僕の友達みんなと仲良くなってほしいし。
合わないからって、まったくしゃべらないとか、挨拶しないとかって、寂しい。
そういうのが気になってしまうと、「これからこの人と付き合っていって、ダイジョウブなんだろうか?」不安になると想うんです。
最低限の「接し方」「関わり方」ってあると想って。
僕が逆にね、本当に相手のことを好きな彼女がいたら、その彼女の友達とも、フランクに接していきたいものですし。
最低限の社交性は持っておきたいなって。
ひとりがいい、ひとりが楽だからって、
周りへの配慮を欠く接し方ってやっぱりよくないですよね!
愛嬌っていうか、老若男女、みんな「かわいさ」はもっていないと、味気ないですから。
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ルビコンの決断(女優の木村佳乃さんと、テレ東の大浜さんがキャスターをしている、テレ東の経済ドキュメント番組・NHKでかつて放送してた「プロジェクトX」に似ている)を見ていて・・・
ポカリスエットがきょうのテーマでした。
開発のドラマを描いていたのだが。
当初、苦労の末開発された、まったく新しい飲料(スポーツドリンク)なかなか消費者には浸透しなかった。とにかく「まずい」。商店には置いてもらえず、街頭で1杯100円で試飲会を行っても、人々は「こんなもの飲ませやがって」と、怒られ、返金求められるし、果てにポカリを大塚の社員にぶっかけてしまう人もでてくるは・・・まったく売れない。
しかし、大塚のトップは、ある大きな決断をする。
無制限で、無料サンプリングするというもの。
我々はポカリスエットに自信をもっている。だから、どんなに赤字が出ようと、まず飲んでもらって知ってもらうこと。
「いまの利益ではなく、将来だ」
そう、言い放って、大塚の社員に、とにかくサンプリングさせる決断をした。
すると、暑い街頭でのどがからからに乾いている人、少年野球、サウナ風呂の客・・・そうした人から「おいしい」と感想が・・・そこからどんどん広まっていく。それでも、無料サンプリングはやめず、その金額はなんと40億円に・・・
でも、地道な努力の末、口コミから、買い求める人が殺到、商店から発注も増えていく。ずばり、トップの決断が正しかった。90億円だったポカリの売り上げが、翌年には260億円に。7年目には、1000億円。スポーツドリンクという画期的な飲料の礎を築いた。
現在でも、世界16カ国で売られ、いまだに「もっとポカリスエットのよさを知ってもらいたい」と、無料サンプリングも続けられている。インドネシアでは、ラマダンの後にサンプリングすることで、ポカリが広まったそうです。
そういう内容でしたが、なかなか興味深かった。
企業のトップは、いまの利益だけでなく、将来を見据える先見性が必要で、ときにそれを基にした大きな決断をしなくてはいけない。トップってその力量の差って大きいのでしょう。
ところでね、
私、ポカリスエットを生まれて初めて飲んだときのこと、よーく覚えている。まさに、ポカリがまったく売れていない時代、でも、CMがとても印象的で、なんだか近未来の、SF映画の世界の飲み物・・・宇宙食のようなイメージで。とても飲んでみたくなったので、親にお願いして買ってきてもらった。(その後、おなじ大塚から発売されたカロリーメイトも、おなじイメージでした。大塚ってボンカレーのような庶民的なものと対照的な未来的・科学的なものと両極端ですよね)
いままで、カルピスとか、ファンタとか、プラッシーくらいしか飲んだことない少年にとって、ポカリスエットの味は・・・やっぱりまずかった(笑)親や友達に「レモンの絞り汁」って評してたのを覚えてる。250ミリリットルの缶、すべて飲めなかったもの。
でも、その後、ソフトボールのチームに入ったりして、やはりスポーツドリンクを飲む機会が増えて、だいぶその味に慣れてきた・・・というか、ポカリスエットって、運動の後とかで、のどがからからのときじゃないと、美味しさってわからないでしょうね。
昔は、ポカリスエットの粉末タイプを買って、ボトルに溶かしてた。妙に、そちらのほうが味が濃くて、好きだったけれどね。いまは、まったく作ることないけれど
中学の時の英語の先生が
「ポカリスエット」は、「豚の汗」という意味になるから、海外では絶対その言葉を使わないように」と授業中釘を刺していたなぁ。そういえば。