にっきちゃん。

2004年09月30日(木) 苦しいランク

さて。
昨日は誕生日という時間の中、なんだかひとりいい気分になってしまいまして。
マジメに語ろうと思っていたマジメなあたしちゃんはどこへやら、
枝豆たべてたらすっかり えへへな感じになってしまいまして
えへへえへへと笑ったまま締めくくってしまいましたので
今日こそ、ね、ねぇ。


「一番苦しかったこと」についてとかいってますが
あたしの一番苦しかったことをだらだら書くなんて
そんなヤボなことではなくてですね、



うまく言えるかな・・・これをいいたかったのです。

世間にはたくさんの人がいて。

『今,これで一番くるしいんだ』
『本当につらくて・・・どうしていいかわからない』
『今までで一番苦しい』
『逃げたいくらい悩んでる』


そういう状況の人はたくさんいるとおもいます。

テレビでもいろんなことが電波に乗ってながれてくる。
ドキュメンタリーなんかでやってる生活が苦しい人、病気で戦ってる人・・
いろいろいるよね。


自分も苦しい時こういう気持ちになるんじゃないか、みんな。

「この人より私の方が絶対つらい」
「今日あいつはつらいつらいって話してたけどそんなのたいしたことない。
 俺の方がつれーよ、まったく・・・」
「私は不幸だ」
「なんで、私だけこんな思い・・」
「自分の方が絶対ツライ状況なのに苦しがってるあいつにむかつく」


まあ、極端な例もあるけど少なからずそんな思いに駆られたこと、ありませんか?


ぶっちゃけあたしはありますよ。
あのこは泣いてたけど、あたしだっていわないだけでつらいんだ、
あたしのほうがこんなに苦しいのに・・・。とか、


あたしの心とあの人の心をいれかえてやりたい。
そうしたらこんなに苦しいココロにあの人はびっくりして耐えられないだろう。
あたしのほうが断然苦しいんだから。


そう、あたしだったらそんな苦しみ平気なのに、って思う事で
つらいつらいとガシガシ泣いてる友達を見て
正直腹が立ったりしてました。



でもねぇ、最近まったくそう思わないんだよね。
今、ココロのそこからこう思ってます。


「人が、今本当に苦しいんだ・・・」
といったら、その苦しさのレベルを人と比べたりして
大小で比較するのはまちがってると。
いや、きれいゴトいいたいんじゃなくてさ。

人が「本当に今苦しい」っていったら
その人にとって今それが絶対的な絶望なんだと。
そんなこと苦しいうちにはいんねぇよ、ってのはちがうなぁと。


なので、苦しい、と本当につらそうな人を見たら
ココロから純粋に励ます気持ちになります。


なんでそう思うようになったかってね、
多分自分が「今人生の中で一番苦しい。人生挫折だ・・・・」
っていう絶望の事柄に何回も遭遇しまして。
そのたびにこんなにくるしいことはない、毎日息をするのも苦しいくらい
って本気で苦しんでるんだよね。


で。そういうことが何回もあって、今思い返してみると
「今だったらあんなに苦しまずともどうにか手段はあっただろう」
と、思ったりするのです。
今の私は過去の私に対して
「いや、それよりもっと苦しいことがあるよ。それくらいなら
乗り越えられるでしょ?」

って思うのです。
今はそうおもえるって事は多分私はその頃よりも成長しているんでしょうね。


でも、そのころは・・・・?

そう、その苦しみに全身全霊で苦しかったんです。



うまくいえてるんだろうか、わたし(;´Д`)

つまりさ、人の成長レベルがあるってことです。
成長レベル同様、個人個人の心のレベルがあるのです。



だから、苦しみの内容を現在の自分のココロで計って
なにさ、そのくらいで。あたしのほうが・・・


とかそういう問題じゃないな、ってことです。



全身で苦しい、っていう人がいたら本当に全身で苦しいんですよね。
だからあたしは昔みたいに なにさそのくらい・・・なんて
思わないようになりました。


と、同時に自分に対しても思いがかわりまして。

「今すっごい苦しい。やばい、本気で人生に挫折・・」
と絶望的になる時。
全身で苦しまないようになりました。


というか、それを克服する力みたいなものがなんとなくわかったような
気がしてます。

いつか、あー、あんなときもあったよって思える時は絶対くるはずなので。
本当に右も左もいきどまり、何もかも挫折だ、という
状況でも「いや、必ずここから抜け出る」
って思うようになりました。


何回もそういう状況にあって、
でも今それらを越して私がちゃんといるからです。


あ。いや。なんか、アツイゾ。まずいな。

結局ね、苦しさにランクはない、
どんな苦しさでも人それぞれのレベルの中で
思いっきり戦っているはずだから、
ちゃんと励ましたり、力に、全力でなろうとしたいよね。



ってことでした。ほい。





余談ですが、私今体を壊して
まともにあるけない状態ですけど、
仕事も休職して、この先どうなるかもまったくわかりませんけど、

このさきどうやってすすんでいこうかなぁと
わくわくしてないって言ったら嘘になります。


苦しい状況でも、新しい自分をつくらねばいけない状況なので
わたし、どんなふうにしていくんだろうと
不安と、悔しさと、やるせなさと、悲しみと、
わくわく感が全部いっしょになって


非常に複雑な気持ちです。


少しは大人になったのかしら。
まあ、そんなに長くうちひしがれているつもりはないので

きっと、1年後くらいには うまくやってるでしょう。
・・・だといいな。



2004年09月29日(水) もっと大人

さて。今日は誕生日。
誰、ってそりゃ日記の1行目にうきうき書いちゃうくらいだから
もう、そりゃあ 偉大な人物ですよ。

そう、あたし。


にまにま。あたしあたし。(オレオレ詐欺か)へへへ。あたしあたし。

27歳ですよ。
うわ!めっちゃ大人じゃん。
「大人」じゃないよ、めっちゃ大人。
そう、「超大人。」ちなみにアメリカンに訳すと
「スーパー大人。」


・・・・・まあ、27歳になってもこんなもんですよ、みなさん。
「あー。あたしがコドモの時、27歳ってもっと大人だったのに・・」


まあ、そうショックがないで下さいよ。
「もっと大人」。アメリカンに訳すと、「MORE大人」。


へへ・・・。(←ちなみに今枝豆たべている)






今日は『生きていて一番苦しかった』
にまつわる話をかこうと、以外と真剣モードで
このページを開いたんだけれども。


なんだかスーパー大人だのオレオレ詐欺だの言っていたら
頭がへろへろになっちまいました。



この話は後日。ね。

さ、枝豆 枝豆。

・・・あ、こりゃだめだ今日はやっぱり。へへ。



2004年09月28日(火) 伝えたかっただけ、の概要ぷりーず

この話は、全て携帯メールですすめられたことです。


「ずっと好きでした」
と男性にいわれました。


マジデわけがわかりませんでした。
いや、まいあがっちゃって、そかそういう浮かれた気持ちじゃなくって。
スーパーでいちごをかって、袋に入れて。
家に帰ってきてさてたべよう、と袋を空けたら納豆が入っていた、
あれ?いちごは・・・
なんだなんだ?私の思考ではいくら論理的に考えても
摩訶不思議。ワケワカラン。


そんなレベルでワケワカランのです。



・・・・・いや、その説明でますますワケワカラン、とかいわないで。




さて、話は元に戻しますが
今休職している私の元へ、会社仲間のOくんから携帯メールが。
「いろいろあって今日で会社を辞めることになりました。」と。

で、次の日驚いて何かあったの?と返事をしたら、まあいろいろあったみたい。



で、ひとつ最後にいいたいことが。

というわけで、「ずっと好きでした」に至るわけです。


わたし、ぽかん。ワケワカラン。
好きでしたと、男性から愛の告白を受けるには、私とOくんは
あまりにもフツウの友達だったからです。
しかも、彼にはずっと彼女が。
そっか、そういう意味じゃないんだね、そりゃそうだろうよ。
そしてわたし。


「いや、私もすきだけど。
 まだこっちにいるんでしょ?がんばれよ!」



するとOくん。


「いや、綾がいってるスキとは多分ちがうスキだよ。」


は。じゃあ、オトコとして、ってことか?やっぱり。
ワケワカラン。まったく身に覚えがない。


「なにアホなこといってんの?あんた彼女いたジャン」



「その彼女とはもう別れたよ。今はチガウヒトとつきあってて、
その彼女をこれからは守っていきたいんだ。俺はただ最後に気持ちを伝えたかっただけだから。元気でね」


みたいな。





あたし、ポカン?


疑問� ,△燭靴鬚困辰肇好�だった、って彼女がいる間もか?
    


疑問�◆〆I�至で守りたい大切な彼女がいて、私とどうこうなりたいという
    願望は全くないのに、どうしてすきだった、と伝えたかったのか?
   (だって、今伝えても何もどうにもならないじゃん。彼がまだその気がある   ならまだわかるけど、彼はそんな気全くないのだ)




以上。彼には下心とか、全くないのです。いやほんとに。
人間ってほんとみんな心の中が違うんだよね.
私はいくら考えても彼の行動がワカラナイ。

例えば5年ごとかに久々に会って、
「いやオレあのときすきでさーー」
「げー、まじでー!?全然しらなかった!!!」
「あんときはいえなくてさーー」
「いやだ、わたしってばもててたのね、」
「あほか、オマエ昔の話だよ、なつかしー」
・・・・で、かんぱーーーーい!!!



とかそういうんならわかるけどさ、
乾杯するにはあまりにも現在すぎるし、どうとらえたらよいものか。

流すにしては 私にとっては 重い話で、

はぁ。


ホント人って摩訶不思議です。

そういえば人って、すきな人にすき、っていうタイミングは
どういうときなんでしょうね。
また、本当に純粋に『伝えたかっただけ』ってきっとないよね。
伝えたかっただけってのは、あなたとどうこうなりたいって
願望がないだけで、「どうして伝えたいのか」っていう
理由があるはず。例えば今回の彼なら「会社を去るに当たって自分のいろいろを
整理したかったから、思いを告げてさっぱりしたかった」とかね。
私は,今まったくワケガワカランので
そこんとこだけでも教えてくれたらいいのになぁと。



思っている雨降りの午前中でした。



2004年09月27日(月) その恋愛、まってくれ。

ちょっとまって、その恋愛。
いや、待ってじゃなくてやめて。


先日、友達に相談をされました。
奥さんとコドモのいる人とそういう関係になっているんだと。

もし、自分の友達が家庭のある人を好きになってしまったら
どうする。

あたしは、やめてといいます。
もし相手が離婚をしてその友達と本気でどうにかしたいと行動しているなら
別ですが。
ちなみにポイントは、「本気でどうこうしたいと思っている」でなく
「本気でどうこうしたいと行動している」かです。


奥さんとわかれて、彼女と・・・って、思わないわけないじゃないか。
そりゃ思うだろう。すきで彼女とつきあっているんだから
そうしたい、って思うんだろう。想像するんだろう。
でも、その先の現実は・・・?



具体的に行動を起こして具体的にその彼女を幸せにしようとしないなら
ハンパなことしないでほしい、と思います。

そうです、私は怒ってます。
もうぷんぷんです。
ですので怒り口調で進んでいくかもしれませんがそのへんひとつ
よろしくしていただきたい。

さて。
話は戻りますが。



すきになるのは悪いことじゃないと思います。
好きになってはいけない人だ、と悩むような相手でも
好きになるのは悪いことじゃないと思う。

でも、そこからどう行動するかが決めてです。
女性も,男性もね。

特に、妻子を持った男性が まだ自分よりは人生に未熟であろう年下の女性を
スキになった場合。
ちゃんと彼女をまもってあげてほしいです。
彼が離婚もせず、「どうしようもないけど、ただキミがスキなんだ」
それだけで彼女に気持ちのまま愛を伝えたりやさしくすることが
どれだけひどいことか!と思います。
責任ある大人の男がなに情けないことやってるのかと。
守ってあげて欲しいというのは、無責任に自分の気持ちだけで行動して
彼女を傷つけるなってことです。
そういう状態の今も,そして大切なのは長い目で見たこれからも。
どうにもできない状態の中で「でもきみがすきだ、すきなんだ」と
言うなんてめちゃくちゃダサい。
コドモじゃないか。

彼女は妻子持ちでもその彼を全力で愛するでしょう。
彼が妻子もちであろうとなかろうと、
彼女にとっては大切な『スキな人』なのです。


でも彼は?
そんな彼女に比べて彼は失っては大変なものがたくさんあります。
それをどうにかする決意も出来ずただずるずると
「でもすきだ、すきなんだもん・・・やさしくしたいんだ、すきだから」

なんてホント情けないっす。



1年後。3年後。5年後。
どうにかなると思いますか?
このまま妻子持ちの状態でまだ「だってすきだから・・」って言いながら
いるの?
それとも、離婚して一緒に幸せになってると思う?


一日一日不安なまま、あやういまま、それでも
すきだといわれたら嬉しくなって少しのことでまた不安になって
でもやっぱりすきだから・・・

一日単位でそう過ごしていく姿を、ふと天井に浮いて下を眺める気持ちで
客観的に自分を見つめて見て欲しい。


自分を愛してくれるのはこの人だけだ、なんてことは
絶対にないよ。
絶対にない。


この人を失ったらわたしは何をよりどころにしていったらいいかわからない。
そういう気持ちに支配されてました、私も昔。


なんかさ、スゴイえらそうだけど
どんなに最低な状況でも自分なんて必要ないくらいみじめな人間だって
思っても、いくらでも新しいことははじめられるからね。

時間に、世の中に、暮らしに、流されてない?

悩みの種類は違うけど、
あたしもはじめて股関節の病気知って治らない、って聞いたとき
しぬかと思いました。
やりたい仕事も出来なくなって、目標もなくして
このままじゃ将来歩けなくなるかもしれないかも・・・

絶望的、って涙がだーだーでたけど
いつでもなんでも新しくスタート出来るんだよね。


って、なんだかキレイゴトみたいでやだなぁ。
あたし、キレイゴトとか言葉でうまいこといって
きもちよくなるだけ、っていうのがめちゃくちゃキライなので
さらっとフツウに気持ちを伝えたいと思いますが



人生いつでもスタートラインなんだよねぇ。
今この瞬間から何をどうする、と決めて
大変なことでもやりなおしたり新しく自分をはじめたり、って
ビックリするほどあまりにも自分次第なんだよね。



・・なんだかいろいろはなしがそれましたが
自分で納得して すきになって その関係を納得して堂々続けてるんなら
そう。と思うけど


これでいいのかな、でも・・・やっぱり・・・あーーーー!!!
苦しいな、苦しいから どこか切って今だけすっきりしよう、とか
そんなバカなことやめてほしいです、マジデ。


私,近くにいたら相手の人ぶんなぐってると思う。
無責任な「すき」って気持ちだけでダサイことしてんじゃねぇーよ!
すきなら守れよ!と。本当にすきなら愛してるとか簡単に言うな。
彼女のココロをぐらぐらさせて苦しめて
間違ってるよ。

友達に対して。
「あんたもつらいね、しょうがないよ・・がんばれ!」
なんて言わないよ。


早く、やめて。
お互いの愛情は本当なんだろうけど、
苦しいだろうけど、早くやめて。


絶対にあなたを愛する人はこの先も現われる。
絶対です。
 

・・・・・・以上が、あたしの友達への答えです。




2004年09月23日(木) クライマーズ、ハイ

「イタタタタタタ、イタイイタイイタイ!!!!!それはむりむりむりむり!!」


テレビでスキーしたり がんがん柔道でなげまくってる人の映像を見ながら
つい自分の股関節を抑えて 想像してしまっている私です、
いかがおすごしですかみなさん。こんにちわ。

一緒にいる人に
「えっ!?!?なに!!いたい?!いたいの?!?!!?大丈夫??」
といわれ、


「あ、いや・・・イタイ・・ていうか、痛くないけど・・・なんていうかまぁ、
 痛かったりして。・・・な、なんちって。へへ・・」

とか挙動不審な答えをしてしまう今日この頃。



いやあ。
毎日痛みとの ざ、がまんガチンコ勝負!
イタイとさ、あることないこと勝手に考えちゃうんだよね。
あまりに入りこみすぎると『死んだ方がいいんじゃないか」とか
そこまで及んでしまって

は、と気付き


「オイオイオイオイ。アンタ、昨日もごはんおかわりしたじゃんか。
こんなにソラがでかいじゃないか!こんなに刺身がすきじゃないか!
にゅーよーくに、いきたいか!
っおーー!!!」


・・・・・と思いなおしてあほか!と自分を盛上げてる毎日です。

いや、盛り上げているというか、多分本当にバカ明るい性格でよかったと。
うじうじしたってあほくさいよねぇ。

とりあえず、人生はこの先・・・とかより、この股関節ちゃんを
ナオすことが先決だわ、そうなの、そうなのよ。
それからのことはその時しか考えられん。

だってまだなんにもわからんのだもの。



そんなわけでね、

外出すると痛くなって数十分が限度なので
今、殆ど家で横になってることが多いですね。

そんなとき、頼りになるのが、本。
イヤ、本好きでよかったよ、ほんと。


この機会にいろいろな本が読めて
なかなかシアワセモンです。


最近読んだ本でこりゃやばいと思ったのが

横山秀夫氏の「クライマーズ、ハイ」。
半落ち、書いた方ですね。

この方、元記者さんなんですって、奥さん。
このクライマーズハイはね、新聞社の定年間近の男性が主人公で。

めちゃくちゃ男社会をリアルに描きつつ、オトコのどうにもならない
しがらみ、ジレンマ、仕事中心のストーリーの中で同時進行しながら
その他の彼の人生も時間をいったりきたりしながら
うまく描いてまして。

感動もの、とかここは泣かせる場面だな、とかそういうものは
ないのですが、所々でめちゃくちゃ泣けました。
ありがちな感動涙でなくて、もっと深いところのものでしたね。

私の世代でギリじゃないでしょうか、ググ、っとくる年代。
理解したつもりだけれど、自分はギリで理解できた、という感じはします。

一番読んで欲しいなと思うのはやっぱり 世の30〜高齢の男性。
社会に生きる方。

または、社会にもまれていろいろな
思いを抱えている方にも、年齢性別関係なく
感慨深いものがあるのではないかと思います。




この本の中で、ものすごく心にずかん、ときて
コレからも忘れずにいたい言葉2,3あったのでメモしてとってあります。
そして、読み終わった後父に勧めました。



みなさんも、よかったらぜひ。


お、なんか前向きなシメだな。いいぞ。

 



2004年09月22日(水) プチ闘病日記�◆蘇賊,詫蠅蠅砲覆蕕麒圈�

さてプチ闘病日記�△任后�
10年間言われつづけていた分離症という腰の状態。
悪くなってない、大丈夫といわれ続け仕事を続けていたら
どうしようもなく痛みが続き。
ある病院で産まれた時から股関節の病気があって、ずっと続く痛みは
そのためだ、と診察され、がーーん!!!
今までの私はなんなんだ!・・・というところまででした。
**************************************
で。私はまた病院巡りです。

痛くて、座ってもいられなくて、そんな状態で病名もわかっている上で
どうすべきか、どう治療していくべきか、と行くわけですよね。


すると、先生はみんなこういうのです。

「とりあえず、安静に・・」
「とりあえず痛み止め出すから・・」
いや、先生、痛み止めはもう飲んでます。それでも生活に支障があるくらい
痛くて座り仕事もまともにできないので、手術が必要だとか、
しないにしてもどのくらい仕事を休んで安静にしたらどうなるとか・・・

そういうと、

「いや、じゃあとりあえず一番強い痛み止めをだすから・・」

あの。私はいっときの対処法を知りたいのでなくて、自分で今後仕事のことも
含めどう生活していくか考えたいので、今の自分の進行具合や状態と
長い目で見た対処法を知りたいんですが・・・

「いや、そういわれてもなあ・・・まあ、とりあえず安静に・・・
手術をしたいなら、ほかの病院に・・・」


あの、ですから。手術をしたいもしたくないも、
すべき状態なのかそうでないのかもわからないので、そういうことを
診てもらいたいんですけど。

「いやーー・・まあ、きみがするっていうなら病院紹介するし。ま、すぐに
しなくてもとりあえず安静にしてみたら・・・?」


は!なんだその煮え切らない診断。
つまり、「痛み止め飲んで今痛くならなけりゃまあいいじゃないか。」

アンタのいうとおり
「すいませんけど、とりあえず安静にしてみますので休暇をクダサイ。
痛くなったら痛み止め飲んでますんで。
今後・・?いや、とりあえず安静にしてみます」
って会社に報告するのか?
そんなあほな説明、どこの社会にまかりとおるっての。
そりゃあ症状を説明して、今後の対処法説明して、多少時間がかかるよ
痛み止め出してはい、おだいじに〜、よりは。
そりゃ待ってる患者さんいっぱいいるよ、
でもアンタ症状や治療法の情報を提供するのも仕事でしょ。


なんか、この時点で目の前のこのお医者さんにあたしなんでここまで説明してんだろ、とあきれつつ

「あの。私,仕事もしていまして、今の体の現状から休みをもらうことになると
思うんですけど、(何しろいたくて仕事にならないので)
私,今後のことも考えたくてですね。・・にあたって、この病気についてと、
自分の状態と、からだにとって一番すべき正しい治療と予防法を教えていただきたいんですけど」


と、言っても

「いや・・・あのね、だから一番強い痛み止めだします。とりあえず安静に・・」


だーーーー!!!!!
「とりあえず」、ってなんじゃ!じゃぁ、その先は?
今日はそれでよくても1ヶ月後、2ヶ月後、ずっとそれでいいのか?!
もう話にならん。


「もういいです。わかりました。他の病院行きますから。それと、痛み止めはさっきも言ったとおり飲んでますから、出してもらわなくて結構です」

「はぁ・・そうですね、他の病院に・・・おだいじにーーー」


・・・あほか。
ちなみに処方箋をこのあと見たら,痛み止め、しっかり出てました。
・・あほか。腹が立ってすてました、処方箋。
痛み止めはあるってイッテルジャナイカ。診察寮4000円返してクダサイほんとに。


そしてまた別の病院では。
同じことを言い、今の私の症状と今後の治療法をおしえてほしい、というと。

「キミだけに時間を割いているひまはない、他にも患者さんはたくさんいるんだ」

または、
「そんなに知りたいならアメリカの病院にでも行きなさい。
 まあ、お金は君にはとても払えないだろうけどね」

・・・・な、なんでそこまで言われなきゃならないんだろう。ワカラン。
ねえねえ、股関節の病気って、マニアックなの?
みんな、わからないのかな?
とりあえずとりあえず、っていうけど、
キミに割いてる時間はないっていうけど、

誰だって、知りたいのは当然なのでは。
だって現時点で私はどの病院でも
「股関節臼蓋不全症です。とりあえず安静に」
という情報しか貰ってないわけです。
風邪じゃないんだっての。
これじゃあ脳梗塞って診断されて、
「脳梗塞です、とりあえず安静に」って言われてるのと同じだよ。
脳梗塞だから安静に、そりゃまちがってないかもしれないけど
その先の治療は??そこまでで診察ってセットじゃないの?
脳梗塞でとりあえず安静にしてるだけだったらしんじゃうんだよ?



どのくらいの早さで進行するのか、またはしないのか、
何をしていいのか、何は避けた方がいいのか。
だって、治らず、進行する病気だという以上そういう情報を
得た上で仕事や今後の生き方を考えるべきだと思うのです。
安静に安静にだけで生きていけるか?
諦めなければいけない夢があったって、それならできる範囲で新しい夢を見つけたいじゃないですか!


でも、何を選べて何がダメなのかもこれじゃあわからない。

医者に愕然としつつ、これは頼りになるのは自分だけだと思い,
知り合いの方がくれた本や、取り寄せたこの病気の本をよみあさり、
ネットなどで検索しまくりました。


そして、どういう病気なのか、ということがわかりました。
少しずつ。
一般ジンでもわかる範囲の知識を得たので、あとわからないのは
自分の進行状況。対処すべき治療法。
手術をする場合、その中でも様々な手術法。
または手術はせず、治療していく方法。そしてその中でもさまざまな
治療法。
それを判断するために、自分の状態を知らねばならない。
病名だけでは何も決められない。
だって進行状態Aにはこんな治療、Bにはこんな・・・CDEFG・・
といろいろあるから。


そして、私は以前より増えた少しの知識を持ってまた病院に行きました。

まず、これをしりたい。

「手術はすべきなのか」

本を読むと、骨の角度が何度以下だとこういう手術、また何度ならこういう・・・
といろいろ例がありました。

先生に聞きました。
『先生、私は手術はすべきなんでしょうか?本を読んでみたら、
角度によっていろんな方法があるみたいなんですけど・・自分がどうなのかわからないので知りたいと思いまして・・」


すると先生。



「・・・・キミは、なんの本でそんな情報を得たんだ」
あ、この本です。・・・本を先生に見せました。

「これはどうしたんだね」
知り合いの人からもらったんですけど。
ぺらぺら・・・(先生、本を流し見)

「こんなに立派な本があるなら私は必要ないんじゃないか」
え?あの、その本を読んだんですけど、病気の内容がなんとなくわかっただけで
自分はどういう状態なのかはわからないので、判断してもらいたくてきたんですけど・・


「素人のくせに。」


へ?


「キミは医者じゃないんだろ?こんな本を君が読んでどうするんだ」

(いや・・・どこの病院にいっても説明してくれないから自分で調べるしかないじゃん。・・・・といおうとしたがだまっていた。)


「だいたい、骨が何度とかどうなってるとか、そんなのは手術を決めた患者が
医者にきくものだ!なんでまだ何もわからない君の為にここで調べなければ
ならないんだ!」


(・・・・・いや。だから。手術をすべきかどうかもどこも答えてくれないから
聞いてるんですけど。なんで自分の状態を知ろうとしてこの人に怒られてるんだ?・・・と、これも言いたかったけどこの人は興奮状態だったので黙ってました)

「あの、先生。私、股関節不全症だということはわかったんですけど、
その後どのような治療をしたらいいのか、判断できないので教えていただきたくて、仕事を休むにしても長い目で見て今後症状がどうなっていくのかを知った上でいろいろ考えたいものですから、」


「素人のキミになにがわかるんだ?こんなに立派な本をもっているなら
この本を紹介してくれた先生のところにでもいったら?」


ばさっ。・・・おいおい、本を机になげるなっての。
だいたい、何をそんなに怒っているのかワカラン。

「手術を考えてるなら有名な先生に紹介してもいいと思ったけど
 キミが素人のくせにそんなんじゃ紹介したボクが失礼に当たるから
 紹介はできないな。」


いや・・・このひと、論点ちがう・・。
手術を考えてるなら、ってすべきなのかしなくてもいいのかの情報も
貰えてないんで判断できず困ってここに来てるんですけど・・・
しかもボクも失礼にあたるとか・・何でそこまでいわれてるんだあたし・・


「ん?なにか納得できない顔だな。僕は、きみをいじめてるっていうのか!?」
(ギャクギレされても・・。切れたいのはコッチだよ、とほほだな)


こりゃだめだと思い。

「あの、先生、今までたくさん病院に行ったんですけど、どこでも
 私の病状を、なんていうか・・詳しく知ることが出来なくて・・
もし股関節で有名な先生がいるのなら教えていただきたいんで、どうか
お願いしたいんですけど・・・」

私はどの整形外科でもとりあえずとりあえず、ばっかりで
かなり行き詰まっていたので股関節の有名な先生がいるなら
オシエテ欲しかった。腹の中ではこのおじい医者!と煮えくり返っていたが
行ってみた。股関節専門の先生がいるなら・・本当に神様だ。

「確かに日本の医者の間でも知らない人はいないくらい有名な先生だ。
 でも、キミには紹介しない。先生に失礼があるとボクが失礼に当たる。
(またそれかよ)その本をくれた先生にでもなんでもみてもらいなさい」


・・・いや、このおじい医者、本当にこう言い放った。あ、ありえない。
全く意味がワカラン。もう、ここにはこない。そうおもった。
でもそこまで言われて涙が出るくらいくらしくて腹立たしかったので
最後に聞いた。


「先生。私は今までいった病院でいくら聞いても私の今の症状を説明してくれる所はありませんでした。これから、どういうふうに治療していったらいいかわからないから,困っていて・・・そして本で調べてみました。どうして、自分の病気の症状を本で調べて、手術がひつようか
そうでないかを先生に聞くことが失礼に当たるんですか」


するとおじい医者。


「・・・・わからないか。まあキミにはいくら考えてもわからないだろうな。」




・・・・・・・・。
おじい。おまえは政治家か。
めちゃくちゃそんなニュアンスの言葉でした。


「・・・・。ちょっと・・よくわからないです。」

「まあ、どこの病院にでもいきなさい。その有名な先生の所にも行くなら
個人で勝手にいきなさい。・・・まあ、どこの病院にいっても
キミの股関節なんて見落とされるだろうけどね」



うわーいっちゃったよこの人は。
すごいこといってるよ、裁判してやりたいくらいだわ。
はらわた煮え過ぎて蒸発するかと思った。



そうそう、このおじいこんなこともいいました。

「キミがいくらその股関節をなおしてほしくても、医者がどんなに技術を
持っていてもお互いに信頼関係がなければ絶対にむりだ。
オレのことを訪ねてはるばる四国からくる患者もいるんだ。
キミもせいぜい信頼できる医者をさがすんだな」


おううう!書いててまた蘇ってきてしまいました。
興奮してます、すいません、はふはふ。




・・・・・そんなわけで、医者は信用ならんと思う気持ちに拍車をかけてくれました
このおじい医者は。


その日は帰っても腹が立ちすぎてどうしようもなかったですよホント。
しかもこのおじい、私と話している間、診察室でタバコすいましたからね。
ホントありえない。



今までいくつもいくつも病院に行って何人もの医者に会いましたが
同じ症状でも下す診断は人によって全然チガウ。
対応も違う。
ひしめく患者さんたちの中、「とりあえず診察」ばかり。


私は、股関節の診断を受けてからいくつか病院に行きましたが
いまだ、くわしい症状を説明してくれる所にであっていません。
今は、ある病院の検査予約日をとったのでそこで
正確な診察をしてくれることを心から期待します。
股関節専門の先生なので、本当にわらにもすがるおもいですわ。


どうか、少しでも先が見える診察をしてもらえますように。


私は、医者を信用していません。
本当にいいお医者さんもいるんでしょうが、きっとまだであっていないんでしょうね。


でもね、日本の病院、医者はこういうアホらしい仕事をしているところが
とても多いことは事実です。


みんなに伝えたいこと。
あのね。病院に行くとしたら、納得のイク診察をうけても
絶対にひとつの病院の診断だけを間に受けない方が言いと言う事です。
今回の股関節のことだけでなく、今まで何年も腰の診断を受けていて
思う事です。

大丈夫なんともない、という医者もいれば 
骨が折れてる、という医者もいる、また別の所では
骨なんかおれてないという。


外科だけでなく、とくに内科では放っておくと命に関わる病気もあります。
その初期症状で「ただのかぜです、安静に」と診断する所も
あります。

セカンドオピニオン、という言葉がありますよね。
同じ症状を、いくつもの病院、何人もの違う医者に判断してもらって
治療法を自分でしっかりみきわめて選ぶ手段です。


今は、病気を理解し、どう治療していくのか、どう判断していくのか、
医者は力添えをしてくれる存在であって本当に 大切なのは
自分の行動です。病気は医者じゃなきゃわからない、先生、おねがいしますよ・・・・という姿勢はいけません。


頼りになるのは自分です。
絶対に病気に対して受け身にならないで下さい。


本当に本当に心からそう、訴えたいです。



さて。長くなってしまいました。
また、その後の展開、書いて行こうと思います。アディオスー





2004年09月21日(火) ぎゃあ!下半身イタイ!のプチ闘病日記��

あたしはじゃあどうすべきだったのか?
と、思いました。

今はもうそんな思考はしていませんけれども。



今、股関節の病気で仕事を長期休職している現状について。
もともと腰がオバカさんのため、一日立ちっぱなしの仕事をするにあたって
1年前、何回もいろんな病院に行って聞いて回りました。
もともと腰椎分離症という腰のバクダンをかかえていたため。
(ちなみに10年前、この診察をうけている)全ての先生の意見を聞いて。


だいたいに一致していたことは
「うん、やっても大丈夫。今後も続けても大丈夫。」
悪化して歩けなくなったり悪くなったりする可能性は非常に少ない、ということ。
この仕事を続けても支障はない、ということ。
「30年くらい続けたってビクともしないよ」。
そうか!よし。


痛くなく、まったく元気に仕事を続けられている中でも、検査に
何回か行った。数ヶ月ごと。
知らないうちに悪くなっているという可能性もあるからね。
しらないまに取り返しがつかないことになったら元も子もないので。
結果は相変わらず、大丈夫だね、ということだった。


そして。そんなふうにしながら1年仕事をしたところで、なんだか
ん?イタイかも・・・。
むむ。と思いまた病院に行った。それが今年の4月である。
同様、多くの病院を回り多くの先生の意見を聞いた。


「何も悪くなっていないよ。大丈夫。」
どこにいってもそう言われた。
おかしいな、私、仕事中痛いんですけど・・本当に何も変化はないんですか??
「ないなぁ。疲れがたまっているんじゃないか?」

そうか・・。疲れがたまってるんだろうか。


それでも納得できないのでもっと病院を回った。
するとあるところでこういわれた。

「左腰の軟骨が疲労骨折してるみたい。でも仕事をやすむほどではないな。
 治療してなおすものじゃなくて、自然治癒するものだよ。運動選手なんかも
よくなるけど、普通に生活していれば自然になおるよ。これね、疲れが原因で、
キミがもともともっている腰の病気とは関係ない症状で誰でもなるものだね」


ガガン!!疲労骨折!!!
・・・・職場に伝えたら休みをくれた。
確かに、休むほどの状態では全くなかったけれどありがたく、
休ませてもらった。
1ヶ月くらいかな。
このころ、もう6月になっていた。
行った病院、2ケタはこえてるはず。
1年前、痛くない頃もそのくらい行って現状をさぐった。



そしてまた病院へ行った。
なんだか、またイタイなぁ。
すると。
「疲労骨折?どこにもそんなものはないしした跡もない。
 腰も悪くなっていないしそのほかもみあたらないなぁ・・
きっと疲れがたまっているんだ」

は?!疲労骨折してない?
どういうことですか・・・。
あっちではしてる、こっちではそんなものない、
・・・あのーー病院って、一体・・。




そして復帰。6月18日。
腰の状態は悪くなっていない。仕事は続けても大丈夫。
どこの病院でもそう言われたけれど私は異動を申し出た。
(正確には相談したんですが)
まだまだやりたいことも残っていたし、生きがいであったけれど
もう仕事を休んだり痛くなるたびに不安になるのはいやだった。

この頃の葛藤は思い出しても誰かをあやめてしまえるほどの
苦しさでした、うんー。仲居さんを絶対にやめたくなかったから。
だけど、私はこのまま続けるのは長い目で見てよくないだろうと仲居さんから
予約、フロントへ異動した。
勤務時間も、たっている時間も圧倒的に少なく、肉体労働がぐぐん、と
減った。ほとんど一日座っている。



でも・・・・。おかしい。
なんだか、イタイ。痛いぞ。
ねえ、先生達、どこも悪くなってないってみんなそう判断したよね。
何人もの、いくつもの病院のの整形外科の先生さんたちよぉ。
つかれつかれってみんな言うけど・・・。


あたしはまた、いろんな病院をまわった。
そして下田のものすごいちっちゃい整形外科を尋ねた。
レントゲンをとった。8月のことだった。
そして先生。
「どうして今まで何年もキミをみてきた先生達は気付いてあげなかったんだろう。
ショックだと思うけど、君は両側股関節臼蓋不全症、っていう病気なんだ。
今までの痛みはこれだね。ずっといわれていた分離症の痛みじゃないんだ」





ガーーーーーーーン。


な、なにそれ?
「キミは何年前に腰の診察をうけているの?」
は、10年前からですけど・・・


「この股関節の病気はね、キミが産まれた時からもうなっていた病気なんだよ」

はっ?! 
意味がワカラン。
全くワカラン。


そして先生は細かく説明してくれた。
股関節の骨が人の半分くらいしかないため、異常に負担がかかること。
使いすぎると軟骨が削れて歩けなくなること。
治るものではないということ。
運動や安静な生活を維持して進行を遅らせることが治療な病気。
または、手術をして(以下同文)。

見せてもらった私のレントゲン写真とフツウの人の写真。
股関節の形、面積があきらかに小さい私のほう。
すこしずれたらズコン、と股関節から足がはずれそうな写真。



「なんでそれだけ病院をまわってどの先生も気付いてあげなかったんだ・・」

いやいや、それはコッチのセリフです、せんせいさん・・・
分離症だって診察を10年間も受けていたから、それだとばっかり思っていた。
どの先生もそれしかいわなかった。
自分でわかっていたから、何回も病院に行って痛くないときも
検査を受けたり注意したりしてきたのに・・。
おいおい、私の10年間、一体何!?


目の前がぼーーんと真っ暗焦げ。
気付いたら診察室でぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれた。
仕事は?まだ発展途上、まだまだ勉強したいことがたくさんある接客業。
これから先の人生を考え様としてもまったくわからず、心が路頭に迷った。


・・・泣いてもしょうがない。
このくらいなにさ!先の正しい歩みを考えねば。
そのためには、この病気のことを知らねば進めない。



・・・そんなわけで今に至ります。


この病気を教えてくれた病院は個人でやっている非常に小さい病院だったので
大きい病院もその後行きました。病気のこと、調べまくりました。

相当必至でした。だって、私、この病気のこと、またはその中でも
自分がどのくらいの状態なのか、全く無知だからです。

今後の生き方を考えるに当たって、まずそれを自分で理解していかなければ
進んで行けません。何が出来て、何が出来ないのか、または
今は出来ても、長い目で見たらしないほうがいいことだってあるでしょう。
その判断や情報が全くなかったからです。

とりあえず安静に、といわれても安静のレベルがあります。

・・・そんなふうに必至で情報を集める時、一番正しい情報を持って
判断してくれるのは病院の先生だ、そう思ってました。


・・・でもね。今まで何年も腰関係、そして今回の股関節のことで
病院をいくつもいって何人もの先生にあって今,確実にいえること。
それは、先生なんか、全く頼りにはならないということ。




・・・・・長くなりましたので今回はココマデ。
次回、いかに病院がヘボなのか、書かせて頂きます。



2004年09月20日(月) メディアで骨髄バンク

世の中の流れに結果的に見事にハマリ、
あたしも骨髄バンクのパンフレットを取り寄せてみた。

流れにはまり・・・というのはまあ結果的にですけれども。

今骨髄バンク登録者(提供者のほう)数がグン、と増えているらしいですね。
というのも、映画にもなった、横山秀夫氏の『半落ち』の影響らしく。

私もこの世の現象を知らず、半落ちを読んだ後ネットで骨髄バンクについて
調べ、パンフレットをを請求した身です、とてもわかります、ええ。

おかげで何人の人の命が救われるのでしょう。
心底嬉しくなります、うん。
と同時にデッカイ世の中、を思いました。
自分と合う型の骨髄を命をかけて待ちわびている本人、またそのまわりの人。
のどから手が出るほど必要な、命に関わる大切なもの。


今までもさんざんありとあらゆる方法でバンク登録を呼びかけていたでしょうが
映画や本で骨髄バンクに関わる感動モノの作品が出ると
意図がなくとも自然にぐい、ぐぐぐい、と登録者がウソみたいに増えるのです。


メディアって本当にものすごい影響力ですね。
厚生労働省やバンク関係者が年間何千マンとかけてパンフやチラシ作って
宣伝するより一本の映画、1冊の本。(ヒットが必要条件ですが)

きっと世の中には、もっとうまく宣伝すれば、
メディアなどの電波に乗せて上手に宣伝すれば
ぐぐん、と増える命に関わる大切な募集事項は山ほどあるのでしょうね。

同じ効果で宣伝してもそれに対する反応はその人の感性や、置かれている
状況にもよるでしょうけれども。
私だって今回骨髄バンクについて深く考えたりパンフとりよせたり、
登録し様か真剣に考えたのは、「状況」が今までと違ったから、ということが
大きく関係していると思います。
いや、今股関節不自由で思うように動けなくて、日々健康のありがたさを
思っているから、ね、うん。


そう、自分が健康であったりいろいろがうまくまわっているとき
それ以外の他人の苦しみって、実際目の前で感じたり見たりしなければ
いくら情報がはいってきても感じにくいと思われます。ので、ね。





・・・余談ですがわたくし、バンクの登録はひかえました・・・。
というのも、提供者の「その後おからだの調子に何か変化は?」というアンケート
結果に、「腰痛が起こるようになった」というのがいくつかあったので。

でもね、自分と合う骨髄を持つ人間の割合は、親兄弟で4人に一人、
それ以外の人だと10万人にひとりだそうです。


多く登録者が増えて多くの人にもっと生きてもらうことができたらいい、と
思います。いや、本当に。

骨髄バンク詳細




2004年09月05日(日) 股関節イタイ

ああー。もう9月です。

近頃ですね、すっかり不健康でまいるよ。
新たに「両側股関節臼蓋形成不全症」という股関節の骨が足りない
という病気が発覚されましてまったくまいっておる。おる。

なにしろ、歩けないんだ、コレがうまく。
立ってられないのだ。座ってもいられないのだ。

寝ててもいたいのだ。

・・・な状況で仕事ができるわけないっちゅーねん。
でも仕事に行っている私。
ところが痛くて仕事所じゃないのだ。
まいった。



しかも、進行するばかりで治らないらしいの。
まいった。
まいったよ。


さらに病院に行っても「わからない」とか
『専門的な病院にいって』とか言われて痛み止めぽん、と持たされて

『一体この病気はなんなのだ私はどうなってくんだ』と
アタマハテナのまま帰るのだ。


むん。

というわけで、仕事的には非常に困るのだけれども
あたしは自分に合う病院と今後の治療に専念するために
また長期で仕事を休むことにしましたのだ。まいった。



体が思うように動かないってマジデつらいことです。
気持ちがあっても何も出来ない。
目標に向けて努力したくても何も動けない。

体はほんとに一番です。


まあ、こうなったからには
なんとかせねばいかんです。


とりあえず、なんとか進まねばですね。





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