知らんけど

2006年02月27日(月)

通常通りの仕事。仕事後はジムで時間が来るまで勉強し、21時からランニングとスイミング。だいぶランニングが楽になってきた。

ダイエットのためとか、体力をつけるためとか、ジムに通う人は何かと理由をもっているようだが、僕はそんな目的は持たない。ただ、行って20分走って、15分泳ぐだけである。目的を持つと、それに潰されてしまうことがあるから要注意だ。なんでも目標目標という世の中だが、そんな簡単なものではないと思う。意思が強ければいいが、意思の強さというのはただ単なる意思の問題ではなくて、それ以上の何らかの動機付けがあるはずなのだ

僕が中学生の時の同級生に、灘高校に行くために寸暇を惜しんで勉強している友人が居た。そして彼は灘高校に行き、東大の理�掘憤絣愽堯砲帽圓辰拭�今何をしているかは知らないが、ずいぶん前に東大病院で脳外科医をしているような話を噂で聞いた。

中学生の時、僕は彼に「なんでそんなに勉強するん?」と尋ねたことがある。彼は「妹みたいな障害を持った人を治したい。」と答えた。彼の妹は小児麻痺で、装具をつけて学校に通っていた。

ただ、医者になりたい奴とはわけが違う。こうした人間にこそ本当の意思の強さがある。「いい体が欲しい。」それだけで意思が強くはならない。

僕はそんなたいそれた目標はない。ただ、汗を流したいだけ。だから帰ったらビールも飲む。(これがうまいんだ。)大事なのは循環させること。今までは溜め込んでいたが、今は汗を流すことで循環している。何かを減らそう。なんて思わなくても循環すればきれいになるのだ。そんな気持ちで運動すれば楽珍なのに。



2006年02月26日(日)

朝から摂食嚥下の勉強会。一日中。帰宅後、勉強会に刺激され勉強しようと思ったがダラダラとネットをしてしまう。んー、逃げているな俺は。気づいているが意思が弱い。

喫茶店で読書をすることが日課のようになっていたが、実はこれは逃げではないかと確信に近いものを感じ始めている。色々な本を読んでおられますね。と誉められるとちょっとうれしいが、実際のところとりとめのない読書をしている。それはそれでよいのだろうが、どこか本当はしないといけないことから逃げているような気がするのだ。

本当にしないといけないことは分かっている。しかし、そこに行動がついてこないのは単なる怠慢というより、どうしたら良いかが分からないという幼稚な理由だけだ。とにかく「やると決めたらやる。」「まずはやり始める。」ということが大事なのは頭では分かっている。しかし、していない。その目的が明確ではないのだろう。

自信というのは結果から得られるものだ。結果は成功かもしれないし失敗かもしれない。ただ、結果が失敗であろうと何かを自分は行ったのだという意味での結果であるし、それは失敗であろうが自信につながる。

それを自分でこうして書いているにも関わらず、実際の頭はこう考えていないし体も動いていない。よし、今からやる。



2006年02月25日(土)

午前中は仕事をし、午後から知人と会う予定が知人が来るのが遅れに遅れ17時ぐらいに来る。ファミレスでだべる。久しぶりだ目的のない時間を過ごせたのは。リラックスできた。



2006年02月24日(金)

ジムに通い始めて5日目。まだまだ、単に筋肉が張ってるだけなのだが、その張りがなんとも気持ちよい。別に痩せようとか、筋肉つけようとか、そんなたいそうな目的はない。ただ、体を動かして汗を流すと同時に「無」の境地になりたいだけなのだ。ランニングマシンで2km走っていると、そのうち自分の息遣いだけが聞こえ始める。テレビを観ながら走っている人もいるが、なんてもったいない..50mプールで泳ぐと大体300m過ぎるあたりから、頭の中はリズムだけになってくる。

何も考えなくて良い。とらわれから解き放たれる。座禅にも似た心境になれるのがジムの楽しみだ。もちろんキレイな女性のキレイなお尻を見るのもとても楽しい。美しいものは美しいのだから仕方がない。

それといつも更衣室でむさくるしい男どもの裸姿を見ていていつも思うことがある。人間は気持ち悪い生き物だ。ということである。知っているか?人間は動物であることを。いつも更衣室でみるあのツルンとした裸の人間が、動物園の檻に入れられているのを想像して欲しい。気持ち悪いだろう。そして弱弱しい。様々な道具を駆使して人間は動物界で頂上に君臨しているように見えるが、実は動物としての側面だけを見ると非常に弱い動物なのだ。

筋肉をつけて肩で風を切って歩く男を見るとプッとふきだしそうになる。犬にも勝てないだろうに。人間の弱弱しさを目の当たりにすると、僕らの存在がいかに自然の一部かが良く分かる。それを人工的なもので多い隠すことで、人間は自分達の優位を保ってきた部分があるのかもしれない。

ジムの更衣室で男の裸を見て、人間は大きな自然に生かされているという気付きを得られるなんて、毎月の月会費も決して高くないな。



2006年02月22日(水)

民主党のメール騒動だが、バカらしい。そんなこと国民の税金を使う国会で話をするな。裏も取らずに証拠として公表するなんて小学生並みだ。仮にそれが本物なら、だからどーしたのだ?もっと国民にとって大事な事を議論しやがれ。このことが話題になること自体に腹が立つ。

だからどうした?

何かあったときに、この質問を何度か投げかけると物事の本質に近づけます。逆にこの質問を投げかけて答えに窮したり、屁理屈を述べる人は何も考えていないのと一緒です。僕にとって正しい答えは「ん〜、だから何なんだろうね〜。良く分からないけど、こういう感じがするんだ。」です。

物事の本質を見極めるというと、何か究極の答えがあるような気がします。しかしながら、そんなものはない。分からないというのが答えです。究極の答えを捜し求めようとするその態度、そして結果何も分からないと分かることに本質があるのです。それに気づかずにそれらしい答えをベラベラとバカみたいに得意げにしゃべる人には何の魅力も感じません。



2006年02月21日(火)

高校生の頃、NHKがやっていた地球大紀行という地球の成り立ちを当時の最新科学をベースに紹介する番組を観て、僕は自分という一人の人間の無意味さに愕然としたことがある。この宇宙、いやその宇宙をも司る得たいの知れぬ秩序を突きつけられて、僕はなんてちっぽけなんだと思うと勉強すること大学に進学すること全てのことが無駄に感じた。

丁度その頃、学校で保護者面談があったのだが、僕の担任は母親に「息子さん、目が死んでいます。」と言ったらしい。確かに目は死んでいただろう。彼は間違ってはいないが、ある意味それ以上のことに気がつけない浅はかな教師だったということになる。というのも、僕のその得たいの知れぬ秩序から感じた無気力感は、実は人間は大きな秩序に組み込まれた存在であり、その秩序の大きな流れの中で生かされていることへの気づきの原点であったからだ。

僕らはあたかも自分の意思で考え行動し生きていると思っているが、本質はそうではないのではないかという疑問を持つことが必要だ。僕らの身の回りに起こる全ての事象は、僕らの意思の有無に関わらず、この今の一瞬にすべてに影響しあいこの世の中を形作っている。例えば、あなたのそのくしゃみさえも今この瞬間の秩序を保つものであると言える。

科学的な証明は不可能だが、科学など信頼するに値しない。科学は結局は統計学でしかない。集められるデータは人間の認知の範囲でしかないし、限られた人間の能力の範囲でいくら証明されたといわれても何の説得力もない。自分達の体の仕組みも良くわかりもしないのだから。

話はそれたが、僕らは何か良く分からないこの秩序の中に身を任せてみることで救われるような気がする。世の中に氾濫する人が作り出す種々多様な価値観から解き放たれて、本当の意味で開放される瞬間に人間は自分の人生を生きることになるのだろう。



2006年02月20日(月)

毎日ほとんど同じなので飽きてきた。違うことを書きましょう。

新聞を読むことが大事だって意見がありますが、皆さんはどう思いますか?僕には良くわかりませんが、大事だとは思いません。実際に新聞は取っていないし、一年に新聞を読む機会なんて実家に帰った時か散髪屋に行った時ぐらいです。同じようにニュース番組に関しても全く興味がありません。単に音楽やトークを聴くために聞いているラジオで流れるニュースを聴く事がありますが、ふーんって感じです。全くもって僕に関係ないじゃないですか。天気予報は大事ですね。天気予報を聞いてなくて傘を持たずに出勤して、帰りに雨が降ると困ります。

ニュースはお硬いイメージがありますが、バラエティとなんら変わりませんよ。自分にとって何らかの意味がなければ、どんな情報も単なる雑情報です。そんなたくさんの雑情報を頭に入れてどーするんでしょう。僕はそんなキャパないです。長浜で子供が殺されましたなんてニュースが流れましたが、「あらら〜。なんて世の中になったんだ。」とは思いますが、殺した中国籍の女性の心理やらその生い立ちや動機など僕にはどーでも良いことです。

オリンピックも同じ。全くもって興味が沸きませんな〜。プロ野球のキャンプも同じ。何が面白いのですか〜。僕が今欲しくて仕方がないのは、平成18年度から大きく変わる診療報酬の情報ですね。今、高齢障害者を抱えている家族には大変な改正ですよ。コンタクトの検査が保険から外れるなんてたいしたことじゃない。今までリハビリを受けられた人が、受けられなくなるなんてことが起こりうる改正です。

知るべき情報が知られなくて、どーでもいいことが垂れ流されるって変ですよ。情報は自分で選択していきましょう。テレビは悪魔です。



2006年02月19日(日)

8時半起床。9時45分から勉強会。18時帰宅。掃除・洗濯。

禅寺に出家するってどんなんなんだろう?



2006年02月17日(金)

7時起床。8時出社。18時退社。18時半より知人と食事。23時帰宅。



2006年02月16日(木)

7時半起床。8時出社。20時半帰宅。

一生懸命、自然体になろうとしている自分が自然体ではないことが、今の一番の悩みだ。



2006年02月15日(水)

7時15分起床。8時出社。19時退社。本屋でウロウロ。21時スポーツクラブ。23時帰宅。

トリノオリンピックで日本がなかなかメダルが取れないらしい。別にいいじゃないか。取れるときもあれば取れないときもある。日本人は平和ボケしているにも関わらず、オリンピックの時だけは日本チャチャチャになる。普段、国民としてのアイデンティティを感じていないから、こういうときに感じたいのかもしれない。

僕の家にはテレビがないから、たまに家に居る時に聴くラジオか、更新時にチラッと見るネットのニュース程度しか情報がない。それで不便しない。興味がないからだ。興味がないからニュースをみないのではない。興味をそそられる刺激がないから、根本的に興味が沸かない。そうやって考えると、普段の生活の中にどれだけテレビと言う映像メディアが入り込んで、人の心をもてあそんでいるかが良く分かる。テレビなんて捨てちまえ。コントロールされているんだぞ。

バレンタインデーになんと生まれて初めて本命チョコをもらった。どうしたら良いのかさっぱり分からん。製菓業界よ、そういうことも考えて販促活動しやがれ。人の心を高揚させて、もて遊んで金を使わせて、その先はご自由にか?ふざけんな!もらう側の迷惑を考えろっつうの。



2006年02月14日(火)

6時半起床。7時45分出社。19時退社。スターバックスで読書。21時からスポーツクラブ。23時半帰宅。ネット更新。



2006年02月08日(水)

7時15分起床。8時出社。19時退社。スポーツクラブの申し込みへ。23時帰宅。ネット更新。



2006年02月07日(火)

7時15分起床。8時出社。17時40分退社。19時バスケット。帰宅後、ネット更新。



2006年02月06日(月)

7時15分起床。8時出社。19時10分退社。20時より知人と飲み。帰宅後、ネット更新。



2006年02月05日(日)

10時半起床。13時から講演会。19時帰宅。DVD「フォーガットン」鑑賞。



2006年02月04日(土)

7時半起床。8時20分出社。13時退社。帰宅後、掃除洗濯。夕方より知人と夕食。



2006年02月01日(水)

7時20分起床。8時10分出社。18時半退社。ドトールで読書。帰宅後、ネット。


 < 過去  INDEX  未来 >


T [MAIL]

My追加