”BLACK BEAUTY”な日々
Paranoia Days INDEX|Did The Old Boogie|Wanna Do The New Boogie


2006年07月27日(木) ”BLACK BEAUTY”の危機

最近スタジオでギターを弾いてると「ガリガリ」とノイズが出る。
大切なギターなので、地元のギターショップで見てもらう事にした。
ついでにネックの反りとかもチェックしてもらった。

店員:「うーん、ネックはまっすぐですね。ノイズはジャックの酸化皮膜が剥がれてるみたいなんでジャック交換しましょう」

ふー、ひと一安心。大事に至ってなくて良かった。

ところが、他の部分がとんでもない事になっていたのだった。現在この日記を書いていても、ショックから立ち直れないでいる。

店員:「あー、リアのピックアップが死にかけてますね。それと、フレットが限界です。打ち直さないと厳しいですね」

ギターを弾かない方にはなんのこっちゃ分からないかもしれないが、これは俺のギターがとんでもない状態になっている事なんです。

まず「リアのピックアップ」というのは、ギターの弦の振動を拾うマイクみたいな物です。これが死にかけているのなら交換すればいいじゃんっていう簡単な話ではないのです。

このレスポールカスタムは1971年製。この時期のピックアップはギブソンの職人さんが手巻きでコイルを巻いていた時代で「ナンバードPAF」と呼ばれるピックアップである。だから、「この世にひとつしかないピックアップ」なんです。

それが死にかけているなんて…。

それから「フレット」っていうのはギターのネックに打ってある金属の事です。これが磨り減ってしまったので交換しなきゃいけないんです。

だけどレスポールカスタムのフレットは「フレットレスワンダー」と呼ばれる位、フレットが低いのが特徴で、カスタム愛用の鮎川誠さんは、わざわざ
同じ68年のカスタムをもう1本購入して、フレットだけを移植したという逸話もある位なんです。

そのフレットも交換だなんて…。

でもよくよく考えると、このギターを買ったのが5年前で、当然前のユーザーが弾いていたわけだから、フルのオリジナルの状態をキープするのがそろそろ限界なのかもしれない。

音もだいぶ変わってしまうのかなあ?心配です。
ピックアップはどのブランドがいいんだろ?
ギブソンの「バーストバッカー」あたりがいいのかな?

とりあえず、復活したら報告します。

ピックアップとフレットに合掌。





2006年07月24日(月) 蕨とビールとブルースと

日曜日、クローキが月1回のペースで活動している「ザ・サービス」のライブを埼玉県の蕨に観にいった。

地図によれば駅からの所要時間はそんなに長くないと思えたのだが、実際は駅からかなり離れている。開演時間も迫っている。家族3人走って走ってどうにか到着した。

「ゆ場中山道MSP」という銭湯とライブスポットがコラボされた不思議な空間。席に着き、生ビールを飲む。あーこりゃいいあんばいだ。美味い。

事前にクローキからカバー中心の選曲と聞いていたが、こういうバンドは演奏がめちゃくちゃ上手い。落ち着いた時間を過ごすことができた。

そして、クローキのギターボーカルによるレイヴォーンのカバー。
足元にはフルトーンのペダル。アンプはJCかと思いきや、VOXに繋いでいる。
へー、クローキがJC以外のアンプを使うの初めて見た…壊れてたのねJC。

しかしJCでも壊れる事があるんだね。昔のスタジオにはJCかYAMAHAのFシリーズしか置いてないのが普通だったな。そいでこのアンプからどうやって歪んだ音を作るかが腕の見せ所だったんだよなー。懐かしい。

クローキのボーカルは、彼らしい淡々とした歌い方で音程も良かった。
俺の好きなタイプの声。ルーリードに似てたかな。かっこよかった。

ドラムの方は最初は静かに叩いていた。多分、防音上フルショットが禁じられてるんかな、と思ってたら最後の方は全開フルショットだった。

「最近オススメのCDは?」とクローキに尋ねたら、ジミヘンのBBCセッションがいいと教えてくれたので、買ってみた。
ジミヘンのライブはモンタレーのやつしか持ってなかったが、最高の一枚であった。

とてもリラックスした楽しい夜だったので、皆様もぜひ足をお運び下さい。


2006年07月15日(土) ロック経済学入門

「オメーにはわからんだろうが、これがホンモノのロックっていうもんなんだぜよ!」

オーバー30歳の方々、20歳の頃こんな価値観で音楽に触れていませんでしたか?

かくいう自分もついこないだまで、そう思っていた。実に20年という長きにわたって、そう信じていたわけだ。

この価値観とはつまるところ・・・
�� 自分こそが「真のロック」の理解者であり、体現者であるという、他者への圧倒的優越感
�� バンドをカッコイイと感じると同時に、そのバンドを好む自分のセンスをカッコイイと感じる自己陶酔
�� それ故、他のジャンルの音楽には猛烈な拒絶を示す。

しかしながら・・・
�� 優越感の相手である「他者」は決して「キー!クヤシー!」などとは絶対に思わない
�� バンドが全国規模に成長してしまうと、以前はあたかも自分一人だけの宝物であった「センス」を大衆と共有するすることになる。
従って自己陶酔できなくなる。
そして「あいつらは売れてからおかしくなった」といったおかしな事を言い出す
�� 「他のジャンル」のどこがどのようにダメなのか論理的に説明できない

ロックという音楽は基本的に「聴き手の優越感をくすぐり、自己陶酔を促進させる」という手法でビッグビジネスに成長してきた。60年代のアンドリューオールダム(ストーンズのマネージャー)然り、マルコムマクラーレン(ピストルズの仕掛け人)もまた然りである。

日本のロックビジネスも80年代はこの手法を採用し、成長してきた。
CD、チケットの販促広告やジャーナリズムも10代のキッズ達にそーっと耳打ちするかのように、
「とっておきの情報です。あなただけにお教えしますよ。実はこのバンド、みんなは気づいていませんが、ものすごーくカッコいいんです。だからみんなに知られる前にぜったいチェックしておいた方がいいですよ」
といった、証券会社の営業マン的手法でキッズ達の優越感をくすぐり、自己陶酔を促進させた。
何しろガラスの10代である。「他人と違っている事」こそ当時、10代の子供が欲しくて欲しくて堪らない最高のステイタスだったのだ。

ところが現実はというと、そのバンドのカッコ良さを知っている人はあちらこちらにウジャウジャしており、とっくに大衆性を獲得してしまっているのである。

なんて大人って汚いんでしょう。行儀よく真面目なんてできやしなく、夜の校舎窓ガラス壊して回りたいところですね。

因みに80年代を席巻した「BOØWY」は徹底した媒体戦略のもと、キッズ達の優越感をくすぐり、自己陶酔を促進させ、もしかしたら大衆性を獲得したのではないかとファン達が気づくその直前で解散した。
さすがはヒムロック。この人は多分ベンチャービジネスを立ち上げたとしても大成功を収めたろうと思う。

さて、90年代に入り、バブル崩壊と共に、バンドブームはあっという間に消え去った。
そんな中、あえて80年代的な手法で全国規模のバンドに成長したのがブランキーとミッシェルである。
ライブ会場限定販売のシングルをリリースしたり、新譜CDと共にジャケットや曲順の全く異なるアナログ盤をリリースしたり、あえてインディーズレーベルから新曲をリリースしたりと、実にファン心をくすぐる販売戦略を展開した。

ところが、この両バンドも解散を迎えた。

その後、日本の音楽シーンは楽曲主体にシフトし、「良い楽曲であれば売れる」という極めてシンプルな需給関係を生み出した。
逆にバンドのキャラも「隣のお兄ちゃん」的なもので足りてしまい、カリスマ性よりもトークの腕前が重要視されるようになった。

つまり「ペヤングソース焼きそば」のお湯を台所で流そうとしたら、手元が狂ってアチチチ!なんてなってる氷室京介は絶対に想像できないが、レミオロメンのボーカル君だったら全然アリなのである。

「えー、じゃあもうロックには夢も幻想もないのお?なんか寂しい。。私はもう夢見る少女じゃいられないの?」

とお嘆きの乙女へ。

実はその誕生以来、今この現在もファンの優越感をくすぐり、自己陶酔を促進させ続けているジャンルがある。

それはずばり「メタル」である。

メタルの凄い所は、時代や地域によって音楽性は異なるものの、メディア戦略をほとんど用いずに、音楽それ自体の力でファンに幻想を抱かせ続けている点である。この強靭な生命力があるからこそ伊藤政則は毎週深夜土曜日25:00-29:00というディープな時間帯にもかかわらず、昔と変わらぬ超ハイテンションでシャウトできるのである。

そしてメタルには強力な武器がある。「バンドTシャツ」である。
着用するだけで自らの好みを周囲に強烈にアピールすることができるシンプルかつ効果的なアイテム。これほどバンドTシャツに入れ込んでいるジャンルはメタルをおいて他にはない。

ウダウダと書いてきたが結局、俺が20年もかけて至った境地とは「ロックだろうがポップスだろうが演歌だろうが、この世には良い音楽と悪い音楽のどちらかしか存在しない」という簡単な答えだった。

ヒントはタイガーバンドだった。解散ライウも含めて、タイガーも含め、対バンした若いバンド達は皆、変に気負う事もなく、スカしているわけでなく、等身大でステージに上がり、ライブを楽しんでいた。彼等は前述の「80年代的なメディア手法」を経ていないため、バンドに関わる全ての事になんらの優越感も歪んだ自己陶酔もない。

よって、「これがいい!」と思ったらそれがどんなジャンルであっても自分達の音楽に何の抵抗もなく取り入れ、消化していく。

逆に「これがいい!」と思えても妙なプライドが邪魔して取り入れられなかったのが俺の世代。

この「風通しの良い」バンド環境の土壌を作ったのがハイスタであろう。

バンド名は忘れたが、若いバンドのボーカルの子のMC。

「みなさん楽しいですか?僕達も今日のライブを最後まで存分に楽しもうと思います。だからみんなも楽しんで下さい。モッシュするもよし、後ろでじっくり聴くのもよし、自分なりの楽しみ方で僕等の曲を聴いて下さい。ライブハウスは『誰もが自由』でなければならない場所だと僕等は考えています」

これを聴いて俺は大人気なく胸が「キュン」としてしまった。
そうだね、君の言う通りだよ。
逆に君の事羨ましく思うよ。
タイガーバンドに感謝しなくちゃね。

優越感と自己陶酔にはもーいい加減に飽きた。

ジャンル、スタイル、イメージ、コンセプトなど関係ない。

ただただ「良い音楽」を作り、お客さんと楽しもう。


2006年07月14日(金) 忌野清志郎

俺よりもう少し上の世代の方にとってはRCといえば屋根裏であり、アルバムは「ラプソディ」だったりするのだろうと思う。

それに対して俺にとってのRCは夏に野音、クリスマスには武道館という既に大御所のバンドとして君臨していた。
初めて聞いたRCは野音のライブ盤「THE TEARS OF A CLOWN」だったと記憶している。

高校生の頃、スライダーズがらストーンズに遡るのと同様に、RCからオーティスレディング等のR&Bに遡っていった。清志郎がライブ中「ガッタガッタ」を連呼していた謎もオーティスを聴いて解明された。

そんな中1988年、「COVERS事件」が起こる。

これはRCが反戦・反核をテーマにしたカバーアルバム「COVERS」とシングル「ラブミー・テンダー」を製作するも、東芝が原発の機器を電力会社に提供したために、東芝EMIの親会社の東芝から圧力がかかり急遽発売中止になった事件である。
東芝EMIは全国紙(毎日、朝日、読売)で「素晴らしすぎて発売できません」との広告を打たされる。後にレコード会社を古巣キティレコードに変えて発売されたこのアルバムは、話題性もあり皮肉にも初のチャート1位を獲得した。
全国紙の中でも朝日はこの問題を積極的に取り上げ、紙面上で肯定論、否定論が激しく議論された。

こうしてRCはマスコミによって「社会派ロックバンド」というよくわからないポジションに立たされる事になった。

折りしもこの年は昭和天皇の体調が悪化し、翌年1月8日の崩御を迎えるまで「自粛」ムードが国中を薄気味悪く包んでいた。
井上陽水の出演した自動車のCMで「みなさんお元気ですかぁ?」という台詞が「宮様お元気ですかぁ?」に聞こえるとの事で台詞がカットされたり、年末の日本歌謡大賞が中止になったりもした。

そしてこの年の夏の野音ライブは異様な空気の中で行われた。
取材陣の数も半端ではなく、客も静まり返ったまま淡々と演奏が続く。
楽曲も新曲が多く「軽薄なジャーナリスト」果てには「恩赦」といったとてもじゃないが公にリリースできない内容の曲ばかり。
清志郎はほとんどMCをせず、ステージを去っていった。

さらに驚いたのがライブ後のインタビュー記事の中で清志郎が天皇制を痛烈に否定した事だった。自粛ムード真っ只中にもかかわらずだ。
「天皇制はいらないと思います。『天皇』と聞いただけでほとんどの国民が思考停止に陥る。変だと思いませんか?」

この人は本当に悪運が強い。それを掲載した出版社もすごいが。

さらに90年代に入ると、覆面バンド「タイマーズ」のボーカルとして、フジテレビの音楽番組「ヒットスタジオR&N」にて、突然FM東京を放送禁止用語を用いて罵倒するわ、「プロパガンダ」「偽善者」「国名改正論(「逃げ腰」という国の国民)」「覚醒剤音頭」「宗教ロック」「障害者と健常者」「あこがれの北朝鮮」「トルエン」「お前の股ぐら」とタイトルからして危険な楽曲を発表する。

これに対し、90年代のメディアは「言葉狩り」に走り出す。

ニュースキャスターの筑紫哲也が「ニューヨークの街も多分屠殺場だね」と番組で発言をした。当時、公の場で使われる差別的な言葉が問題となっていたため、筑紫は「屠殺場」という言葉の使い方が不適切であったとして翌日に謝罪をした。しかし一部の屠場労組から抗議があり、部落解放同盟も加わっての糾弾会が行われた。

筒井康隆は1993年には、教科書に収録された短編小説『無人警察』の癲癇(てんかん)をめぐる記述が差別的であると指摘されたことをきっかけに、「断筆宣言」をする。

フジテレビの「人にやさしく」(SMAPの香取君主演)の挿入歌に同名のブルーハーツの曲が使われるが「気が狂いそう」の部分は出演者の台詞を上手くかぶせ、視聴者には聞こえないように配慮する。

ポコペンという言葉が中国人に対する蔑称として使われた事もあるため、漫画『ケロロ軍曹』では、ポコペンを「地球」の意味で使っていたが、同作品のアニメ化に際してはペコポンに変更された。

それでも清志郎は「君が代」をパンクバージョンにアレンジし、ステージで絶叫していた。ちなみにRCのファンクラブ名は「俺が世」である。

RCの事実上最後のアルバム「BABY A GO GO」リリース後、インタビュアーに「60年代の香りがするアルバムですね」と問われ、清志郎はこう答えていた。

「そうですか?僕には90年代のロックにしか聞こえませんが」

俺はこんな忌野清志郎が大好きだ。

石井さん、タッペイ君、モモちゃん、そして全てのファンのためにもご回復を心より願います。




2006年07月12日(水) ダニーのライブ

みほちゃんがコーラスで参加しているダニーのライブを観に行ってきた。
場所は新中野の「弁天」というおしゃれな感じの小屋だった。

正直、脱帽でした。バンドのレベルが高いと、お客さんまでレベルが高く見えてしまいます。
自分の音楽への姿勢はまだまだ甘いな、と痛感させられました。

帰宅後、カーティスメンフィールドとスティービーワンダーを聴きました。

夜風が気持ちよかった。


2006年07月10日(月) タイガーバンド

彼等の解散および解散ライブについて日記で触れるべきか否か、迷いがあった。

正直に言うと、俺はコンスタントに彼等のライブを観に行っていたわけではないからだ。

彼等の9年間の活動のうち、俺が知っているのは最後の3年間、しかもその3年は直線ではなく途切れ途切れの「点」で捉えた3年間でしかない。

従って俺はタイガーバンドの全てを語ることはできない。
自分なりの断片的な思いしか書けない事をお許し頂きたいと思う。

ラストライブでも演奏された「乗換列車」というナンバーがある。
一見すると、純粋無垢な若者が夢に向かって迷いながらも走っていく決意を表明した曲のように思えるのだが、最後のAメロで、こんなフレーズが登場する。

「悪いけど君たちおいらの踏み台になってくれないか?」
(許可なく原文のまま引用してしまい申し訳ありません)

人には決して口には出せないが、暗黙のうちに認めざるを得ない「ダークサイドの本音」というものがある。

自分よりも10歳近く離れた彼等がこの本音に触れるということは、俺の想像以上に彼等が大人であるのではないかと、この曲を聴くたびに思っていた。

そして実際に彼等は大人になっていた。しっかりと自分の意見を持ち、自分の言葉でそれを表現できるようになっていた。

出会った頃は「可愛い弟達」と思っていた彼等は解散という選択を「大人」として決め、そしてラストライブ行った。

本当に大人になったね、と心から思いました。

まずは通過点を過ぎたばかり。また新しい道を探し、しっかりと歩いてください。

タイガーバンド、ありがとう。



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