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おふぃすわーく。(笑)

なんて横文字にするほどかっこいいものでは全然無い。(笑)

暖房の効きが悪い事務所で、女子社員はみんなレッグウォーマーとひざ掛け。

足元暖房が壊れているので、私なんぞはひざ掛けを腰にグルグル巻き。

一応お客さんから見えない位置に座っているが、

ちょっとコピーを取りに行くくらいの時は巻いたまま。

暖房も付けられない貧乏な会社に見えてるかもしれない。実際貧乏だけど。;;^^)

足元にあったちっちゃい安い温風器も、壊れてるのに社長に『買って。』って言えないし。

冷えって絶対良くない。

今回の膀胱炎だって、細菌のせいとか身体が疲れてたからとかあるかもしれないけど、

会社や、会社の行き帰りの車の寒さが関係してると思う。

特に、車のシートはとってもとっても冷たい。

以前はムートンのクッションを引いていたけど、それを引いてしまうと

せっかく疲れないように設計しているシートの意味がなくなっちゃうと

ディーラーに言われて、止めてしまった。

だから今回は、カイロをお尻の下に敷いてみることに。これはGOODだった。これからこうしよう。(^^)


ところで去年の終わりから、家計簿をつけるのを止めてしまった。

付けてても月末に絶対合わないし、めんどくさくなってしまったのだ。

帳簿付けとか、光熱費などのグラフ作りとか大好きだったのに、そういう根気がなくなってしまった。

どこに行っちゃったんだろう?根気。

今までの経験を元に、すごーくアバウトにお金使ってる。果たして大丈夫なのか?

もうそろそろチェックしてみないといけないなぁ。

通帳が赤い文字になってたりするんだろうなぁ。(;^_^A


昨日の外に出たくない病を引きずって、今日は大丈夫なのかなと思っていたが、普通に家を出れた。

ただ、いつもは朝食を抜いていくのに今日は少しだけ食べていったからか、

運転している間中、とっても気持ち悪くてオエオエ。

これはヤバいかもっていうくらい気持ち悪かったし、不安もやってきたりした。

普段なら会社に着けばおさまるのに、今日はなかなかおさまらない。

ちょっとフラフラするような感じもして、心配になったが徐々に徐々におさまってきた。

ちょっと食べてしまった事で、胃酸が分泌されてしまったのだろうか。

胃の中がじわじわとシミるようで、気持ち悪かった。


朝、実家に誰もいなかったので寄らないで会社に来た。

昼過ぎに『会社に来てるよ。』と母に電話。

調子はどう?って聞かれたので、気持ち悪くて大変だったよと言った。

夕方になって、もしかして母が張り切って夕飯の仕度をしてるのでは?

と心配になって父に聞いてみたら案の定。

せっかく作ってくれても、調子が悪かったら食べられない。

それも悪いなあと思って電話掛けたけど、時すでに遅し。


夜ご飯食べてから帰ると調子悪くなるからいらないよって言って、

あまり食べないようにしていたのに、だんだんまた母のペースになっている。

せっかく作ってくれたんだからと、具合のいい時は食べるようにしたらもうそれが普通になりかけている。

毎回朝家に寄るたびに『夕ご飯はいらないからね。』って言わないとダメみたい。

もういい加減分かってくれよ〜って思う。

今日なんて、調子悪いって言ってたんだからますます夕飯食べないかなって思ってよ。

せっかく作ったのにあんたが食べないって言うから・・・ってプレッシャーかけないでよ。

自分がやってあげたいって事よりも、相手の事情とか調子を考えて欲しい。


作ってくれたのに、『食べない』っていう方も辛いんだから。


ほんじゃまか。
2003年01月17日(金)

おさぼりな1日。

先週の怒涛な忙しさから日月と休みを取り、火曜日に会社。

でも、水曜日はまた家にいてずいぶん休養を取ったはずなのに今日は家から出たくなかった。

年末に薬無しでなんとか治したと思っていた膀胱炎が復活したのか、新たにかかったのか、

どちらかは定かでないが、また辛い症状が出始めている。


ほんとなら13時から大学病院の呼吸器科、17時からまったく別の場所でカイロの予定。

でも、なんか家から出たくない気分大爆発で両方止めてしまった。

呼吸器科の先生は患者さんが多くて大変らしく、私のようにたまに軽発作しか起こさない安定した患者は、

ひどくなった時とか今よりもっと期間を置いて来てくれれば良いとの事。

薬さえもらえれば他の病院でもいいのだそうで。

先週行った心療内科の薬局で私の使っている薬を仕入れてくれるそうなので、呼吸器科はしばらく行かない。

また初診扱いになってしまう前に行けばいいかなと思っている。

カイロは土曜日に変更してもらって、今日はずーっと家にいたのだった。


以前だったら外に出たくない自分を責めて気にしていたが、それは止める事にした。

誰だって出かけたくない日はあるさ。

いつもいつも、気持ち良く張り切って出かけているわけじゃないんだって。

辛くても頑張って頑張って身体を壊してしまう人がいる。

でも、私はPDを持っているおかげで前もって無理しないように出来る。

身体を必要以上に痛めつける事にならなくて、返って良いのかなって思う。

それに、前は家にこもっているとどこにも出かけられないような気がしていたが、

また出ようと思う、出られる日が必ず来るって思えるし。(確証はないけど。;;^^)

身体や心より先に、頭で結果を決めつけるのは止めようって思う。


明日は会社。

きっと行ける。何も考えなくていいんだ。

まだまだそういう考え方をしようって心がける、リハビリ中だけど。


ほんじゃまか。
2003年01月16日(木)

逆ギレの理由。

昨日はお互いに仕事だったので、今週の2人揃っての休みは今日だけ。

なのに、いつの間にか流れでだんなさんがスロットに行くことになっていた。

いや、別にそれでもいいんだ。

私も何日か前からスロットOKな態度を取っていたし、実際それでいいと思ってたから。

でも、でも。

だからと言って、私に対して一言もなく当然のようにスロットに行くのはどうだろう?

今週は君と付き合えなくて悪いんだけど、スロット行ってもいいかなぁ?とか、

なんか一言あってもいいんじゃない?って思ってた。

いつも私が前もって手を打ったり気を回したりしてしまうので、

だんなさんはそれにすっかり慣れてしまって、

私の方から何も文句を言わなければ、それでいいと思ってしまっている。

だからそれはいいの。

私も自分でそういう行動を取った時は、文句が無いからなの。

ただ、一言欲しかっただけなんだ。


昨日の夜、『私のための休みはつぶれちゃってるんだけど、

それに関して何も言わないねぇ。』と言ったら、だんなさんはとたんに切れた。

むすっとして黙りこくってしまった。

それからはこっちが話し掛けても、怒ったように返事をするだけで

『今話し掛けないで。』って言う。

こういう時にしつこく話し掛けていると、プチ切れて大喧嘩になってしまうので、

私はぶちぶち言いながらも、なるべくしゃべらないようにしていた。


10分くらい経って・・・。

『悪かったよ〜。』とだんなさん。

『君にそう言われて、あまりにも図星だったから悪いなと思って。』

で、自分自身に対してむかついたのだそうだ。

だんなさんの怒りの仕組みが良く分からないが『明日はスロット〜♪』と楽しみにしていた気持ちに

水を差されたような気持ちがして嫌だったんじゃないの〜?と思いつつ。


今日はルンルンとスロットに出かけていったのだった。

私はお留守番。


ほんじゃまか。
2003年01月15日(水)

断薬。

会社に行って来た。

なぜだか・・・ほんとうになぜだか分からないのだが、最近の私には会社に行く時の不安が無い。

厳密に言うと『不安が無い』のではなく『不安があっても気にならない』という感じ。

不安が起きたり、具合が悪くなったりするのはもちろん嫌だが、具合が悪くなっても何とかなるし、

なったからといってその先の自分の行動が制約される事は無い。

また必ず調子が良くなって、動けるようになる日が来る。

長い長いPDとの生活の中で、こんな風に思える日が来るとは思わなかった。

まだPDが治ったわけではない。

不快な症状も不安感もまだまだいっぱいある。

小さな階段かもしれない、でも、その1段をやっと上がれたような気がするのだ。

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『ちょっとの変化じゃないですよ。』と主治医は言った。

『そう思えるようになってきたのは、大きな変化だと思いますよ。』

先生にそう言ってもらえるのはとっても嬉しい。

2001年の6月に、大きな発作を起こして自分の運転する車で夜間診療に飛び込んだ。

発症は1984年。

大きな発作を繰り返していたが、救急車を呼んだり病院へ行く事は無かった。

それから17年、もうPDとの付き合い方がある程度分かってきていたと思っていたので、

この出来事はとても辛かったし、また初めて病院へ行ってしまった事で、

私の中で保っていた『大丈夫、自分で何とかできる。』という想いが、崩れてしまった。

そして心療内科を探して通い始めた一件目が今の主治医だった。

パニック障害を得意として、600人以上の患者さんを受け持っている人だったが、

全然偉そうな感じが無くて、病院以外で会ったら普通のサラリーマンに見えるような感じの先生。

温和で、落ち着いた話し方、患者に圧迫感を与えないように少し視線をずらして話す。

長年1人でPDと戦って来た事で症状をこじらせたり

不安感を余計に刻み込んだりしてしまったのでしょうかと私が言うと、

『でも、自分なりに付き合い方を学んで来たのは、必ず財産になりますよ。

よく頑張ってきましたね。』と言ってくれた。

医師のこんな一言で、どれだけ患者が嬉しい気持ちを持つか、

当の医師本人は分かっていないかもしれない。


それから抗不安薬を飲み始めたが今まで薬を飲まないでなんとかやってこれたので、

薬の効果は良く分からなかった。

でも飲んでいるという安心感と、いつもは無理してしまいがちな所を

セーブするようになったので、それは良かったと思う。

薬を飲み始めて半年後、私はもう早速減薬をしたいと主治医に申し出た。

やはり長い間のみ続けるのは抵抗があったし、

頓服も一度も飲んでいないくらいの状態だったから。

(実は飲まずに我慢してしまうこともあったのだが)

それに、子供を産むことになったらという懸念もあった。

(実際に子どもを作るかどうかは決めていなかったが)

主治医の意見は、『減薬はゆっくり過ぎるくらいゆっくりと』。

今1回1錠日3回飲んでいる薬の内、まずはどれかを1/4錠にすることにしたが、

これでもまだ早いと言う。

ほんの一かけずつでもいいくらいだと。

そんなにちょっとでも変化って分かるものですか?と聞くと、

『そうなんですよ。』とおっしゃる。


まずは1日3回のうち1回の薬を1/4錠に。

それを何週間か続けて、調子が良いようだったら今度はもう1回を1/4錠に。

それも、朝昼夜の内自分の大丈夫そうな時を減らしていく。

私の場合は、昼は家にいても会社に行っていても気が紛れていることが多いが、

特に会社の行きと帰りが心配なので、昼から減らしていくことにした。

そうやって徐々に減らしていく中でも薬が原因かははっきり分からないが

調子の悪い時があって減薬足踏み状態になったり、去年の秋には、

また大きな発作を起こして病院へ駆け込んだりして、後戻りすることもあった。

とうとう完全に薬を止めようと思った月には、母との事で大きなストレスがかかり、

ストップしてしまったこともあった。

無理して止めてはいけない、また大きな症状がぶり返してくるかもしれないから。

減薬、断薬は精神と身体が自然に受け入れる状態で進めるのが一番大切だと思う。


そして減薬を始めてから1年後の去年、2002年12月1日。

とうとう完全に薬の服用を止めることになった。

まったくと言っていいほど、無理はなかった。

精神的にも肉体的にも安定していた。

1度断薬に失敗した時は、風邪や生理やストレスも重なり非常に調子の悪い日が続いたが、

今回はそういった事は何も無かった。

今まで私の心の中に、いつも重くのしかかっていた母に対しての気持ちが、

少し整理出来始めていたのも良かったようだ。


とても忙しかった年末、年始の仕事始め、遊びすぎた時期・・・。

その時その時で、体調が悪くなったり精神的に不安定になったりしたが、

休息を取る事でなんとか乗り切れている。

PDという病気は、はっきり『治った』というのは難しい。

私もまだ不安発作を起こす事もあるし、遠くへ行けるようになったわけでもないし、

長距離の乗り物に乗れるようになったわけでもない。

ただ、自分のテリトリーの中では割と安定して暮らしていられるというだけである。


でも、母の主治医が、

『乗り物が怖かったら、乗らなければいい。旅行が出来なかったら、しなければいい。

苦手だからやらないっていう事があってもいいでしょ?

朝ちゃんと起きて顔が洗える。近くのスーパーなら買い物に行ける。

それだけで十分だと思っていいんじゃない?いきなり旅行なんて高望みしないで。』

と明るくおっしゃってたのを思い出した。

無理して出来ない事をする事はないんだ。

出来る事を幸せにやっていければいいのかもしれない。

そんなココロの余裕が、今の安定した状態を生み出しているのかもしれない。


日々、普通に、落ち着いて暮らせるのが一番の幸せなのだ。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月14日(火)

不安に逃げ込まない。

昨日はゆっくりしようと書いたが、ゆっくりしようではなくてゆっくりしか出来なかった。(笑)

一昨日、クリニックの後遊んで帰ってきてその夜中、寝ようとするとドキッとして目が覚めた。

あれれ〜、これはもしかして〜と思ったら、そのとおりだった。

朝起きると、肩から背中から腰までバキバキで、動くと動悸がするのだ。

身体を伸ばしただけで、ドキーン!バクバク!

さすがにハードスケジュールで疲れたんだろうなと思った。


以前の私は、動悸が始まるととても滅入ってしまった。

そして、何で動悸がするんだろう、普通の人はならないのにと思って、

動けない自分を責めて、ムリヤリ動こうとしていた。

動いては動悸がして不安になって、でもまた動いて動悸がして、

最終的には動くのが怖くなって、じっとしている感じだった。

そういう時でも、めったに眠ったりしない。

なぜだか分からないが、具合の悪い時には眠りたくない。

これからこの状態がどうなっていくのか、見届けたいという気持ちがあるらしい。

眠ってしまって意識や感覚を失う事が怖かったのかもしれない。

(気絶するとかそういう事ではなくて、眠る事に対して)


私が眠るのは、頭痛がして吐き気がしてどうしようもなくなった時だけ。

この時は不思議と眠気が来るのだった。

ほんとに具合が悪くなったら、人間って眠れるように出来てるんだなぁ。

なんて思っていた。PDでも、ほんとに具合が悪いのに。(笑)

頭痛の時は、起きていられなくて横になるから自然と眠れてたのかな。


でも、今回は不思議と動悸をそれほど恐れていなかった。

ドキッとして、ぐわ〜っと不安になっても、不安が治まっていく。

そして動悸の原因も、身体のコリが原因だと思えたので、

あまり心配していなかった。


私の不安感には理由がある。

訳もなく不安になる事はほとんどない。

最近はそんな風に思えていて、不安感が起きた時に以前よりは慌てなくなっている。


なので、昨日はもう観念してネットを少しとプレステで時間をつぶし、

出来る範囲で洗濯と家事をこなして、身体を休めるようにした。

プレステをやっていると、身体が緊張してあまり良くないかなと思いつつ。;;^^)


そのおかげで、夜になるにつれて動悸は軽くなっていった。

だんなさんが帰ってきた時も、夕飯を作ってあげることが出来たし、

ただ、寝る時はちょっと苦しかったけど、いつもの調子の悪い時ほどは辛くなかった。


そして今日、朝起きてみたら動悸がほとんど治まっていた。

なんか嬉しかった。

当たり前の事なのだが、休めば治るんじゃん!!って思ったのだ。

普通の人が聞いたら、何を言ってるんだろうと思うかもしれないが、

その当たり前の事が、今まで出来なかった。

普通の感覚とか反応という物が、私には無かったんじゃないだろうか。

だから、発作が起きそうになっても対策を練ることをせず、

ますます不安に飛び込んで行ったりしていた。


苦しいんだから洋服を緩めればいいのに、辛いんなら車を止めて一休みすればいいのに。

不安がちょっとでも顔を出した時点で、思考が混乱して不安を止める事が出来なかった。

でも最近は、そういう事がだんだん出来るようになっている。

会社帰りにパチンコ屋さんに寄ってトイレ休憩をしたり、

苦しくなりそうな時は前もって飴をなめて気を紛らわしたり、

渋滞がひどいと分かっている所は、迂回路を探したり。

むやみに恐怖や不安に突入していく事が少なくなった。

だんだん普通の感覚が持てるようになっているのかな。


今までは、ちょっと調子が悪いと全部PDのせいにしていたけど、

ただ単に体調が悪い時もあるさって思える。

でもまだ、不安を不安としてはっきり感じて認識してから、

思考の転換をして、落ち着かせている状態。

自然に考えないようになっている訳ではないから、

たまにもう嫌になって、不安へ逃げていった方が楽かも!なんて思ってしまうことがある。

あんなに嫌がっている不安の方へ。


それは、私が不安に走る事で何か利益というか、得な事があるからかもしれないと

友だちに言われた。

これは友だちが、私の事を批難して言っているのではなくて、

ほんとに嫌な物だったら、そっちへ行きたいなんて思わないという事。


そう言われてみると、私には『元気になるのが怖い』という気持ちもある。

元気になったら、社会に出て行かなければならない。

人とも付き合って、何でもやって、どこへでも行って。

完全に回復した状態では、そういうイメージは気持ちのいい事になるのだろうが、

今の私の中途半端な状態では、元気になるのは嬉しいが、

元気になって動いてる自分を想像するのは怖い、という感じなのだ。

だから、不安に逃げ込めば外界との接触の無い安全な世界にいられる、

というイメージが私をそちらへ走らせているのではないだろうか。

それと、一つ一つの不安に対処しているのが疲れたとか。


これは、ほんとに徐々に気持ちを健康にして、いいイメージを持って、

不安に逃げ込まないようにしながら、リハビリしていくしかないのだと思う。


ほんじゃまか。
2003年01月13日(月)

街を楽しむ。

昨日は今年初めての心療内科。

今まで行っていた大学病院から先生が異動したので私も一緒に異動した。(笑)

現代社会では誰にでも、かかり付けの心療内科医か精神科医、カウンセラーが

最低1人は必要だと言う話を読んだ事がある。

ココロのケアは、普通に暮らしていても必要なものなのだという。

だから私は、もしPDが治っても、先生からは離れない。(笑)

一生、私の主治医でいてもらおうと勝手に思っているのである。(^^)


今度は個人経営のクリニック。

カイロとはまた違った大きな駅にある。

パチンコ屋さんはたくさんあるし、お気に入りのお店も多いし、

月1回ペーストはいえ、お金使っちゃいそうでちょっと心配。;;^^)


11時半の予約で、呼ばれたのが12時過ぎ。

一人一人の患者さんの話をじっくり聞く先生なので、相変らず待たされるが、

大学病院の頃に比べたら1/3の時間。

1ヶ月ぶりに会う先生はとても元気そうで、大学病院がかなりキツかったという事が伺える。

病院はビルのワンフロアーにあり、中はシンプル。

しかし、病院のあちこちに細かな気配りを感じる。

待っている間に患者さん同士や受付の人などと、あまり視線を交わさなくていいように、

イスの向きや感覚が考えられていて、圧迫感がない。

あまり病院!って感じの雰囲気もない。

院長先生が、その辺をとても考えてくれている方のようだ。

だから私の先生も、ここを選んだのだと思う。

お気に入りだから言うわけではないが(笑)

私の主治医は、『医者は儲からなくていい。』という考えの人で、

熱血漢ではないがかなりポリシーがあるようで、

自分が納得できない所では、きっと働かない人。

奥さんはけっこう大変なのかもしれないなぁと思ったりした。

しゃべっていると、ぽわ〜んとした雰囲気のボクトツな先生なのだが。

次回は3週間後に予約をして帰ってきた。


案の定、スロットに行った。

月・・・会社
火・・・カイロ&スロット
水・・・スロット
木・・・スロット
金・・・会社
土・・・クリニック&スロット

馬鹿みたいなスケジュールである。

スロットといっても、一日中打っている訳ではないし、

ちゃんとご飯も作ってお仕事もしています。(笑)

でも、動こうと思えば動けちゃうのでまたまた嬉しくって調子に乗って出かけている。

今にPDから、『オイッ!』って突っ込まれるかな〜と用心しつつも、今日も動いてしまった。


結果的にはとっても負けてしまったのだが、朝10時過ぎに家を出てクリニックに行き、

1人でハンバーガーのお昼を食べて、スロットに行って、たこ焼き屋さんでたこ焼き食べて、

大手電気店に行ってコツコツためたお金でプレステ2を買って、

重いのを頑張って家まで運んだ。

帰ってきたのが17時半過ぎ。

朝家を出てから7時間あまり。

疲れているけど、PD関係の不安は出ないまま過ごせていた事がとても嬉しかった。


今日はゆっくりのんびりしよう。


ほんじゃまか。
2003年01月12日(日)

自分を苦しめる人間関係。��

私は会社の大変さが分かっているし、

社長はお給料を未払いにするような人ではないと思っていたし、

なによりも、こんな時だけ私を利用しようとする先輩が許せなかったので、

私からは、資金繰りに苦しんでいる社長にそんな事言えません。

しかも、退職金の事まで話したら、それこそ社長が怒って大変な事になるし、

第一、そんなお金今の会社にはありませんよ、と。

やんわりとその申し出を断った。

先輩はそれ以上押す事もなく引き下がった。

それから、私に年賀状を作って欲しいと言った。

会社にいる頃は、毎年作ってあげていた。

何人かの社員は、会社のプリンターで印刷させてもらうのだ。

その辺は、社長も大らかで自由にやらせてくれていた。

この時、私は年賀状を作るという打ち合わせの電話を、

自分からすると言ったか、向こうからの電話を待つといったか、忘れてしまった。


するとまた何日かして、電話がかかってきた。

クリスマスプレゼントを渡したいと言う。

その日はちょうど会社の側まで用事で来ているからと言う。

でも、私の出勤は午後からのことが多いのでたぶん間に合わない。

用事が終わって、だいぶ待つことになってしまうだろう。

悪いので、もし私が遅かったら待たないで下さいね、と言うと、

ちょっとむっとしたような雰囲気が伝わってきた。

結果的に、私がプレゼントを拒否したような形になってしまったから。

でも、私はプレゼントなんて欲しくなかった。

利用するために、物を使う。

恩を着せて、自分の頼みごとを聞かせようとする。

いつもそうなのだこの人は。

そういう先輩の態度に、みんな気付いている。

とても恥ずかしい事だと思うのだが、本人はそのみっともなさに気付いていない。

これも、私の母と同じだ。

プレゼントをもらうために、早めに出勤するなんて絶対嫌だ。


それから私は怒涛の12月後半に入った。

仕事は山積み、プライベートでは伯母が入院手術、それに伴う親戚問題、母のフォロー。

会社の年賀状、皆の年賀状、最後に自分の年賀状。

いつの間にか先輩の事はすっかり忘れていた。

電話もそれっきりかかってこなかった。


会社が冬休みに入ってから、年賀状を書いていてふとその事を思い出した。

そういえば、先輩の年賀状どうなったんだろう。

私は一応先輩に年賀状を出した。


新年が明けても、先輩からは年賀状が来なかった。

会社で聞いてみると、あれだけ目の敵にしていじめていたパートさんにも、

ほとんど付き合いのなかった方のパートさんにも、来たそうだ。


私が連絡をすると言って、忘れてたんだろうか?

プレゼントをありがたくいただかなかったからだろうか?

理由は分からないが、怒っていることだけは確かなようだ。

しかし、大人げない事をする人だ。


でも、これでやっと関係を断ち切ることが出来るかもと思った。

こういう事でもなければ、私は自分から無視するとか出来ないし、

向こうがこちらを切ってくれれば、その方がありがたい。


私と先輩には、共通で仲良くしている関係会社の女性がいる。

歳は先輩と同じくらいだが、先輩とは逆で温和でとってもいい人だ。

その人と私と、先輩と3人でご飯をなんて話もあったみたいだが、

どうやら今日の昼、2人だけで食事をしたようだ。

私が会社に出ている事を知っていながら、先輩は私を誘わなかったらしい。

その関係会社の女性には、これからも私と仲良くして欲しいので、

それとなく先輩と私との付き合いはなくなったという事を話しておこうと思う。

どこまで話すかはこれから考えよう。


今年は自分を苦しめるような人間関係から脱出して、

もっと自分を大切にしてあげなくては。


結局、社長は約束通り年内に未払い分を振り込んでくれた。

退職金はまだ払っていないようだ。

このままだと、先輩が法的処置に出てくる可能性もある。


ほんじゃまか。
2003年01月11日(土)

自分を苦しめる人間関係。

最近は、会社に行く時の不安感がとても減ってきている。

以前だったら、いくら調子の良い時でも車に乗り込んでからしばらくは不安だった。

今日は大丈夫かな、調子はどうかな、と自分の身体やココロに神経を集中させ、

確認作業を行なっていた。

電車の発車確認みたいな物である。

でも、ほんとに極最近なのだがそれをしなくなっている自分に気付いた。

『調子が悪くっても、何とかなるさ!』

『調子が悪いのはPDのせいじゃなくて、ただ体調が悪いだけ!』

そんな風に感じている。


でも、完全に安心しているわけではない。

自分が不安を気にしているかどうかという事さえ気付かなくなったら、

その時はもっと喜んでいいんじゃないかなと思う。


調子のいい日が続いて嬉しくて、

『もしかして、もう治ったのかも?』

なんて喜んで何度も裏切られてきてるので、

もう簡単には治ったなんて思わないぞ、という気持ちも大きい。


ただ、今回が今までと違うのは

『不安が起きてもなんとかしのげる。』

と思えていることかもしれない。

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去年会社を辞めた先輩の事については色々とあって、日記にもたくさん書いた。

まるで母親に振り回されるように、その先輩にも振り回され、

その先輩のわがままさや勝手さとは別に、私自身がそういうタイプの人に弱いという事も分かった。

その事はとてもいい経験になった。


先輩が辞めて何ヶ月か経ち、私の気持も生活もやっと落ち着いてきたと思ったら・・・。

また先輩から連絡が入るようになったのだ。

辞めていく時、とても無愛想に、もう私とは何の関係もないという顔をしていたのに。

一緒にお昼ご飯でも食べない?なんて言う。

その理由は分かっていた。

ウチの会社は今、しゃれにならないほどの経営困難で余裕が無い。

退職金に関しても、はっきりとした規定がないも同然だし、

今まで10年以上も勤めて辞めた人の前例もない。

だから、この先輩の退職金もちょっと待ってくれるように言われているらしい。

先輩は、夫の収入もいいし、年金も入るから社長も安心しているようだった。

しかし先輩は、このままだとウチの会社がつぶれて退職金がもらえなくなると思ったらしく、

私に社長へそれとなく言って欲しいと思って連絡してきたようだった。

先輩とは事情が違うが、私にもちょっと待ってねと言われているお給料の一部があった。

先輩は辞める前から、それを払ってもらったか私にしつこく聞いていた。

最初は心配してくれているんだと思っていたが、実はそうじゃなかった。


先輩は、私がもらうべき分も、早く言わないと今年(H14)中に払ってもらえなくて、

そのままなしくずしにもらえなくなっちゃうかも、

と私を脅かし、もし自分が法的機関に駆け込んだら、会社つぶれちゃうかもよと脅し、

彼女らしいやり方で、自分の退職金の事も私から社長に言わせようとした。

いつもそうだった。

まるで相手のためと思わせて実は自分の要求を通そうとする。

母親と同じ手口。

彼女はこれを自分の子どもにもやっているんだろうか。

そうしたら彼女の子供達も、りっぱなACに育っているだろう。


ほんじゃまか。
2003年01月10日(金)

GIVE AND TAKE。

今日は完全オフ。

カイロは火曜日に行ったし、カウンセリングは予約を入れていない。

呼吸器科の診察は来週だし、心療内科は土曜日だし。

最近、会社か病院かっていう生活をしていたので、平日が1日ポコっと空くのは久しぶり。

何をして過ごそうかなぁ。

午前中はHPをいじって、昼から郵便局の用事。

そして通り道にある行きつけのパチンコ屋さんへ・・・。

今年初の来店。(笑)

途中まで負けていたのだが、私が密かにひいきにしている店員さんが、

すごくおいしい台を打たせてくれたので、トータル浮きで帰ってきた。

18時。

いつもだったらお弁当を買ったり、インスタントで食事を済ませてしまうところだが、

今日はなぜか料理に燃えていた。

健康的な食生活を送らなきゃっていう気持ちになっている。

ここ半年ほど、食事をだいぶおろそかにしていた。

続けていたのは健康茶を煮出す事と、発芽玄米を食べる事。

これでかろうじて健康を保っていたのかもしれない。

毎年高脂血症と言われていただんなさんが、今年は検査に引っかからなかったのが不思議。

毎日遅くまで仕事をして、食事も不規則。

私がもっと気を付けてあげないといけないのだが、そこまで手が回らなかった。

これからは出来るだけやってあげないとなぁ。

今日のメニューは、カレイの煮付けとほうれん草・アスパラガス添え、納豆・豆腐のお味噌汁。

納豆の中にはしらす干しとすりごまとちょびっとの砂糖(健康にすごくいいらしい)。

ご飯はもちろん発芽玄米。(白米1:2発芽玄米)

なんてヘルスィーな食事。

こんな食事を毎日続けていれば、健康になるしダイエットにもなるだろう。

さて、いつまで続く事やら・・・。(笑)

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母の考え方。


母は、私も小さい頃から可愛がってもらってる知り合いのおじさんに、

『私(うぃん)から』と言って、おじさんの好きなお菓子などをあげていた。

しかし、最近母と色々もめてきた中で、そういう事は止めて欲しいと言った。

私がやってもいない事で、人から感謝されたり、いい子だと思われたりするのはおかしい。

それは私の本当の姿ではない。

私はそんなにマメじゃないし、気がつくわけでもない。

そして去年の終り頃から、母は私の名を使ってのつけとどけは止めた。


先日母が、おじさんから預ったと言うお年玉をくれた。

『○○円入っているみたいよ。』

封を開けていないのに、金額まで知っている。

母は、お年玉が去年より少ない事と、おじさんが恒例の忘年会をやろうと言い出さない事から、

『最近おじさんはおかしい。』と言い出した。

『私があんた(うぃん)から止められて、お菓子をあげなくなった頃からおかしい。』と言う。

せっかくおじさんに気に入られるようにしてやってたのに、という口調。


でも、私はそれは違うと思っていた。

去年、おじさんはめずらしく私に電話をくれた。

そして、『最近お母さんとあまり会ってないんだってね。』と言った。

私は批難されるのかと思って、思わず嫌な気持ちがしたがそれは違っていた。

おじさんは言った。

『俺は、早くそうした方がいいと思ってたんだよ。

親は優しくすればするほど我ままになって、子どもに甘えるから。

○○ちゃん(私)も、身体大変なんだし、自分がまず元気にならなくちゃなぁ。

私はとても驚いた。

こんな事を言う人だとは思っていなかったから。

ACから回復するために、親を遠ざけようとしていた私。

世間的に見れば親不孝以外の何物でもない。

でもこうやって、家族とは別の人から言ってもらえるととても嬉しい。

おじさんも昔、奥さんの親に色々やってあげたが、

感謝されないどころかますます我ままに振り回された経験があるらしい。


こんな電話をくれるおじさんだから、今回忘年会に誘わなかったのも、

せっかく母と離れようとしている私の邪魔をしてはいけないとか、

親戚問題で母がバタバタしていたからとか、

そういう理由なのではないかと私は思っている。

おじさんとの電話の内容は母には言っていない。

言ったらとっても怒って、おじさんに文句を言い兼ねない。

だから、母が『おじさんの様子がおかしい』という言葉にも、

『そんな事ないと思うよ。』としか言えない。

母は、『親戚問題が起こる前からおかしかった。私は気が付いていた。』と言い張っている。


だんなさんとこの事について話していて、2人で気づいた事がある。

母は、

『物をあげたから、人がこちらを良く思ってくれる。』

『物をあげないと、人から悪く思われる・嫌われる。』

と思っている。

GIVE AND TAKE な考え方。

何もあげなくても、何もしなくても、相手からの愛情を得られるとは思っていない。

(特に他人に対して)

母の生い立ちにも関係していると思うのだが、母もACだから『そのままの自分』が

人から愛されるという事を体験できていないし、信じられもしないのだと思う。


母は私に誕生日プレゼントをくれる。

義母は私に誕生日プレゼントをくれた事はない。

でも、私は義母が好きである。

物をくれなくても、義母が私を想ってくれているのが分かるから。

物をくれるくれないは、人に対する愛情をはかる基準にはならないのだ。

私は母に、何をして欲しいとは思わない。

何もしてくれないから私は母を疎んじているのではない。

私に対して、干渉や依存をし過ぎるから嫌なのだ。

母が母の人生を勝手に楽しんでくれていれば、それで私も嬉しいのだ。


ほんじゃまか。
2003年01月09日(木)

思いは伝わる。

天気のいい日の広々とした道路をドライブしたくって、おでかけしてみた。

まずは年末に頼んでおいた、だんなさんのスーツを取りに。

そしてガソリンを満タンに。

それから頼まれていたネコのエサを買いに。

実家には私のネコと母のネコがいて、エサやトイレの砂代は折半なのだ。

そうこうしている内に、なんかドライブって気分でもないなぁと思い出した。

月曜の仕事始め、昨日のカイロ、スロット、今日の買い物。

腰が重いし、車の座席に座っているのがちょっと辛い。

なので、無理に遠出するのは止める事にした。

そしてスロットへ・・・。(スロットのイスは腰にいいのか?笑)

3時間ほど打った。出たのは出たんだけど、トータルでは負け。

その後久しぶりにお好み焼きやさんに行って、もんじゃとお好み焼きを食べた。

家に戻ってきたのは20時半頃。

これくらいに帰って来れれば、ちょっとゆっくり出来る。

いつもはパチンコ屋さんの閉店までいるから、帰ってくる頃にはもう夜中。

すぐ寝る時間になってしまうので、なんとなくつまらなくてもったいない気がしていた。

テレビを見たり、各々好きな事をして過ごした。

ちょっとまったりした休日だった。

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人を想うという事。


自分の周りの人たちのことを想う気持ち。

めったに会えない人も、いつも会っている人も。

夫・親・兄弟・友だち・・・。

日常生活を送る中で、ふと想うことがある。

『どうしてるかな。元気にしてるかな。』

『具合が悪いって言ってたけど、大丈夫かな。』

電話出来る時は電話。

手紙やメールをする時もある。

会うこともあるだろう。

それがココロを表現する、伝える手段。

でも、それが出来ない時もある。


毎日の生活に追われている時。

仕事をしている時。

出かけている時。

夜、布団の中で。


『どうしてるのかなぁ。』って思うだけの時もある。

最近連絡していないなって気になる事もある。


でも、きっと伝わる。

会わなくても、話さなくても。

『あなたを想っているよ。心配しているよ。』

そんな気持ちは、相手に必ず伝わっている。


そして、誰かが私を想ってくれている事も、伝わっている。

毎日何事もなく、幸せに暮らしていられるのは、

誰かのそんな気持ちが私を支えてくれているから。


『人は必ず誰かに愛されていると信じたい。』

私の好きな歌詞です。(^^)


ほんじゃまか。
2003年01月08日(水)



ひとりぶつぶつ。 / quartz うぃんちゃんのぺーじ
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