紫
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2003年04月26日(土) |
手ぬぐいに書かれた言葉 |
「勧酒(かんしゅ)」
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
晩唐の詩人、于武陵(うぶりょう)の有名な漢詩です(注:横に読みます)。
この詩が書かれたTシャツを1枚持っています。
旅先で着ていると、みんなにしげしげと眺められます。
やはり漢字はインパクトがあるのでしょう。
この詩が書かれていた日本てぬぐいも持っていました。
お風呂で使うと泡立ちもよく、しかも乾きやすいので、旅には必需品でした。
何年か前に、小樽の宿で作ってもらったもののひとつ。
それをとある温泉に忘れてきてしまいました。
もう手に入りません。
車で小一時間ほど走ってから気づきました。
でも取りに帰る気も、電話で問い合わせる気も起こりません。
来るものは拒んでも、去るものは追わないつもりの私。
追っていれば、私の「人生」も今とは違っていたのでしょう。
この詩のいちばん最後の行のような気持ちになるまで、まだまだ先は長そうです。
「サヨナラだけが人生だ」
おやすみ。
注釈)
上の漢詩を書き下してみると、こうなります。
君に勧む金屈巵(きんくつし)
満酌辞するを須(もち)いず
花発(ひら)けば風雨多し
人生別離足る
この漢詩に、井伏鱒二がつけた訳がこれまた有名です。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
最近、ゆっくり歩いたことはありますか?
私は、ときおり意識的にゆっくりゆっくり歩きます。
たとえば、松葉杖をつきながら、山のなかを散策していたときのような気持ちで…。
ゆっくり歩くと、今まで見過ごしていたいろんなものが見えてきます。
子どものころによく摘んでいた花や、アスファルトの模様、どこからきたのかさまよっているような蟻(あり)、少し高い空や、大きく見える雲。
伊豆にある熱川(あたがわ)の病院にリハビリ入院した期間は3カ月。
ここまでくるのがとてもとても長かったです。
足の装具を補助するための松葉杖。
これでも、歩けるようになったことに喜びを感じていました。
そんなときに見た桜やつつじは、「まだまだがんばれ」と応援してくれているようで。
そして、花の名前を知っているようで知らなかった私に、いろんな人がいろんな植物を教えてくれて。
あの日、目の前の暗闇と激しすぎる頭痛と嘔吐に、「死」の恐怖を感じることがなければ、私は、つつじを「キレイ」とは思っても、つつじの「がんばれ」を聞くことはなく、今まで生きてきたのかもしれません。
そろそろ、長岡天神のつつじが、見ごろですね。
小人(こびと)さん、どうもありがとう。
もう夕方にさしかかったころ、まだ何にも食べていないことに気づきました。
卵とツナとたまねぎがあったので、塩味のスパゲティを作りました。
久々に作ったけど、なかなかおいしくできました。
ビンボー学生だったころは、2キロ150円の業務用のパスタを買ってきて、具なしのスパゲティをよく作っていました。
まずくはなかったけれど、なんとなくむなしかったです。
むなしい料理といえば、「しょうゆごはん」とか「具なしおにぎり(海苔なし)」「ホットケーキミックス2枚分を3食に分けたやつ」「具なし味噌汁」「納豆だけ(ごはんなし)」……ほかいろいろ。
むなしくなるので、このへんで。
幸い、飲食店でバイトを始めたため、このむなしさは長続きはしませんでしたが。
今では、具が入ったパスタを作ると、とてもぜいたく気分になれます。
たとえネギだけでも。
生活のどん底を知るということは、いいことだ。
きゅうっ
と胸が締め付けられたと同時に、思いきり声をあげて泣きたくなりました。
なーんにもなーーーんにも、わかってなーーーーいっ。
初めて勤めた会社に、沖縄出身の同期がいました。
沖縄に行ったことも、沖縄育ちの人と話したこともなかった私は、彼の存在がとても驚異でした。
ゴミのことを「塵(ちり)」と言ったり、パスタのことを「麺」といったり。
自家製の油味噌をくれたり、沖縄人の集まりに連れて行ってくれたり。
初めて食べたソーメンチャンプルは、その後、私のよく作る料理のひとつになりました。
沖縄県人会のバレーボール大会にも参加しました。
広い体育館で、誰かが三線を弾き始めると、それに合わせて誰もが歌い始め、あちこちでみんなが踊りだします。
(全身で故郷を愛しているんだ…。)
自分の故郷の歌に合わせて踊る彼らの姿に感動し、遠くの地に来てもどこからともなく集まってくる県民性をうらやましく思い、そして自分を振り返りました。
私は故郷を懐かしくは思うけれど、それほど愛してはいません。
故郷にまつわる歴史は好きだけど、それは「私のもの」ではありません。
だから、故郷のことを聞かれても、歴史の教科書のような話しかできません。
「素もぐりすると、サンゴがキラキラ光ってキレイさー」
「沖縄の男子は、親の名前を一文字必ず受け継ぐのさ」
「祝いの席では、必ず踊るさ。こうやってさ…」
楽しそうにうれしそうに「自分の故郷」について語る彼。
沖縄を知らなかった私は、ときどき、その「熱さ」が面倒くさくなったこともありました。
その後、何度か沖縄を旅したり、沖縄の人と話したりするにつれて、彼から教えてもらった沖縄がずいぶんと色濃くなり…。
何年か前に沖縄に戻り、今は一児のパパとのこと。
男の子だったら、きっと名前に「興」という字がついているのでしょう。
今だったら、もっともっと彼の話に耳を傾けることができたのに。
今日の夕飯は、ソーメンチャンプル。
沖縄が私の故郷ではないけれど、とてもとても懐かしい味がしました。
仲の悪い兄妹、と思っていました。
よくけんかをしては、泣かされていました。
反抗期のころの兄には、近づくのも怖いくらいでした。
それでも、私はよく兄の真似をしていました。
音楽や映画にしてもテレビ番組にしても、ゲームにしても本にしても、兄が興味をもつものは、自然と私も興味をもちました。
その逆は、けっしてありませんでしたが。
世間のいろんなものが、直接ではなくて、兄というフィルターを通じて私のなかに入り込んできたように思います。
だから。
急に「一人」になったとき、私を守っていたフィルターがなくなったとき、私のなかに屈折した自立心と、頑丈な壁ができたことを、今もはっきり覚えています。
まだ、私には養われていなかった判断力と決断力が、急に要求されはじめた毎日に疲れたからでしょう。
さすがに今はもう、フィルターを求めることはありませんが、それでも、たぶん、今も兄が興味をもつものは、納得はせずともだいたいは理解できると思います。
それが「兄妹」なのでしょう。
仕事の手を休めて、ふと目の前のカレンダーを見ました。
「お誕生日、おめでとう。
一歩一歩をたいせつにできる1年になることを
祈っています。
妹より。」
2003年04月19日(土) |
ふわ、ふわ…、ふわ、ふわ…。 |
断片的にふわ、ふわ、の続きます。
少し頭が疲れてきたので、今日はぐっすりおやすみ。
こんな感覚って、変かしら。
突然に、でも以前から約束していたかのように、夜桜見物に行きました。
裏山をずっとずっとのぼっていったところにある「桜の苑」。
ちょっとした名所とのことです。
ほのかな月明かりと持っていた懐中電灯で照らされたソメイヨシノ。
昼間の桜とはうってかわって、誰にも見つからないように静かに静かに咲いているかのようでした。
「花は盛りに月はくまなきものを見るものかは」
桜の季節になると、徒然草のこの段を思い出します。
散りかけの桜や、少し雲のかかった月もなかなかいいよ、と教えてくれた兼好法師。確かに、朧月のやさしい明かりや風が吹けばいっせいに舞い散る桜吹雪の激しさは、見応えたっぷりです。
「万(よろづ)の事も、始め終りこそをかしけれ」
「切ない気持ち」が大事だ、と男女の「情」を例に挙げて語っている兼好法師。
徒然草を中学校で習ったときには、よくわからなかったことも、だんだんと歳を重ねるに従って、少しずつ見えてくるものがたくさんです。
今日は、朧月夜にはっきり見えない満開の桜。
さて、兼好法師はいったいどう表現するのでしょうか。
「すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは」
想像する美、思い焦がれる気持ちが大事、なんだろうな、今日の夜桜を見て思いました。
深夜になりましたが、おやすみ。
昼を少し過ぎたころ、電話が鳴りました。
「キャッチボール、しませんか」
一度は断ったものの、この快晴のなか、部屋のなかで黙々と仕事を続けているのがイヤになり、息抜きがてらに外に出ました。
太陽の下で、3人でキャッチボール。
けっして上手ではありませんが、とてもいい息抜きになりました。
ピアノを習っていたためか、子どものころは、母は私に野球どころか町内会のソフトボールでさえさせてくれませんでした。
そのためか、私は不本意ながらも簡単なゴロでも、「わ!」「きゃっ!」と逃げ回るかわいらしい女子高生に育ちました。
大学に入り、「わ!」「きゃっ!」なんて似つかわしくないほどビンボー学生になってようやく「このままではいけない!」と思いました。
3年の夏、4日間の体育の合宿のあいだに友に特訓してもらい、ようやくできるようになったキャッチボール。
力こそないけれど、初めてグローブで相手の投げた球を受けたときの感動は忘れられません。
周りには、やはり「わ!」「きゃっ!」と言って逃げ回っている友たちがいたけれど、そんな彼女たちよりも少しだけ強くなった気分でした。
そんな些細なことを思い出しながらのキャッチボール。
どこかだれかの車のボンネットに球を当てて、急いで帰ってきたことは、3人が同時にみた白昼夢なのでしょう。
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