紫
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2004年05月12日(水) |
書くことはたくさんあります |
でも、書く時間がないのです。
おやすみ。
なんだか、忙しいのです。
そして今日は、父の誕生日。
実は、昨日の母の日の「現金」のなかに、父のぶんも入れておきました。
朝、まだ寝ぼけまなこの私に、母が「おおきにえ」と言いました。
「給料日前で、お金がなかったから、お父さん、喜んで持っていったよ」
毎日、帰り道のコンビニで、ワンカップ大関を買って、ちびちびと飲みながら帰ってくる父。
仕事の終わりの楽しみの一つなのでしょう。
きっとほかの人が見たら、「酔っ払い」が歩いているとしか見えないのでしょうが、そんな父の楽しみを、母も私も止めません。
いつも、玄関の私の靴を見つけては、「お、帰ってるのか」とつぶやきながら、ほろよい気分で帰ってくる父。
両親に押し寄せてきている「老い」に、ときどきむしょうに不安な気持ちになるけれど、なんとかなるかな、なんて、楽観的に考えることも、最近は覚えました。
また、両親の喜ぶ顔を見るためにも、コツコツ、コツコツ、がんばりますか。
毎年、毎年、めぐり来る「母の日」。
たとえ、16歳のときにソバにいなくなった両親、とはいえども、やはり「母の日」は、誕生日よりも重要な気がします。
なぜかといえば、「誕生日」は否応(いやおう)がなしに訪れるけれど、「母の日」は、「母」にしか訪れません。
だからこそ、母の日は、子供にとっても忘れちゃいけない日のように思います。
「家族」の絆をつなぎとめておきたかったのか、母への感謝の気持ちを、形に表したかったのか、毎年、母の日には花を贈り続けていました。
今年は、どうしよう。
考えた結果、「現金」を台所に置くことにしました。
現実味たっぷりの「現金」。
昔から、我が家はそれでいいのです。
気持ちさえ、伝われば。
とっとと誰かと「結婚」して、両親を「安心」させたいと思いつつ、「私にはまだまだやりたいことがあるんだ」という気持ちを抑えられないのは、「変」ですか?
おやすみ。
なんというのか。
覚えていてくれたっていうだけで、嬉しい日です。
何度も言うけど。
何度も言わせて。
ありがとう。
自分の仕事を「丸投げ」していることに気づかない「後輩」に、怒りを感じました。
いえ、「丸投げ」していることはいいのです。
ただ、その仕事の「担当」という意識さえあれば。
原稿も校正も、あまり読まずに本にしようとしている「後輩」に、「いくら外注に出していても、担当やろ? 読みや」という言葉を、ぐぐっと飲み込みました。
私はその「後輩」を叱りません。
なぜなら、もう「後輩」ではないからです。
おそらく、私の立場から叱っても、「外注の人が文句を言っている」としかとらえられません。
でも、怒りを感じるのは、私の「後輩」になる存在だったからだと思います。
本末転倒なこの感情。
いつまでたっても、自分の「立場」に慣れません。
もともといた会社と仕事をするって、難しいのかもしれません。
でも、私は、その会社の仕事が好きだから、依頼があれば、何よりも優先して受けています。
育てる人はいるけれど、叱る人が少ないのかな。
今日は、そんなことを思いました。
昨日の夜に飲んだ風邪薬は、夜までずっと効果が続き。
連休明けの忙しい1日ではありますが、ずーっとずーっと、寝ていました。
今日も風邪薬を飲んで、早めにおやすみ。
2〜3日前に、風邪をひきかけの人と15分ほど話をしていたら…。
なんと、翌日には喉に痛みを覚えていました。
おそるべき感染力!
イソジンでうがいを繰り返していましたが、今日はとうとう市販の風邪薬を飲みました。
風邪薬を飲むと、行動力が3分の1に減退するので、あまり飲みたくはないのですが、明日から連休も明け、通常業務が始まります。
背に腹はかえられません。
薬の副作用で、すやすや・すやすや。
そんなこんなで、今日は早めに、おやすみなさい。
あれよあれよという間に、2時間が過ぎました。
ひゃーっ。
おつかれさまでした。
ぐったり・ぐっすり。
憲法記念日。
「ゴールデンウイーク」と十把一絡げ(じっぱひとからげ)に呼ばれていますが、今日は、憲法記念日だということを意識している日本人は、どのくらいいるのでしょう。
という私は、とくに意識はしていません。
意識はしていないけれど、「祝日」の名称と意味くらいは、知っておきたいと思います。
今日は、日本国憲法が施行された日。
憲法記念日と聞くと、一連に思い出すことが3つ、あります。
まず、日本国憲法は「主権在民」「戦争放棄」「基本的人権の尊重」を三本柱に施行されているということ。
そして、当時の首相はというと、戦後復興の父と呼ばれる吉田茂であるということ。
最後に、吉田氏の選挙演説のこと。
吉田氏は、真冬の街頭での選挙演説のとき、コートを着たまま演説を始めたそうです。
ふつうは、候補者はどんなに寒くてもコートは脱ぎます。
「外套(がいとう)を脱げ!」
聴衆から飛ばされたヤジに対して、少しも慌てずに吉田氏。
「これがホントの外套演説(街頭演説)」
………。
偉い人でも、ダジャレを言うんだ。
いや、偉い人だからこそ、こういうダジャレで「返し」ができるんだ。
ということは、「偉い人だけがダジャレを言ってもいいんだ」。
……ということにはなりませんね。はい。
ということで、憲法記念日が終わります。
おやすみ。
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