紫
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今日で9月も終わり。
1年の初めに立てた知る人ぞ知る「私のシアワセ予報」は、何ひとつ達成できず。
あ、夏山登山には2回も行ったからいいかな。
あと3カ月で、1年が終わります。
早いですね。
大学に入学して、東京での初めてのひとり暮らしが始まりました。
最初の1カ月は、寂しくてまさに泣き暮らしていました。
電車のなかでも、教室のなかでも、人が多ければ多いほど、孤独感がつのり、寂しくて体がぶるぶると震えたくらいです。
「ひとりで生きていける」と思っていた18歳。
いざ、ひとりになると、自分がいかに寂しがりやだったかということに気づかされました。
寂しさのあまり、大学に行くのもイヤになって、真剣に「退学しよう」と思っていたとき。
本屋の店頭で、とある本を見つけました。
「サラダ記念日」です。
作家のプロフィールを見ると、偶然にも同じ大学の出身でした。
大学を拒否し続けるのではなくて、もっと大学を知ってみよう。
そう思って買った「サラダ記念日」。
同じ大学出身の人の著書を読むことで、何か変わるかもしれない、思ったからです。
結局、大学を好きになることは、卒業までの4年間、ありませんでした。
でも、「サラダ記念日」を読み終えたそのときから、寂しいときや悲しい気持ちを、三十一文字で表現するようになっていました。
三十一文字に詰め込まれた気持ち。
日記にだらだらと書きつづるよりも、短歌としてたくさんの気持ちをぎゅうぎゅうと詰め込むことで、心のなかのやり場のない気持ちが、生きてくるような感覚でした。
いつしか、孤独の歌だけでなく、恋の歌も詠むようになり…。
短歌、誰に教わったわけでもなく、流派なんてまったく知りません。
私の「気持ちのアルバム」。
これも、「思い出の宝箱」のなかにすっぽりとおさまっています。
毎年、年末になると、サントリーが提供する「一万人の第九」のコンサートが開かれます。
その練習が、きょうから始まりました。
今年で2回目。
昨年は、あまりにも多忙だったため、なかなか練習に行けませんでした。
今年も、同じくらい忙しいはずなのですが、なんとなく「やる気」が違います。
あのコンサート当日の「感動」を知ったからでしょうか。
昨年は、ほとんど口パクでしか歌えなかった第九。
今年は、すべてを歌えるようになりたいと思います。
それでも、約1年ぶりに歌った第九でしたが、楽譜を見ると、なんと歌えるではありませんか。
それでも、少し詰まるところがあります。
もちろん、楽譜なしでは歌えません。
これから、12月までにがんばって覚えます。
とはいっても、なんといっても相手はドイツ語。
ちんぷんかんぷん(@_@)
社会人1年目の5月。
初めてひとりで車を運転して、営業に出かける時期がやってきました。
免許は、19歳のころに取得していましたが、学生時代に車を持つことなどなく、4年間はペーパードライバーでした。
バイクには乗っていたので、「道路」自体には慣れていましたが、「車」にはまったく慣れていません。
しかも、5速マニュアル、重ステ、フェンダーミラーのカローラバン。
窓はくるくると回して開ける手動タイプ。
ガソリンを入れるときは、まずエンジンを切って、車のキーをスタンドのお兄さんに渡します。
集中ロックなんて、とんでもない。
ラジオはなぜかAMのみ。
当然ですが、テープもCDもありません。
今から思えば、とてもシンプルな車だったと思います。
そんな車の運転を、7人の先輩や上司に日替わりで同行させてもらい、1カ月かけてみっちりと教え込まれました。
バック駐車や縦列駐車するときのコツも、人によって言うことが違います。
ギアを落とすタイミングやブレーキの踏み方の違いに、叱る人とほめてくれる人といます。
いろんな人の運転の癖を見て、何度も叱られ、そして励まされながら、入社1カ月後の、初の一人営業デビュー。
埼玉の大宮バイパス大渋滞のなか、5件の店舗を巡回する予定が、行けたのはたったの3店舗。
叱られるーっと思って帰ってくると、先輩や上司が、私のくたくたの顔を見て、とても安堵していたのを覚えています。
「おつかれさん」以外の言葉は、何も聞かれないけれど、なんとなくその瞬間から「新入社員」から「社員」という意識に変わったような感じがしました。
きょうは、新御堂筋の大渋滞にはまりました。
23歳のころ、泣きそうになりながら、大渋滞にはまっていたころとはまったく違って、かなりふてぶてしい運転。
でも、どこか抜け道はないかと、足の上に地図を抱えて走る癖は、当時と同じままだな、と、渋滞を抜けたときに、ふと、気づきました。
おやすみ。
小学校1年生か2年生のとき、「スイミー」という物語を、教科書で読みました。
仲間はずれのスイミーの案で、大きな怖い魚を追い出す話。
誰もが知っていると思っていたこの物語。
知らない人が、たくさんいました。
谷川俊太郎さんの訳のこの絵本。
今はもう、教えられることはないのかな。
「スイミー」と「チックとタック」、それから「もちもちの木」。
そして「最後の授業」と「卒業」は、私の学校生活のなかで、忘れられない物語りです。
スイミー、知っている人のほうが少ないのかもしれませんね。
ちょっと寂しいかな。
おやすみ。
中学校からの親友の家に、行ってきました。
彼女と会うのは、2年ぶり。
3年前に病気で子どもを亡くした彼女。
今は、二人目の子どもがおなかのなかにいます。
もうすぐ臨月。
無事に出産してくれることを、祈ります。
手作りの小さな仏壇に、手を合わせました。
この子が生まれたとき、病院に会いに行ったけれど、検査でほかの病室に行っていたため、結局、会わずじまい。
その後、彼女とは何度か会っていたのですが、2年前の今ごろ会ってから、とんとごぶさたしています。
「生まれる前に、会いにきて」
そんなメールをもらいました。
だんなさんといっしょに、3人でわいわいしゃべって、近況報告をしあって。
楽しい時間を過ごすことができました。
「今度は4人で会いましょう」
車のなかから、言いました。
二人とも、笑顔で何度もうなずいていました。
新しい家に用意されていた2つの子ども部屋。
十年後にも、こうして遊びにきていられればいいな、と思いました。
おやすみ。
2004年09月24日(金) |
何が必要で、何が欲しいのか。 |
未来の計画も過去の思い出もなんにもない。
よくわかりませんが、なんとなくきょうも、センチメンタル続投。
おやすみ。
2004年09月23日(木) |
雨が降りそうで降らなくて、でもちょっと降ったかな |
こんな日は、センチメンタル。
おやすみ。
「さよなら」の語源の話を読みました。
「さようなら」は「左様であるならば」た転じたそうです。
古語辞典を開いてみると、「そうであるならば」とのこと。
もっと訳せば「それでは」という意味なのでしょう。
「それでは(また会いましょう)」
「それでは(お元気でいてください)」
「それでは」のあとに続く言葉をにごらせてしまう日本人独特の言葉のあいまいさが、私は大好きです。
「それでは」といって、次の言葉をのみこむさりげない別れのあいさつ。
すべてを言ってしまえば、ストレートに相手に伝わるけれど、あいまいにすることで、言葉では言い表せないいろんな気持ちも、相手に伝えることができるように思います。
ただ、あいまいすぎるのも、いけません。
伝えたい言葉や気持ちをあいまいにしすぎて、相手がいろんな想像をすることで、逆に相手を悲しませたり、不快な気持ちにさせてしまうこともあります。
言葉のバランス。
難しいけれど、言葉と気持ちのキャッチボールができる人でありたい、と思います。
あしたに、「つづく」。
おやすみ。
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