紫
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2004年11月21日(日) |
知覧。戦争について、自分の生き方について考える |
あれ?
という感じで目が覚めました。
さっきまで、おしゃべりしていたのに、いつの間に?
いつ寝たのかもわからないけれど、もう朝でした。
う〜ん、眠いっす。
ギリギリの時間で朝ごはんを食べて、それから身支度を整えて、出発。
まずは、池田湖に向かいます。
池田湖のイッシーとそうめん流し。
そうめん流しは、朝食後で満腹のため、食べられず。
イッシーは、湖の底深くもぐっていたため、拝見できず。
でも、満足して次の目的地、知覧(ちらん)に向かいました。
知覧特攻平和館。
あまりにも衝撃的すぎる事実が、そこにありました。
「ひめゆり」とも「原爆」とも違う「戦争」の歴史が、そこにありました。
多くは語らず。
いえ。語れず。
「彼ら」の生きた証に、何度も胸が詰まりました。
二十歳前後で、何かを、誰かを命を賭けて守ろうとした彼ら。
そういう時代だったとはいえ、今の自分の幼さが恥ずかしくなりました。
戦争って、なんで、なくならないんですか?
って、陳腐な質問なんでしょうか。
海に出て、桜島までフェリーで渡り、ガソリンがなくなりそう〜っと焦りながらも、桜島の温泉に入り、ギリギリになってガソリンを入れて、都城経由で帰りました。
ごはんを食べて、友とおばあちゃんと3人でコタツでうたた寝。
それから、ふとんに入ってぐっすり眠りました。
おやすみ。
2004年11月20日(土) |
宮崎上陸! 指宿温泉で海と梅酒。 |
朝ごはんは、海苔に包まれたおにぎりでした。
このおにぎりを食べるのは、何度目でしょう。
おにぎりの入っていた折箱に、あたたかいメッセージが書いてありました。
あたたかいあたたかい気持ちがたくさん詰まったおにぎりをほおばりながら、着岸を待ちました。
車に乗り込み、フェリーを降りると、まぶしいくらいの青い空をバックに、高くそびえるフェニックス。
これが、宮崎で最初に見た風景です。
イッキに大阪の空気が吹き飛びました。
まず、宮崎にいる友の家を目指します。
宮崎のコンビニエンスストアで買った大きすぎる地図と、教えてもらった住所をたよりに近所まで来たものの、家の入り口がまったくわかりません。
友に電話して、国道まで出てきてもらいました。
予定よりも30分ほど遅れて到着。
想像していた以上に「都会的なお住まい」でした(笑)。
友の車に乗り換えて、今度は二人旅です。
小林市から霧島の山の道を抜けて海に出て、薩摩半島の東南、指宿温泉(いぶすきおんせん)で宿を取りました。
本当は、途中でいろいろと寄り道をして…と思っていたのですが、九州、あなどるべからず。
地図では読み取れない広さに、予定が狂いました。
それでも、指宿でのんびり食事、ゆったり温泉。
そして、梅酒と芋焼酎のロックで飲みながら、夜通しになるかと思われたおしゃべりに、とてもとても楽しい楽しい九州1日目が更けていきました。
中学校からの友の出産祝いに駆けつけました。
次男誕生です。
3年前に生まれた長男は、病気で亡くなりました。
それから、ずいぶんと苦しい気持ちが友とその夫を襲いましたが、それでも、ふたりでいっしょに乗り切ってきました。
もしかしたら、もう二度と子どもはつくらないかもしれない。
そんなふうにも思ったことがありましたが、4900グラムの元気過ぎる赤ちゃんを産んでくれました。
「誰にも似ていないけれど、面影が長男にそっくりやわ」
そう言って微笑む友。
「出産、おめでとう」という言葉よりも、「おつかれさん」の言葉を友に贈りました。
病弱だった「おにいちゃん」のぶんまで、健やかに育ってくれることを、ただ、ただ願います。
そんな思いを胸に19時半。
大阪かもめフェリーターミナルから、船が出ました。
久々に甲板から、遠くなる港を見つめます。
どんどん、どんどん遠くなる埠頭。
夜景を見送るのも、いいかもね。
そんな独り言をつぶやきながら、さて、これから旅の始まりです。
きょうも、おしまい。
さぼりすぎ?
東海道自然歩道の旅、3日目でした。
いえ、ホントは、違う企画だったのですが、コースが東海道自然歩道と同じだったので、3日目になりました。
一人旅が好きな私ですが、もう十分に一人旅は満喫しています。
だから、今は、「人」と旅をする楽しさ、も満喫しようと思っています。
もちろん、「人」と旅をするのは、ときどき難しいこともあります。
でも、あたたかいことも、いっぱいです。
山歩きは、ひとりでは行ってはいけない、と思っています。
そう思ったきっかけは、山歩き以外のときに思いました。
とにかく、どこかに何かが待っている、というようにしていないと、糸の切れた凧は、どこに行くかわからない、ってこと。
東海自然歩道。
いろんな人生を思い起こしますね。
おおげさ、ですが、ね。
つ、つかれた……。
昨日は、18歳になった友の誕生日でした。
受験生です。
がんばれ!
16歳になってから、祖母との二人暮しが始まりました。
いくら近所に住んでいて、しょっちゅう会っていたとはいえ、かなりぎくしゃくした生活でした。
いつもイライラして、口を開けば八つ当たり。
口をきくこともあまりなく、いらいら、いらいら。
生活パターンが違いすぎたこともあるけれど、今までの生活が、もう戻ってこない、ということに、いらいらしていたのだと、今は思います。
祖母との暮らしに慣れるまで、約3年。
慣れたかな、と思うころ、私は進学のため東京に行きました。
祖母と暮らした家を出る日。
冷たすぎる春雨が降っていました。
祖母とちょっとした口げんかをしたまま、家を出た私。
曲がり角で、ふと振り返ると、小さくなった祖母がまだ玄関に立って私を見送っていました。
大きく手をひとふり。
祖母も右手を挙げてひとふり。
あふれでる涙を、もう止めることもなく、祖母に「ありがとう、ありがとう」を心のなかで繰り返しました。
いつの間にか、「家族」になっていた祖母。
今は、老人ホームにいる祖母に、私はなかなか会いにいけません。
かなり痴呆が進んでいるため、娘たちの顔をみてもわからないそうです。
私は…?
なんだかショックを受けるのが怖くて、ここ数年、会いに行けません。
今月、誕生日を迎える祖母。
一度、会いに行ってみようか、と思います。
なんといっても、「家族」ですもんね。
記事、書けない。
難しい。
逃げたい。
眠りたい。
おやすみ。
麺類が好きです。
麺類のなかでも、パスタが好きです。
その次に蕎麦、うどん。
そうめんは、夏場は好きですが、冬場はあまり食べません。
そうめんチャンプルにすると、冬場でも食べます。
ごはんよりも、麺類党の私。
毎日、食べても飽きません。
きょうは、納豆蕎麦を作りました。
実は昨日も作って、今日も食べました。
自分でも、我ながら麺好きだなぁ〜、とぼんやり考えていたときに思い出した友がひとり。
2つ目の会社でいっしょだった同僚です。
蕎麦好き、とか、パスタ好き、とかいう人は、たくさんいるけれど、麺類全般が好きな人は、あまりいません。
その同僚は、毎日麺類を食べても平気…というより、私と同じく毎日麺類を食べていたい人でした。
約束をしているわけではないけれど、時間が合えば2人でよくランチにラーメンやパスタを食べに行きました。
いろんな話をして、いっぱい笑いながら食べるランチ。
とてもとても楽しかったのを覚えています。
互いに会社を辞めてからも、連絡を取りあっている彼女。
今は、2児の母となって、外食なんてとんでもない、なんて状況かもしれませんが、またいつか、いっしょにランチを食べて、なんでもない話で笑い転げる日が来るのを、待っています。
やっぱり、そのときのランチは、パスタかな?
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