支店長の日記(戯言)
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2005年02月28日(月) 「いい人」って?

 「昨日、彼女と別れました。でも仕事に影響ないですからご安心を」と、私から尋ねたわけでもないのに報告に来た我が支店の社員。私はプライベートに関しては詮索しない主義であるが、おもしろ半分で彼に「なんで別れたの?」 彼が言うには「僕自身、“いい人”過ぎたんです。これを機に変わります。」 彼のコメントを聞いて私は彼の仕事ぶりとダブらせて納得した。確かに彼はお客さんから見ても「いい人」だわ。


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2005年02月27日(日) 千利休の思い

 昨日、名古屋の徳川美術館へ「泪の茶杓」の特別公開が始まったので行った。秀吉に切腹を命じられ利休自ら竹を削って切腹前の最後の茶会で用いられ伝えられたという茶杓だ。茶杓を見ていると死を覚悟して作る利休の“思い”やこの茶杓を受け継いだ弟子の古田織部の“思い”はどうだったかと感慨深い。(その後古田織部はこの茶杓を“位牌”代わりに毎日拝んだらしい。)不幸な話であるが、なんとなく歴史に関するロマンも感じた。
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2005年02月25日(金) 名伯楽(小出監督)の思い。

 小出義雄監督のコラムの中に「高橋Qちゃんや有森さんに比べて、今の若者に足りないものは何でしょうか?」という質問に小出監督の答えは簡単だ「足りないものは何もない。ただねQちゃんも有森も鈴木も、親がしっかりしてるんだ」と言われる。「親が厳しい。叱る。自信を持ってる。今の若者のお父さん、お母さんは4〜50代だろうけど、あまりにも自信が無いよね」例えば高校生の子供がガールフレンド、ボーイフレンドができてもお母さんは“陰”で心配して見ているようではダメで「彼女ができたの。よかったね」と言って高校生の付き合い方を教えるべきだと唱える。自分の子供だから遠慮しちゃいけない。“血が通った”親子ですからね。


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2005年02月24日(木) “鬼十則”を享受する。

 「世話になった電通“鬼十則”が私の礎です。」元電通マンだったイベント会社の某社長。毎日朝礼で従業員一同唱和を欠かせない。“鬼十則”を私も黙読したが、これを唱和したらヤル気が湧き成果が上がると感じた。�〇纏�は自ら「創る」べきで、与えるべきでない。�∋纏�とは先手先手と「働きかけ」ていくことで、受身でやるものではない。��「大きな仕事」を取り組め、小さな仕事は己を小さくする。�ぁ崙颪靴せ纏�」を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。��周囲を「引きずり回せ」引きずるのと引きずられるのとでは、長い間に天地の開きが出来る。�А峽弉茲鬚發董彡拘�の計画をもっておれば、忍耐と工夫とそして正しい努力と希望が生まれる。�─崋�信を持て」自信がないから君の仕事には迫力も粘りも、そして厚みすらがない。��頭は常に「全回転」八方に気を配って一分の隙間もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。��「摩擦を怖れるな」摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。


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2005年02月22日(火) 踏まれた麦は強し!!

 「俺は物に例えると麦だよ」と住宅分譲会社の某社長。「ハウスメーカーの営業マン時代は鼻っ柱の強い社員だったが、自信過剰もあって退職後、独立したとたん“どん底”を味わった」と笑って語られた。某社長は当時、自分の実力で販売したのでは無く会社の“ブランド”で売れてたことを知ったと言われる。独立後は毎日“門前払い”当然、銀行へ行くも独立したとたんに融資断られるわで鼻っ柱をへし折られた。やっとの思いで、初めて請け負った仕事は“雨漏りの修理”らしい。その間、社長は夜運送屋で働きながらその給料の大半を銀行に“信用”を得るため毎月定期預金をして何とか融資をこぎ着け現在に至っている。「俺は、あの時から家の柱じゃないが4つの柱(モットー)を貫いてやってるよ。」その言葉には、若い頃世間に踏まれ、そして強い麦に成長した「真の自信」と感じた。


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