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『微炭酸ニッキ』  山崎ナオコーラ

(新たなご依頼をいただける場合、あるいは、既刊の作品についてご質問をいただく場合も、
拙著の刊行がある出版社さん宛てにメールにてご連絡をいただけませんでしょうか?
転送してもらえますので、私から返信します)。

わからない
2002年04月01日(月)

何だか、まったく、何を書いたらよいのかわからない気持ちになってしまった。
胸がいたい



スライド
2002年03月31日(日)

今年度も終わりで気持ちを入れ替えたいところです。

昨日まで、ちょっとやることがあって、大変な感じだった。
それで、昨日は徹夜をして、昼から眠って夜起きました。今起きた。

この前、後輩のみなさんが合宿に行ったので、初めて「差し入れ」というものを送らせていただいたが、宅急便屋を出た後、ものすごく恥ずかしくなって、「送らなきゃ良かった」と思った。
何であんなの送っちゃったんだ、とか、急に思い始めて、ああ、もう、送らないかも。葉書もらって嬉しかったけど。
いつも、先輩の方々が、「何で送ってくれないの?」とか、思ってたけれど、ちょっとわかったかも。
恥ずかしいから、では?

最近、恥の感覚が薄れていたな、と思って、もっと恥に敏感になろうと思う。

大体、こんなHP作っていること自体、恥ずかしい。
日記にも色々恥ずかしいことを書いてしまった、と思う。
生きていること自体、恥ずかしい。

何をするのも恥ずかしいように思う。
ああ、やだ、やだ。






未来は常に懐かしく、過去は常に新しい
2002年03月27日(水)

いや。
桜は目がやばくなりますね。
慣れ切ってる道で迷いました。
桜のせい。

あと、渋谷の不思議。
新南口の近くに、ガラス張りのギャラリーのようなものがあるんですけど、いつも外国人が床に座ってこっちを見てるんですが、なんなんでしょうか。なぞ。
この前は、その外国人、床に寝転がって、赤ワインを飲んでいました。昼間から。

あと、渋谷といえば、手相を勉強している人多すぎ。
みんな、勉強しすぎ。



ぎすぎすする
2002年03月21日(木)

オレは、自分とも周りとも折り合いがつかなくて、ぎすぎすしたり、ぎらぎらしてる人が好きだ。

何でだろう、と考えるに、上手く行ってない人というのは感受性が豊かでやさしいから、話しやすいんじゃないか、と思う。

前から、周りの人に「ちょっととっつきにくいかも」なあんて言われちゃったりしている人の方が、オレは話しやすい、と感じる事が多いな、だけど、何でだろう、と思っていたけれど、それも上記のような理由だろう。

だから、そんな人がなんだか自分や周りに馴染んできた時、なんとなく上手く行ってるように見えるようになった時、本当は喜ばしいことなんだけど、オレはちょっとがっかりしてしまう。
勝手だけど。

人って変わるよね

それとも変わらなきゃならないのはオレの方なのか?



山はサンダルで登れ
2002年03月19日(火)

子供の頃、幼稚園ぐらいの時だが、家族で登山をした時に、私だけサンダルで行った事があって、家族は知らなくて、向こうに付いてから、あらまあ、とか言ってたんだけど、結局サンダルで登って、楽しかった。

そういうのを思うと、サンダルでいいだろう、と思うのだ。

つまり、山っていうのはひとりで登るものではないから、みんなに「キューちゃんはサンダルで来ちゃって」なんて思われている方が楽なのだ。

普通に考えれば、スニーカーで来いよ、ってとこなんだけど、
私は違うと思う。

まわりの人に助けてもらって山を登ればいいのじゃ。
女の子はサンダルを履くべし。

ひとりで生きてる訳じゃないんだから、実用主義じゃ、辛いのですよ。
自分の居場所を作ったり、まわりに温かい目で見守ってもらったり、こだわりをも持ったり、そういう事も人生では重要だと思うし、
素直にそのための努力をするのがいい女への道のように思う。

私らしくいられる努力をしたいと思う。



卒業式
2002年03月17日(日)

卒業しました。

やっぱり袴は着なくて、ワンピースにしました。
母親が「みんなと同じ格好をしなくちゃいけない時もある」とか「失礼だ」とか、言ってくれたのだけど。
しかし、理由は説明できないけれど、私は昔からみんなと同じ事をすると気分が悪くなるし、なんかリラックスできない感じがする。
自分ひとり違う、というのは落ち着くな、と思う。
例えば、旅行でもそうだったけど、男の子の中でひとり女の子とかっていうのが返って気楽で、女の子ばっかだった方が気を使ったんじゃないかな、と思う。
逆にみんなと一緒の方が気楽って人もいるんだろうな、と思う。ひとりだけ違うと落ち着かない、とか。その方がいいんじゃないかな、とも思うけど、なんでだか知らんが私は「私は私」という状況が気楽でのびのび出来るので、すきだ。

だけど、みんなの袴姿は可愛くて、よかった。

卒業式は10時から、大学の体育館であったのだけど、体育館て実は入るの初めてだな、と思う。

学長だの、なんとかさんだのの話はまったく下らなかった。
大学のPRとか、Aランクの社会人になるには、とか、なんでそんな話するんだろう。
こんな大人にはなりたくない、と思う。
Aランクになんかちっともなりたくないし、成功もしたくない。
いわゆる「成功してる人」の話って、視野が狭いな、といつも思う。

その後の和太鼓がよかった。
かっこよくって、時間があっという間に経った。

タイムカプセルを埋めようと言っていたのだけど、みんなの反応が無かったので、あんまり乗り気じゃないのか、と思って関係ない事をしていたら(楽器合わせたり、氷川神社でビール飲んだり、胸像にビールかけたり、その後磨いたり)埋めるものを持って来てくれた子もいたらしい。わるかった。今度埋めよう。

その後、がんこ爺でサークルの人々とお酒を飲んだ。
二次会は山形本店。
先日からお酒を飲みたいという気持ちがなくなったので、酔っ払う事はもう無いと思う。
酔わなくても、楽しく喋れる事や、記憶がある方が面白い事がわかった。
今まで、酔っ払っちゃって、たくさん迷惑をかけたのに、私を嫌わないでくれた人を、すごいと思う。
最近、やっと、絶望的な気持ちがなくなってきたみたいで、自分のことも少し嫌じゃなくなってきて、お酒がいらなくなったみたい。よかった。

学生じゃなくなった事に関しては、嬉しい事だと思う。
何年も学生という身分だったけど、学校ってものは本当に苦手だった。
合わない、合わない、とずっと思ってた。
窮屈っていうか。

人生って、もっと本質的に自由だってことを、自分のものだってことを、身に染みて感じたいと思うのだ。



月見草
2002年03月15日(金)

卒業旅行に行ってきたのだが、まじで楽しかった。

熱海の梅園は行ったら全く咲いてないので、うけた。
あれはいつも咲いてないんだろーな。
「今年は遅くてまだだよ」とか「今年は早くて終わったよ」とかいつも言ってんだろう、と想像する。
まあ、散った後だったんだろうが。

尾崎紅葉の『金色夜叉』に出てくるお宮の松があるというので行ったが、お宮の格好をさせられて写真を撮ったのには辟易した。 

箱根の芦ノ湖で遊覧船に乗ったのは、寒かった。
またみんなでばかな写真を撮ろうとしているのになんとかストップをかける。

それから吉田うどん。うどん屋さんなんだけど、どうみても普通の民家。仏壇とかピアノとか子供の習字がかけられてたりする中、こたつで素朴なうどんを食べた。調子に乗って唐辛子味噌をがんがん入れたら私のツユの色だけ変わってた。辛くて難儀した。

富士山はすごい!
埼京線から見る富士山とは訳が違うよ。
大きいし、「きれいだ」

マリモ買う。

河口湖ロープウェイに乗って見た景色も素敵。
私は河口湖命だからね。

しかし何と言ってもすごかったのが、天下茶屋。

太宰治が『富嶽百景』を書いた時、泊ってたとこ。
本文にも出てくる。

「御坂峠、海抜千三百米(メエトル)。この峠の頂上に、天下茶屋といふ、小さい茶店があつて、井伏鱒二氏が初夏のころから、ここの二階に、こもつて仕事をして居られる。私は、それを知つてここへ来た。」

そこからの景色は、本当に、絶景。

太宰が泊ってた部屋が残されてるんだけど、そこからのぞくと、湖の上に富士が。

これは、書ける。

しかしこのお見合い相手の娘さん、そんなに美人じゃないのね。

太宰で卒論書いたやつが、のれん(なんか、あの「月見草がよく似合う」のフレーズののれんが売ってた)を買おうとしたら、どう見てもたくさんあるのに「品切れだ」と言われて売ってもらえないのが、うけた。
買ったらカラーコピーしてくれると言ってたのだが。いらないが。


そして私が「この旅で一番楽しかったのは大貧民だなー」と言ったらみんな怒っていた。
トランプは旅の醍醐味じゃないそう。

そんなこんなで、ほんとう、面白かった。
気の合う仲間だから言いたい事言えたし、引っ越したり、色々しても、また会えるといいな。





2002年03月11日(月)

道があると進まずにはいられない、というのがあると思う。
先が見える道ではだめだ。
先が見えない道。

今まで歩いてきた道は関係ない。
これからどっちに歩くか。
どの道に期待しているか。

おそらく「運命」というものや「私らしさ」というのはあると思う。

他の人の道ではなく私の道。

恋も先が見えるとやめたくなる。

最近は見栄やプライドがぱったりと消え、やりたい事をやる事が一番のように思える。

それからたとえわがままや迷惑でも、道が見えた時点で方向転換するのはあたり前のように思っている。

ところで、私が言葉をいらないと思うのは、言葉がみつからない時は泣けばいいし、何か感じた時はにっこりすればいいと思うから。

さて、明日から卒業旅行に行ってきます。
河口湖なんかでうどんを食べたりする予定。あと舟。花?
私以外は男のコ3人なので結構意味不明で割と奇妙だが、
気心知れてる奴等なので気にならない。

ではまた会いましょう



コンサート
2002年03月09日(土)

今日は品川教会でコンサートを行いました。
総勢11名のちっちゃなコンサートでしたが、すっごく楽しかったです。
お客様は73名様程いらしたとかで、嬉しかったです。

教会でやるってのが、異質な感じで良かった。
それからドリンクサービスを設けて、モスコちゃんがクッキーを焼いて来てくれた(80枚!)のも面白かったと思う。

朝、椅子を並べたりしてるとき、すっごくわくわくした。
(まあ、私はぼーっとしてるので仕事などテキパキやれないのだが。えどさんやフニさんが色々していて、かげでも色々してくれたのだろう、と思って、一からコンサートするのって楽しいなと思った。自分は何もしてないのだが)

しかし、大学のサークルの演奏会と違って、その後練習時間が多すぎるくらい取れたので、練習で気が済むぐらいになってしまった。
眠いーとか思って。
でも、その分、本番では指が動いてくれたので「やっぱ練習だなー」と思った。

ロシアメドレー、辛かった。


それから仔猫の冒険でタンバリンを叩いたのだが、始めはクールに叩こうと思ってたのだが「楽しい感じでやった方がいんじゃない?」という事で、楽しく叩いたら、終わった後「のりのりでしたね」等々、聴きに来てくれた方の私に対して言ってくれる事が髪型とタンバリンの事に終始していたのは悲しかった。
(髪型というのわかめの水死体みたいな髪型)
誰も私のマンドリンについて言ってなかった。
そして「会話が微妙でしたね」。

そう、アナウンスと楽器紹介をちょこっとやらせてもらったのだが、なんで?面白くなかった?私の中では爆笑だったよ!
臨場感が良かったでしょ?

私は家では大人しいキャラなので聴きに来ていた母は意外に思ったに違いない、と帰るのが憂鬱だったのだが、母は何も言ってなかった。
「私は?私、外では家とは感じが違かったでしょ?」
「そうお?本質的には一緒だから、別にびっくりする事じゃないわよ」
と言っていて、キャラってなんなんだろう、と思った。




モスコちゃんにたかる
2002年03月06日(水)

今日は渋谷に秘密の相談に行ったのだが、財布には片道切符分しかお金が入ってなかった。
チャレンジャー。

70円しかない状態で、「大学に行けば誰かからお金借りられるかも」と思い、大学に行くと丁度よくモスコちゃんに遭遇。
切符代500円を借り、コーヒーまでごちそうになる。

人生見切り発車の私のこれからはどうなって行くことやら。

いーやー、
でもどうにかなるさ!

わんぱくでもいい、たくましく育ってやる。


所で人生の原動力は「愛」と「怒り」しかないらしい。
確かにそうで、それ以外で動いた事って無いな、と思う。

私は自分の不真面目さは良く知っている。
ほとんどの時間をふざけることだけ考えて過していて、好きな事しかまじめにならないし、すきな人には夢中になるのに以外と他の人に冷たかったりする、怒ってる時は一番パワーがある時で、それ以外は世の中を甘く見てふざけている。
みんなそうなんじゃないのか。









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