知らんけど

2006年05月08日(月)

荒川静香の記者会見をラジオで聴いた。初めてこれだけしゃべっているのを聴いたが、話す端々から非常に高いレベルで物事を考えていることが分かる。年齢を聞いて驚いた。まだ24歳とのこと。NHKの解説者は「自分らしさをしっかり持っている。」「自分が納得できることをする。」というようなコメントをしていたが、他者から見た時のその人の自分らしさや納得と、自分自身が感じる自分らしさや納得とは全く異なることを分かっていない。

「腑に落ちる。」という言葉があるが、まさにそういう境地なのだろう。自分がどうだとか、納得かとか、そういった理屈のレベルではなく、本人しか分かりえない感覚の世界の中で、まさに「腑に落ちる。」という感覚を、研ぎ澄ませた感受性で常に捉えていたのではないか?そう感じるのだ。

荒川静香、イチローにも匹敵するほど何かひきつけられるものを感じた。是非、その演技を一度観てみたい。



2006年05月07日(日)

朝から雨。起きる時間はいつもと変わらず7時半だが、布団から出ずに妄想にふける。春ならではの妄想。(笑)どこかに出かけようかなとも考えたが、雨だしなんとなくまだ気分が悪いしということで、一日中家で過ごすことに。ラジオつけたり、ネットしたり、洗濯したりとダラダラ過ごす。

普段、こうしたダラダラな一日を過ごすと自己嫌悪になるのだが、今日は遊びつかれたこともあるのか、別にそんなネガティブな気持ちにはならなかった。たぶん、心が完全に緩んでいるのだろう。明日から2〜3日は仕事にならないだろうな。

本当なら放送大学で勉強するはずの日曜日だが、今日は行くのをやめた。そんな気分じゃない。無理やり気合を入れてモードをチェンジするやり方もあるのだろうが、そんな急ぐ必要もないことを与論島で改めて学んできたわけだし、その気になるまで待ちましょうや。って感じです。

自然体で。



2006年05月06日(土)

与論島へのダイビングツアーから帰ってきた。やっぱり自然から得るエネルギーは大きい。自分はこの自然法則の一部なのだということを改めて実感するとともに、自然体で居ることの意味をなんとなく体感できたように感じる。しかし、同時に大勢の人と一緒にツアーに参加することへの多少の違和感を素直に感じた。自分には大勢で行動することは疲労にしかならないようだ。

ダイビング自体がどうこうではないが、ツアーでの妙な周りのテンションの高さが逆に自分自身の個人的ではあるが、内的に盛り上がるテンションを下げる。どうしても他の人たちを見ていると、外向きだけの楽しさしか感じていないように思える。それは人それぞれだから別にかまわないが、自分がその中に居ることがどうも慣れない。もう少し違う形のダイビングへのかかわりが出来ればもっと楽しめるような気がする。

最終日に聴くことができた桑名正博のライブは、これまでに見てきたライブの中でもトップクラスの珠玉のライブだった。別に音楽性がどうとかこうとか語るつもりはないが、心に響いた。音というのも自然が織り成す芸術であり、その音色にのせた桑名正博の歌は理屈を超えた何かを与えてくれたと思う。



2006年05月01日(月)

意味を求めることは無意味だ。この逆説的な言い方が言いたいがためにこの日記を書いているが、まんざらウソでもないと思う。動物の中で物事に意味を求めるのは人間だけだ。犬が物事の意味を考えているだろうか?サルは物事の意味を考えているだろうか?

生きる意味を求めたいのは分かるが、求めても得られるものではない。「その意味は?」ってすぐに聞くインテリが居るが、逆に「その意味は?と尋ねるその意味は?」と聞き返してやりたい。物事の存在や出来事に意味などない。存在する目的はあるかもしれないが、意味はない。質問するなら「その目的は?」が一番正しい質問の仕方だろう。それでさえ答えのないことはたくさんある。俺がこの世に存在するその目的は?そんなもん知るか。

俺はここに生きている。ただそれしか事実はないんだ。生きているということさえ人間が考え出した概念であって、ただうごめいているとも言えるし、ただ存在しているとも言えるし、生えていると言っても間違いではない。国語的には間違いだろうが。

人間も動物として生きるのだと考えてみると、とても生きやすくなる。自然体とはまさに自然の一部としての体の存在だ。俺はあくまでも自然体でただここに居てうごめいているだけなのだ。それ以外に何も分からないし、どうでもいいのだ。人間以外の動物だってそうやって生きているじゃないか。



2006年04月30日(日)

Yahoo Newsの芸能を見てみると、芸能人の離婚が結構頻繁に取り上げられている。素朴な疑問だが、どうして離婚するなら結婚するのか?

本来、結婚という儀式には、覚悟を決めるという側面があったはずだ。親族や知人を集めてお披露目しその覚悟を表明する。親族や知人はその覚悟表明に対して、祝福をしご祝儀を出す。

しかし、現状は離婚なんて軽い軽い。成田離婚やらスピード離婚なんてことばも生まれるぐらいだ。なぜ先が読めないのかが私には不思議なのだが、恋愛というものはそこまで人間を盲目にするのだろうか。

ところで、恋愛からどうして結婚になるかが、私には不思議で仕方がない。恋愛関係に居る男女と、結婚生活を送る男女との関係は明らかに違うだろう。それは自分の親を見れば一目瞭然だ。確かにラブラブなご両親もいるだろうが、そりゃ努力の結果である。普通に男女が長年暮らせば、恐らくたいていの人は恋愛の感情なんて薄れる。

そうした恋愛と結婚生活とのギャップを何も考えずに、結婚という重大な覚悟を要する形式に飛び込むなんて無謀も無謀だ。個々の価値観と割り切ろうと思えば割り切れるが、その結婚を祝福しご祝儀を出した親族や知人は「あほんだら。気持ちと金を返せ。」と心の中で思ってしまう。何も考えずに結婚し、結果、離婚する人たちは周りに迷惑なのだ。

私は今だ結婚なんて感覚が良く分からないし、そうした相手にも出会っていないかわいそうな男(笑)だが、結婚する時は覚悟を決めてひっそりと結婚したいと思う。もし離婚する時は周りに迷惑のかからぬように。



2006年04月11日(火)

yahoo動画でWBCの再放送をしているのをたまに観るが、今日はキューバとの決勝戦を観た。開幕前の君が代をどこかのオーケストラが演奏していたが、何だ?中国風にアレンジした君が代を流しやがった。本当に偏見というのはこうした感受性にまで表れるものか?ひどく落胆した。一国の国家を勝手にアレンジしてしまう感覚が信じられない。

自分勝手な解釈でしか物事を見ない人間と接した時に、普通の人はどう思う?アメリカはその程度の国でしかない。体の大きいやんちゃなガキだ。



2006年04月10日(月)

朝は目覚まし前に起きるが二度寝。結局、目覚ましで起きる。最近、職場に早く行ってもだから何なんだ?って事を考えてしまって早く目が覚めても体が動かない。仕事に対するモチベーションの質がだいぶん変わってきているようだ。

19時退社しドトールで読書。ジムで汗を流し、帰宅。



2006年04月09日(日)

昨晩、早めに寝たおかげか朝は普通に目が覚める。最近は、11時くらいまでダラダラと寝る週末が多かったので、なんだかうれしくなる。やっぱり就寝時間を一定にし、睡眠時間を確保することが課題だ。

午前中は洗濯。洗濯機の調子が悪い。脱水で必ずバランスを崩し、途中で警告音を発する。これでは全自動とはいえんだろう。

妹から受け取らなければいけないものがあったので、母妹と三宮で昼食を取る。母親がノバに通いたいとか、英語が話せるようになりたいとか。まあ、したいようにすればいいんじゃないかと適当に答えておいた。

その後、放送大学の学習センターへ。高齢者福祉論、神経心理学の授業をビデオテープやCDで受講。一種の趣味活動だ。僕はこういうのを勉強とは言わない。だって楽しいんだから。勉強には「やらなければいけない。」というイメージが強すぎる。いかに歪んだ学習観を子供時代に植えつけられたかを物語っている。

夕方、モスバーガーでハンバーグ喰らいながら、「イチローの流儀」という本を一気読み。おもしろい。イチローという人間に非常に親近感を持った。僕と共通した部分があることがわかり、うれしくなる。ただ、彼みたいなストイックさは全く持っていない。これからはイチローを意識して生活してみよう。

夜、ヤフーの動画サイトでWBCの日本対韓国の試合を再度観る。イチローのレイザービームの動画が観たくてネットを徘徊。あるもんだね。イチローはすごいわ。



2006年04月07日(金)

PCに向かう時間が激減。ジムも疲労感があって二回連続休む。全体的に疲れが感じられ、休息が必要な感じがするが、新人がいるので休むこともできない。なんとか週末で取り戻したい。



2006年04月03日(月)

仕事後、本屋へ。本屋に行くとどうしても買ってしまう。読んでいるから、まあ、いいか。今回はモチベーションについての本を購入。スポーツクラブで汗を流す。今日は体が重かったので、少し負荷を軽めに。


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