
ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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| 2001年08月07日(火) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 ��南極物語 |
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天気 雨
昔は山小屋の食料と言うのは全て強力が荷あげしていたのだろうか?
ふと、そんなことを考えた。 現代ではヘリコプターのおかげで、必要な食料、その他消耗品は全て楽に届けられる。 届いた荷物は全員で背負子(しょいこ)を使ってヘリポートから食品庫、冷凍庫へ運ぶ。 これはこれで大変な作業なのだが、昔に比べれば遥かに楽になったものだ。
ただ、冷凍庫(通称南極)の中があまりにも乱れており、 岸本さんが発注して届く予定になっていた食料が入りそうには見えなかった。
たまたま今日は雨のおかげでヘリが来ないことになっていた。 ヘリは晴れている日、しかも雲間から下が見える日しか来ないのだと言う。 これはタイミングが良かった。
この機を利用して大東さんと秦野さん、俺の3人で南極の整理を、 立花と梓の二人が食品庫の整理を行なった。
南極は巨大冷凍庫。 恐らく全てのものをどかせば6畳〜8畳ぐらいの広さはあるのではないか? その中に入り必要な食材を取り出して厨房に運ぶのは、気が付けば俺の仕事になっていた。 しかも昨日からは南極の中の食材の在庫、出庫も把握して管理することも任されてしまった。
はっきりって面倒くさい。 が、それが必要な仕事であることも理解できたし、 近い将来自分のするであろう仕事の内容を考えても無駄にはならないだろうと思えた。
因みに同様のことは食品庫にも言える。 ただこちらは寒くないので(当然か)作業もしやすい。 俺以上に几帳面な性格の立花と物の場所を把握している梓任せることにした。
南極、食品庫両方の整理と棚卸し。 客1人あたりの食糧の消費量の計算・・・・。 することはたくさんあったが、はっきりって途中で疲れた。 ある程度のところまで進んだ時には、俺と秦野さんは殆ど同じ気持ちだったらしい。
「後はヘリが来てからやりますか?」
あんまり一気にやりすぎても良くないんだってば。
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| 2001年08月06日(月) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 ��転機 |
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天気 晴れ
今まで触れていなかったが、厨房の担当の従業員は岸本さん(仮名)という。 岸本さんは基本的に優しい人で、指示する時の口調も丁寧だ。 反面、存在感が薄く、厳しさが足りないところもあるように感じられた。 ある人に言わせれば人付き合いが苦手なんじゃないかということだが、そうかもしれない。
その岩本さんだが、実は身体があまり丈夫そうではない。 はじめて見た日から風邪を引いていたし、飲み会の席でも姿を見なかった。
そんな岸本さんの下で厨房のバイトは動いていたわけだが、 その中の1人、山田君がとうとう天狗の頭(白馬岳の南、山二つ越えて2時間半ぐらい)に向かって出発する日が来た。 支配人に直訴した結果は朝になって聞かされた。
「天狗で足を怪我した奴が1人いるらしい。」 つまり山田を代わりに送り込むと言うことだ。 頂上の宿舎も、天狗の山荘もどちらも村営である。 だから何処で働いても給料は同じところからでるし、その額も同じだ。 上の(というか下界にいるから下のか?)人にとっては何処で働かせても同じなのだろう。
朝の掃除が終わった後、部屋では山田が荷造りをしていた。
「お、そろそろ出発かい?」 「ええ、お世話になりました。」
まだ一週間目なのに、自分より後から来て、もう去っていく人がいると言うのは不思議な気分だ。 それ以上に不思議なのは、こいつが4,5日の付き合いとは思えないことだろう。 もっと長いことつきあってきて、これからもずっと友達でいそうな、そんな感じのする奴だ。
そこへフロントから放送がかかる。
“業務連絡、業務連絡。アルバイトの山田君。至急フロントまでくるように”
支配人直々の放送だ。 山田は残りの荷物を一気にザックに詰めて部屋を出る。 途中でフロントから来た坂本に出くわす。
「あ、山田君、支配人がすぐに来いって言ってます。」 こいつは日頃口の聞き方を知らんくせに、時々妙に丁寧になる。 まぁどうでもいいが。
ともかく荷物を背負った山田はいつでも出発できる姿で支配人室を訪れた。
お世話になりました。それではこれから天狗へ向かって出発します。
そう言おうとしたに違いない。 が、彼がその言葉を発する暇はなかった。 支配人が妙に楽しそうな顔でこういったからだ。
「実はあの後、下(←下界にある公社)と天狗と話し合って、 それぞれの事情が変わってきて、 今日お前を天狗にやらなくてよくなった。」
は?
明らかに不意打ちを食らった顔をしている山田。
「だから、荷物をまとめてたら悪いと思って少しでも速く呼んだんだが・・・」 結果として山田はあおられた形になってその分早く荷物をまとめたわけだ。 少しの間があいて周囲にいたバイト、従業員から爆笑がもれる。 山田は少しばつの悪そうな、しかし嬉しそうな顔で照れていた。
そう、山田君と我々の願いは数奇な「事情」によって叶えられることになった。 しかしその事情とはなんだったのか。 それを俺たちはこの少し後で聞くことになる。
「岸本さんが荷物をまとめています。」
え!?なんで!?
後で聞いた話では、岸本さんは昔から目を悪くしていたらしく、 こうやって下山することは毎年のようにあったらしい。
恐らく、それで人間が足りなくなる分を何とかしようと言うことで山田君の残留が決まったのだろう。 午後には支配人がバイト全員を集めた。 山田の残留。岸本氏の下山を告げた後、バイトの本格的な配属を発表した。 現在の形では厨房に人がたくさんい過ぎる。 なので、厨房から仲村と小嶋さん(仮名)を新館レストランへと異動させることになった。 さらに、厨房の担当を岸本さんの代理で大東さんが行なうことになった。
厨房内でも飯炊き、味噌汁、客食おかず、従食手伝い、ホールのそれぞれに人を配置し、 秦野さんをバイトのリーダー格としてミーティングを行なった。
こうして様々な変化のあった後、夜は長澤さんの誕生日会が催された。 が、俺は休憩室で誕生日会を横目に見ながらノートを前に途方にくれていた。
えっと、ほうれん草の在庫が・・・・
冷凍庫、食品庫の在庫管理を大東さんから命じられてやることになった。 大東さんの考えでは、バイトは管理するよりも参加させた方が楽しく働ける。 ということらしく、これは俺の想いとも一致している。
が、この後しばらく俺はノートと電卓を前に頭から煙を出すことになった。 計算は苦手なんだ!
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| 2001年08月05日(日) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 ��酒宴 |
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天気 晴れ
朝の掃除を終えて、週末の大騒動は終了した。 また一週間後までは普通のペースに戻るのだろう。
掃除を終えて部屋に戻ると山田君がなんとなく外に出たそうな顔をしている。
「頂上へ行きましょう!」 明日には天狗に行かないといけないので今日のうちに行っておこうということらしい。 短い期間だったが山田君はもうすっかり厨房のバイトとして溶け込んでいる。 素直で善良そうでお人好しそうなその性格を嫌う人は恐らくいないだろう。 そして山田君自身、今の場所が気に入っているようだ。
「支配人に頼んでみたら?」 一緒に歩いていた仲村や百白、それにフロントのバイト光田さん(仮名)らも同意見だった。
「そうして見ます。」 頷く彼をみながら、
他所にやるのはもったいないが、こいつなら他所でも十分やっていけるだろうなぁ。 そう思った。
夜には支配人の計らいで飲み会が催された。 海の日から今日までご苦労だった。 今日で長澤と水谷(仮名)も帰って来たのでバイトは全員集合した。 この夏はこのメンバーでやっていく。 今後も頑張ってくれ。
そういう趣旨だったのだろう。 要はバイトの顔見せ&懇親会だ。
全員がそれぞれ自己紹介をし、後は各々飲んで食べて騒いだ。 特筆すべきは、仲村・牧園君の逃げ足の速さ。 長澤さんの酔っ払った時の面白さ。 それに梓嬢の飲むこと飲むこと。 あ、後は岡谷さんは盛り上げ上手だってことだろうか。 気付いたら俺は岡谷さんに「モンゴル人」という仇名をつけられていた。
そういえばそろそろ髭が伸びてきている。 髭剃りなんて持ってこなかったからなぁ。 少し気になるが仕方がない。 この夏はしばらく伸ばす事にするか。
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| 2001年08月04日(土) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 �ケ�の週末 |
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天気 雨
今日は俺が来てからはじめての週末。 土曜日の夜、日曜日の朝は客が多いと聞かされてきたが、 土曜日には長澤さんが帰ってくるはずだったので安心していた。 バイトの中では秦野さんを除く俺にとっては唯一の年長者、 しかも一通りの仕事を教えてくれた人ということで俺は長澤さんを頼り切っていた。
そこに、長澤さんが熱を出して今日登ってこられなくなるという情報が入った。 少し不安を感じたのは確かだ。 が、はっきりって仕事はもう覚えた。 テキパキとは行かないが確実にこなせるようにはなってきていた。
なんとかなるさ。
仲村もいれば立花もいるし、梓もいる。 昭子さんも手伝ってくれるみたいだし、 ホールの方も秦野さんが加わって動きやすくなったようだ。
よし、なんとか頑張って見よう。
雨が降っていたので今日は部屋の中でそんなことを考えていた。 雨が降ると山小屋は暇になると考える人が多いのではないだろうか? 逆である。 多少の雨ならばせっかく休みを取ってまで来た山を中止する社会人は少ない。 むしろ、先まで行く予定を中止して手前の小屋に泊まろうと考える人が多いのだ。
結果として頂上手前の小屋は大入りになる。
特に新館レストランでは濡れた身体を乾かし、雨宿りする人が増える。 結果として新館レストランは大騒ぎだ。 厨房からも2時間ごとに2人ずつ交代で助けを出すことになった。
新館の手伝い、夕食の準備と大騒ぎだったが、なんとかこなすことが出来た。 やってみればなんとかなるものだったらしい。 長澤さん、俺はなんとかやりましたよ。
しかし、今日の土曜日は実はまだ大したことがなかったそうな。 近年では盆休みよりも海の日前後に客の入りはピークになるらしい。 その頃はバイトの数も少なく、客は今日の倍ほど。 バイト部屋、休憩室も客室に使われ、みんな食堂の隅っこで眠った。 聞けば聞くほど凄い話だが、自分がそこにいなかったのが少し淋しい気もした。
でもまぁ、そんな時でもなんとかなっているんなら、 俺もきっとうまく出来るはずだ。
そうそう、そういえば俺が来る前に来ていて一時下山していた坂本君(仮名)が上ってきた。 少々変わったところがあり、口の利き方を知らないところがあるが、 彼は彼で一生懸命な人間であるようだ。 分かり合えるかどうかは別として、彼の元気の良さは認めてやるべきだと思う。 以上。
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| 2001年08月03日(金) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 �さ抃銅爾砲� |
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天気 晴れ
今日も俺が飽きずに頂上に行ったのは言うまでもない。 やはりというか、仲村は今日はついてこなかった。 立花と山田君の3人で行くことになった。 厨房のバイトは忙しい時間は非常に忙しいが、 休憩時間は恐らく一番多い。 俺たちが外出する時、フロントあたりから羨ましそうな声が聞こえるがそれは黙殺。 確かに彼らには少し申し訳ない気がするが、 せっかく使える時間を使わないのはどう考えてももったいないからだ。
色々と話してみて、立花はかなり器用な男。 山田君は素直で純粋。 そして二人とも周囲に気配りのできる奴だと感じられた。 もちろん、俺はどちらも気に入っている。 他のメンバーも個性的な奴ばかりだが、この二人がもっとも付き合いやすいと思った。
アルバイトの話ばかりしているが、従業員の人々も皆それぞれに個性的で面白い。 夕食の片付けが終わった後の話だ。 バイト部屋は基本的に寝るだけの部屋になっている。 この部屋で夜騒ぐのは禁止だ。 が、休憩室という部屋があり、こちらはコタツとテレビがあり、何時まで騒いでいてもいい。 もちろん翌日はきちんと働くのは言うまでもない。
休憩室には常に仕事が終わった後に集まる人たちがいる。 外回り担当の従業員大東さん(仮名:友達の大東君と同じ苗字)や、 飯炊き担当の従業員岡谷さん(仮名)らは、俺が休憩室に入ると必ず既にコタツでごろごろしている。
はじめははっきりって入り込みにくかったのだけれど、 少しでも慣れる為にはこういう所に積極的に入っていくのが良い、と経験が教えてくれる。 今日も同じ様に、コタツの一角へ失礼する。 じきに従食担当の従業員昭子さん(仮名)や、秦野さんもやってきてにぎやかになり、 その後には、いつものように秋田の女子大生梓ちゃん(仮名)が缶ビール片手に現れた。
大東さんは実際の年齢よりずっと若く見える。 頭は長髪で金色に染まっているし、服装も、顔つきも若く見える。 (どう見ても30代前半にしか見えないのだが・・・・!) 冬場は八方尾根スキー場でアジア料理のレストランをやっているのだそうだ。 秦野さんはその見せで大東さんと知り合い、ここに来たらしい。 当然の如く彼らの趣味はスキー。 それもテレマークスキーに手を出しているらしい。
「歳をとるほど無茶がしたくなんだよなぁ〜」 そんな大東さんはクライミングも少しするらしい。 なんでも自分の部屋にクライミングボードを置いているとか。 俺が自分もやるということを話すと、 近くに登れる岩があるので内証で連れて行ってくれる、ということになった。
正直、ここに来る前には下界でのバイト先の藤原さんたちに、 「白馬なんてチャラチャラした所に行くのか〜」 なんて言われていたし、自分も「確かにチャラチャラしてるかも」と思っていた。
お客の中には山を舐めているとしか思えない人も数多くいたのは確かだが、 どうやら小屋で働いている人は決してそうではなく、 むしろ素直に「すげぇ」と思える人たちだった。
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| 2001年08月02日(木) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 �Q�を望む |
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天気 晴れ
高山病対策には、急激に高度をあげない、つまりゆっくり歩くというのが最も一般的だ。 他にも利尿作用の高いお茶をたくさん飲み、小便をたくさん出すとか、 色々なことが云われるが、要するに上手に高所に慣れることが大事なのだ。
ところが、初日は源三さんに対抗してついつい早く登りすぎた。 それが原因か、以前高山病になったことがあるためか、ここ2,3日少し頭痛がしていた。 明らかに高山病の初期症状だ。
こういう時は、近くにある少し高い所に登ってまた下りて来るという方法が効果的だという。 後は、多少つらくても身体を動かし続ける方が順応しやすいらしい。
その二つを実践するために、俺は初日から頂上に登り続けた。 俺たちがいた小屋は「頂上」と名がつくものの、実際には頂上よりは200m程低いところにある。 そりゃまぁ、本当に頂上に小屋があったらちょっとびっくりするし、 大体風が強くてどうしょうもない。 むしろ頂上に行けば行くほどそんなスペースがなくなるのも自明だ。
ともかく、小屋から頂上を往復する30分は、俺にとって格好の高所順応コースだった。 今日はガス(霧)がかかっていなかったので、 立花君と京都の高校生仲村君(仮名)と3人で頂上へ行くことにした。
高校時代はワンゲル(ワンダーフォーゲル部)に所属していた立花はなかなかの山好き。 テニスサークルにいながらもこういうところに来る理由が少しうなずけた。 現在高校生の仲村君は親が勝手にバイトに応募していて、 出発前日頃いきなり採用通知が来た、という若いのに波乱万丈な男。 ほとんど某テレビ番組●派少年系山小屋生活って感じだな。(ありそう・・・)
頂上では3日目にしてはじめてまともに景色が見えた。 剱岳が向かいにはっきりと見え、昔のことを思い出す。 大学1年、2年の合宿のこと。 2年の合宿での出来事。 そして、それ以降山をしばらく離れることになったこと。 思わずノスタルジックな気持ちに浸っていると、 仲村君がニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。
「で、いつ戻りますか?」 どうやらこっちの胸中を盗み見られたわけではなく、 ただ単にこの男は山頂の景色に飽きただけらしい。
小屋に戻りゆっくりしていると、 新たに上ってきた二人のアルバイトが部屋に姿を見せた。
秦野さん(仮名)は32歳の最年長。 7月の中旬から働いていたのだが、下界の用事で一時下山していたらしい。 帰ってくるなりバイト部屋の布団の配置、片付けなどをテキパキと支持し、 厨房バイトのトイレ掃除ローテーションなどに着手する。 それでいて陽気で話し易い。 感じのいい大人といった雰囲気の人だ。
もう1人は山田君(仮名)。 4日後には天狗山荘の方へ行ってしまうが、それまではこちらで働くらしい。 地元松川村から来た大学1年生。 バレーボール部に所属しているらしく、さわやかな兄ちゃん。 人見知りするのだろうか、最初は結構無口な雰囲気だが、 なんとなく真面目そうな雰囲気を感じた。
8月に入ったため仲村、俺、に続きどんどんバイトが集まってきた。 (仲村は俺より2日早く上山したらしい) 後2,3日後には全員がそろうらしい。 非常に楽しみだ。
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| 2001年08月01日(水) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 ��二人の関西人 |
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天気 曇り
もともと俺は8月1日から働くつもりでいた。 8月1日から働くのならば8月1日には既に山に入っていなければならない。 ということは前日には入山しなくてはいけないのではないか。 そんな思い込みから昨日入山したところ、実際には7月31日から働くはめになった。 もっとも早く仕事が覚えられればそれに越したことはない。
それに、昨日俺に仕事を教えてくれた年長のバイト長澤さん(仮名)が、今日から一時下山することや、 今日新たに二人のバイトが上山してくることを考えても、 昨日のうちに長澤さんから色々な仕事を教えてもらえたのはタイミングのよい事だったと思えた。
頂上近くにあるこのの宿舎では、 アルバイトは「本館フロント」「本館厨房」「新館(レストラン)」に振り分けられる。 俺は「とりあえず」厨房に配属された。 後数名のバイトが上山して、それぞれの様子を見ながら正式な配属を決定するようだ。
厨房の仕事は朝夕の客食準備、後片付け。 それに朝、昼、夜の従食(従業員用の食事)の手伝い、後片付。 それから朝食後に客室の清掃とローテーションでトイレ掃除も行なう。。 昨日昼前に来た為、長澤さんが今日の朝食後出発するまでには一通りの仕事を見ることが出来た。
厨房には既に長澤さんの他にも何名かのアルバイトと従業員がいた。 が、長澤さんの担当していた部分は俺がそのまま引き継ぐ形になった。 詳しくはここには書けないが、仕事事体は実はそれ程複雑ではない。 どんな素人を連れてきても1日で覚えられるようなものにはなっている。 ただもちろんどんな仕事も要領よくこなせるようになるには多少の時間はかかる。
俺はそれを今日上山してくる二人のバイトにも教えなくてはいけないのだろうか。 実は少々自信がなかった。 が、まぁなんとかなるだろう。 いつもの感覚で構えていた。
二人の男が昼過ぎに小屋に到着した。 随分と遅い到着だったが、普通はこんなものなのかもしれない。 そいつらは余計な荷物が多くて源三さんにどつかれたという話を小耳に挟んだが・・・ まぁ、そんなことはどうでもいい。 驚いたのはそんなことじゃない。 なんと、そいつらは二人とも俺と同じ大学の一回生だったのだ。
立花君(仮名)と桃城君(仮名)。 うちの大学でテニスサークル所属。 はっきり云ってそこらへんにいくらでもいそうなチャラチャラ系の大学生。 山の中で会うには非常に不釣合い。 俺の中で彼らに対する第一印象は随分と不当に低かったかもしれない。
が、実際に話してみると、 やはりもともと同じ関西人であることも手伝って非常にうちとけやすかった。 さらに、どちらも他の様々なアルバイトの経験を匂わせる要領の良さを持っていた。
こいつら、もしかしたら俺なんかよりよっぽど使える奴らかもしれない。 負けてはいられない。
人は、同じ目的に進む他者、すなわちライバルを意識した時大きく成長し始めるのかもしれない。 立花君と桃城君は俺にとって大学でもここでも一応後輩という位置付けだったが、 俺は彼らを同列に見ることに決めていた。
昨日の源三さんといい、こいつらといい、 この山では面白げな出会いが多い。 明日はどんな人が登ってくるのだろうか。
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| 2001年07月31日(火) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第1部 �‖臉齋未魃曚┐� |
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天気 曇り
北アルプスに来るのは3年ぶりだ。 随分長い間山から離れていたものだと思う。 もちろん関西近郊の山には登っていたし、岩登りもしていた。 それはそれで楽しい日々だったし、自分にとって大事な時間だったと思う。 だがそれで完全に満足していたかと言うと、容易に頷くことは出来ない。 自分の中の何かが不完全燃焼を感じていた。
だからかもしれない。 前日までの準備の間中、眠れない夜行バスの中、そして大雪渓を登っている今も、 俺の胸中はこの夏への期待でいっぱいだった。
日本3大雪渓との一つと云われる白馬大雪渓。 俺の遥か前を歩くのは、頂上近くにある宿舎と下界を毎日往復する山の郵便屋さん。 その名を源三さん(仮名)。
「この程度で疲れてて、山やってたなんていうんじゃねぇ」 辛口な激励を残して彼は俺をどんどん引き離していった。 いや、源三さんが早いんじゃない、俺が情けないんだ。 現に彼はずっと同じペースを保っている。
畜生。 見てろよ、追いついてやるぜ。
独白とは裏腹に呼吸はどんどん苦しくなっていき、足取りもさらに重くなっていく。
源三さんは休憩を取らない。 白馬尻荘から頂上の宿舎までノンストップだ。 1時間歩くごとに10分の休憩を常としていた俺のやり方とは違う。
源三さんは軽装だ。 背中に背負った小さなザックは右肩だけを通し、軽々と歩いている。 若い頃は強力(ごうりき:重い荷持を持って上るのを仕事とする)などもやっていたらしいが。 対して俺は少なくとも10キロ以上はある大きめのザックを背負っている。 山小屋泊まりをしたことがなかったので必要ないと思われる寝袋なども持ってきてしまったためだ。
源三さんは長靴で歩く。 どうして長靴で大雪渓を滑らずに歩けるのか不思議でしょうがない。 俺は重登山靴を履いていても、何度もバランスを崩しているというのに。
源三さんは毎日頂上を往復している。 くどい様だが俺は3年ぶりに2900m級の山に挑戦している。
どだいまともな勝負になるはずはなかったのだ。 勝ち負け等というのはもともとおかしいのだが、 俺の中で「ついていけなかったら負け」という訳のわからん方程式が既にあった。
なにがなんでも追いついてみせる。 そんなことを呟きながら、高山病対策にむしろゆっくり歩くという計画は完璧に忘れていた。
結局俺は源三さんに追いつくことはなかった。 途中まで遥か遠くで余裕をかましていたその姿すら見えなくなった。 だからといって俺が遅かったわけでは決してない。 数多くのパーティーを抜き去って歩き進み、 コースタイムでは普通4時間かかるとされているところを2時間半で登りきった。
源三さんに追いつけなかったことはやたらに悔しかったが、 頂上の宿舎にたどり着いた時にはそれをこえる歓びを感じた。
これから約26日間、俺はここで働いて、生活して、時には山を歩いて・・・・ 様々な期待を抱きながら俺は、小屋と呼ぶには随分と大きなその宿舎の扉を開いたのだった。 不思議と不安はなかった。
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| 2001年07月30日(月) ■ |
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| ファイナルバトル(完) |
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「ファイナルバトル(完)〜そして旅立ち〜」
朝一番から最後の試験が始まった。 昨年度の秋学期に受けていた講義の続き(?)の授業の試験である。 出席は昨年も今年もその授業に関してはほぼ全くしていない。 が、2月9日の日記にもでてきているように、 どうやら名前を書いたら単位をいただけるようなのだ。 おまけに教科書持ち込み可。 こういう美味しい単位は登録し損なってはいけません。 大東君と二人、冗談交じりに「秋学期の試験と内容一緒だったりして〜」 等といっていたぐらい、先生は試験に対してやる気はない。
・・・・。 実際出てきた問題を見て絶句した。
文章中の空欄に記号を埋める問題が出ているのだが、 これが明らかに2月に受けたのと同じ内容なのだ。
これだったらまた100点取れるな。 (なんと私はその時の試験で初めて100点を取ってしまった。)
その様に考えながらよく問題用紙を見ると、 なんと下のほうに記述式の問題が追加されている。 前回の試験で満点が続出したので警戒したのだろうか?
ともかくそんな問題は無視して提出。 名前を書いた時点で私の単位は保証されているのだ、気にすることはない。
このようにして私の試験期間は思いのほかあっさりと終了した。
「さ、山名君呼んで打ち上げにするか!」
大東君は8月1日。 山名君は8月3日。 私は今日の夜。 それぞれがそれぞれの出発を控えていた。
試験の終了を祝うと同時に、出発前の景気づけもやっちゃおう!
ということで3人でいつものラーメン屋さんに向かう。 最近では京都を出るとき、京都に帰って来たときに行くのが恒例になってきた。
食事の後、大東君は自分の旅の準備の為にどこかへ行ってしまった。 準備は一通り終了して暇だった私と山名君は私の部屋で夜まで遊んでいた。
そう、夜まで。 9時半頃この部屋を出発すると決めていたので、その直前まで遊んでいた。 あるいは、誰かに見送って欲しかったのかも知れない。 8月26日まで関西を離れる。 そのことに幾ばくかの不安を感じていたのかもしれない。
何はともあれ、山へ向かう準備を整えて、私は京都駅へ向かった。 京都駅八条口バスターミナル。 ここに来る白馬方面行きのバスに乗った時、私の夏が始まる。 周囲には同じく北アルプスの山へ向かうであろう姿をした人々がいる。
少しづつ旅立ちの気分が高まってくる。
そして、白馬方面行きの夜行バスが私の前に現れたのだった・・・・。
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| 2001年07月29日(日) ■ |
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| 夏の予定 |
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そろそろお金がない。
7月30日の夜から、私は北アルプスに姿を消します。 山小屋でバイトしてくる予定となっています。
そのために色々と準備してきました。
医者でサルモネラ菌、赤痢菌の保菌検査を受けたり。(つまり検便) 他にも似合わないエプロンを買ったり。 それから夜行バスのチケットも予約済みです。
後は30日の夜、京都駅から出発するだけです・・・・が。
ぎりぎりでお金がなくなってきた。 これは・・・・やばいな。
ここ数日は何故か冷凍庫にたくさんあった鶏肉と、しゃぶしゃぶ餅。 それに冷蔵庫にあった賞味期限ぎりぎりの焼きそばのみの生活です。
一応お金は少し残っているが・・・ 駅から登山口までのバス・・・・乗れるだろうか?(をい)
ちょっと調べてみよう・・・・
(検索中)
ヒット。 どうやらOKのようです。 片道980円。 なんとか足りそうだ。
そのかわり・・・・。 それ以外では一切金は使えない計算だな・・・。
あ、まぁ、なにわともあれ、そういうことです。 8月下旬まで帰ってきません。(正確な日程は未定)
なので、日記の更新がされてないとかそういうツッコミはご容赦ください。
明日、朝一の試験を終わらせ、 昼には先輩風を吹かせて山名君にラーメンをおごり、 そして夜、バスに乗って・・・・ 目がさめたらそこは3年ぶりの北アルプスです。
てぇ言ってもまだ行った事ない山ですけどね。
詳細はまた帰ってきてから。 全部の日記を書くかどうかはまだ考えてないが・・・。
ちゅぅわけで、 次回 「ファイナルバトル(完)〜そして旅立ち〜」 いつ書けるのだろうか・・・・
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