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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年08月17日(金) ■
「夏の漂泊編」 第2部 ��退屈

天気 快晴

退屈だ。
とことん退屈だ。

昨日来た両親は朝から白馬村の方へ行ってしまった。
公社の方に挨拶して、ついでに俺の給料を受け取ってくるためだ。

今日も今日とて引き続き絶飲絶食、点滴生活。
飯は食えねぇは、水も飲めねぇは、自由に動き回れないので、
トイレ行くのもめんどくせえは。

畜生、腹の痛みが大分ましになってきて、
しかもなまじ頭が働くだけに退屈この上ないぜ。
昼間っからテレビとか見てみたけど特に面白くともなんともねーし。

うがぁ・・・・せめて食事ぐらい始まってくれないか!?


と、身体全体で退屈を表現していたら
それが目にとまったのか、向かいのベッドの中島さん(仮名)が、

「これ、もう隅から隅まで読んじまったからやるよ。」
と言って「オール読物」をくださった。
直木賞作家特集?
そういえばこういう系の雑誌ってあまり読んだことがなかった。
また、あまり買う気もしていなかったので、ちょうど良い。

せっかくだから暇つぶしに読んでみるか。



2001年08月16日(木) ■
「夏の漂泊編」 第1部 �吋悒蝓�/ 第2部 �‘�院

天気 引き続き悔しいぐらいの快晴

朝一番で医大の消化器系専門の先生が帰って来た。
今までの先生や、医大生の話を聞き、
その後で俺の腹を触ってみて

「虫垂炎でほぼ間違いないでしょう。下山ですね。」
と判断を下した。

この診断しだいで俺を下山させるべきかどうかが決まることになっていたらしい。
診断後、支配人が現れ、俺を下山させることが決まった旨を伝えに来た。
下山には県警のヘリを使わせていただけることになった。
むしろ、救助隊も今夏ほとんど出動の機会がなかったらしく、無料で飛んでくれた。
通常はヘリが1度飛ぶと100万円ぐらいするといわれている。

ある程度は歩けるのでヘリが到着したら乗り込むまでは自分の足で行った。
医大の先生と、医大生1人が付き添ってくれ、ヘリは飛び立った。
荷物はバイトの皆がまとめてくれたらしい。

抜けるような青空の中やってきたヘリに向かって俺は点滴をもってもらって走って行った。

宿舎のバイト、従業員、全ての人が見守る中、ヘリは再び飛び立った。

「また上っておいでね」
バイトの誰かがそういってくれたのが耳に残った。
ああ、覚えてろよ。
いつか必ず、しかも近いうちに帰ってくるからな!

第1部 白馬岳山小屋バイト編 完


第2部 O町某病院編

ヘリで約10分、救急車で約5分の行程。
そして病院に入ってから。

俺はヘリに駆け込んだ人間でだったのが嘘のように病人らしく扱われた。
ヘリに乗った時、景色見たさのあまり、

「寝てるより、座ってた方が楽です」
等と口にしてみたのだが、シートベルトをおなかのあたりに締めるわけにも行かず、
結局横にされ、その後は一歩も動かせてもらえなかった。

O町某病院では、レントゲン、採決、エコーなどの結果、俺の病気は「腸炎」と診断された。ただ、「診察はいまいち曖昧」なのだそうだ。
一番炎症のきつかった時期は抗生剤の点滴で過ぎている・・・というのが理由らしい。

絶飲絶食の上抗生剤の点滴で治るだろう、ということらしい。
手術を想定して個室まで用意されていたのだが、

「手術ないので大部屋の方がいいですか?」
そう問われて個室がいいなどと言えるはずもない。
経済的な事情も考えたうえで大部屋(4人部屋)へ移してもらうことにした。

公社の広田さん(仮名)が見舞いに来てくださった。

「何か欲しい物はないか」と尋ねられて、
どうしようもなく暇だったので、思わず「新聞」と答えていた。
しかもせっかくだから地元紙が読みたいとかわけのわからないリクエストをしてしまった。
数分後、広田氏は信濃毎日新聞とテレビ用のカードをもって帰って来た。
感謝の言葉もない。

夕方には両親もやってきた。
俺が案外元気そうな顔をしているのでかなり安心したようだ。
お約束どおりみかんやなんかを持ってきてくれたようだが、
当然食べることは出来ない。

病院内で泊まることは出来ないので、両親は車の中で眠ることにしたようだ。

あ〜、一体どれぐらい入院してなきゃいけねーんだろう。



2001年08月15日(水) ■
「夏の漂泊編」 第1部 �杏駄召蓮� 

天気 悔しいぐらいの快晴

あー、畜生、時間が長いぜ。
俺は今朝からずっと横になったままだ。
いや、昨日診療所に行ってからずっとだからもっと長いか。

ともかく昨夜、診療所には先生はおらず、医大生に診察してもらった。
熱が38.5℃で腹痛が激しい。
これは風邪から来る炎症ではないかと診断された。
喉の痛みはうったえていないのだが、どうやら喉も晴れていたらしい。

夜、暗くなった部屋で寝ている俺の周りで、
仲村や立花が頭の下の氷を変えてくれたり、
水分補給にとポカリを持ってきてくれたりテキパキと動いてくれていた。

彼らが余りよく動くので、手持ちぶたさで、
しかし心配そうに遠くから様子を見てくれている山田や梓の姿も見えた。

「仕事の方は気にしないでしっかり治して」
そう言ってくれてるのは大東さんの声だった。
皆には本当に迷惑をかけたし、申し訳なかったと思う。

が、今朝になって多少熱が下がって(それでも37℃)、
周りの皆が朝の仕事に向かうと、
朝4時に起きる癖がついてしまった自分は大変な寂しさを感じた。
皆が働いている時に働けないのがこんなに淋しくて苦痛なものだとは。
おまけに外は悔しいぐらいの晴天。

ああ、畜生〜。

その後、このきちんとした医療設備のそろっていない山小屋で、
俺の病名はどんどん変化していった。

まず疑われたのは盲腸。
だが、触診、問診を繰り返すうちに、

「(患部のあたりに手を当てて)押した時と話した時とどっちが痛いですか?」
「押した時・・・・かな?(よく分かってない。)」

実はこの時点で盲腸ではないと判断されたらしい。
他にも

「(背中のあたりをたたきながら)響きますか?」
「あ、響きます。痛い。」

この時点で尿管血石が疑われ、俺は水を死ぬほど飲むことになる。
排尿も1時間に1回ぐらいのペースでおこなったが、
血石らしきものは出てこない。
出る瞬間ものすごく痛いらしいが、出てしまえば治る、ということなので、
尿管血石だったらいいのになぁ、とまで思ったほどだ。

しかしこの医大の長谷川さんは、どうやら俺の気持ちをよく分かってくれているらしく、
特に何か言ったわけではないのに、

「今日中にはなんとか治るように考えますからね。」
と言ってくださった。
仕事を他の人々に任せっきりなのが一番つらいと言うことを、
どうやらわかって頂けている様でその心遣いが非常に嬉しかった。
きっといい医者になるよ、この人は。
そんなことを心の中で考えていた。

夕方には先生が戻ってきて、再び診察された。

「ここの設備でははっきりしたことは言えないが、やはり虫垂炎の可能性が高いね。」
やはり盲腸か?
ともかく、この診断によって俺の絶飲・絶食・点滴生活が始まった。

夕方頃、元・岸本さんがいた個室に移動しないかと勧められた。
俺としても、夜に点滴の交換をしてもらったりする時に、
他の同室の人間に迷惑がかかることなども考えられたので、
少し淋しいけれどその誘いを受けることにした。

それでも、夜には仲村や山田、梓たちがそれぞれ遊びにきてくれたので退屈はしなかった。



2001年08月14日(火) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��腹痛

天気 晴れ

今日こそは本当に晴れた。
一日中晴れたのは久々だ。
とりあえず午前中には、
山田、牧園君、立花、水谷君、光田さん、梓の大所帯で頂上へ。
本当は桃城も行く予定だったが、ある男の陰謀でそれは叶えられなかった。
しかたなく桃城は、

「上の小屋でチョコレートを買ってきてくれ・・・」
と言い残しフロント業務へと戻った。
運のない男だ。

因みに上の小屋と言うのは、俺たちのいる小屋よりさらに頂上近くにある小屋である。
俺たちが勤めているのは村営の宿舎。
上にあるのは民営の宿舎。
だからが「頂上」という名のつく小屋の更にうえにまだ小屋があったりもするわけだ。
そしてそこではチョコレートなどのお菓子が比較的安く売られているのだ。

今回大勢で頂上に行くことになったのは暇だったのと、
久々に天気が良かったのもあるが、実はその小屋を探検する目的もあったのだ。

ともあれ、大勢で歩くのはやはり楽しい。

しかし・・・この頃から俺は自分の身体に違和感を感じていた。
右腹部に軽い痛みを感じる。
なんだ・・・これ?

しかし基本的に日頃から薬などは飲まない性格なので、

ほっとけば治るだろう。

ぐらいに考えて放っておいた。


昼は常駐の医大生主催で餅つき大会が催された。
一体どこから杵と臼を持ってきたのかは謎だが、
確かに盛り上がったし、もちも確かに美味しかった。

問題だったのは、腹痛のはずの俺がいつもどおり、
いや、いつも以上に大量に喰ってしまったことだろう。
それが原因かどうかは知らんが、午後には更に腹痛が激しくなっていた。

と言う状態だったのだが、午後は午後で天気が良かった。
あまりにも天気が良いので、
長澤さんと立花、山田、梓を誘って内緒で外へ遊びに行くことになった。
行った先は主稜線から少し離れたところにある旭岳。

長澤さんを戦闘に俺、立花、梓、山田と続く。
立花や山田はともかく、女の子ながらに梓は良くついてきたと思う。
結構きつい道なんかもあったし、頂上近くは岩稜帯になっていて危険だったからだ。

それなりに楽しんだ後、遠くから近づいてくる人影が見える。
あれは・・・・大東さんに昭子さん、秦野さん?

せっかくお忍びで来たのに早速見つかってしまった。
ていうか・・・・同罪だよな?
よく考えたら繰る途中で岡谷さんと五月ちゃんも見かけたから、
厨房の従業員、バイトが全員集まっていることになる。
なんて団結力だろう。

こうしてみんなで楽しく遊んで宿舎に戻ろうとした時、
俺の腹痛は更に酷くなっていた。
いや、腹痛だけではない。
なんとなく頭がボーっとする。

それでもまだ動けなくはない。
むしろ、休憩時間に遊びまくって疲れて働けないなんて思われたくはない。
夕食の準備をいつもよりはだいぶ動きが鈍かったが何とかこないして、
やっと自分たちの夕食の時間になった。
なんだかここまでの時間が妙に長く感じられた・・・。

・・・が。
食えない。
どうしても夕食を食うことが出来ない。

隣に座っていた立花に

「調子悪くてもきちんと食べなさいよ」
と怒られてしまったが、でもやっぱり無理だ。
少しは口に入れたのだが、それ以上食える気がしなかった。

「医大の人に言ってきてあげましょうか?」
とうとう立花は心配してそこまで言ってくれたが、
きっと今後彼には迷惑をかけるだろう。
俺は自分から立ち上がり医大生が食事をしているテーブルに向かった。

「すいません、身体の調子が悪いんですが、看てもらえませんか」



2001年08月13日(月) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��困惑の大掃除

天気 晴れ後曇り

今日は久々にいい天気だった。
あまりにも天気がいいため、こっそり杓子岳に行ってみようかと思うほどだった。
が、朝食終了後の掃除中にこんな放送が入った。

「業務連絡。本日清掃終了後にチェックをいたします。
 終わったら担当者は報告に来るように。」

え?支配人・・・突然何を言い出すんだ?
今まで、少なくとも俺が上ってきてからの2週間そんなことは1度もなかったじゃねぇか。
なんて思っていたら再び放送がかかった。

「業務連絡。中途半端な清掃で報告に来た場合は、その部署で連帯責任とします。」

・・・挑戦状だな。
これはもう大掃除をしろと言っているようなものだな。
長澤さんは高校の時から6回もここでバイトしたことがある。
現支配人のやり方はよく知っている。
彼に言わせれば、

「これはもう今日は朝の休憩時間なくなったと思ったほうがいいよ。」

(どうでもいいがここら辺の話、ほとんど原文どおりに書いています。
 頼むから支配人、この日記を見つけるなよ!!
 後、他の人で見つけた人がいたら絶対チクらないでね〜)

仕方がないので全員普段はやらない窓拭きにまで着手し、
窓のさん、消火器の下、防火扉の裏側・・・・

思いつくところは全て掃除した。
真面目な話、連帯責任で休みがなくなるとか言う以前に、
掃除だけで午前中がつぶれてしまった。
午前中かけてもまだ終わらなかったぐらいだ。

だが、それが良かったのかどうか。
他の場所の人々は結局連帯責任で休憩時間なしにされていたが、
我々は昼食の後で呼び出され、とりあえず掃除はここまでで終って良いと伝えられた。

そして、支配人からなぜこんなことをしたのかの「語り」が始まった。
なるほど、それ自体はまぁ納得しろと言われれば出来ない内容でもない。
ただ、どうしてそれを最後に言うかが疑問だ。
最初に言ってくれればもう少しマシな気分で掃除できたかもしれないのに。

え?
何が理由だったかって?
なんかアホらしくなってきたのでやめときます。
ま、いいや。ってね。

そして午後は我々だけ休みがもらえた。
が、他の人々が休みをもらえず働いていることを考えるとゆっくり休む気もせず、
ましてや休憩時間に外に遊んでいくなんて気にはもっとならなかった。
大体、午前中はあんなに天気が良かったのに、午後はまたガスってるじゃないか。

あ〜あ。
天気まで嫌がらせかよ〜。



2001年08月12日(日) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��星に願いを

天気 曇り

今日も今日とて頂上はガスっていた。
が、なんか休憩時間に立花が「丸山に行こうかなぁ・・・」と呟いているのが聴こえた。
このガスっている中丸山へ行こうと言うのか?
・・・・ふっふっふ、面白い!
なんか俺の中で悪戯心が目覚めた。

丸山と言うのは小屋から南に10分ぐらい言ったところにあるマイナーピーク(小さな頂上)。
白馬三山と言われる白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳のうち、
白馬岳と杓子岳を結ぶ稜線上に存在する。
一応、バイトは白馬岳頂上から丸山までの稜線上以外は行ってはいけないことになっている。
本当だったらほかの色々な山にも行きたいのに、
俺が頂上ばかり何度も往復しているのにはそういう理由があったのだ。

ともかく、丸山にはすぐにいける。
せっかくだから、先回りしてやればガスに隠れて見えないだろうから脅かしてやろう。
随分と子供じみたことを企んだものだが、そういうことほど面白いものなのだ。

すばやく丸山に到着して待つこと5分、10分。
いつまでたっても立花は来ない。
挙句の果てに小雨が降り始めた始末。

来ねぇな・・・・諦めるか。

戻る途中で立花と出会ってしまった。

「何やってるんすか?」

いや、何って・・・遅かったね・・・。

「いや、丸山行こうと思ったんすけど雨降ってきたから帰ろうと思って。」

あ・・・そ・・・・。

「で、何してたんですか?」

もう・・・いいです。


このように天気は良くなかったのだが、
夜には随分と好転した。
皆で休憩室でテレビを見ていると、誰かが

「外すごく星きれいだよ!」
と言い出したので皆でこぞって出て行った。

確かに、あれだけガスっていたのにもうすっかり晴れている。
満点の星空とはこのことを言うのだろうか。
天の川がはっきりとわかる程に良く見え、
小さな星星がそれ程良く見えるため、
都会で見えるような星座がかえってわかりにくいぐらいだ。
こういう星空を見たことがないわけではないが、
正直夜空を眺める余裕なんて今までの山登りではほとんどなかった。

一度だけ4年程前の夏に見たこともあったが、今日の星はそれよりも綺麗だ。
しかも今日はペルセウス座流星群の日らしいのだ。

「一番流れる時間は午前2時ぐらいだけど、今でもよく見たら結構流れると思うよ。」
長澤さんがみんなに解説してくれる。
長澤さんは星にも詳しいのだ。

午前2時か、4時に起きて仕事する俺たちは間違いなく寝ている時間だ。
もったいないな。

様々に思いをめぐらせながら、俺はずーっと口をあけて空を見ていた。
お蔭で流れ星もいくつか見ることが出来た。

ん?
そういえば岡谷さんと五月ちゃんがいないぞ?
確か一緒に出てきたはずなのに・・・・
周りは真っ暗で隣にいるのが誰かすらもわからない状態だが、
岡谷さんがいればにぎやかなのですぐわかる。

ふふっ、二人でどこかへ行きましたね〜。

ま、いいか。



2001年08月11日(土) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��山上の恋

天気 雨

岡谷さんの様子が一昨日あたりからおかしい。
なんか妙に機嫌がよかったり、携帯電話を見つめてニヤニヤしたりしている。
一体誰にメールを送っているのだろう。
女か?

余談だが頂上の宿舎ではドコモの電波が入る。
他の携帯も調子がよければ入るらしい。
因みに俺のはau。
だが俺は山中では携帯を使わないというポリシーを貫くため、
出発してからはずっと電源を切っている。
電波を探ってすらいないのだ。
他のバイトの皆さんは結構やってたけどね。余談終了。

果たして勘は当たっていた。
昨日のこと。

「明日岡谷君の彼女が上ってくるんだって〜」
休憩室で昭子さんが言っていた。
面白いから皆で色々追求するが、当の岡谷さんはいつものように

「エヘへぇ〜」
とおどけて見せるだけ。
なかなかうまいやり方だ。
畜生、ずるいぜ。

ともかく、その岡谷さんの彼女が今日、雨の中上山してきたのだ。

名前は五月ちゃん(仮名)。
昨年俺たちと同じ様にこの小屋でアルバイトしていたのだという。
畜生、うまいことやりやがって。

これ以降五月ちゃんは岡谷さんとべったりだった。
もう、飯炊きのサポートをする山田君にいたっては、

「俺居場所ないっすよ」
とまで言う始末。

まぁ幸せそうなのでよしとしてあげようじゃないっすか。
どうせお盆休みの間だけなんだから・・・・んっふっふ。

ん?お盆休み?
そういえばここ数日天気が悪いのって・・・
もしかしてお向かいの剱岳に、盆休みの百田君と木下君が登りに着てるからなのだろうか?
木下君は俺の知る限り最強の雨男。
彼とともに山に入って全行程まともに晴れたことはないという。

そうか・・・この秋雨前線みたいな奴は君が持ち込んだのか!木下君!!



2001年08月10日(金) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��「エコエコアザラク」

天気 曇り

皆さんは黒井ミサという女性をご存知だろうか?
その昔少年チャンピオンに連載されていた漫画「エコエコアザラク」の女主人公である。
中学生にして黒魔術の奥義を修め、各地の中学校を転校し続けている。
彼女の転校した学校では必ず人が死ぬという、なんかグロイ漫画です。

なぜ、いきなりこんな話を?
今日の天気を見て欲しい。
一応「曇り」とは書いてあるが、正しくはガス。
つまり霧が濃くて外に出る気がしなかったのだ。

結果、休憩時間を全て休憩室で過ごすことになる。
休憩室で何をするか?
それは大変難しい問題だ。

あるものはテレビを見、あるものは人生について語り、
あるものは縄文人のように石を削るのに夢中になり、
あるものは集中力ゲーム(バランスボードみたいな奴、わかる?)に熱中し、
そしてあるものは小屋においてある漫画にはまる。

この小屋の本棚には誰がおいていくのか不思議なくらいの本がある。
しかも妙に古い漫画なんかがあったりするのが面白い。
もともとは秦野さんが
「久しぶりに読んでみたくなった」
と引っ張り出してきた漫画だったのだが、
俺が読み、他の奴が読んでる間に、なんかみんなに流行っていった。

エコエコアザラク エコエコザメラク

こんな呪文が山小屋の中で流行語になるってのは結構怖いものがある。
しかし、俺は俺なりに色々と考えるものがあった。
この漫画では随分とたくさんの人が死ぬ。
が、そこにはそれなりの理由が感じられた。
因果応報である。
必ず報いがある。
自分の行動には責任を持て。
子供たちにその様に訴えかけていた漫画なのではないだろうか?

ちょっと過激なシーンも結構あるが、読んでみて損はない漫画かもしれない。

まぁ、現代の「漫画やゲームが子供に悪影響を云々」とかいう世相じゃ、
なかなか売れないかもしれないまんがですがね。

古本屋さんで見かけたら立ち読みしてみては如何か?
人によって好き嫌いが激しく分かれると思います。



2001年08月09日(木) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��負傷

天気 雨

あー、足が痛い。
実は昨日午後、ヘリが来て、豚しょうが焼きを作って、
その後、午後は途端に暇になった。

みんなは外に出て日向ぼっこをしたりしていた。

俺は、例によって持ってきた運動靴に履き替えて頂上へと向かった。
通常ゆっくり歩いて30分ぐらいと言われるコースを何分でいけるか。
大体いつもは20分弱ぐらいだったが、今日は走れるところまで走り、
きつくなったら歩く、という方向に変えてみた。
結果、宿舎から14分6秒。
おお、15分を軽くきったぞ。すげぇ。

そうなると当然調子にのって下りも走り始める。

いや、わかってる。みなまで言うな。
くだりで走ると危ないんだよな。
勢いがつきすぎてなかなか止まれなくなって。
もちろんそんなことはわかった上でやってるんだ。

そして・・・・

ぐねっ

「いってぇ!!!」

足を捻りました。
アホですね。はい、あほだよ。悪いね。
捻挫しちゃったわけだ。

しかし、すぐに体勢を立て直し、何もなかったような素振りでまた歩き出す。
アホの見本みたいですね。
それでも下りは10分ちょっとで収めた。
ってまだタイムにこだわってるし。

さすがにその後は部屋でおとなしくしてると山田君がにこやかに近づいてきた。

「頂上行きましょう!」
・・・・。
行ってやろうじゃねぇか!!(←もはやアホの大将)


これが昨日の話。
お蔭で捻挫は当然酷くなる。
おとなしくしてると治ったかな?という気もするのだが、
働いているとき、不意に足首に加重がくると「ひしっ」という痛みを感じる。

今日は天気が悪かったので当然外には行かなかったが、
天気がよければきっとまた性懲りもなく外で暴れていたのだろう。
雨に感謝しなければなるまい。


よるには小屋を運営している公社の人や、その他村のエライ人などが来て、
常駐隊、グリーンパトロール等の宿舎で働いている人々との飲み会が始まった。

ただ酒が飲める機会というのは非常に貴重である。
が、人がたくさんいる宴席と言うのはやりにくいものでもある。
他の奴らはそれを感じたのか、気付いたらバイトはどんどん減っていた。

残っていたのは立花、梓、俺、長澤さんに秦野さんぐらいだったんじゃないだろうか。
いや、待てよ、立花は途中でグロッキー状態になって、それで皆に連れて行かれたんだ。
だから人が減ったんだな。
しかし、なんとなく高所にいると酒に酔いやすい気がするのは気のせいだろうか?

立花は、この後厨房にあったボールを抱いて寝かされ、
見事にリバースしたらしい。

合掌。



2001年08月08日(水) ■
「夏の漂泊編」 第1部 ��ヘリ襲来〜豚しょうがの嵐〜

天気 曇りのち晴れ

「今日もガスってるからヘリは来ないだろうなぁ。」
「でもいつ晴れるかわかんないから容易はしといたほうがいいよ」
みんなでそんな話をしながら朝食の片付けをしていたら、
まさしく片付けが終わったその時にヘリの音が聞こえてきた。
よかったー、朝飯食う時間があって。

ヘリ到着後はまさしく上を下への大騒ぎだった。
俺は南極前に待機し、次々運ばれてくるものを一つ一つ受け取って整理する役目だった。
楽そうに聴こえるかもしれないが、実はこれが一番しんどかったかもしれない。
大体ヘリの姿を見られなかったってのはそれだけで不幸だ。

ともかく、ヘリの荷は思ったよりは少なく、非常にスムーズに進んだ。
が、問題は南極前に積み上げられた食材の山をどうやって整理するかだ。
一応中はそれなりに片付いてはいたが、それでも作業は大変だった。
もし昨日の作業をきちんとやっていなかったらと考えるとぞっとするものがある。

はじめに多少苦労をしておくと、後で楽が出来る。
なんだかその好例だった気がする。

今日から昼食は交代でアルバイトが作ることになった。
メニュー、作り方は料理の本で調べて、それぞれが作るように。
大東さんからの指示だったが、正直不安だった。
いつも従食を作ってくれる昭子さんがアドバイスしてくれると言う言葉に勇気付けられ、
それではと、秦野さんと二人で作戦を練る。
今回の当番は俺ら二人なのだ。

「秦野さん、豚しょうが焼き、美味しそうですね。」
「そうやねぇ。昭子さん、豚しょうが焼きって難しいですか?」
「それだったらちょうど近いうちに作ろうと思ってたから教えてあげるよ」
話は簡単にまとまった。

普通は11時に厨房入りして昼食の用意をするのだが、
何故かこの時俺と秦野さんは妙に気合が入っていて10時半に集合していた。

あまりにも早すぎたので、

「じゃぁ二人で付け合せのキャベツ千切りでもやりますか?」

二人して危なっかしい手つきで包丁を手にとる。

・・・・分厚い。
なんか二人とも分厚いぞ、キャベツ。
少しずつなれてきて薄くなっていくけれど、でもやっぱり分厚い。
こりゃ千切りじゃなくて百切りだな・・・。

まぁキャベツのことはさておき。

いよいよ豚しょうが焼きそのものに手をつけることになった。
なんだかんだで実際作る段になると、昭子さんが作り方を一から教えてくれる。
というか、味付けはほとんどやってくれた。

これは・・・もう後は焼くだけだな。

なんか自分たちで作った気はあまりしないのだけれど、
でもまぁ結果として美味しいものが出来たことには違いない。
よしとするか?