
ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
MAIL
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| 2001年08月27日(月) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第3部 �シ搬單渡� |
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天気 晴れ
久々に京都の街中で遊んだ。 山での生活、病院での生活、実家での生活。 ま、本当の意味でゆっくりした場所って言うのが実はなかった。 病院ではゆっくり出来すぎて、早く出たいって気持ちばかり焦っていたから。 この1ヶ月で伸ばした髭を友達に見せびらかしながら、 カラオケとか、漫画喫茶とか、本当に街中にいる人間らしい遊びを堪能した。
でもよく考えたら・・・下界にいてもこれらを楽しむことは珍しいんだけどね。
そして、ふと、携帯ショップに足が向いた。 やたらキップのいいお姉さんが呼び込みをやっていて、 「かなり安くしてくれる」らしいのだ。
面白い、どれぐらい安くしてもらえるか聞いてみよう。 こっちはこれでも使ってる携帯会社の直営店で、煮え切らない対応ばかりされてむかついてるんだ。
「ここ今月一杯でつぶれるんでギリギリまで値引きしますよ。」
おお・・・・いっちまいやがった・・・・。
しかし、いいのか? ここまでしてもらって、店員さん、あなたは大丈夫なの?
そう思ってしまうほどに安くしてもらえた。 あまり大きな声では云えない様な裏ワザを大放出して、とことん値引きしてくれた。
「好き勝手やらせてもらわれへんかったらここにおる意味ないわ。」
仲間内でそんなことを話しているのさえ聞こえた。
嗚呼、もしかして半ばやけくそですか? それともあなたは日頃からそうなんですか?
でも、ま、いいや。 とにかくこっちは安くで機種変更させてもらったんだから。
「その機種ね。」 ん? 「特に問題ないんですけど、ひとつだけ。」 はいはい? 「ちょっとハムスターがうっとおしいかも」 確かに待ちうけ画面、その他の画面で常にハムスターが登場するが・・・
「全然OKです。」 ともかくカラーで16和音になったんだ! もうそれだけで云うことはねぇ!!!
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| 2001年08月26日(日) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第3部 �ど饌罎郎討啜�都へ |
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天気 晴れ
京都に帰る前にすることが一つだけあった。 地元の病院に行って診てもらうことだ。
なんとなく、ちょっとだけ不安だったのだ。 多分今は治っていると思う。
が、この間の病気が再び起こることはないのだろうか? 治ったというのも完全なのだろうか?
不安要素は取り除いておいた方がよい。 休日でも診察してもらえることを確認して、近所の私立総合病院に行ってみた。
簡単にその時の状況を説明すると、 先生は「腸炎」ではなく「けいしつ炎(漢字がわからん)」ではないかという。
ただ、まぁ治療方法は腸炎と同じであるし、現在症状が出ていなければ特に問題はない。 どうしても不安だったら、今度は前の病院での診断書をもってくれば、 きちんとした検査の日程を組んであげても良い。(診断書は後日前の病院から家に送られてくる予定。) との言葉を頂き、とりあえず安心して京都にもどることにした。
山に持っていっていた荷物と、今回衝動買いした服たち、 それらを持って髭を生やしてサンダルで電車に乗っている俺。 なんかやたら注目されてるような気がしたのはきっと自意識過剰というものだろう。
京都の部屋にたどり着いて、やっと帰って来た、落ち着いた、という気がした。
しかし、まだ不十分だ。
荷物を置いて、すぐさま俺はいつものラーメン屋「なか房」へと向かった。 京都に帰ってきたら、まずあれを食べないと!
★日記はしばし待ってください。★
書けたら書きます。 (こんなこという奴はしばらく書かない。)
ていうか、手元にあるルーズリーフには各日に会った出来事がメモられています。
とりあえず、8月分の日記は、 「夏の漂泊編第1部〜4部」で校正される予定です。
9月は「続・漂泊編(未定)」になるかもしれないしならないかもしれない。
忘れたわけではないのだよ。 とだけは言っておこう””
と、以前書いていたところまでとりあえず追いついた♪ もったいないし面白いからこの予告みたいな文章も残しておこう。
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| 2001年08月25日(土) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第3部 �H親� |
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天気 晴れ
昨夜は、部屋の片付けのことで随分親と争った。 あまりにもムカついたので徹夜で済ませて、朝一番で帰ろうか、何てことも真剣に考えた。
が、ここでそんな大人気ないことをしても仕方がない。 どうせ1ヶ月ちょっとしたら再びここに住む事になるわけだし、 その時には出て行くところなどないのだから。 (もっとも今の俺なら家を出ても何とかして生きていく妙な自信はあるが)
どちらにせよ、中途半端は気に入らないので、 夜のうちに納得の行くところまでは掃除を済ませた。
かなり妥協もしたが、見た目には非常に綺麗になっている。
そもそも、京都の下宿に生活に必要なものが全部あるのに、 今実家の部屋がこんなに散らかっているのがおかしいのだ。 ここにあるものは全部捨てても良いぐらいだ。
何故って今まで2年近くも必要としてこなかったものなんだから。
そんな内容のことを呟いたり、叫んだり、うめいたりしながら掃除は終了した。 その頃には東の空が明るくなっていたような気もする。
が、ともかく終了したのだ。 そして、今日は疲れ果ててゴロゴロして過ごしてしまった。
昨日の反動としかいいようがない。
気が付けば1日過ぎてしまったな・・・・という感じだった。 だが、一応やることはやってからなので、心からゆっくりできた。 昨日の親との喧嘩は引きずっていなくもないが、 自分自身で区切りがついたので、そっちの満足感の方がおおきかった。
さて、明日には京都に戻るか・・・・。 今度はあっちの部屋ですることがいくつかあったはずだよなぁ・・・。
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| 2001年08月24日(金) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第3部 ��激闘の果てに |
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天気 晴れ
寝坊した。 いけない、こんなに遅くまで・・・・ そう思って時計を見たらまだ6時半だった。
6時半で寝坊・・・・。
山小屋では4時半から働いていた。 病院では6時には皆おきており、酷い時には朝5時半から採血があったりもした。
その癖がついたのか、昨夜結構夜更かししたのに6時半に目覚めてしまった。
まぁ起きちまったものは仕方がない。 まずは今日する予定だったことをひとつずつ片付けていこう。
最初は盆にしそこなった、墓参り。 そういえば、3年前山で病気になった時も帰ってきてから墓参りしたっけ。 もしかして盆にきちんと墓参りをしないから山で大変なことになるのか?
実家の近所のお墓から帰ってきたら今度は部屋の掃除を始めた。 携帯電話の会社に電話したりもしたいのだが、 残念ながらその手の電話は10時からしか受け付けてくれないらしい。
難航を極めた掃除の合間に電話してみると、 どうやら直営のお店まで滞納分のお金を納めに行かないと使えないままらしい。 なんて不便な話なんだろう・・・・。
掃除しながら母親と捨てるもの、残すもので険悪な雰囲気になりかけていたので、 (注:掃除していたのは俺1人だ!!) 気分転換も兼ねて携帯電話のお店に赴く。
さっさとお金を払って、ついでに機種変更のことを詳しく聞く。 安かったら変えようとも思っていたのだが、いまいち話が通じない。 新入社員か・・・? なんか店員の方が全然分かっていないようなので、 更にいらいらしながら家へと向かう。
帰り道にとてつもなく安い服屋があったので、 この間のバイト代でついつい衝動買い。
・・・・たくさん買ったな・・・・。 思わぬストレス解消になったが、俺は自分にそんな面があったことを少し驚いた。
もちろん、掃除は途中だったので、帰ればまたストレスは溜まるに違いない。 大体なんで俺は自分で散らかしてもいないものを片付けなくちゃいけないんだ?
俺の部屋、なんでこんなに汚れてるんだよー!!!
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| 2001年08月23日(木) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 ��退院 / 第3部 �ゝ�宅 |
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天気 曇り
朝から俺はいつになくはしゃいだ気分だった。 もうすぐ家に帰られる。 いや、むしろ病院から出ることができると言うことが嬉しくて仕方なかった。
同時に、本当ならまだ山の上でバイトしている期間だったのに・・・ 山上にいたのならば、実家に帰らなければならないことを、 こんな風に喜んだりはせず、むしろ渋っていたに違いない。 と思うところがなくもなかったが、 それはそれで仕方ない。
ともかく、もうすぐ自由になれるのだ。
母親は午前中に迎いにくるといっていた。 「昼食はいりませんので」 にこやかに看護婦に告げる俺。
だが、昼前になって看護婦から受けた報告は気持ちを一気に暗くした。
母親は電車が遅れたため、現在名古屋にいる、ということらしい。
結局予定より3時間ほど遅れて母は到着した。 近鉄電車が遅れたために、新幹線に乗り遅れたらしい。 実際退院できる日程より1日遅れていただけに、 俺にはその理由が随分と不当なものに感じられた。
しかし、それでもこの病院から退院できると言う事実には変わりはなく、 この際何でもいいから早く帰りたい、という気持ちが勝った。
退院の準備をテキパキとすばやく済ませ、 手続きを終えた母親を追い立てるようにして歩き、駅に来ていた電車に乗り込む。 調度1時間数本の電車が来たところだった。
ほとんど逃げるように、俺は自分の入院していた病院のあるO町から出て行ったのだった。
第2部 O町某病院編 了
第3部 束の間のお茶の間編
O町から実家への道のりは長かった。 それでも、母親と一緒だったため、日頃決して乗らない新幹線にも乗り、 荷物も随分少なかったのだが・・・・長かった。
長い道のりを経て、ついにたどり着いたのは大阪府は某市の我が実家である。
家ではまた、当然のように起きて待っていた父親がいた。
なんとなく、家族に心配もかけたし、数日は実家でゆっくりしようかな・・・と思う。 しかし、退屈続きの生活をしていた俺にとって、 帰って来た家ではすることがあまりにも多かった。
部屋の片付け、 盆にしそこなった墓参り、 止められた携帯の復活。
すべきことをリストアップし、 親父が持ち帰っていてくれた荷物を片付け、 それだけで夜は随分とふけていた・・・・。
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| 2001年08月22日(水) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 ��退院前日 |
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天気 雨
昨夜はなかなか寝付かれなかった。 頂上宿舎でのこと、クライミングのこと、色々なことを考えていたら眠れなくなった。 そんなわけでほんの少し寝不足だったのだが、 看護婦さんには「よく眠れました♪」と答えていたのは言うまでもないことだ。
朝食から全粥食になった。 牛乳と納豆がついてきて、やっと朝食らしくなってきたってもんだ。 俺にはやはりこの2つのどっちかがないと朝を迎えた気がしない。 それが両方出てきたのだから・・・ その嬉しさといったら言葉では表現しにくいぐらいだ。(大袈裟か。) こうやって食事が進化していくにつれて、 自分も健康に近づいていく気がする。 と言うか本人は既に健康のつもりなのだが。
昨日購入した「エイジ」を読み終わったので、更に売店へ向かう。 どうもよさげな本がなかったので、 少しだけ気になった、藤原伊織「雪が降る」を購入。 退院が近いので短編集がよいかな・・・・と思ったわけだ。
夕食からは待望の(待ちに待ったぜ7日間!!)常食。 米の飯だ、米の飯!! 気分はいよいよ退院モードに入って来た。 テレビカードも予定通り夜7時半でピッタリと使いきれたし・・・
後は帰るだけだな、おい?
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| 2001年08月21日(火) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 �ι村式榮� |
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天気 曇り→雨
午前、ついに点滴が外れた。 今まで四六時中ついていて、夜寝返りも満足にうてやしない。 そんな思いも今日限りなのだ。 多分最初は、夜だけはずして昼間も抗生剤のみ点滴したり、 そういうことになると思っていたのだが、
「いえ、これで完全に終わりです。」 あら、なんとなく拍子抜け。 でも、外れてくれるならそれに越したことはない。 はっきり言っておなかの痛みももうほとんど全くなくなっているのだ。 後は退院するのみだ。
隣の人も朝一番から意気揚揚と退院していく。 いいなぁ。 でも俺も明後日で退院だ。 それに今日からは本当に自由に動けるんだ。 もう、点滴台(でいいのか?名前?)のゴロゴロ言う音が五月蝿ぇとか言いながら、 あの台を手で持ち上げて歩いたりしないでいいんだ。 (よっぽど力有り余ってたんだな。)
昼食からは7分粥になった。 だんだんと普通の食事に近づいてきたことが嬉しくてしょうがない。 おもゆから三分粥、五分粥、7分粥・・・・。 俺は7分粥=普通の粥で、十分になると普通の飯が出るものと思い込んでいた。 時々そういう勘違いをする人はいるようで、 実は全粥食と言うのものも存在する。 その次がやっと常食と言うわけだ。
常食がやっと近づいてきたと思ったら、実はまだ1ランク残っていた。 少し残念だったが、それでも常食を口にする瞬間は確実に近づいている。 いつしかそれが2番目の楽しみになってきた。 (無論1番は外に出て走り回ることである。)
そうそう、午前中でついに「何故人を殺してはいけないか」を読み終わる。 点滴が外れた嬉しさのあまり、売店に走っていき、 本コーナーを眺める。 何故か唯川恵の「恋人たちの誤算」を購入。 かわいこぶってるとかいうな!そういう気分だったんだ!
読んでるうちに、病室を変わってくれないかと、看護婦から打診された。 現在俺がいる4Fは外科の病室。 外科の患者が多くて入りきらないため、 退院間近の患者は空き室の多い、整形、脳外科病棟へ移動させられているらしい。 とくに俺のほうで断る理由もないので承知する。
移動後は整形外科の病室(ここも本当は脳外科の病室なのだが)で、 向いの人を除いた全員。 つまり4人部屋で3人までが外科から回されてきた患者だった。
向の野村(仮名)さんは白馬岳の下のほうにある猿倉というところから、 車で100m程の高さを転落して腰骨を折ったタクシードライバー。 歩くことは当然出来ず、はじめは脳にも障害があったらしいが、そちらは今は平気。 むしろ命あっただけでも幸運な人だと本当に思う。
斜め向の平林さん(仮名)はよく喋るおじさん。 聞いてもいないのに「後10年生きられたらいい」とかなんとか。 この人は人の素性についても随分根掘り葉掘り聞きたがる。 別にそういうの、話したくない訳ではないのだけれど、 あんまり色々聞かれるのはちょっと疲れるかな。
隣の藤村氏(仮名)はなんか子供っぽい人。 たぶん社会人で、奥さん、子供もいるのだけれど、 暇があったら漫画にテレビにゲームボーイにクロスワードパズル。 おまけに机の上にはお菓子が並び、珈琲牛乳なんかもよく飲んでいる。 でも愛嬌があり、看護婦さんとも仲のよい、なんか不思議な人だった。
そうそう、夕方には「恋人たちの誤算」読了。
さらに売店に走り、重松清「エイジ」購入。 読んでるうちに、外は暗くなっていた。
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| 2001年08月20日(月) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 �ジ�舞いの人たち(2) |
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天気 曇り
大型の台風11号が近づいている。 そういえば今日下山する奴らが結構多かったはずだ。 彼らは無事に降りてこられるんだろうか? 山田君の話によると、桃城や仲村は下山後見舞いに来てくれるらしいのだが。
午前の回診によって、水曜日には退院できるとのこと。 水曜日と言うと・・・・2日後。 もうすぐじゃないっすか!?
が、家に電話してみたところ木曜日にしてくれと・・・。
なんで? 俺は退院できるようになってから、こんなところに更に1日余分にいなきゃいけないんすか? 金はある。(←バイト代) 荷物は親父が持って帰ってくれたので少ない。 支払い自分で済ませて、そんで自力で帰ってみせる。 っていってもダメだった。 どうしても迎いに来たいらしい。 そのために1日退院を遅らせるなんて・・・エゴだよ、それは!(アム○大尉)
等と愚痴ってみても詮無いこと。 点滴ももうすぐ外れるらしいし、そうすれば風呂にだって入られる。 何故か俺のところにだけ昼食が来なかった以外にはとくにトラブルもなかった。 (もちろん後で持ってきてもらったが、明らかに電子レンジで暖めた熱さだった。)
夕方頃、見る見る外の天気が微妙になっていくのを眺めていると、 病室の入り口から騒がしい奴らが入って来た。
桃城、仲村、水谷、意外なことに島村さん(仮名)や福岡さん(仮名)の姿もあった。 今日降りてきたのは野郎3名、女人2名のバイトと、従業員の江坂さん(仮名)の計6名だったらしい。
「台風来る前でよかったなぁ」 「いやー、本当それが心配で慌てて降りて来たんすよ。」
一応病室であることはわかっているらしく、小声で話す様気をつけているらしい。 が、小声で話していてもなんとなくにぎやかな雰囲気のする連中だ。
「後、これ食べてください」
なんとなく誇らしげに、一応5人の中ではリーダー格の桃城が果物の箱を置く。 なんか凄く高そうだ。
「5000円ぐらいしたんですよ。」
・・・・そこで値段言うかな・・・・。 ていうことは、1人1000円。 奮発してくれたんだなぁ。
「そこらへんのスーパーで買ったんですけど、ちゃんと値切りましたよ。」
桃城・・・・スーパーで値切るなよ・・・・ なんでそんな大阪人の見本みたいなことをしてるんだ・・・・。
今は流動食からやっと三分粥食に代わった所なので食えない。 が、数日後には退院だからその後で頂く。 そんな話をしていると、今日の夕食が運ばれてきた。
五分粥食。 すこしずつ粥がご飯に近づいていく。
「三分から五分になったんだ、よかったね」
そういいながら、食事の邪魔になるといけないからと5人は去っていった。 なんだかんだで嬉しいもんだね、お見舞いは。
桃城とか仲村とか、関西にいて比較的近所のお前ら! 退院したらいつか飯でもおごってやる! 覚悟してろよ!!
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| 2001年08月19日(日) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 �じ�舞いの人たち(1) |
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天気 晴れ
午前中、退屈に慣れてきた俺はボーっと過ごしていた。 本を読んだり、テレビを眺めたり、廊下を歩く人を眺めたり。 その時も本を読んでいる目をちらっと廊下の方へ向けたところ、 なんだか見覚えのある姿が病室の前を通り過ぎていった。
・・・・山田君? 見舞いに来てくれたのだろうか? しかし、何故通り過ぎる? 退屈のあまり、都合のよいように見間違えたのだろうか?
程なく、彼は俺の病室に入って来た。 間違いない、山田君だ。 いつものさわやかな笑顔で、目的の場所を発見できた歓びを表現している。 どうやらすぐに俺の病室を発見できなかったらしい。
そして缶詰らしきものを渡してくれる。 まだ点滴が取れず、お茶しか出ていないことを告げると残念そうな顔を見せてくれる。 本当に素直な奴だ。
山田君からは色々な話を聞いた。 俺が下山してからの3日間で、色々と面白いことがあったらしい。 17日夜の飲み会で倒れる人続出。 酒豪で名高い梓ちゃんまでも吐き気止めの点滴をうたれたとか。 他にも宴会芸で脱ぎだす男が続出したとか、 山田君は昨日見舞いにくるつもりだったけど、 2日酔いの為下山が午後になり、こられなかったとか。
あー、山の上は楽しそうだなぁ。 そんな3日間だったらあっという間だったろうに。 俺は病院に来てから既に1週間ぐらい過ごした気分だ。 山田君が帰ったあと、そんな考えが頭をよぎったのだった。
が、いつまでも退屈退屈言っていても仕方がないので、 そろそろ病院内を探検することに決めた。
とりあえず売店に行ってみよう。 思ったより色々なものが売られていて、昔の病院の売店と言うよりは、 小さなコンビにと言う雰囲気を漂わせている。
本の類に目移りするのだが、よく考えたら持ってきた本をまだ読みきっていない。 小浜逸郎著「何故人を殺してはいけないか」。 下界で読もうとして、なかなか読めなくて。 山に持っていけば読めるかと思ったけど、山の上では読む気もしなかった。 せっかくだから病院で読もうと決めていたのだった。
とりあえず本は後回しにして、コップ、はし、箸箱を買ってみた。 箸と箸箱は別売り。 どれもサイズは一緒だったのだが、買ってから箸を箱に入れてみると箸が妙にちっちゃい。 おいおい、どうなってんだ? ま、いいけど。
因みに食事は2食ごとにレベルアップしていく。 夕食お茶→朝食お茶→昼食流動食 といった具合に。 昨日お茶が出たと言うことは今日には食事が出るはずなのだ。
・・・・ん? 待てよ? その計算で行くと、今日の夕食は・・・・。 そう、出てきたものは流動食だった。 いつもの通り丁寧な文字で俺の名前と「流動食」と書いた紙片とともに、 なんか食事っぽい器たちが並んでいる。
あけてみると、当然の如く全部液状。 今日のメニューはおもゆ、具のないおすまし、お茶、ホットミルク、トマトジュース、などである。 最も固形に近いものがトマトジュースという不思議な話だった。
結局、箸、出番なし。
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| 2001年08月18日(土) ■ |
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| 「夏の漂泊編」 第2部 �B犇�を飼いならせ |
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天気 晴れ
退屈な日々が続く。 俺は退屈が苦手だ。 休日だって、夏休みだって何か予定が入っていないと落ち着かない。 何かすべきこと、できることがあるのにやらないのはもったいないと感じる。 が、病院ではそういうものがなにもない。 しいて言うなら「身体を早く治すこと」なのだろうが、 そのためには「退屈に耐えること」が必要になってくる。 しばらくはこいつが苦痛だった。
が、しかし。 よく考えたら昔は俺は退屈しない子供だった。 みんな子供の頃はそうなのかもしれないが、 本もテレビもなくても、空想に思いを馳せるだけで時間を過ごすことが出来た。
大人になると言うことは想像力を失うことなのか? いや、ただ忘れているだけなのだ。
そして俺は、この退屈を飼いならす努力をしてみた。 要するに、日がな一日ボー---っっとしていたのだ。
ぼーっと過ごすのも今日で随分なれて来た。 なれると結構楽なものだ。 「オール読み物」を片っ端から全部読むのも平行して進めていたが、 やはり読み慣れないものを読むのは疲れる。 好きな作家もいればそうでない作家もおり、それも全部読もうとするのだから。
ふと、思い出した。 そういえば今日あたり山田君が下山する日だ。 彼は元気にやっているのだろうか?
いや、きっと元気だろう。 ただ無事に降りられたかどうか、それだけが心配だ。 なんだか数日しか経っていないのに、もう小屋が懐かしい。
なんてことを考えていた時。 ナースからのコールが入る。
「家に電話してください。」 家からナースステーションに電話が入ったらしい。 が、病院の規則として患者に電話を取り次ぐことは出来ないらしい。
しぶしぶとテレホンカードで実家に電話をしてみると、 母親が、 「昨日受け取ってきたあんたの給料病室に置き忘れてないか?」
昨日再び病室に戻ってきた時に預かってきてくれた給料だが、 病院で持っていても仕方がないのでもって帰ってもらうことにした。 が、どうやら持って帰るのを忘れたらしい。
こちらは午前中に既に気付いていたので、病院内のATMを使って既に預けておいた。
なんだか妙に疲れた気持ちでいるとうとうとしてしまった。
目がさめると目の前にお茶が置いてあった。
丁寧な文字で俺の名前とともに 「番茶」 と書かれた小さな紙片とお茶が一つおいてあった。
そういえば今日の昼食からお茶が出るとか出ないとか・・・・。 しかし「番茶」って・・・・。
久々に飲んだ番茶は・・・・やはり番茶の味だった。
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