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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年09月06日(木) ■
「続・漂泊編」 第一部�� 夢にまで見た槍ヶ岳

この日の行程:南岳小屋CS〜西岳小屋CS
 天  気 :晴れ 後 雨

寒さで目が覚めた。
昨日、テントの張り方が悪くて朝随分寒い思いをしたので、
今度はかなり気をつけて張っておいた。
それなのに寒さで目が覚める。
これはどういうことかと外を見たらテントの外側が凍っている。
これは・・・きちんと張らなかったらこの程度ではすまなかったということか・・・。

しかし、気温は低かったものの、天気は非常に良かった。
後にも先にも、これが最高の快晴だった。

南岳、中岳、大喰岳、と順調に通り過ぎ、ついに夢にまで見た槍ヶ岳に到達した。

大学4年間(と半年)登る機会は何度かあり、その度に何事かがあり中止になっていた。
一度は他の仲間が「槍ヶ岳登ったぜ!」と俺に自慢する夢までみた、槍ヶ岳。

やっと・・・そこに到達することが出来た。
今回、前半の天気が悪かったため、カメラのフィルムはほとんど消費されていなかった。
が、今日に限って運命的なド快晴だったので、ここぞとばかりに撮りまくった。

ゆえに、今回撮った写真の大半は「槍を撮ったもの」もしくは「槍から撮ったもの」になっている。

もう・・・これで大学生としての山登りをきちんと終えることが出来た・・・。
半ばそんな気持ちになっていたが、しっかりと打ち消す。

それではいかん。
下山するまでが登山なんだ、さっさと次に向かって進まないと。

とりあえず今日の宿泊先は西岳ヒュッテキャンプサイト。
槍から下りた途端、天気が崩れ出して、俺もばて始めたけど・・・大丈夫だよな?





2001年09月05日(水) ■
「続・漂泊編」 第一部�◆‖腑�レット越え

この日の行程:穂高岳山荘CS〜南岳小屋CS
 天  気 :曇り 一時 ガス

昨日は始めて使うテントの設営に慣れていなかったため、しこたま寒かった。
朝一番で起きてけったくそ悪い山荘を出発したら、先ずは最初の核心、
涸沢岳からの下りに差し掛かった。
今山行最大の核心は今日通過することになる大キレットなのだが・・・。
実際にはこの朝一番の涸沢岳の下りの方がつらかった。

朝一番ということ、大荷物を背負うことを体がまだ完全には思い出していないこと、
そして昨日の雨が少し残っていて、岩が濡れていたことなどが原因だ。

はっきり言って怖かった。
厳密には違うのだけれど、
崖の様なところに鎖やはしごをかけて、そこを降りていく姿を想像してもらいたい。
俺は鎖のかかっているところ(鎖場っていいます)を下るのは嫌いじゃない。
鎖を使わずに普通に岩を持って下りればいいからだ。

が、はしごの箇所はそうはいかない。
なにがなんでもはしごを下りていかなくてはならないからだ。

俺がそうやって人知れずビビりながら、しかし着実に下っていると、
上から昨日の声で「このおーおぞらに、つばさをひろーげー♪」
・・・また飛ぶんかい!と突っ込みを入れたくなるような歌が聞こえてきた。

元気だなぁ・・・と思っていると、その声がピタッと止まる。
どうやらくだりに差し掛かったらしい。
奴らもビビッているんだな・・・と思うとニヤッとしてしまう。


北穂高岳頂上を通過して、ついに核心部の大キレットに到着する。
ここは今日の核心であるというだけでなく、
今山行一、危険な場所とされているところだ。
自然、気合が入ってくる。。。

が、実際には思ったほど危険ではなく、むしろだらだらと長く、だれてくる方が問題だった。

なんだ、たいしたことねーじゃん。
と思っていると、救助隊らしい人が谷に向かってロープをたらして何かやっている。
どうやら滑落した人がいるらしい。

やっぱり危険箇所には違いないんだ。
改めて気を引き締めながら先に進む。

今日の宿泊先は大キレットを越えた先にある南岳小屋のキャンプサイト。
なんだかここまで北だけで今回の山行は半分終わったような気分になる。
ここでは昨日より水が高かったが、支配人らしき人がいい人だったので気にならなかった。



2001年09月04日(火) ■
「続・漂泊編」 第一部� ‐硝椒織�シーあいのり。

この日の行程:松本〜上高地〜穂高岳山荘CS
 天  気 :曇り 一時 雨

さてさて、昨夜急行ちくまに乗った俺は、朝には無事松本駅に到着した。
松本駅から電車で乗り換えて・・・・

と考えていると、駅の外からホームに向かって声をかけてくるおっちゃんあり。

「もう切符買っちゃいましたか?」
まだだ。

「上高地まで行くんならタクシーあいのり料金で3000円になりますけどどうですか?」
本当は15000円かかるところを、5人全員乗れば3000円なので、その料金でどうか、というのだ。
相手はどうやら松本タクシーのドライバー。
上高地からの帰りの客を本来の目当てにしているため、上高地までは客がゼロでも行く。
だから、もし俺1人でもあいのり料金の3000円で行ってくれるというのだ。

ちなみに、電車で行った場合は2800円ぐらい(だったと思う。)。
ほんの少し高くつくが、時間的にはタクシーの方が圧倒的に早いし、
俺なりに考えるところがあったので、この話、あっさり受けた。


数分待つったが、結局乗るのは俺1人らしい。
まぁ天気もあまり良いわけではなかったから・・・当然かな。

タクシーに乗った俺は、運転手さんに積極的に話しかけ、情報収集に力を入れる。
天気の様子、他の登山客の様子、何故そんなに安くできるのか。

そしてもっと重要なことは、

「この辺でこの時間(午前5時半頃)にあいているスーパーか、野菜売っているコンビにはありませんか?」
かなり無茶苦茶を言っているのは自分でもわかっている。
が、電車の中で野菜を買い忘れたことに気付いた俺には死活問題なのだ。
少しでも可能性にかけなくてどうする。

「ないと思いますし・・・コンビニに野菜は売ってないと思うんですが・・・」
といいつつも、途中にあるコンビに一軒一軒に泊まってくれる。
3000円固定だというのにサービス満点だ。

最悪の事態に備えて、最初のコンビニでソーセージだけは多めに買っておいた。
野菜が手に入らなくてもこれだけでなんとか食いつなごう・・・。(米、茶、カレールーはある。)

と思っていたら上高地に向かう最後のコンビニで人参、ジャガイモ、玉ねぎを発見!!
嬉しくなってつい、必要以上の量を買ってしまった。
この重荷が後で自分を苦しめるとも知らず・・・。


上高地からは岳沢ルートを使う。
普通、穂高岳へ行く人はだいたい、横尾谷から涸沢岳を経由していく。
そちらの方が楽だからだ。
岳沢ルートは勾配が急で、しかも一日で3000m以上まで高度を上げてしまうのであまり使われない。
が、なんか敢えてそっちを選んでしまった俺。

かなりだるくしんどかった。
が、前穂高岳で大学生っぽいパーティを追い抜いた時には、
「何時間ぐらいでここまで来ました?」
「6時間ぐらいかな?」
大した時間でもないのだが驚く彼ら。
優越感バリバリの瞬間。
見たか、単独行の身軽さを。
その後、後ろから彼らが歌う、「空もとべーるはずー♪」という声が聞こえてきた・・・。(←伏線:笑)

奥穂高岳では、どうしても今山行最高地点での証拠写真が欲しかったため、
誰かにシャッターを押してもらいたかったのだが。。。。周りに誰もいない。
天気悪いから早く先に進みたいけど・・・・ここは待つか。
ほどなく、奥穂高岳直前で抜いた西洋人っぽい人と、日本人女性のカップル(?)が到着。
記念写真を撮ろうとしていたので、
「シャッター押しましょうか?」
親切そうな顔で出て行ったのは言うまでもない。

今日の泊まりは穂高岳山荘でテントを張る。
夕食には例のコンビニで買った野菜を使ったカレーライス・・・だが。。。。

久々の山での調理、いろはがなってない。
不味い・・・。

穂高岳山荘のバイトも愛想がわるくていけない。
あまり良くない思い出の地となりそうだ。



2001年09月03日(月) ■
本日出発

本日夜、上高地に向かって出発する。

これ以降の分の日記は、
「続・漂泊編〜 第一部〜第三部」
で構成される予定。

いつ更新されるかは、とことん未定。

夏は短いんだ。



という予告を残して旅立っていた俺だった。
一応もうちょっとだけ日記っぽくした奴をどうぞ。

↓
なんとか準備も終わり、出発の時間が近づいてきた。
昨夜夜を徹して準備できたのかと言われると当然そんなことは不可能。
今朝起きてからやったのがほとんどだ。

ともあれ、出発直前の景気付けに近所のラーメン屋へも行ったし、準備は万端!

・・・・短時間でやったからなにか抜かりがありそうで心配だが。。。。
(後にこの心配が正解であったと証明される。)


夜10時11分。
京都駅にて急行ちくま自由席に乗り込む。

ここで今後の計画について簡単に説明しよう。


電車、バスを乗り継ぎ、上高地へ至る。
上高地より、穂高岳〜槍ヶ岳〜大天井岳〜常念岳を縦走し、下山。

ここまでで大体5〜9日。
その後、長野県内で2日ほど休息したら、
今度は再び白馬岳の山小屋へ。
ここで数日過ごしたら、白馬三山〜唐松岳〜五竜岳〜鹿島槍ヶ岳〜爺ヶ岳と縦走する予定。

帰宅するのは遅くても9月の22日。
俺の誕生日までには帰ってこられるだろう。


さて。。。。予定通り行くかな・・・・?







2001年09月02日(日) ■
予定は未定・2


天気、曇りのち雨

朝、何故か友人宅にて目覚めた。
あ、間違えた。

朝、何故か友人宅にて眠りについた。
昨夜は3人がかりで徹夜で色々と話していたので眠れなかったのだ。

・・・今日。。。こそは・・・・山行準備をしなけれ・・・ば・・・

あまりにも眠いので仮眠をとって行くことに。


当然の如く昼まで寝てしまい、それからまたみんなで雑談。

夜にはやっと帰宅することが出来たのでした。

なんかこれから準備する気が起きねーが・・・。
いやいや、そういうわけにもいかない。
明日のこの時間には電車に乗ってなくてはいけないのだから・・・・。

夜を徹してでも準備するんだ!!




2001年09月01日(土) ■
予定は未定・1

天気 曇り 

朝から書店、山道具屋、スーパー等を回っていた。
明後日の夜から山へ出発する為の準備だ。

地図を買って、ガスカートリッジなどの必要な装備を買い、食糧を買い込む。
スーパーへ向かう直前に友人から電話が入る。

ああ、いつものか。

俺は基本的に自分で決めた予定に対して忠実である。
よっぽどのことがない限り、当日に予定の変更はありえない。
だから突然誘われても以前からの予定があれば、大体あっさり断る。
それがわかっているからか、気兼ねなく誘ってきてくれる。

今日も準備が忙しかったため、遊ぶ予定はなかった。

準備を全部片付けてから、余った時間で遊ぶつもりだった。

「もうひとり来るけど?」

・・・・・。
よっぽどのことがあったため予定変更。
久々に珍しい奴と遊べそうだ。
後のことは後でなんとかなるだろう。

・・・・いいのか、これで?




2001年08月31日(金) ■
「夏の漂泊編」 第4部 �M喞�山

天気 曇り後雨

ニセコの温泉宿を出て、バスは小樽へと向かう。
小樽では今回唯一にして最後の自由行動が待っている。

が、そんなことはどうでもいい。

俺がバスの車中でずっと気になっていたのは羊蹄山だ。
日本百名山の一つ、なんてのはどうでもいい。
百名山なんてのは深田某が勝手に作ったものだ。
百名山なんて自分の登った山、登りたい山から百選んでそれぞれが作ればいい。

しかし、彼の深田某がこの羊蹄山を百名山に加えたのは分からなくもない。

バスから非常に近く見えるというのに、その存在感。

これは・・・昨日のトレッキングはこちらでやった方が良かったんじゃないのか?

思わず呟いてしまうほどにいい光景だった。
しかも、行程の関係上、バスは何度もその前を通過した。

畜生・・・いつか必ず登ってやる。
もはや小樽自由行動などは完璧に頭から去っていた。

そう、俺の頭の中は既に山モードに切り替わっていたのだ。
今日帰宅したら早速次の山行の計画を煮詰めていこう。
既に計画は半ば以上出来上がっているんだ。

後は・・・・準備を進めるだけ。
8月はもう終わる。
山の上では秋山と言われてもおかしくない季節になってくる。

それでも、

俺の夏はまだ終わっちゃいない。
まだ、もう少しやることがあるんだ!
学生時代最後の夏に!!!

第4部 北の大地で思うこと 完



2001年08月30日(木) ■
「夏の漂泊編」 第4部 �▲肇譽奪�ング

天気 曇り

今日の主な行事はトレッキング。
いわゆる簡単な山歩きみたいなもんだ。
それをこの内定者のメンバー約30人でやるという。

コースとしては約3時間で回れるところを6時間ほどかけて、
様々なゲームやなんかを織り交ぜて歩くことになる。
当然だが、俺にとっては物足りないぐらいの歩きだった。

「君には余裕でしょ?」
履歴書に「趣味・山登り」等と書いていたのだから採用担当の方は当然知っている。

もちろん余裕です。
大体山に登る時はもっと色々な荷物を持ってるし・・・やめた。
ここでこういうことを説明しても仕方がないよね。

今日は滅多に出来ないトレッキングを楽しもうじゃないか。
こういう場面になると人の性格というのは割りと顕著に現れるものだ。
子供のようにはしゃぐ者。
なかなか輪に入りきれない人。
見るからに面倒そうな顔をしている奴。

だが、もっとそれぞれのキャラクターが浮き彫りになる場面が設けられた。
夜である。

夜にはそれぞれ3〜4人程度の部屋で就寝するのだが、
この日は2つほどの部屋にそれぞれ10〜20人ずつの人間が集まり宴会(?)を催した。
盛り上がっていく部屋の中で、

こいつらが同期になるんだなぁ。
でも一緒の職場で働くことはほとんどないんだろうなぁ。
なんか凄そうなやつは、あいつとあいつとあいつと・・・・。

ついつい物色してしまう自分がいた。
でもきっと、そういうためにこういう場はあるんじゃないだろうか?
にぎやかなまま、夜はふけていった。



2001年08月29日(水) ■
「夏の漂泊編」 第4部 �)未惱犬�

天気 曇り

俺のいた山は見えね-かなー。
朝5時に起きたというのに飛行機のなかで眠ろうともせずに、俺はひたすら景色を見ていた。
関西からの内定者は4人。
ひとりは既に知っている加宮君(仮名)だが、後の2人は現地ではじめて合流することになっている。
一体どんなやつなのだろうか。
期待は膨らむばかりである。
そいつらも、こうやって景色を見ているのだろうか?
それとも、加宮君のように夢の中(本人談)にいるのだろうか?

いずれにせよ、まだ見ぬ東京の内定者や、北海道内定者と合流する前に少しでも仲良くなっておきたい。
別に地方で集まるつもりはないのだが、地方独特のノリというものは存在する。
関西人のノリに、関東や札幌の人がそう簡単に着いてこられるだろうか?

・・・着いてこられなかった。
予想通り、関西のメンバーと初対面で打ち解けられたほどには、
他メンバーとはすぐ仲良くなれたわけではなかった。

無論、関東や北海道にも色々な人はいる。
始めは少し、距離感を感じてしまうだけだろう。

そう信じて、明日、明後日と少しでも親睦を深めていかなければ。

本社が存在する、この北海道という土地で・・・。



2001年08月28日(火) ■
「夏の漂泊編」 第3部 �Φ�都観光

天気 晴れ

昨夜、友人宅で遊んでいると電話があった。
山小屋でバイトしてるとき一緒だった秋田の大学生梓ちゃんからだった。

「今京都にいるんですけど・・・」

はよ言え!

夕方までに京都についていたんなら、もっと早く連絡すればもっと遊べたのに!
というわけで、今日は梓の京都観光に付き合うことになった。

等持院、龍安寺、三十三間堂。
これだけで1日が費やせるのだから不思議な連中だと思ってくれて結構。

主に等寺院でボーっとしたり、龍安寺でセミの声を聞いたり、
三十三間堂で千手観音を可能な限り一体一体ゆっくり眺めてみたり。

ある意味とても有意義に観光したかもしれない。
色々なところを短時間で回るよりも一箇所に時間をかけて楽しむのもいいね。

結局、夕方から秋田に帰ることなど当然の如く不可能なので(だって青春18切符だもん)、
梓は俺の友達の家に泊まり、朝一番で出発することになった。

俺は俺で朝一番で出発し、明日からは内定者会で北海道に行くことになっている。

関西に帰ってきたからゆっくりするかなーと思ったけれど、
結局お茶の間を楽しんだのは、
 実に束の間だったという駄洒落のような落ちで終わってしまった。(お粗末)

第3部 束の間のお茶の間編 了