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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年09月26日(水) ■
疾風怒濤

朝から引越しモード全開。

まず、片付くだけの物を徹底的に片付け、
9時を回った時点で、N○T、○西電力、郵便局に電話してみる。
それぞれ、電話、電気を止め、郵便物の転送をかけてもらうためだ。

その後、10時を回った頃には、
旧バイト先へ電話をいれ、段ボール箱の件について話す。
以前から余ってたらでいいので分けてくれと頼んでいたのだ。
どうやら忙しい時間ではなさそうなので、早速向かう。

会社に入ってみると、最後に遊びに来た数か月前と同じ顔が並んでいた。
むしろ変わっていたのは俺のほうだろう。

皆が俺の髭とサンダルの姿を見て「小汚い」という。
まぁ当然か。

しかし、「そこから好きなだけもってって」と言われたダンボール箱は、
どれもまだ新しいものばかりだった。
本当にいいのだろうか?

「古いダンボールもうなかったのよ」
だから新しいのを持って行けと・・・・?
俺はその好意に甘えることににした。
ていうかよく考えたらこっちから頼んだことなんだから、
好意も何もあつかましいだけなのだが・・・。

ダンボールを家に持ち帰り梱包作業に入ったはいいが、
俺は時間が気になってしょうがなかった。

3時から、大学で学祭実行委員会主催の説明会があるのだ。
うちのサークルでは学祭に参加する意思は全くないのだが、
学祭の間だけではなくその前後を含む2ヶ月間。
つまり10月1日〜11月末までの間、活動するサークルは来い、ということだった。

仕方なく大学の方へ赴いてみたのだが・・・。
時間の無駄だったかもしれない。
よく考えたらうちのサークルは、大学内での活動と言うものがない。
常に外のジムか岩場へ向かうからだ。
そもそも現役会員が少ないわけだし。

今回説明されたのは要するに、
この期間の大学内での施設の借り方とかそういう話だった。
今回が第1回説明会。
2回、3回と全部で4回までの説明会があるらしいが・・・

絶対行かん。

ただ、今年の実行委員会にはなかなか有能な奴がいた。
レジュメを配布する段取りが悪いな・・・無能者め。
内心のそんな辛らつな評価を隠そうともせずに座っていた俺も、
実際の説明が始まって「お?」と思ったものだ。

「ちょっと始まるのが遅くなりましたし、
 皆さんも早く終わらせたいと思っているでしょうから、
 今日は1時間で終わらせます!」

実際、この司会進行の兄ちゃん、50分で終わらせやがった。
たいしたもんだ。
内容はどうあれ、な。


そして、再び俺は家に戻り、たくさんの荷物と格闘するのだった・・・・。




2001年09月25日(火) ■
恐怖。

先週、久々の人工壁で、そこそこ登ることが出来た。

あ、なんだ、案外身体は覚えてるじゃないか。
これだったら今日は自然の岩行っても大丈夫だね。
なんて考えはやはり甘かった。

仕事が休みの百田君と二人でいつもの裏六甲にある岩場に行った。
百田君は、今月前半仕事が忙しくて休みがほとんどとれず、
そのかわり後半になって急に暇になってきたのだと言う。
今週などは2日に1回ペースで休んでいると言うのだから羨ましい。
もっとも、それらは前半の苦労の上に成り立っているのだが。

ともかく、その百田君とともに久々の自然壁だったのだが・・・・
怖いですね、やっぱり。
人工壁に比べて
「落ちるんじゃないか」
「落ちたら痛いだろうな」
と思う度合いが高い。
もちろんロープはつけて登るので、
死にはしないし、怪我もほとんどしないだろう。

それでも、自然の岩場ではジムに比べて怖いと感じる何かがきっとある。

今日などは、いつもなら難なく登れていたルートも登れなかったりして、
本当に散々な結果だった。

「今日こそは」と意気込んでいたルートに、
挑戦する気も起こらなかったのは仕方ないのかもしれない。

もうすぐうちのサークルでも新人がデビューすることになる。
それなのに俺がこんな情けないことでどうするか。

今年度は残り後半を力一杯クライミングに費やそう。
そんな決意を再び固めてみた。



2001年09月24日(月) ■
カウントダウン

引越しの日は9月30日。

どうやら実家に帰るまで1週間をきってしまったようだ。
そろそろ引越しの準備をしないと、今週は色々な予定がつまっている。
が、段ボール箱が尽きたのと、なんかやる気がしないので今日は全然すすまなかった。
一応、昨日梱包できたものは、まとめて近所のサークルKに持っていった。
段ボール箱2つと、衣装ケース1つ。
これを3つとも自転車に乗せて運ぶのは至難の業だった。(分けて運べって。)
ダンボール一つをかごの上、もう一つをサドルの上、
そして衣装ケースをその間に乗っけて押していった。

我ながら器用なことをする。

なんて思ったが一度は荷物を落としてしまった。
一生懸命体勢を直して再び歩き出す俺を、
周囲の人はかなり不思議そうな目で見つめている。

通りかかった子供は変な人を見る、そんな視線を隠そうともしない。
確かに、夜中にこんなことしてる奴って、アホでなけりゃ危ない人だなぁ。

そんな自分自身の心の声は聞こえなかったことにして、
コンビニから着払いで実家への宅急便を送った。

残りの荷物を梱包するべき段ボール箱は、
明後日、元・バイト先より頂きにあがる手はずになっている。
せっかくだから挨拶もかねて・・・ということだ。

そんなこんなで、今日はもうとことんのんびり過ごそう。
(昨日も一昨日もそうだったけど)



2001年09月23日(日) ■
心残り

実家に帰って来たはいいがすることがとことんない。
昨日は1日ほとんど昼寝で過ごしたし、
今日もやはりすることがない。

どうやら家族は皆出かけてしまうらしいし、
わざわざ実家に帰って来てまで留守番することもない。

どうせ一人で過ごすのならさっさと京都の部屋に帰ってゆっくりしよう。

不思議と、近鉄大阪線の実家の最寄駅よりも、
京都市営地下鉄烏丸線に乗った時の方が「帰って来た」と言う気がした。
2年の間に、ここまで感覚が変わってしまったのだな・・・と思う。

京都の自分の部屋で、予想通り実家にいたよりもずっとゆっくり出来た。
狭い部屋だが、その狭さが良いのかもしれない。
自分ひとりがいるのにちょうど良い広さ。
必要なものが少し動けば簡単に届く。
人間広すぎるとかえって落ち着かないものなのかもしれない。

なんてことを言う俺は、もしかしたら器の小さい人間なのかもしれない。

もっと広いスペースがあれば、恐らくそのスペースを管理することに悩む。
狭い部屋だからこそ全体に目が届き、快適に保とうとする気も起こる。
要するに自分にとって掌握できるスペースはこの畳6畳だけだということなのだろう。


夜になって、流石に腹が減ったので、
京都に帰って来たとき、京都を出て行くとき必ず行く近所のラーメン屋
「なか房」を訪れた。

夜9時だというのに店内は満席に近い。
が、実はこの前の木曜日も満席で諦めているので、
今日はたった1席残っていた隅っこの席に強引に入り込んだ。

「トンカツ定食とミニラーメン」
なんとなく面倒なメニューを注文してしまった。
ここのトンカツ、チキンカツはでかいので揚げるのに時間がかかるのだ。

隣のおっちゃんらが店の繁盛具合について話し合っていた。
やはり学生の口コミが原因ではないだろうか・・・という内容だった。

そっかぁ、学生の多い町だからこういう大将の店が繁盛するのかな。

とか思って見てると大将、トンカツを切って見て、また揚げ直している。
をいをい、確かに混んでるけど、慌てなくて良いよー。

出てきたトンカツは予想通りいつもより固かった。
むぅ。

ちょっと残念な思いで勘定を払おうとすると、
大将はいつもの人好きのする笑顔で頭を下げた。

「すんません、トンカツ思ったほど揚がってなかったから2度揚げしてしもた。
 次からこんなことないように気ぃつけます」
俺が見てたことには気が付いていなかったはずだ。
言わなければばれなかったかもしれない。(ばれてたけど)
また、俺はそのことについて何も言うつもりはなかった。

だが、その正直な姿勢と憎めないキャラクターこそが、
1年半前、始めてきた時流行っていなかったこの店に、
固定客がつき始めた要因なのは間違いなかろう。

俺もその1人だ。

最も、顔を見た瞬間に「今日もみそラーメン?」「いつものやつでいい?」
と聞かれる程の最常連客にはとうてい及ばない。
結局そこまでの常連にはなれなかった。

学生が多い町だから、こういう店が流行るのだとしたら、
学生の多い町にはこの大将の一族がどっかで店を出しているのだろうか?

実はこの町を離れる一番の気がかりはこの店に来られなく事だったりする。

1人暮らしはまた、する機会があるだろう。
しばらくは家族と過ごすのもまぁ、しょうがない。
こっちにいる友達にも時々は会えるだろうし、電話やメールで連絡は取れる。

が、この店のラーメンを日常的に食うことが出来るのは、
京都の、しかも今住んでいるこの地域にいる間だけなのだ。

あー、マジで引越しちまうんだなぁ。

なんとなく自分のなかで実感が沸いてきた。

実家に帰ったら、またこんな店を探さなきゃなぁ。
しかしそんな店がそうそう簡単に見つかるはずもない。

ま、そいつを探すのも一つの楽しみにするしかないね。

この店の帰りには、何故かいつも前向きな気分になれる。



2001年09月22日(土) ■
23歳。

今日は俺の23歳の誕生日。
今回実家に帰って来たのはこのためでもある。
というか、このために帰って来いという命令が下っていたのだが。

何故なら、今回は家族と過ごす最後かもしれない誕生日。
祝ってもらうというのも、嬉しいものだけれど、
親に祝わせて上げるのも思いやりと言うものかもしれない。(生意気)

だが、前回帰宅時に自分の部屋の大掃除を一応済ませてあるので、
今回は昼間とても暇だ。
自分の部屋以外の大掃除もしてやりたい。
はっきり言って、今のこの家の状況に納得できるものでは決してない。
2年間の1人暮らしのお蔭で、常日頃から片付ける癖のついた自分には、
色々と許し難い点が多いのだが・・・・。

だからと言って、自分ひとりでそれが成せるわけでないのもまた事実。
出来るところまで1人でやってもいいのだが・・・・。
また先月末のような大騒ぎはしたくないし、
まして今回はそんな気力は特にない。

9月30日に迫ってきた引越しの準備のため、明日以降忙しくなるであろうに、
今日ぐらいはゆっくりしておこう・・・・
等と思っても誰も俺を責めはしないはずだ。


しかし、23歳になると言うのは自分にとってどういうものなのだろうか?
実はたいして感じるところがなかったりする。
24歳になったら、「あ、あの時のあの人の歳だな」なんて、
バイト先の社員さんの数年前の姿を思い出し、
自分はその頃のその人と比べてどうだろうか?
なんて考えるかもしれないが、
23歳と言う年齢に対して、そういうものはあまりないのだ。

ま、1年経って1つ歳を取った。
ただそれだけですね。


そうそう、余談なんですが、
2日ほど前の9月20日に携帯のCメール(auのcdmaOne同士のメール)に、
「誕生日おめでと♪」
とかいうメールが来ていました。
ここまで書いたらもはや言うまでもないが、
9月20日は俺の誕生日なんかではない。

しかもこのメール、非通知設定で、
(最近のCメール対応機種には番号通知できるものもあるから凄い)
おまけに無記名で先の文章のみ書かれていたのだ。

無記名でCメールを送ってきそうな奴は2名しか思いつかない。
が、二人とも俺の身内なので、誕生日を間違えるはずもない。
(しかも二人とも今日それぞれにメールで「誕生日おめでとう」が来た)

他に誰がいるのだろう?
思い当たらないわけでもないが、まさか、とも思う。

しかしまぁ、無記名でメール送ってくるような人に返事を送る義理もないし、
(まして送ることは不可能だ)
祝ってくれる気持ちは嬉しいが、
間違えた誕生日に無記名でお祝いメールを送るなんてのは、
下手をすれば嫌がらせとも取られかねない。(は言い過ぎか、流石に。)

誰が送ってきたのかわかれば、
「残念、誕生日には2日ほど早かったね」
と教えてあげることも出来たのだが・・・・。

ま、しかし、そういうメールが一通来たと言うだけで、
俺の極めて平和な日常に嵐が吹き荒れたと言うわけでは決してない。

少々謎が残ってしっくりこない気がするが、
はっきり言って影響ないので忘れることにした。

さ、今日から23歳としての1年間の始まりだ〜。



2001年09月21日(金) ■
成績はっぴょーーーー。

百田君と久々にクライミングジムを訪れました。
約2ヶ月ぶりのクライミングか・・・・。
なんとなく足の捻挫もまだ治ってないし、
今日はリハビリ程度にして控えめに登るかぁ・・・・。

なんて思っていたはずなのに。
気が付いたらいつものテンションで登っている。
いや、久々なだけにテンションはいつもより高いかもしれない。
なんかいつもより、たくさん登っていた気がする。
もちろん、その分簡単なルートを多く選んでいたのは確かだが。

足の捻挫も、普通に歩いている分には痛いけれど、
どうやらクライミングにはそれ程支障をきたさないレベルらしい。


とりあえずそれなりに満足して、今日は実家に帰った。
実家には大学から卒業決定の通知とともに成績表も送られてきていた。
成績表は普通、9月26日に大学に受け取りにいくことになっている。
が、今回は卒業に絡んでくるので、他の人より先に出されたのだろう。

成績表を見てニヤッと笑う。
春学期登録したのは34単位。
うち、20単位取得できれば卒業決定なのだが・・・・
結果は30単位取得。
戦績になおすと、17戦15勝(1不戦敗)となるな。
落とした4単位の内、2単位はさっさと見切りをつけて放棄したものだし、
残り2単位は取れればラッキーぐらいで考えていた。

最悪の計算でも20単位取れる予定だったのだが、
取れないでもいいと思っていたものも60点台で取れていたりして、
ちょっとびっくり。

でもよく考えたら、10単位多く取ってしまったのよね。
と言うことは授業時間にして週5時間。
なんだ、春学期もっと遊べたんじゃないか。
でもまぁ、結構楽しかったし、
大学で勉強するのもこれが最後だと思えば、ま、いっか。

残り半年は、就職先の決まったプータローと言う素敵な身分を過ごせるしね・・・。
(学割がないというのだけは少し惜しいが。)



2001年09月20日(木) ■
祝!

今日、なんとなく大学へ行きました。
欲しいCDがあったので大学生協へ行くのが目的でした。

・・・・が。
なんとなく気になったので経済学部の掲示板を見て見ました。

すると

「春学期卒業者学籍番号一覧」が張り出されていました。

ドキドキしながら見てみると、そこには俺の学籍番号が!!
よっしゃぁ!!!
ということで

祝・卒業決定です。

長い学生生活でしたが、無事終えることが出来ました。
嬉しくなって、買う予定になかったCDまで買ってしまったし、
生協のリサイクルコーナーに張ってあった

「コンポ譲ります。3000円ぐらいで。取りにこれる人希望」
と書いてあった人のところに電話して、それも衝動買いしてしまった。

もうすぐ引っ越すのに邪魔な荷物を増やして・・・という感じですが、
実家に帰っても今使ってるラジカセ以外に音楽を聞く装置はないので、
ま、ちょうどいいかな、というわけです。

帰ってからは買ったコンポで買ったばかりのCDを聞きながら日記の編集・・・
と言うわけです。

あ〜久々に一人で過ごした(?)。
















2001年09月19日(水) ■
久々の日常

随分とばたばたした夏だった。
一応夏休みは後10日以上ある。

(というか、私の場合これで卒業(きちんとできたら)なのだから、
 本当はもうずっと休みなのだが。)

と、とにかく。
昨日帰って来た京都は、長野に比べれば確かによっぽど暑かったが、
風の中に秋の涼しさが少し感じられるようになっていた。

夏は十分に満喫したな。
素直にそう思える。
何年ぶりの充足した夏休みだったろうか?
むしろ、今年の夏はこれまでの人生でも最後にして最高に楽しめたかもしれない。

社会人になる前の最後の夏をしっかりと楽しもう。
そんな、妙なプレッシャーにやられていた気もしないではない。
が、結果は大成功だったわけだ。

休みは後10日あるけれども、今年の夏はこれで終了にしてもいいな。


そんなことをボーっと頭に思い浮かべていた。
さて、今日は何をしようか。

夏休みの間、ためにためた日記を書き始めようか。

決断したはいいが体がすぐには動かない。
やはり日記は毎日書くに限る。
その日の感動が薄れないうちに。

よし、今日は夏にあった色々なことを、
その日その日の簡単なメモを参照しながら思い出し、整理する日にしよう。

1日、音楽かなんかを聞きながら、振り返り、反省し、まとめてみよう。

今日までばたばたした日が随分長く続いたから、
今日ぐらいは1人でゆっくり過ごすとしよう。

そんなことを考えていた時。

携帯電話にメールが入った。

「ヒマやし、遊びに来ない?」

まぁ、何をしていたと言うわけでもないし断る理由も特にない。
一度決めたことを簡単に覆すのは好きではない。

「でも、落ち着かないのが俺の日常なのかもしれないな」

30分後には「後で行きます〜」のメールを送っている私だった。



2001年09月18日(火) ■
続・漂泊編 終章 松本から京都へ

珍しく旅中に寝坊してしまった。

で、松本駅に行き、時刻表を見るが、この時間だと急行、特急ばかり。
今回は学割をもらって来なかったので、乗車券だけを購入し、鈍行で帰ることに。
時刻表によると、10時17分発の中津川行きに乗り、乗り継いでいけば17時半には京都に着きそうだ。

しかし、それまでには1時間以上も暇がある。
どうして過ごしたものか・・・・。

コンビニで立ち読みしたり、うろちょろしているだけでも時間は過ぎるもの。
10時に駅ビルの書店が開いたので、旅のお供に本を2冊買う。

柳美里の「ゴールドラッシュ」と「家族シネマ」だ。
しかし、車内では案外考え事したり、色々するので、読めたのは「家族シネマ」だけだったが・・・。



えぴろーぐ
★こうしてあっちへフラフラの私の夏は一応終わった。
 色々なことがあった夏だった。
 良かった事、悪かったこと、全部含めて思い出だ。
 そして、
 この夏出会った人々の幾人かは思い出に留まるのみではないらしい。
 今後の我が人生においても、関わりを持つことがあるかもしれない。
 たくさんの思い出よりも、実はそれが最も喜ばしい。

 さ。
 とりあえずしばらくはゆっくり過ごしますかね。
 
 いつまで続くことかわかりませんが・・・・。



2001年09月17日(月) ■
続・漂泊編 第三部�Р嫉魁ΑΑδ涼咾茲�

下山の日が来た。
昨夜は祝いの酒に参加し、随分飲んだ。
なんだか山の上では酔いが回りやすいという話を信じる気になってきた。
もっとも楽しい酒だったので気分に流されただけなのかもしれないが。

朝食、弁当の準備に向かうが、

「今朝作るのはお前らの弁当なので製作過程を見せる訳にはいかない。御来光でも見てきて」
と厨房を追い出される。
御来光といわれても稜線はガスっていて見えそうもない。
仕方ないのでニュースでも見る。

掃除が終わり全ての準備が整って、出発となる。
下山する時、バイトは大雪渓から下りなくてはいけないが、
今回は居候の特権をいかして白馬頂上〜白馬大池〜栂池ルートで下山することを決定。

稜線に向かって歩いていると、岡谷さんが小屋の前から叫んでいる。

「厨房担当!! 帰って来たモンゴル人!! 居候!! お疲れ様でした!!」
このエール(?)、バイトが下山する時の恒例行事らしい。
前回の下山時はヘリで下ろされたために、俺だけはなかったというわけだ。

「ありがとうございましたぁぁぁ!!!」
思わず元気な声で返しながら、

俺はこのために戻ってきたのかもしれない。
何度目かにそう思った。

稜線は歩きやすく、天気も良く、快適なトレッキングだった。
途中で開けたお弁当も、なかなか手が込んでいて面白かった。

栂池からはロープウェーで下山。
さて、京都までどうやって帰ろう・・・。

とりあえず今日は松本まで、かな。