
ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
MAIL
|
 |
2001年10月06日(土) ■ |
 |
木下君の誕生日 |
 |
小淵沢駅にて木下君と久々の再会。 木下君は現在東京に在住で働いている。 そのため今朝土曜日の始発特急で東京からやってきたのだ。
小川山は日本を代表するクライミングエリア。 日本のクライミングはここで成長してきたと言っても過言ではない。(らしい) 周囲にはたくさんの岩場があり、キャンプ場、駐車場、トイレ、シャワー、自販機完備。 なんかとてつもなく良いところなのである。 まぁ、駐車場があるぐらいだから車移動のほうが便利なのだが、 2人しか集まらなかったので結局電車&歩きというアプローチになってしまった。
だらだらと長く暑い道を二人近況交換しながら歩く。 到着したキャンプ場で早速テントを設営する。 木下君は1人用テントを、俺は1〜2人用テントをそれぞれ持参していた。(それしかないから) 俺のテントに2人とも入ればよいのではないかと提案すると、
「僕はテントには快適性を求める」
との言葉に一蹴されてしまい、二人で隣り合わせに2張のテントを仲良く並べた。
既に午後になろうとしていたが、天気も良かったので、午後は早速クライミングに向かった。
岩場の特定にしばらく時間を費やしたが、その後は無事に登れ、 初日、半日だけにしてはそこそこ充足した気分になれた。
木下君は途中まで自分の誕生日のことを忘れていた。 が、
「あ、明日僕の誕生日や。すっかり忘れてた」
ふとした拍子にこのようなことをのたまうのだから、 どうやら誕生日にあわせてこの日程を指定したわけではなかったようだ。
しかし、俺のほうでも彼の誕生日を1日誤認していたらしい。 じゃ、誕生日のお祝いのつもりで持ってきたヱビスは誕生前夜祭に使うことにするか。 (木下君は学生時代からビールはヱビスにこだわる男だった。)
|
2001年10月05日(金) ■ |
 |
くろよんの悲劇 |
 |
午後、百田君と、2ヶ月ぶりに帰国した大東君の3人で梅田で会った。 それぞれに大学を卒業したり、会社で正式配属が決まったり、海外で色々あったりだった。 今後のこと等を色々話しているとき、ふと年齢の話になった。
大東君「百田ってもう24歳やっけ?」 百田君「まだやって23やって。」 俺 「そうそう、百田の誕生日は12月の・・・・」
そこまで言って芋づる式に思い出した。
俺 「ねぇ、木下君の誕生日って・・・明日あたりじゃなかったっけ?」 二人 「!」
どうやら俺は木下君ととんでもない日に山に行くことになったらしい。
家に帰ったら出発する前に慌てて酒屋へと走っていった。 この際、久々に車に乗って大騒ぎするのだが、それはまた別の話。
こうして無事木下君の誕生日祝いも準備できたところで、小川山へ向けて出発することになる。
今回はいつも乗る急行「ちくま」が連休前で超満員であることを予想し、 指定席券を購入しようとしたが、案の定満席だった。 が、臨時急行「くろよん」がでているらしいのであらかじめそちらの指定席をとっておいた。
よし、これで夜行でゆっくりと眠っていけるぞ!
と、満を持して急行くろよんに乗り込んだ俺。
発車して数分後、車掌が検札に廻って来た。
「自由席の方ガラガラですから、あちらの方がゆっくりできると思いますよ。」
・・・・・。
ぞろぞろと指定席から自由席へ移動して行く他の客ども。 だが、俺は断腸の思いで買った指定席が無駄になるのがなんか悔しくてそのままその席にい続けた。
本日の臨時収入。 内定先の会社から届いた現金書留8400円。(以前立て替えた健康診断料。)
本日の臨時支出。 大阪→小淵沢間の乗車券+急行券(指定席)。8390円。
|
2001年10月04日(木) ■ |
 |
だらだらだらだら。 |
 |
うーん。。。。おはよー。
・・・・・あれ?
あ、もう11時・・・・。 そらそうだわなー、寝たの5時ごろだったもんなー。 何やってんだか、とりあえず起きよう。 起きた時には親はおらず。 朝飯を出せー。
あ、朝飯の時間じゃないか。 そういえば昨夜の夕食焼きそばだっけ。 俺食べなかったんだよな。 よし、焼くか。
(調理中)
出来た♪ んー、おいしー。
食べ終わって、だらだらしてから近所のスーパーへ行く。
んで、明日の夜出発で小川山へ行くための食糧を買い込む。 買ってきた食糧を袋に詰め込み、ザックに他の荷物とともにパッキングする。 準備完了♪
さ、やることやったしまただらだらするか。
テレビ見て、プレステやって、またテレビ見て、晩飯食って、テレビ見て。
今日の一日そんな生活。
山行準備のためだけに今日1日あけていたけど・・・これは夜でも出来たな。 やる気があったらバイトでもなんでも出来たぜ、おい?
だらだらしちまうのは結局いいわけなんだが、 いいわけしたくなるぐらいだらだらしてしまう日もたまにはある。
まー、それで息が抜けるんなら息抜きも必要なのさ。
しかし恐らく親にしてみればもう1月もだらだらしてる様に見えるのでしょうね。
来週ぐらいからバイトでも始めるかなー。
|
2001年10月03日(水) ■ |
 |
夢と現実の狭間を走る列車 |
 |
久々に大学へ行ってきた。 え? 最近卒業したばっかしやから、久々でもないやろうって?
1,2年生の頃通っていた方のキャンパスっすよ。 こちらは同じ京都府でもかなり郊外に存在している。
今日は大学にクライミングウォール(といっても小さな)ができると言う話を聞き、 主催者の人と詳しい打ち合わせをしに言ったのだ。 まぁ打ち合わせといったところで、俺らは特に何をするわけでもなく、 ただ段取りを聞くというだけだったが。
打ち合わせ(?)終了後に、サークルの1年生二人とも会ってみた。 (最近入部した奴らね。)
二人それぞれとは会ったこともあるが、同時にははじめて。 つまり1年生同士も初顔合わせとなるわけだ。
予想していたより二人、なかなか話が弾む。 どっちも面白ぇやつだ。
なんかこいつらみてると俺ももうちょっと学生やりたくなってきたけど、 それも後の祭り。
まぁ、大学内を歩いていても全然違和感なかったし、 またちょこちょこ遊びに行くかな?
今日はちょっと短めで終了。
|
2001年10月02日(火) ■ |
 |
乱れゆく生活、戻り行くペース |
 |
目がさめたのは7時だった。 とことん夜更かしして、そいで朝寝坊して。 朝から風呂に入って、「さぁ〜今日は何しようかな」なんて言ってます。
かなりいい身分でしょう? あ、すっかり無職だ、自由を満喫してる。 とか思うでしょ?
暇そうでいいなー。 とか思うでしょ?
はっきり言ってその通りです。
でも例によって俺はなかなか落ち着かないやつだ。
部屋が片付く前には既に友達と、 「今週末小川山へ行かないか?」 なんて話をしている。
小川山とは長野と山梨の県境あたりにある、 国内屈指のクライミングエリアである。 日本のクライマーの聖地といっても過言ではない。(多分)
ただ、登れる季節は10月が限度なので、少し急ぐ必要があった。
だから、「今日は何しようか」なんていいながらもすることは決まっていた。 その準備である。 が、まぁ、集まるかもしれない人間3人の予定を聞きながら調整しないとなんともいえないので、 とりあえず今できることだけしておこう。
それは、現地のゲレンデのルート図を入手することと、 時刻表を見て合流ポイントを割り出すことだ。
時刻表はともかく、ルート図はなかなか手に入らない。 そこら辺の本屋には売っていないので、これを買うためだけに梅田まで行った。 流石に大阪梅田の紀伊国屋書店には在庫されており、 他の本も気になったが涙を飲んで節約。
今日はこの本を買うためだけに街に出てきたようなものだ。
夜。 時刻表との格闘の末、無難な経路を3パターンほど組み立て終わったところに、 参加予定者のうち2人からそれぞれバラバラに電話があった。
やはりバイトがあって参加できない・・・と。
もう1人の参加者の木下君には俺から電話する。
木下「どうする?」 俺 「俺は1人でも行く。」
木下君はこのために会社の友達と連休に遊びに行く予定をキャンセルしたらしい。 別に責任を感じた訳ではないが、 せっかくそこまでして大学時代のみんなと岩登りに行くのを楽しみにしていた木下君。 俺は俺で彼に会うのを楽しみにしていたのだ。
たとえ人数が減っても中止にする理由はない。
まぁ・・・ただちょっと時刻表とにらみ合った時間が無駄になったけど。
でもまぁいいや、行くと決めたからには行くんだ。 っと、いうわけで今週もあわただしいことになりそうだ。 睡眠時間がばらばらになったりしても、一日だらだら過ごしたりって言うのはやっぱり出来そうにない。
|
2001年10月01日(月) ■ |
 |
配置決定 |
 |
本当は2〜3日かけてゆっくり片付ける予定だった。 どう考えたっておき場所のない家電たちや、PC,ステレオ。
この一戸建ては6畳一間よりも狭いんじゃないか?
頭はほとんど錯乱状態に陥りかけていたが、 片付けやすいものから順番にやっつけてい・・・・ しまいにはなんか片付いていた。
PCとステレオも、妥協して居間においてみた。
ま、いっか。
ちょっと見栄えが悪くなること、自分の部屋に置けないこと、 家族の共有スペースが狭くなること。
様々なマイナス要因はあったが、ともかく片付いた。
一応の不安は解消されたわけだ。 2〜3日間も、荷物の置き場所に悩むのなんて俺には耐えられない。
さっさと移動させて、さっさと決める。 そうすれば、また明日から色々なことが出来る。
暇になったようで、実はまだまだ暇にはなりきれない。
やっぱり俺って落ち着かねぇよなぁ。
|
2001年09月30日(日) ■ |
 |
さらば、2年間の棲家よ |
 |
昨夜終電を逃して、うちに泊まった二人がやっと目を覚ましたようだ。 朝一番で起きて帰ると言っていた割には随分ゆっくりだ。
俺は俺で、残った荷物を引越し前夜に徹夜で梱包する予定が、 結局中途半端な準備で止まっていた。
そろそろ動かなくては。 全員がそう思っていたとき。
・・・・なんか玄関で扉を開けてる音がしない? ・・・・そういえば昨夜カギ、かけて寝たっけ・・・?
・・・・。 「まさか!?」 そこにいたのは言うまでもなく俺の両親だった。
何故? こんなに早く!? え?8時には来るって言ってた? 8時に家を出るじゃなかったのか???
寝ぼけた頭を右に左にかき回していると、 さっきの二人はそそくさと帰ってしまっていた。 あ、昨夜立て替えたカラオケ代いつ返してくれんだよー。 ま、いっか。そのうちで。(よくない)
引越しの準備が予定より進んでいなかったので大慌てで動き出す俺。 大部分の梱包は終了していたものの、PCや細々したもの、 それにさっきまで最後の宿泊客が使っていた布団も片付けなくてはいけない。
天気予報は雨。 とにかく雨が降るまでに荷物を運び出してしまわなくてはいけない。
俺は出来るだけ急ぎ、残りの準備を済ませた。
全ての荷物を、父親が会社から借りてきたトラックに積み込み、 全員が車に乗り込んで出発した直後、雨は降り始めた。
ラッキーとしか言いようがない。 しかしこの雨では実家にたどり着いてから荷物を下ろすことが出来ないかもしれない。 困ったな。
ところが、実家につく少し手前で雨はやんだ。 おお、やっぱしラッキー!
しかし、雲行きはまだまだ怪しい。 これは急いだ方がいいか??
さらに、全ての荷物を家の中にとりあえず放り込んだ頃、 再びの雨が降り出した。
これはもうラッキーではない。 日頃の行いが良かったとしか言いようがないぞ。
かなり調子のいいことを考えながら家の中での荷物の行き場を考えていたのだが、 どう考えてもPCとステレオの置き場所がない。 この二つは特に自分の部屋におきたいのに・・・・それはどうやら不可能らしい。
うーーーん、どうしたものか・・・・・。 それだけが悩みだ・・・・。
なんていいつつも、片付かない荷物は他にも山のようにあったのだが・・・。
|
2001年09月29日(土) ■ |
 |
卒業 |
 |
卒業式は予想通りあっという間に終わった。
親しい友人たちは皆3月に卒業してしまった後だったし、 今日の卒業式は知らない人間ばかりだから出なくてもいいかと思っていたぐらいだ。
あ、いや、知ってる人も結構いたか。
以前日記に登場した鎌倉君。 それと昔同じゼミにいた奴が2名ほど。(そいつらは途中でゼミを抜けたのだ)
後、顔は知らないけど、 中国語(再履)の教室で出席取られる時に名前だけ聞いてた人々。(不思議と変な名前が多い教室だった。)
とにかく、卒業式そのものはすぐに終わってしまった。
あー、今日から学生じゃなくなるんだなー。 ・・・・実感がない。
とりあえず明日で引越しだし、最後になか房のラーメンでも食っておくか。
ここでもなんだかんだでいつもどおりの食事。 一抹の寂しさは俺の心の中にだけ残し、 結構通った割に、あまり会話しなかった大将は帰り際にいつものように「また待ってます」。
悪ぃ、次いつ来れるかわかんないや。 でもきっと来るから。
夜には既に卒業した友達の中で集まれる奴らが集まってくれ、 久々に飲み会が開かれた。
ノリは以前と同じなのだが、メンバーの集まり方が少ない。 社会人になるのはこういうことかと思うほどに、みんなの休みがあわない。 懐かしく、楽しいけれど、あの頃とは違う。 そんなちょっぴり淋しい盛り上がりの中で、夜はどんどんふけていった。
|
2001年09月28日(金) ■ |
 |
その実力 |
 |
今日はついに我がサークルの新人がデビューする。 それは誰かと問われれば、 誰あろう、白馬岳で出会った立花君である。
昔はサッカーもやっていたらしいのでそこそこ良い体格をしているし、 リーチがあるのも有利。 しかし、何よりも妙にやる気が入っているのが良い。
山の上にいた時に軽く岩を触らせてみたところ、 思ったよりも怖がらずに登るので、誘いをかけてみたところかなり興味をもったらしい。 それでは、ということで早速の入部を決定し、 今日は手始めに人工壁へと招待してみたわけだ。
初めてのクライミングで一体どれほど登れるものだろうか?
俺はかつて全然登れなかった記憶がある。
しかし、全く始めてやる人間にそんな全く登れないようなコースを勧めて、 果たして次回から続くのだろうか?
常々俺はそう思ってきた。 やはり最初は楽しさを教えてやるべきだ。 簡単なルートを何本か登らせ、次に難しいルートに挑戦させる。 登れなくて、「ちくしょー」っと思わせればこっちのもの。 負けず嫌いは成長するものと相場が決まっている。
昼の1時過ぎ、いつものクライミングジムに集合する。 簡単な登録手続きを済ませて、立花に簡単な説明を施して、 そして、立花の初クライミングが始まった。
彼は、長身クライマーのほとんどがそうであるように、 はじめてであるにもかかわらず予想以上に良く登った。 若干調子に乗りすぎる傾向はあるが、調子に乗せやすいというのはこちらとしては、やりやすい。
・・・初回はこの程度でいいだろう。
そう思って切り上げたのは夜の7時を回っていた。 山名君とその後輩3人もいたため、少人数で来るよりも時間がかかってしまったらしい。
随分と長い時間いたのだが、あっという間だった
ま、よくがんばったから、晩飯ぐらいはご馳走してあげようかね。 ・・・・って言ってもカツ丼程度だけどな。
後輩に恵まれなかった俺らは、こういうのに凄く憧れていたんだな。 キムチチーズカツ丼を喰らいながらしみじみと感じた。
|
2001年09月27日(木) ■ |
 |
健康診断 |
 |
朝一番から健康診断を受けるため、実家へと帰って来た。
本当は昨夜の晩から実家に帰っているつもりだったのだが、 なんとなく面倒くさかったので、今朝になった。
今回健康診断を受けたのは実家の近くの病院。
今年の夏、退院後に診察してもらったら、 腸炎と言う診断が怪しい、といった病院であり、 割と信用できる病院だと思っている。
病院では健康診断の受付は10時までとなっている。 朝7時過ぎに京都を出て、実家に着いたのは9時過ぎ。 「少し余裕を持って」という表現がぴったりな、この到着時間に、 なんとなくニヤッとする俺。
健康診断そのものは、実は思ったよりずっと早く終わった。 病院は混雑していたし、昼過ぎぐらいまでかかると思っていたのだが、 実際には1時間もかからなかったのではないだろうか。
あまりにも早く終わったので、その後実家に泊まる予定だったのを変更。 さっさたと来た道を逆戻りし、京都へと帰還。 よく考えたら明日はごみの日。 引越し準備で出た山のようなゴミ袋を出しておかなければならないのだった。
まぁ、他にも、 残り少ない京都の部屋での時間を満喫しておこうかと思ったことももちろんある。 残り多い日記を一生懸命少しでも多く書こうかと思ったのも、なくはない。(苦)
と言うわけで、やっと日記、半分ぐらいかけたぞー。うおー。
|
|