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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年12月15日(土) ■
風邪?

ちょっと風邪をひいたかもしれない。
くしゃみに鼻水からはじまったから、なんだいつものことだ、と思っていたが、
(どうやら鼻炎持ち?らしい)
鼻水が尋常な量じゃない。

外出時に箱のティッシュを持ちあるかなければならないのじゃないか?
なんて思ってしまうほどでもある。

偶然にも昨日でバイトは終了にして今日からは冬休み(自分で勝手に決めた)だから良かったが。

最近それにしても足の捻挫(大東君に言わせれば「靭帯痛めたんちゃうか?」)も治らないし、
おとなしくしてるいい機会かもしれない。

しかし、一つだけ問題がある。

最近実家に帰ってきてから増えてきた体重。
これを何とかするには食事の量を減らして運動するしかないのは分かっている。

が、しっかりと栄養をとって休養する風邪の一般的な治療法とはあまりにも相反しているのではないか?

これは難問。









2001年12月14日(金) ■
仕事おさめ

今日のバイトは俺にとっては早くも今年の仕事納め。
後は来週は友達と焼肉くいに行ったり、東北方面に旅立ったり、
その次の週には帰って来て、でもバイト先はもう年末で仕事終わってたり・・・。

そういうわけなので今日はたくさん働くつもりだったのだが、
朝、1時間ほど寝坊してしまう。
こんなんではいかん、と思いながら会社に電話して1時間遅く行くことにしてもらう。
滅多にないことなので、特に何も言われなかった。
(今週の月曜日もなんだかんだで間に合ったしね。)

俺の中での仕事納め(?)も終わり、意気揚揚と家に帰る。
それなりに疲れていて、今日はゆっくりと眠れそうだ。

と、帰ったら義姉が遊びに来ていた。
兄貴夫婦は近所に住んでいるのだが、どうやら今日は兄貴の帰りが遅いらしい。
兄貴の仕事も不定期なので時々その様に遅くなることもある。

夕食を済ませたら、母親がララの方を指差す。
「今日は遊んだってくれへんの?」

非常に心外だ。

あれほど飼主は母親であり、面倒を見るのはあんたの役目だと言ったはずなのに、
そこら辺を理解していない。

ララの運動に必要な分「遊んでやる」のはあんたの仕事。
俺は自分が楽しいから「遊んでもらってる」だけ。

そこらへんを勘違いされては困る。
大体俺はいつもいつも家にいるわけじゃねぇんだよ。

しかし、そこで俺の言い分を聞きもせずにララを出してくる母親。
俺を見たら一目散によってくるララ。

お前らグルか、と思いつつも、
自分の方に寄って来ると嬉しいのでつい遊んでしまう俺。

阿呆数珠繋ぎか・・・。



2001年12月13日(木) ■
高ぇラーメンだ

床暖房の魔力から逃れられずにいた俺と大東君。
しばらく床でゴロゴロしていたがついに移動。

今日は、天気がよければ星田にある人工壁を登りに行くつもりだったが・・・
雨のため昨日中止を決定した。
晴れだったらそこにははじめていくことになったのに・・・残念だ。
ということで雨だったら、午後から山名君と二人で京都の室内壁を登りに行くつもりだったが・・・
なんとなくしんどいので中止。

しかし折角一日開いていたので山名君の家に行って遊ぶくらいはしよう、ということになった。
大東君もバイトがなくて暇なはずなのだが、何らかの用事が入ったらしく帰宅。

山名君宅は、以前俺が住んでいたところに近い。
ということは例のラーメン屋「なか房」にも近いということだ。
山名君も最近はよく来るらしい。
一番安い定食(唐揚、ご飯、ラーメンのセットで650円)しか注文しないらしいので、
「たまには“でっかいチキンカツ定食(600円、ミニラーメンつきで700円)”でも食べてみたら?
 ミニラーメンの100円ぐらい出したるし。」
という俺の言葉に乗せられて山名君はチキンカツ定食、俺はトンカツ定食+ミニラーメン(800円)を注文。

今日はもっぱらラーメンを食いにきたようのものだな・・・
往復の交通費+ラーメン代。
高ぇラーメンだ・・・・

そう思いながら、出てきたトンカツをほおばる。
うむ、いつもどおりだ、旨い。
二切れ目を口に運ぶ。
固い!?

なんだ、この固さは!?


食後、お金を払いながら大将に言う。
「今日のトンカツ、ちょっと固かったっすよ?」

「あ、固かった?多分いつもより分厚かったからやわ、ごめんな!」

いや、多分原因はチキンカツとトンカツを同時に挙げたから油の温度が下がったのだと思うのだが、
それはまぁ、どうでもいい。
それよりも問題は、この大将の笑顔だ。
こんな笑顔で答えられたら許さざるをえないぢゃないか。

「また来ますわ!」
そん時はちゃんと揚げてな、と言外の意味を含ませながら。

またって・・・今度はいつ来られるかわからへんけど。

大将も
「待ってます!」
一際元気な笑顔で返す。

たとえここのラーメンがまずくても、俺はまた来るかもしれない。



2001年12月12日(水) ■
植木職人、参上

バイトが終わる頃に大東君から電話が入った。

「こないだ借りたシュラフ(寝袋)今日返しに行ってもええか?」

それだけのはずが何故か泊まっていくことに。
別にええけどさ。

夜の10時ごろ現れると言っていた彼は10時半、
俺が「ハンドク!」の最終回を真剣に見ていたときにやってきた。

随分遅かったな?

「今日は泊まるつもりやったから自転車で来た。1時間ぐらいかかったわ。」
車で20分ぐらいかかるから・・・そんなもんだわな。
ていうか自転車で来るて・・・お前何もんやねん。
いや、晴れてたらやるかもしれんが。。。外は曇りえで、明日は雨かも知れんのに・・・。

ともかくこいつはこういうやつなのだ。
本当は明日バイトがあったらうちに泊まっている場合ではないのだが。
彼のバイトは最近は植木職人(の手伝い)。
雨の日は休みになるのだ。

この間までは、農家でバイトしていたと思ったらそちらもやめたわけではないらしい。

ともかく、泥臭いバイトが多い奴だ。
こいつが4月から新聞記者に内定しているというからまた不思議だ。

いや、不思議ではないかもしれない。
案外いい記者になるのではないか?
そんな気も、する。



2001年12月11日(火) ■
12月の金沢(後編)

当然のことながら、金沢では冬になると雪が降る。
土石流災害の危険区域を調査するバイトでは、雪が積もってしまうと作業が出来ない。
そういうわけで緊急に現場へとかりだされてきたわけだが・・・。
今回の主な任務はナビ。
ほとんどの箇所が写真の取り直し程度だったので、
里中さんが
「ここ、ちょっと写真とってくるから車ん中で待っとって」
といってさささっと出て行って戻ってくる、そんなんばっかし。

お蔭で俺は随分楽をさせてもらった。

現場の往復の車の中、社員さんも運転だけしていては退屈だし、眠くもなる。
社員さんによって色々な暇つぶしの方法がある。
喋りに明け暮れる人、ラジオを聴く人、カセットテープを聴く人・・・・。

里中さんは大体テープ派だ。
しかもテープを流しながら歌う系。
因みに俺もそっち系。
男二人が車の中で熱唱している姿は異様かもしれない。


だがしかし。
今回俺は聞いているだけだった。
何故か俺は小学校高学年から高校3年生ぐらいまで、音楽を聴く習慣がなかった。
そのため、その頃の音楽の知識が非常に乏しい。
今回里中さんが用意してきたのは彼が大学生時代のテープ。
ということは俺の中学から高校時代に相当する。

ガビーン、ついていけん。

ちょっと、たまには昔(いや、そんな大昔じゃなくて)の音楽も聴いてみないといかんなぁ・・・。


流石に今日の夜は帰って早く寝ましたとさ。



2001年12月10日(月) ■
12月の金沢(前編)


寝坊した。

朝、5時にアラームをセットして、5時半には家を出る予定・・・だったのだが。
何故だかめが覚めたのは6時。

母親曰く「5時に起こしたったけど起きひんかったやろ」。
5時に起きるのが目的ではない。
5時半に家を出るのが目的なのだ。

そんなことはどうでもよく。

6時に起きた俺はダッシュで着替え、準備をすませ駅へと飛ぶ(ように走る。)。
駅には6時13分着。
大阪港までおよそ50分なのでこの調子だと7時過ぎにはつける。
時刻表には無常にも次の電車の時刻は6時20分と記載されている。

・・・・。
遅刻覚悟。
最悪7時半に大阪港のバイト先から出発できれば良いのだが・・・・

今日、明日と金沢の現場へ行くことになっている。

前回遣り残した箇所をやる・・・ということであるし、
大体金沢一泊二日なんていったら移動時間だけでも往復8〜9時間はかかる。
要するに俺にとっては楽な仕事なのだ。

が・・・。
金沢に到着してからも、朝の眠気はなかなか引かなかった。
夕方ぐらいにはあまり眠そうなので、「寝とってええぞ。」とまで言われてしまった。

週末のガンダムが後をひいているのだろうか?
遊びで疲れを残して仕事に支障をきたすなどあってはならんことだ。
たとえアルバイトであっても金をもらっている以上はプロ意識をもって働くべし。
そんなことを考えながら明日も金沢でのバイトは・・・続く!


追記:
 どうやらアラームは5時にセットされていなかったらしい。
 6時にセットされており、しかも音が最小だった。
 それにしてもよく7時半に間に合ったものだ。
 その点だけは、偉いぞ、俺!




2001年12月09日(日) ■
週末の1年戦争(後編)



眠い・・・・けど・・・・起きなくては・・・・。

ランバ・ラル特攻の続きから見なくてはいけないんだ・・・・。
死闘!ホワイトベース!(だっけ)から続きを見なくてはいけないんだ・・・。

30分の2度寝(予定の範囲内)から目覚め、簡単な朝食をすまし、駅へダッシュ。
タイミングよく来ていた電車に飛び乗り(駆け込み乗車は危険ですのでやめましょう)、
1度の乗換えを含んで約1時間の電車の旅を爆睡のうちに過ごす。

一応朝の7時50分ぐらいだったので、

「起きてたら返事をくれ、すぐ近くのコンビニにいる。」

彼にも色々事情がありそうなのでいきなり部屋に押しかけるのは良くないかもしれない。
メールを送った直後、後ろから肩をつかまれた。

・・・・なんだ、とっくに起きてそこにいたのか。

一分一秒が惜しいので藤山宅までまたダッシュ。
最後の1話だけ見られないなんて寒い事態だけは避けたい。

・・・・別に後で個人的にレンタルビデオ屋で借りて来てもいい話なのだが・・・。

ともかくせっかくだから可能ならば今回全部見てしまおう。


そういえば、結局この上映会って俺しか来てないけど・・・・?

「レンタルビデオ屋で一本100円セールやっててん」

それで分かった。
とりあえず前から見たかった(本人曰く)ガンダム11巻をかりたはいいけど、
せっかくだから誰かを誘って見よう。
そして、見そうな奴がここにいた・・・・と。

悪かったな。(否定できない。)
とにかく一分一秒も無駄には出来ないんだ、さっさと続きを見るぞ!

こんな状態で見るのだから、睡魔が襲ってこない方がおかしい。
今日飲んだ珈琲の数、カウント不能。
そんだけたくさん珈琲飲んでも、10巻頃・・・・えーっと、3時〜4時くらいかな?
その頃には二人とも意識朦朧状態で辛うじて起きている様なものだった。

「シャリア・ブルっていつの間に死んだ?」
「・・・・巻き戻すか?」
「・・・別にいい」

そんなタイミングがそれぞれに少しずつあったものの、
お互いにやばい時はテンションを上げつつ、励ましあって最後まで辿り着いたのだった。

「じゃ、次はZガンダムね」

そう言い交わしながら、藤山宅の前で俺たちは別れた。


よく考えたらファーストガンダムってテレビ版放映当時は人気がなかったらしく、
本当は52話ぐらいある話が43話で打ち切られているらしい。
・・・・ってぇことはその他のガンダムってもっと巻数多いんじゃないのか?

・・・・マジでまたやるのか?



・・・・・やってやろうじゃねぇか!!(やっぱり懲りない人)













2001年12月08日(土) ■
週末の1年戦争(前編)





それは一通のメールから始まった。

「えー、土曜日にガンダム全11巻上映会を行なうつもりですが、いかが?」

藤山君、俺は君の事を多少は阿呆だと思っていたが、
それでもまだマシな方だと信じていたんだよ・・・。

全11巻、1本のビデオに4話分入っているとして、およそ25分×4=100分。
100分×11巻で1100分で。。。大体18時間以上かかるんじゃないか?
18時間てあんた・・・朝の9時に見始めても翌朝3時までかかるんですぜ?
それ土曜日中に終わらんやん!!

「何故そんなことを思いついたの?」
「他に誰が来るの?」
ってなことを聞く前にそんな計算をしていた俺。


残念ながら、藤山君にも色々と事情があって泊りがけで見ることは出来ないらしい。
しょうがないので2日間に分けて見ることになった。

そして、これも家庭の事情(?)で、夜の7時までには、俺は帰ったほうがいいらしい。
なんだかよくわからんが、それなら6時過ぎには帰路に着いた方が無難なのだろうな。
んじゃぁ、、、
二日とも朝の9時から見始めたらいいのかな?

「いや、1本75分ぐらいやから、75×11で825分、13〜14時間ぐらいで終わるよ。」

ああ、それなら10時からで大丈夫やね、おーけー、おーけー。


ということで、今朝近鉄の某駅にて待ち合わせ、
近所のコンビニで昼ごはんのカップヌードル、珈琲のつまみの菓子をかい藤山宅へ。

万全の体制でビデオに向かい、ちょっと嫌な予感がしたのでテープチェック。


「・・・あ、2巻以降は一本95分〜100分入ってる!」

・・・・。
ってことは初期の計算復活か。
今日10時に来ちゃったから、5巻まで見られたらいいところかな?

・・・・ってことは残り6巻を1日で、しかも夕方までに見るためには・・・・・

「・・・・わーったよ・・・明日は朝8時に来るよ」


8時間休憩なしでテレビ画面に集中して、翌日も早起きするって・・・
下手なバイトよりもしんどいかも。

因みに、帰ってからララと遊んだ上に夜中の2時半までドラクエやってたのはかなり余談。




2001年12月07日(金) ■
腹いっぱい

いつもの様に百田君と山名君、3人で人工壁を登りに行ったその帰り。

梅田で食事をして帰ろうということになっていたのだが、

夕方ぐらいにふと思いついた俺と百田君。

「山名君の後輩も呼んでみようか?百てぃーのおごりで。」

え?俺?俺はいいの、働いてないからおごれません。


俺ら3人+山名君の後輩の2年生1名で食事をする予定になっ・・・・

と、その時当の2年生川端君(仮名)から電話が入った。

「1年生も連れてっていいですか?」

断れるはずがない。
百田君、ちょっと辛そうな顔をするが、でも笑顔で承諾。
偉いぞ、川端君、よくやった。

そして更に合流した大東君とあわせて計6人で、某トンカツ屋さんへ入る。

百田「僕よりたくさん食べたらおごったげるわ。」

・・・・。
百田君・・・・本気モードだね・・・。

確かに彼は上背はあるほうである。
が、どちらかというと痩せ型であるし、たくさん食いそうには見えない。
しかし・・・その実はココイチのカレー1300g完食の記録を持つ男である。

さてこのトンカツ屋、
キャベツ、ご飯、味噌汁に関してはおかわり自由である。
ようするにここら辺をどれぐらいおかわり出来るか、という挑戦なのだ。
昔は大東君、百田君、木下君と4人でこういうの良くやったなぁ・・・。
おまけにたくさん奢ってくれる先輩がいたから・・・。

そこではたと気付く。
そうか、百田君はその先輩に奢ってもらった分を、
今まで後輩がいなかったためにどこにも返せないでいた、
それをここで別サークルとはいえ可愛い後輩たちにご馳走することで返そうとした、
のかもしれない。

おかずより前におひつと茶碗だけが運ばれてくる。
えい、とばかりに自らの手で全員の茶碗に飯を盛り始める百田君。
たちまちおひつは空になる。
(おひつと言っても6人で二つ。一つに3人前ぐらいしか入っていないのだ。)

そして、たちまち空になる百田君と大東君の茶碗。

やれやれ・・・・。
諦めて付き合うことにした俺の茶碗も少し遅れて空になる。

唖然・・・・。
残り3人もそれなりに食べはじめるが、全くと言っていいほどついてこられてない。


「すいませーん、ごはんおかわりくださーい。」

最初のおかわりを叫んだ時、まだおかずは来ていなかった・・・・。

後輩諸君。
奢ってもらった食事は残してはいけない。
君たちは体育会系のために、そこらへんは分かっているだろう。
それを利用して、こういうイジメまがいのことをする(ちょっと言い過ぎた、百田。)奴もいることは覚えておこうね。

約1時間半。
店内の一部にかなり異様な雰囲気を漂わせていた俺たちの食事会は終わった。
もうあの店にはいけない気がする・・・。
そんなことは決してないと思うけど・・・・。

ちょっと調子に乗りすぎだったかもしれませんね。


そうそう、ララの写真館を開設しました♪



2001年12月06日(木) ■
長電話。

バイトから帰って疲れ果てた身体。
これはもう、即寝しかないな・・・・
という状態でパソコンに向かう。

スキャナが使えるようになって嬉しくてしょうがない。

よし、ララの写真をアップするぞ!

作業中に電話がかかってきた。
ああ、なんて懐かしい・・・。

中学校の時の友達・・・。
超超超久々に喋ることが出来た。

2,3年ぐらい前から久々に年賀状がくるようになり、
今年は喪中だから、って葉書を贈ったのが届いた、ちゅぅ電話だった。

約8年間。
会ってもなければ電話もしてなかったので、
お互い積もる話はたくさんあった。

気が付けば1時間半ほど経っていたが、まだまだ話せそうだ。

「家、そんな遠くないねんし、今度おいでや」

彼は電車で30分程度のところに住んでいる。
一度会いに行かねばね。


・・・・・。
ってことでララの写真アップ作戦・・・・断念。