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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2002年01月04日(金) ■
正月もそろそろ終りでしょ?

暇だ。
あまりにも暇なので、電話帳で近所の鍼灸院を探してみた。
足首の捻挫に良く効く、という話を聞いたからだ。
うちの近所にそんなもんあったかな・・・?
首を傾げながらページをめくると、これが結構たくさんあるんだ。

残念ながら、知り合いに鍼灸院に良く通う人なんて効いたことがないので、
とりあえず本当にうちの近所から、手当たり次第に電話をかけてみる。
1月4日といえばそろそろ一般の会社でも仕事が始まっていたりもするはず・・・
と思ったのだが、残念ながら全滅。

どうも、明日からか、月曜日から、というところが多いようだ。

仕方がないな。
それでは、今日する予定のことが半分以上終わってしまった・・・・。
そもそも正午前に目覚めた時点で1日の半分が終わっているのだから(←計算おかしい?)、
それはもう色々と損しているようなものだ。

が、残念ながら、友人どもは帰省したり、風邪引いたり、スキー行ったりで不在だらけ。
1人でなんかしようかな?
そうだ、レンタルCD屋さんにでも行こう♪
と思ったら、駅前の店は潰れているし、良く考えたら借りる金もあまりない。

むむむむむ・・・・・。

これは・・・・。

つまり・・・・。

暇だ。
(エンドレス)




2002年01月03日(木) ■
年始のカニ鍋

昨日がきりたんぽ鍋で、今夜はカニ鍋だった。
一体うちの親は何を考えて生きているのだろうか。
と、そんなことはどうでもよい。
むしろ、きりたんぽ鍋にカニを入れられなくて良かったと感じるべきか。

何故かうちの家族はカニが好きらしい。
年末年始。
寒い時期になると必ず1〜2回はカニ鍋がやってくる。
(贅沢ですか?はい、すいません・・・。)

なんかしらんが、親父の知人で北海道から送ってくれる人がいるとかいないとか。

俺はカニ鍋と言うのが、実はそれ程好きではない。
もっとも、臭いを嗅いだだけでジンマシンが出る人の様に嫌いなわけではない。
食べた感じ、不味いとは思わないし、そこそこ美味しいんじゃないかとも思う。

が。
ただ一つ問題点がある。

面倒くさい。

以上。

カニにも色々な食べ方があると思う。
その中で、自分の家で鍋に入れるというのは、かなり面倒な部類に入るのじゃないだろうか?
もちろん、先に述べたように最低でも年一回カニを食す家庭なのだから、
カニバサミ、カニフォーク(それぞれ本当にそういう名前なのかどうかは不問)もあるのだが、
それでも、食べてる時間とほじくってる時間とどっちが長いねん!と思ってしまうのは俺だけか?

それに、そんだけ苦労して殻から出て来た身はごく少量で、食べても無茶苦茶うまいとう言うほどでもなく、
空腹を満たすには、また殻を割る作業に突入しなくてはいけない。
せめて天津甘栗ぐらい殻を割る作業と、中に入ってるものの味のつりあいが取れていれば・・・
と嘆かずにはいられない。

嘆いてばかりも入られないので、少し世間に目を向けると、世間の人もたいそうカニが好きらしい。
社会人の忘年会などと言うとカニ鍋が多いらしいし、
この時期旅行に行く人の中にはわざわざカニを食いに出かける人、というのも多いらしいのだ。

何故、みんなそんなにカニが好きなのだろうか?
そもそも、忘年会や新年会なんかでカニ鍋やったら、盛り下がってしまうじゃないか。


ここまで書いて、ふっと思った。
「お前がカニをそれほど美味いと思わないのは、お前の家のカニの食い方に問題がある。」
等と言われる可能性に思い当たったからだ。

俺には以前、「ソーメン」でカルチャーショックを受けた記憶がある。
   (↑5月頃の日記にも書いたかもしれない)
そんなわけで、うちの家庭のカニの食い方に問題があるといわれればそうじゃないとも言い切れないのだ。
えっと・・・水炊きに、各部バラバラになったカニの足とか胴体とかが入ります。
それぞれ食いやすいように殻に微妙に切れ目が入ってたりとかします。
他の野菜もいつもの水炊き同様入っています。
炊けたら殻を割って、食べます。
ポン酢をつけたい人はつけてください。

・・・・。
文句ある奴かかってこんかい!
(ていうか、間違ってたら教えてね)










2002年01月02日(水) ■
年始のきりたんぽ鍋

先月秋田へ行ったときのお土産が本日の夕食となった。
きりたんぽ、である。
その材質、製造過程は謎に包まれ、食すと超宇宙的な精力がつくと言う・・・・
のは真っ赤な嘘。
真実は、まぁ、実物を見てくれ。(おいおい)
なんだか米を固めた様な食物です。(やはりてきとー)

秋田にいるときに食したきりたんぽ鍋が美味しかったので、家族にも食わせてみたかったのだ。
うちの実家では、

鍋もの=水炊き

というイメージが定着している。(すき焼きは除く。あれはうちでは鍋物と認識されていないらしい)
どんな食材をもちいて鍋ものにしても、水炊きになってしまうのだ。
だから他所で初めて寄せ鍋を食した時は本当に感動して・・・
おっと、その話はどうでもいい。

ともかく、そんなわけなので、今日の夕食は俺が準備した。
準備、と言っても、きりたんぽのパッケージに全ての方法が書いてある。

曰く。
ゴボウ、鶏肉、スープを鍋にて煮込むべし。
次に、マイタケ、ネギを入れるべし。
そして、きりたんぽ、セリを入れて出来上がり。
ゴボウは笹がき、マイタケは手で適当な大きさにちぎる、ネギは斜めに切る、
きりたんぽは前もってレンジ等で温めておく。

うちの母親は鶏肉が食えない。
そのお蔭で幼少の頃鶏料理を食った記憶がほとんどない。
もちろん、今まで鍋に鶏が入っていたこともない。
が、鶏そのものが嫌なだけで、スープに鶏の味が混ざってようが、
同じ鍋に鶏が入って様が問題ないらしいので、母親用に少し豚を混ぜることで妥協。

と言った感じで、鍋の準備は完成。
部屋の方も、コタツ机を一つ多めに用意し、兄夫婦が来ても大丈夫な様になっている。
せっかくだから、鍋は大勢で囲んだ方が美味しいのではないか・・・ということで呼んであるのだ。

ふぅ・・・。
準備完了して気が付いたこと。

お正月って、暇です。
テレビもわけのわからんスペシャルばっかしで面白くないし、
友人知人もだいたい家で大人しくしてたり帰省してたりです。

今日も、暇で暇でしょうがなかったから鍋の用意をしたようなものだ。
それ以外何をしたかっていわれたら、さて、困ってしまうのぉ・・・・。




2002年01月01日(火) ■
2002年、今年の提案

今年からはまたちょっと日記の感じを変えてみたい。

昨年末からかなり変わりつつあるように、
毎日毎日あれだけたくさんの日記を書くのは、やはり厳しいものがある。
今はね、暇な時にまとめ書きが出来るから良いのだが、
今年は4月から社会人になるわけだし、ちょっと無理が出てくるだろう。

そこで。

これからは従来の予告編ぐらいの長さの日記を、
そのままその日の日記にしてしまう日も出てくることと思う。
ていうか、今まで予告したはいいけど時間がたちすぎて、
ほとんど内容を覚えてなくて大したもんがかけなかったこともあったんだわ。

ということで、新春早々言い訳から始まってしまった。

今年もよろしく、です。



2001年12月31日(月) ■
21世紀、1年目の総括

昨年同様大西家で年越し。

俺が買ってきた秋田土産の「古酒の隠し酒の由利正宗」
            「天寿の純米吟醸」

そして、大西家にあった「雪下香梅」これは、確か新潟の大吟醸?

これらを飲みながら紅白歌合戦を眺め、適当に語らう。
今年は大西君も眠りにつかず、割と普通のテンションだ。


そして、この一年を振り返る。

特に大きな問題も起こらず、(入院したぐらいか)
充実した良い年だったなぁ・・・と思う。

日記を書き始めるという無謀なこともしてしまったけれど・・・。
ま、なんとか、全日分埋まったし、良いかね?
(日記をその日に書いていない、なんて突っ込みは禁止)

初志貫徹・・・すばらしい言葉だ。

さて、2002年はどんな日記になっていくのだろうか・・・?




2001年12月30日(日) ■
今日は例年通り大掃除をしました。(ウソ)

ラーメンを食べて解散となった・・・・はずなのだが、
何故か不思議なことに我が家にまでついて来ている大東君。

前日、彼女に振られたらしく、俺に色々喋りたい。。。とかいってついてきたのだが・・・。


寝てるやん。
そっこーで寝てるやん。

目が覚めてからも床暖房の魔力に絡めとられてしばらく動けない俺たち二人。

そのうち、動き出した大東君。

「帰るわ・・・」
「おう・・・」

なんだか妙にけだるい。

大東君を送り出した後、またゴロゴロし始める俺。

そして・・・

大掃除はどこかへ行った・・・。(こらこら)





2001年12月29日(土) ■
山人たちの集い

サークルのメンバーとは通常忘年会をやらない。
新年会と言う形をとることが多い。

何故なら、年末年始の休みを利用して山に行く人間が多く、忘年会の時期には人が集まらないし、
山に行ってる人間がいるのに、その年を忘れてしまうのは良くない、という考えに基づいている。

今年はたまたま年末の方がたくさん集まれそうだったが、
あえて「忘年会」ではなく「定例会」という名称を使った。
確かにやってることはいっしょなのだ。

昼間岩登りをして、夜には飲み会をやる。
それだけだ。

まぁ、いつもとの違いといえば、年末なので一年を振り返って各自の活動を報告する程度だろうか。
俺にとっての報告は、立花と堀金。
二人の1年生を皆にお披露目することだ。

奇しくも、今日は初めて二人の一年生が揃って岩場に来られた日でもある。
キャラクターが正反対だと思われていた二人は、案外うまくやっているようで、
いや、案外どころか、俺たちが一年生の頃よりもずっと意気投合しているかもしれない。

うーん、いいコンビになるかもしれない。。。

飲み会の席でも、関西と長野という出身地の別を感じさせないテンポのいいトークを披露してくれた。
ていうか・・・・
いつからお前ら漫才コンビを結成したんだ・・・・?

そんなテンションで、気が付いたら居酒屋での1次会、喫茶店での2次会が終了していた。


余談ではあるが、今日もラーメンを食べた。
梅田、阪急東通商店街のあたりに「一番らーめん」という店がある。
この店のびっくりラーメンというのが、むちゃくちゃうまいというわけではないが、
180円という脅威の安さで提供されている。

大東君と百田君、名取さんと4人でラーメンを食べた後、解散となった。






2001年12月28日(金) ■
寒き遠方より �А峺造蠅覆�透明に近いブルー」

直江津駅は野洲と同様待合室が開いていた。
それはそれは、今までにない不思議な夜を過ごしたものだが・・・
ここではカット。

朝一番の電車にのり、富山方面へ向かう。
途中、鉄道マニアたちの間では人気の高い(?)筒石という駅にも停車。
ここはトンネルの中にあるという非常に珍しい駅だ。
が、俺は別に鉄道好きでもなんでもないので、「ふ〜ん、そうなんだー。」程度で終わってしまう。

電車の中で、4年近く読めないでいた村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読み終える。
ずっと読めないままだったので、他にすることがなければ流石に読むだろう・・・と言うわけだ。
村上流は人によってかなり評価が別れる。
好きだって言う人はかなりハマるらしいし、合わない人は読めないとまで言う。

俺は、どうも合わないらしい。
文章における語彙、表現力はやはり凄いと思う。
が。
何故だろう?
何故なんだかわからないが、いくら読んでも先へ進まない。
もしかしたら他の著書には読みやすいものもあるのかもしれないが・・・
この本のこの印象が俺の中でのこの著者に対するイメージとして定着してしまった。

と。
そうこうしてるうちに夕方には京都に到着。
せっかくだから、行きと同じ様にいつものラーメン屋に寄る。

秋田で行った何軒かのラーメン屋もおいしかったが、ここではやはり食いなれた味が感じられる。
夏頃から、旅の前後には必ず食べていた味だ。
このラーメンを食べると帰って来た気がする・・・。

京都〜大阪までまだ帰らなければならないというのに、だ。

温かいラーメンと餃子とご飯を物凄い勢いで腹いっぱい食べて。
ふぅと一息ついた時にやっと、寒き遠方より帰って来たのだなぁ・・・と実感することが出来た。





2001年12月27日(木) ■
寒き遠方より �Φ△蠅亘摸�線で

昼過ぎ、秋田を出発した。
以前、太平洋側から帰ったことがあり、来る時は内陸を北上してきたので、
今回は北陸線経由で帰ることにした。
時刻表によると、実はこれが最短らしい。

14時35分 酒田着。

次に乗る電車まで1時間近くあったので外に出てみた。

と、なんとなく駅の様子に見覚えがある。
売店の場所、待合室の場所・・・。
外に出てみて、左に曲がると、コンビニとパン屋さんが一体化した店がある。
パン屋さんで買ったパンは店内でそのまま食える。
俺はここでパンを買って食った記憶が・・・ある。

駅の待合室で、電車を待ちながら新田次郎の「風雪の北鎌尾根」を読んでいた記憶もある。

どうやら、3年と7ヶ月前、白神山地へ行った帰りに通ったようだ。
俺は、あの時の記憶として、「仙台から太平洋側をヒッチハイクして東京へ行った」ことしか覚えていなかった。
が、東能代から仙台へ至るために、この駅を経由していたらしい。

駅を出てからも、遠くに見えるダイエーに見覚えがあり、そちらの方へ歩いていった自分も思い出せる。

今回はそちらではなく、駅を出てまっすぐ北へ向かった。
なんとなく日本海が見たかったのだ。
1時間以内に行って戻って来られるかどうかはわからないが、とにかく歩く。
電車の中から見えたの海の方がきっと綺麗なのだろうけど、思いつきだから仕方がない。

30分以上歩いて、そろそろ戻ろうかどうしよかと考えていたら、少し高いところを走る道路を発見した。
この坂を登って見えなかったら諦めよう・・・。
そんな想いとは裏腹に、俺は坂を駆け上がっていた。

坂の上からは、確かに海が見えた。
船がたくさん並んでいて、建物がいくつか見える。
酒田の港なのだろう。
思ったほど美しくも感動的でもなかったが、それは海だった。
ちゃんと地図を見たり人に聞いたりすればもっと早く辿り着けただろうに・・・
随分遠回りをしてしまった。
が、ともかく海についたんだ。

かなり意味不明な達成感を胸に、村上行きの電車がまつ酒田駅へと向かって、
乗り遅れない様に帰りはダッシュしていたのだった。




2001年12月26日(水) ■
寒き遠方より �ヅ賃�湖湯煙旅情

田沢湖は、秋田県内でも岩手寄りの山間にある。
スキー場や温泉で有名なようだ。

るるぶ秋田などを見ても、冬の秋田に見物するところはあまりない。
唯一楽しめそうだったのが温泉だった。
温泉宿に泊まっても良かったのだが、今回は秋田市内から日帰りで行くことに。

電車の本数などを考えると朝一番に出なければ間に合わないらしい。

そして辿り着いたJR田沢湖駅。
下りた瞬間に秋田市内とはまた違う肌寒さを感じる。
これは・・・北国の、というよりは冬山の寒さ?

温泉に温まりに来たのか湯冷めしに来たのかわからねーなー。

寒いのが嫌いな俺はブツブツ言いながら更にバスに乗る。
途中、電話予約で呼び寄せた旅館のバスに乗り換え、温泉「鶴の湯」に到着する。
辺りは真っ白く綺麗な雪景色で、鼻をつく硫黄州。

ああ、雪を見ながらの温泉。。。なんて風流なんだろう。。。

さっきまでと言ってることが逆である。
ゲンキンこのうえない。

しかし、寒い中入る温泉というのは本当に気持ちの良いものだ。
効能の違うお湯が3〜4あり、順番に漬かっていく。
一々服を着脱しなくてはならないのが面倒だったが、
日帰りだったので泊り客のような浴衣はない。

ああ。。。浴衣。。。なんて便利そうなんだろう。。。


時刻表調べによると、温泉には3〜4時間しか滞在できない予定だった。
長い時間かけてくる割には慌しいな・・・と思っていたが、
実際には風呂に入る時間なんて知れてるんだよなぁ。

でも、こういう温泉宿に2〜3泊して、
特に何をするでもなく、辺りを散歩したり、湯に浸かったりするだけ・・・ていうのもいいなぁ。
いつかそういうのもしてみたい、と思いましたとさ。