日々記
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10年、60年、年月の重さを深く感じています。
また、ちょっとやらかしてしまいました。 授業中ずっと泣き続けてしまいました。 私の涙腺はちょっと基準がおかしいので、感受性が高いとか優しいとか、そういう純粋なのではなくて、たぶんもっと自分に対して甘っちょろい基準なのですが。 で、そんな涙腺が今日は見事に壊れてしまいました。
全国戦災傷害者連絡会会長でいらっしゃる、杉山千佐子さんのお話をお聞きしました。 満89歳になられ、目も耳もほとんど弱っていらっしゃるそうですが、外見からはまったく想像できませんでした。 はっきりとした口調で語りかける様子が、堂々として勇ましく、七色のマフラーがよく似合っていて、かわいらしかったです。
彼女が60年かけて、訴えているものを聞きました。 日本政府のスマトラ沖地震に対する援助額に、日本人として誇らしくなり(お金だけ払えばいいってものじゃないけれど、今火急に必要なのも本当で)。 いまだ戦災被害者に対する補償金などが、国内の傷害者に対しても、じゅうぶん支払われていないという現実を知って、日本人として恥ずかしくなり。
いろいろ、お聞きしました。 最後に質問を聞かれても、上を向けば涙と鼻水が流れ、なんにも言葉にできませんでした。 大学生失格ですね。自分にがくりときました。
杉山さんの身体には戦争による、痛ましい傷がたくさん残っていました。 思わず、目をそらしたくなるような。 ……残念なことですが、どんな傷も痛みも、自分のものでないのなら、時間が経てば風化してしまうものです。 そしてあまり考えたくないことですが、戦争を知っている方の最低年齢が、60歳になられています。 もうすぐ彼らがいなくなってしまうのだ、という現実をとても怖く思います。
杉山さんからは、自分が生きている証を残したいんだ、という思いが言葉の端々から伝わってきました。
戦争や地震や津波、アメリカやイラクや北朝鮮、中国との関係。 支援も補償もするべきでありされるべきであり、あちこちで正しいとされることがなされる一方で、間違ったまま放置されているものが多々あります。 この、できることとできないことの差はなんなのだろう。 私にできることできないことの差はなんなのだろう。 ただ泣くことだけじゃなくて、考えています。
ただ一受講生でまったく役にたつ自信はありませんが、杉山さんから託されたと勝手に思って、明日からも生きていきたいと思いました。
……やっぱり、私を通しての言葉じゃ、ぜんぜん伝わらないんですよね。 でもかけらでも残すことに意味はあるのだと信じて今日も呟きました。明日も呟きます。 レポートはもう少し、うまい言葉で書けるようにがんばろう。 ときどきふらりと真面目ですみません。
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