オミズの花道
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『冷血漢を動かすのは、いさぎよい馬鹿』
2003年04月01日(火)


私にも新しい課題が与えられた。
色々あってそういう事になったのだけれど・・・・。


事の起こりは先週の初めだった。

「マユミちゃん」と「ユカリちゃん」と云う19歳と20歳の女の子が入店して来たのだ。
この二人は友人同士。おうちもそんなに遠くは無いらしい。
私にしてみれば猫の手も借りたい状況だったので、諸手を挙げて万々歳。


・・・・だったのだが。


マユミちゃんには何も問題無い。
20歳の割には大人で色気もあるし、酒も飲める。会話もそつなくスムーズ。
礼儀作法もそんなに悪くない。敬語もちゃんと使えるし、タブーも心得ている。

何か気になる所があっても、勘が良いので遠まわしに指摘すれば即座に直せたりする。
問題ないと言うより、男受けする美人なので久々のヒットと言って良い。


・・・・問題はユカリちゃんの方だ。

誰がオッケーしたのか服装はニット物だし、髪はボサボサ、化粧はギャル。
色気なんか毛ほども無いし、敬語なんて何処へやら、明るいがタブー連発。
度胸は天下一品だが、美人でもなく。酒は飲めるが酒豪と言う訳でもない。
とにかく、どうにもならないのだ。

クラブなんですけど。ここ。

誰がこの二人を入店させたのかついぞ解らぬのだが、案の定ママが大激怒で。
まあ私も面倒見の良い方では無いので、関係ないやと放っておいた。
きっとユカリちゃんはクビだろうなと思いながら・・・・。


だが何故か昔から男女を問わず後輩には好かれる私。
(これってきっと弟妹が居るからなんじゃないかと思うのだが。)
昨日の昼間にユカリちゃんからこんな電話があった。


ユカ『なおさん、あたし今日から来なくて良いって言われたんです!』

水上『ええっ。そうなの?今日出勤だと思ってたから、
    貸してあげるスーツを持って行こうと思ったのになあ。』


ユカ『ママに暫く休めって言われたんです!これってクビって事ですか?』

水上『うん。そうだと思う。』(←冷血漢炸裂。)


ユカ『・・・・そんな。』

水上『・・・・こんな事言うのは何なんだけど。
    多分今のユカリちゃんだったら、何処の店でも無理だと思うよ。』


それを口火に私は彼女の欠点を指摘した。
意地悪と思われればそれまでだが、これで会えなくなるのなら最後のお節介だ。
私はもう、この子にこれしか・・・・してあげる事がない。



だが、ツラツラと講釈を垂れるその途中、私は意外な事に気が付いた。
かなり辛辣な言葉を並べたにも関わらず、彼女ときたら恐ろしく素直なのだ。
まるでスポンジのように、こっちの言葉をスイスイ吸収していく。

彼女の立場に立って考えてみれば、こんな時間は無駄なのである。
とっとと新しいお店を探した方がいい。
ゼニカネだけなら、辞めさせられた所のオンナに説教を食らう義理など無い筈。


少し違和感を覚えた私は、彼女に聞いてみる。

『ユカリちゃんは春休みだけとか・・・・短期のバイトなの?』

『いえ、あたしは出来るだけこのお仕事を長く続けたいんです。』


『それは何か目標があるからなの?その為に収入が必要なの?』
続けて私は問う。

『あたし、この仕事が好きなんです。
 憧れって訳じゃなくて真剣に、これで生きて行こうと思ってます。
 両親は勿論反対してますけれど、どうしてもやりたいんです。』

彼女は間髪入れずに続ける。


『なおさん!あたし辞めたくない!あたしこの仕事で一人前になりたい!
 今の店が無理でも、他所でもいい!この仕事、絶対に続けたいんです!
 この仕事が大好きなんです!!ずっと続けたいんです!!』


・・・・思わず息を呑んだ。
言葉に詰まる。
沈黙のまま、私は彼女の思いをじっと聞く。


妙な気分だった。
私自身この仕事が好きで、それを公言してはばからない人間だ。

今、目の前に・・・・自分と同じような 『いさぎのよい馬鹿』 が居る。
輪をかけた爽快な馬鹿が。

それが何とも心地良かったりして。


『・・・・今日一日時間を下さい。店側と話してみますから。』
私はいつの間にかそう答えていた。期待しないでねと付足しながら。

それから彼女に条件を提示した。

まず、ご両親を説得すること。
自活しているのなら何の許可も要らないとは思うが、同じ屋根の下に暮らしていて、尚且つ彼女が未成年である以上、許可はキチンと取らなければならないと思う。

『権利の自由を主張するのならば、責任の義務も果たさねばならない。』

・・・・それを伝えた。
彼女はハキハキと『解って貰えるよう努力します!』と答える。


第二に、
『これから先、私の教える事は疑問も持たずに事に当たること。
 口答えも反抗も泣き言も一切許しません。
 私は「貴女の為にならないことは一切しない」と約束しますから。』

彼女はそれも受け入れた。
よろしくお願いしますと付け加えて・・・・。



同伴出勤し、お客様を送り出した後、常務に交渉する。
本来ならママを説得するべきなのだろうが、まずは地固めだ。

『水上さん、何でまたよりによって・・・・あの子なの?
 あの子はどうにもならないよ。いくら今時の子とは言え、あれじゃヒドイ。』

常務は顔をしかめて怒ったように言う。


『私もそう思ってた。だけどあの子・・・・キッパリ言い切ったよ。
 あたしはこの仕事が好きだ、これで生きて行きたいって・・・・。
 
 常務、いくら接客に才があって長けていても、何でもこなせても、
 この仕事が嫌いなヤツは駄目なヤツなんだよ。
 
 あの子は好きだって言った。
 ものの見事に言い切った。

 この仕事の怖さを知らないから言えるのかも知れない。

 だけど嫌々こなす女の子でその場を凌ぐより、
 不出来だけど好きで努力する子を育てた方がいい。
 
 ビジネスはビジネス。即戦力が欲しいなら諦める。
 だけど少しでも余裕があるのなら、もう一度だけチャンスをあげて。』



常務と睨み合う。

『解った。じゃあ明日から出勤させていいから。・・・・任すからね。』


店側からは一週間の猶予を貰った。
幸いなのか不幸なのか、期限は一週間。 



明日から孤独な戦いが始まる。

ここから先は誰の助けも借りられない。
ユカリちゃんがミスをすれば、席に付いたお客様を怒らせれば、
レギュラー陣はお客様を失い、死活問題ともなりかねない。

自分一人でやるしかないのだ・・・・。


幸いにして私は2番手のポジション。1番手が落ちるのとは訳が違う。
2番が3番4番になろうがさほど意味も無い。つまり、少しは自由も効くのだ。

暫くは私の席にだけ付け、教育に神経を注ぐ事にしよう。


割を食いそうなお客様には、前もって根回しを。

『なおが人を育てられる器かどうか、見守ってね〜ん。』、と告げるとする。


社長陣は変なイベントよりも喜ぶであろうと思う。

これもまた逆手にとって自分の商売の糧にせねば。
こういう私の背中も、彼女に読み取って貰いたいと思う。


自分を乗り越えて、彼女がお客様に誉められたとき、苦労がすべて報われる筈だ。
かつての私がそうだったように・・・・。




私を育ててくれた人々を、久しぶりに懐かしく思い出す。
今はもうそれぞれと離れていて、受けた恩ももう返せはしない。

返せるとしたら、私があのときに得た思いを誰かに伝える事でしか返せないと、今になってしみじみ思うのだ。


そして、ふと思う。
あの時の自分にも、彼女と同じ 『何か』 はあったのだろうか。


見られるものなら見て欲しい。
今の私を、あの時の人々に。





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