無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年04月12日(金) オトナ帝国、四たび/『寄生人』(つゆき・サブロー)ほか

 新聞でもテレビでも、教科書の改訂について世論とやらが喧しい。
 インタビュアーが街角で親に「学校五日制をどう思いますか?」と聞く。
 答えはみんな「学力が落ちるんじゃないか……」(そう答えたものだけピックアップしてるのがミエミエ)。
 学校五日制の問題とも絡めて、「土曜の授業が欠けた分、平日6時間授業を7時間に変更した学校は受験率が上がった」データなんかも挙げてるけど、下がった学校もあるぞ。
 つまり、論調は全て「“反”ゆとり教育」色に染め上げられているんである。
 ついこないだまで「もっとゆとりを」って言ってたのはどうなったんだかねえ。情報操作が露骨過ぎないか。
 でも、これに騙される親が大多数なんだろうね。以前みたいな「詰め込み教育反対」じゃ、読者や視聴者のウケが悪くなって来たんで、コロリと転換しやがったんだよな、マスコミは。
 一番アホらしい批判は、「このままでは生徒の学力の格差が生まれる」ってもので、その「格差」を作ろうってのがそもそもの「ゆとり教育」の目的なんだってば(-_-;)。伸びるやつは伸ばすけど、そうでないやつはそのままでいいよってことなんだから。

 小学校でも「“進化”を教えない」とか、いかにもキャッチーなネタで改訂の仕方を批判してるけどさ、それなら「進化」の概念、従来の詰め込み教育受けてきた人間のどれだけが把握してるってんだよ。
 いいオトナが「人間は猿から進化した」とか、本気でウソついてるやつ、ゴマンといるぞ(もちろん「猿」は人間と平行進化した「兄弟」なのであって祖先ではないのだ。だから今の猿が、将来人間に進化することはない)。
 だいたい、ダーウィンの進化論をキチンと説明できるだけの知識持ってるやつなんて、人口の数%だと思うぞ。厳密に言えばあの人の「進化」って、「首の長いキリンは短いキリンより生存する」っていう自然淘汰説、しかも仮説の段階に過ぎないんであって、「進化」のシステム自体はそんなに説明しきれてないのだ。
 現在、獲得形質は遺伝しないってのが、一応定説に近い形なんだけれども、それじゃどうしても「進化」がうまく説明できないので、遺伝してる例はないかって、生物学者たちがやっきになってる面もあるのだ。
 小学校の頃、私ゃその辺のとこ「自分で」調べて、一番妥当性が高いのは「突然変異説」だなあ、とか考えてたんだけれど、それだって、「どうしてそうしょっちゅう突然変異が起こるのだ」という点で説得力を欠いている。
 要するに、「進化」の概念については定説ってものがなく、小学生にはマジで難しいのだ。教師だってどう教えたらいいか迷うものを、子供に「何となく教えとかなきゃ」みたいな感覚で押しつけていいのか?
 アンタの子供が「進化」のこと知らなくっても、ヨソんちの子供がちゃんと勉強するよ。

 そんなに「学校が進化も教えない」って文句垂れるってんなら、親のオマエが教えて見ろよ、「正しく」な。今回減らされた教科書の内容ですら、教えられない親、いるんじゃないのか?
 社会人である自分が教えられもしねえ(言い換えれば知らなくっても生きるのに支障を来たさない)知識が、どれだけ世間サマの役に立ってるってんだ。
 「学力」「学力」ってお題目みたいに唱えやがって、自分たちが「詰め込み教育」のオチコボレで「学力」なんかねえくせして、そのツケを子供にだけは払わせようってつもりか。
 結局「学力低下」を叫んでる連中は、「自分の子供だけがオチコボレていくのはイヤだ」というエゴイズムでモノ言ってるだけなんである。……そういうクソ親、バカ親を生み出して来たのがこれまでの詰め込み教育じゃねえかよ。「別にそんなこと知らなくったっていい」って子供が増えりゃ、進学するやつに対するコンプレックスだって減るだろうよ。
 進学なんて、したいやつだけさせときゃいいじゃねえかよ、子供を親のミエの犠牲にするな。学校だって、来たくもないのに来させられてるバカガキなんか預かりたかねえよ、多分。( ̄へ ̄)フン。


 連日のチャットで生活時間帯がズレている。
 夕方寝て、12時、1時に目覚める生活は、朝、仕事に遅刻する心配はないが、昼の2時、3時にメチャクチャ眠くなるという副作用を生んでいる。まあ、薬の副作用もあるんだろうけど。
 ウトウトしてハッと目覚めるとかならまだしも、気がついたら寝ているのだから始末に悪い(気がついてないから寝ているのだ)。
 でも、同僚のうら若き女性に体をゆすられて起こされるのがちょっと嬉しかったりする私はやっぱしオ・ヤ・ジ。

 土、日はゆっくり休むつもりなので、今日のうちに本屋を回ることにして、1時間早引け。
 「博多駅の紀伊國屋に回ってくれる?」
 「モスバーガーでタンドリーチキンバーガーおごってくれるなら」
 しげとの交渉、成立して、博多駅でようやく唐沢俊一さんの新刊2冊、『怪網倶楽部』と『ウラグラ!』を買い求める。近所の本屋には、サブカルチャー系は殆ど置いてないので、どうしても博多駅、天神まででばらなきゃならね〜もんな。
 今日は7時から『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』のテレビ放映があるので、それまでに帰宅せねばならない。いつもならじっくり回る本屋も、今日はそそくさと退散。本屋の長っちりにいつも閉口させられてるしげ、おかげでキゲンがよくなる。
 「帰ったら何か食べ物作ってね♪」
 機嫌が悪い時も「腹減った」とヤケ食いし、いいときはいいときで食欲が増進する。これで太るのは当たり前。……アブトロニックももう止めたみたいだし、しげの体重の激増を止める手段はなさそうだ。

 今日の晩飯は手抜き。
 水を多めにして炊いたメシに、生卵とネギと醤油を混ぜただけ。このネギはちょっと不正な手段でしげが手に入れたものなので、ここには書かない(ってバレバレやがな)。
 これが絶妙に美味い。
 醤油の量次第で味が微妙に変わるが、長年のカンでその調節が一発で決まる(自炊生活二十年だものなあ、実質)。
 食器をたくさん洗うのが面倒臭いので、小さなドンブリに二人前作るが、まずしげに渡すと「ウマイウマイ」と言って殆ど全部平らげてしまう。
 「ああ、ゴメン。つい全部食った」
 仕方ない、ともう一度自分の分を作る。
 さて、じゃあ食べようとすると、しげがもの欲しそうな顔で指を舐めている。
 エサをせがむヒナ鳥みたいな顔が余りに哀れっぽくて、つい、「……食うか?」と言った途端、ニカッと笑って、猛然と食い始める。
 気がついたら、また殆どメシが平らげられていたので、仕方なくもう一度作ると、しげがもの欲しそうな目で……。
 ……三度も食うか、普通(-_-;)。


 『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』、ほぼ一年ぶりの再会。
 どーせまた泣くんだろ〜な〜、と思ってた通り、ツボのシーンでは涙が抑えられない。そんなに昔に戻りたいのか、私。今が不幸だからだな。きっとそうだ。(T-T) グスグス。
 「泣き」のシーンになるたび、しげが私の顔を覗きこもうとする。
 こういうデリカシーの無さがしげのクソ憎たらしいところだ。
 あんまりウルサイので、ワキバラをこしょぐって黙らせる。しげの弱点はここなので、しげを襲いたい奇特な方はここを狙うように。もっともやりすぎると重いパンチとケリが来るが。
 『オトナ帝国』を見るのはこれで4度目なので、もう見落としはなかろうと思っていたが、やはり見るたびに発見がある。音楽を入れるタイミングが絶妙なのもあらためて確認。DVDはおろか、サントラCDまで出てないってのはおかしいよな、絶対。
 コンパニオンさんを見てのしんちゃんのセリフ、「タロータロー、岡本タロー」までは劇場でも聞きとれてたけど、そのあと「アイラブユー、熱海の湯〜」と言ってたんだな。そんなとこまでチェックしてどうするんだとは思うが。
 カザマくんがテレビで大巨人(モデル・ジャイアント馬場)を見た途端「なんでこんな昔のやってるんだ」とか言ってたけど、幼稚園児のくせになぜそれが「昔の番組」だと分る(^_^;)。さてはマニアだな、キサマ(いや、カザマくんはいろんなものの隠れオタクって設定があるけどね)。
 前見たときには泣かなかった、ひろしの「オレの人生はつまんなくなんかねえ」って叫びのシーンでもジーンと来ちゃったし。見るたびに泣くとこ増えてきてるぞ。大丈夫か。
 『WX�掘戮任盪廚辰燭�、抑制された演出が効果を表してるのも見事。しんちゃんがタワーを駆け登って、ケンの足に取りすがって、匂い発生装置に辿りつくまで、ケンとチャコは一言も喋らないんだものなあ。ウマイよ原監督!
 でもやっぱりテレビ放送。
 あるんじゃないかと思ってたカット(-_-;)。
 しんのすけが洗脳されて寝転がってるひろしに「会社はどうするの?!」と聞いたら「どうして会社に行かなくちゃならないんだよ。国会で青島幸男が決めたのか!?」って言い返す赤塚不二夫ギャグがなくなってた。
 ……尺の関係なのかなあ。それとも個人名が出て来たんでヤバイって判断されたのかなあ。
 ラストに今度の映画第十作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』の予告。ナレーションが大塚周夫、キャラデザインが今までの臼井儀人風でなく随分リアルになっている。
 ……しかもどうも戦国と恋、がテーマらしい。オトナ帝国の感動再びか?!

 しげ、「ライフ」のCMでラテンな音楽が流れるたびに画面に見入っている。マギー司郎が好きなのか、単にアホなCMだから好きなのか。
 どっちにしろヘンなやつだ。やっぱり。


 今日は某女性マンガ家さんの誕生日なので、そのマンガ家さんも覗いていらっしゃる某サイトにお祝いの書き込みをしたいと思ったのだが、いざとなったら凄く照れる。
 結果的に「おめでとう」の一言も言わない、ある意味シツレイな書き込みになってしまったのだが、この素直にモノが言えないというのは博多人の悪い癖でもある。
 これで誤解されることも多いんだけど、治んないのよ。f(^^;) ポリポリ。


 マンガ、臼井儀人『クレヨンしんちゃん』32巻(双葉社/アクションコミックス・560円)。
 掲載紙が変わって随分経つのにまだ「アクションコミックス」だなあ。でも「まんがタウンコミックス」ってのは存在してるんだろうか。
 巻頭は久しぶりに「ぶりぶりざえもんの冒険」。……これもアニメ化されるのかなあ。ぶりぶりざえもんシリーズについては、アニメの方はずっと再放送だったけど、新作作るとなればどうしても声優さん変えなきゃならない。スタッフも苦慮してるんじゃなかろうか。
 アニメと言えば原作にだけ登場してるの、モロダシ共和国のオマタさんだけかと思ってたけど、ニューハーフのスーザン小雪もアニメには未登場だったよな。……これもサベツがらみか? 劇場版じゃさんざんオカマ出てるZてのに、テレビじゃダメなのか? 劇場版だってテレビ放送してるぞ? こんな下らん自主規制、いったいいつまで続くんだ。
 「笑う大走査線」(ギャグじゃなくて「捜査線」の間違いでは……?)シリーズも大詰め。このにがりやと汚田の刑事コンビ、好きだったんだけど、破壊された野原家もようやく復活しそうだし、もうすぐお別れか。32巻を数えるほどになると、登場回数が少なくなるキャラも多くなってるし、こういう一発きりっぽいキャラは再登場しなさそうなのが残念。


 マンガ、つゆき・サブロー『寄生人』(太田出版/QJマンガ選書06・1890円)。貸本マンガの怪作、『寄生人』と『ミイラ島』の2本を収録。
 念を押すまでもないが、『寄生獣』ではない(^^)。
 出版されたのは97年だったのだけれど、つゆき・サブロー=杉本五郎=吸血鬼エリート(^o^)であることを知らずに、これまでその復刻自体、気づかずにいた。ようやく買えたので読んでみたのだが、やはり貸本漫画のヘタレパワーというのは凄いとしか言いようがない。
 なんたってこれ、水木しげるの完全パクリ本なんである。
 水木しげるの『妖奇伝』(鬼太郎シリーズの第一作)を描き写し、コマを入れ替えて再構成し、セリフを全部変えて別のストーリーをでっち上げたと言う、まるで日本映画『国際警察・鍵の鍵』をウッディ・アレンが勝手に作り替えた『What's up,Tiger Lily?』みたいな作品なんである(見てないけどさ、この映画)。しかし、ウディ・アレンのこの監督デビュー作が1966年であるのに対し、『寄生人』は1961年。
 アイデアとしてはつゆきさんの方が先だ。……って盗作に先んじてたって仕方ないか(^_^;)。つーか、貸本マンガ以前は、「盗作」って概念自体か希薄だったんだろう。
 いくら友人だからって、限度があるんじゃないかって気がするが、どうも水木さんのおおらかな性格がそれを許しちゃったようなのである。なんたって、表紙を頼まれて描いてるのが当の盗作もとの水木さんなんだから。
 つゆきさんの絵の腕はお世辞にもウマイとは言えない。模写したんならそれなりにウマクてもよさそうなものなのに、デッサン狂いまくりでとことんヘタだ。シワだらけの婆さんの絵なんか、コマによってはシワと目の区別さえつかない。こまどり姉妹とザ・ピーナッツの模写に至っては、写真を紙の下に布いて透かして描いたんじゃないかって言いたくなるくらいだ。
 なのに、このマンガには“微妙に”ウマイキャラが存在する。
 女の子の絵だ。
 特に『ミイラ島』の少女、ルミちゃんの水に塗れたシュミーズ姿。……そそるよ、これ(*−−*)。
 作者の気の入れ方が違うのが眼に見えて分るのだ。それもそのはず、貸本マンガの鬼才・露木三郎(こちらが本名)であり、稀代のフィルムコレクターである杉本五郎でもある氏は、日本のルイス・キャロル、少女愛好家でもあったからだ。
 この本には昭和30年代に氏が撮った少女たちのヌード写真も多数収められているが、かなり大胆なポーズも撮らせている。よほど少女との間に信頼関係がなければこうは撮れまいと思われる。
 少女に操を立てて生涯童貞。変態と蔑むのは簡単だが、変態でない人間なんていないのだ。いいじゃん、変態でも本人たちが納得してれば。

 で、蛇足のウンチク。
 解説にはさんざん、つゆき氏は水木しげるの鬼太郎シリーズ「霧の中のジョニー」(後に『吸血鬼エリート』として改作)と書かれてあるが、水木さんは更にもう一度本作をリメイクしている。児童書『吸血鬼チャランポラン(水木しげるのおばけ学校��)』(ポプラ社)である。出版は1984年のことで、もう二十年以上、水木さんとつゆきさんとは会わずに過ごしている。
 ふと、水木さんはつゆきさんに会いたくなったのではないか。「エリート」が「チャランポラン」に。随分零落したものだが、鷹揚な人柄だったらしいつゆきさんと疎遠になってしまった(故意にではなく偶然だろうが)ことに対する、水木さんなりの逆説的な愛情表現だったのではないか。
 そして2年後、水木さんとつゆきさんは「水木プロ創立20周年パーティー」で再会を果たす。しかし、そのころ既につゆきさんの体は病魔に犯されていた。
 87年、再生不良性貧血で死去。
 水木さんが『東西奇ッ怪紳士録』につゆきさんを登場させるのは、10年後の1997年のことである。

2001年04月12日(木) 驚天動地/『ストレート・チェイサー』(西澤保彦)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)