無責任賛歌
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| 2002年07月22日(月) |
角川+大映=…?/『楽勝!ハイパー▽ドール』vol.2(伊藤伸平)/『スレイヤーズすぺしゃる�魁,襪覆討�・へすてばる』(神坂一)ほか |
だだだだだ、大映が、かかかかか、角川に買収されちゃったぞ。 角川歴彦社長、『ガメラ』や『大魔神』をリメイクする、と嘯いてるが、マジか。 一度潰れた大映が、大映として映画製作を続けて来れたのは、何だかんだ言って徳間康快社長のあの豪放磊落と言うか、大雑把と言うか、いい加減と言うか、まるで永田ラッパを引き継いだかのような、しかし永田雅一以上に映画に対しての愛情と情熱に満ちた性格があったればこそだと思う。 もちろんその情熱は時として眼鏡違いを起こして、『敦煌』や『おろしや国酔夢譚』のようなスケールはデカイが中身はスカスカって映画を作ったり、『となりの山田くん』のような大コケ作品を作ったりもしたのだが、徳間社長の偉いところはどんな悪評も興行的惨敗も全く気にしなかったところである。フツー、『山田くん』くらい製作費かけててコケたら、『千と千尋』作らせたりしないよ。 徳間氏が亡くなった後の徳間書店じゃ、大映映画の後を引き継ぐのは荷が重くないかと思ってたんだけど、まさかカドカワとはなあ。 あまりに春彦元社長のイメージが強くって今の歴彦社長、知名度が低いように見えるけれど、この人も相当やり手である。お家騒動でいったん角川を追い出されたのに、メディアワークスを立ち上げて日本製ファンタジーを春彦氏以上のメディアミックスを駆使して定着させた。映画に関してはあの『エヴァンゲリオン』が公開に間に合わなかったにもかかわらず、製作を打ち切らなかった。そういう経緯を考えれば、確かに、徳間社長の後を継ぐ人として、歴彦氏以上の適任者はいないかもしれない。 しかし、しかしである。 「角川大映映画」はないだろう。 そりゃ、角川は角川、大映は大映でそれぞれのレーベルの映画を作ってきた歴史があるわけだから、どちらか一つに統一もできないってリクツも分りはするんだが、そこは角川が一つオトナになって、「大映映画」としてスッキリ行くわけにはいかなかったのか。角川は確かに映画を百本以上製作はしてきたけれど、撮影所までは持っていなかった。大映買収で、念願のそれが手に入るのである。名を捨てて実を取りゃよかったじゃんかよう。徳間氏だって、「徳間大映」にはしなかったんだぞ。 日本の血族の因襲を引きずってきた角川のこれが限界なんだろうなあ。昔ながらの映画ファンからはこれで随分ミソをつけたと思うんだけれど、映画オープニングの会社マークはどうなるんだろう。雲間から鳳凰が大映マーク持って飛んでくるのか。悪い冗談だ。
しげの仕事、今日は早出で7時からだというので、夕食は早めに食えるものということで「すし大臣」。 今日は控え目にして高いネタを避ける。それでも二人で三千円は掛かるんだから、ここの寿司ネタがどれだけ暴利を貪っているか分ろうというものだ。 最近知ったことであるが、ここのウェイターさん(寿司屋なのにベスト着たウェイターがいるのである)、しげのリンガーハットにも客として来ているらしい。しげ、口をとんがらせて、 「向こうもこっちのこと知ってたらイヤだな」 と言うのだが、そりゃ当然知ってるだろう。しげって妙に目立ってるから。 いや、ホントにあちこちはちきれそうなのよ、リンガーの制服着てるしげってよ。 まあ、目立つ目立たないはともかく、客商売をしていれば、好むと好まざるとに関わらず、人との繋がりは生まれてくるものである。必ずしも会話を交わさなくとも、何となく見知っている相手がいる、ということにもしげには慣れていってもらいたいもんだ。 しげから、今年の盆の予定はどうするのか聞かれたので、父に電話してみる。 「今年の盆の予定はどうなっとうと?」 「盆は13日から15日に決まっとろうもん」 ……ボケ晒すオヤジだ。 「そうじゃなくてどっかで食事するとか」 「おう、してもよかぜ」 「……じゃあ当日電話するけん」 やっぱオヤジギャグって、オヤジがやると本気で凶器になるよなあ。
マンガ、さくらももこ『COJI−COJI コジコジ 完全版』4巻(完結/幻冬舎コミックス・1575円)。 正月くんの結婚話をメインに据えての最終巻。 コジコジがブーケを読者に投げて終わるってラストは、とりあえずはスッキリした終わり方と言えようか。ちょっと偽善的な気もするけどな。もともと何かドラマがある話じゃなし、終わるときはサラリと終わらせるのが粋というものである。 もっとも、私としてはスージーの正体がみんなにバレた後、どんな騒動が起こるかとか、そういう話も読んでみたかったんだけど、描かなきゃならんことでもないし、これっきりで終わっていけないってわけでもない。 今後アニメ版の脚本をマンガ化することもさくらさんは検討してるみたいだけれど、まず、いくら待っても取りかることはなかろうな。一旦、創作したものをもう一度書き直すってのは、よっぽど本人にエネルギーがないとできるものじゃないのである。誰も彼もが手塚治虫になれるわけではない(あの人だって、『バンパイヤ』『ブッキラによろしく』とか、「後で描き直す」って言ったままほったらかしたまんまの作品は多いぞ)。 前巻あたりから見え隠れしていた宗教性は、最終巻でもオブラートに包まれた形で継続されている。半魚鳥だのヤカンくんだの、ヘンなキャラがやたら出てくるから、何となくほのぼのしたメルヘンマンガのように思われているけれど、「神」であるコジコジ以外は、みんな虚飾に塗れた人間の戯画化なんだよね。 結局は「コジコジには無駄がない」の一言で「神」が全肯定される結末。かといって完全な宗教マンガってわけでもなく、だから目くじら立てるほどではないってことも分ってるんだけれど、どうも何かノドに骨が引っかかってるような印象で、今一つ好きになりにくいマンガであった。
マンガ、伊藤伸平『楽勝!ハイパー▽ドール』vol.2/MAICA SIDE(英知出版/トラウママンガブックス・1985円)。 解説と描き下ろし4コマ(カバーを取った表紙に隠してやがんの)が読みたいためだけでまたバカ高いもの買っちゃったよう。 でもまとめて読んでみると、この人のパロディって今一つ薄っぺらだなあ。26話の表紙でミュウとマイカにアヤナミとアスカのコスプレさせてるけど、何か嬉しいのかね。読んでる方は「はあ、そうですか」としか言いようがないんだけど。ミサトは眼鏡外した祥ちゃんか? よく分らんキャラが多いよ。 ほかにもやたら『ガメラ』ネタは出てくるし、こうシツコイと、自分だけ遊んでるって感じが強過ぎて白ける。でも勢いで描いてみたくなるときってあるの分るからね〜。それだけ『ガメラ』とか『エヴァ』、当時は流行ってたんだよね〜。 今、このマンガの続編、『トラマガ』って雑誌で再開されてるんだけれど、ちゃんと今巻のラストでウママンにメシおごらせるところから続いてる。律儀と言えば律儀だけれど、フザケてると言えばフザケてる。編集部が怒るのも無理ないかも。 作者本人が編集部に文句言ってるうちに、マンガの中身がナゲヤリになるとこなんか、まるでたがみよしひさみたいだけれど、影響受けてるのかな。欄外の描きこみの仕方とか似てるし。 さて、まるで一般ウケしそうにないこのマンガ、作品そのものもそうだけど、雑誌自体、潰れずにいられるかねえ。
神坂一『スレイヤーズすぺしゃる�魁,襪覆討�・へすてばる』(富士見ファンタジア文庫・504円)。 スレイヤーズもまたアニメ化されたら「角川大映映画」か。もういいよ。 はい、原作小説の方も、頑張って買ってますよぉ。f(^^;) いつも通り、ただ笑って読んでりゃいいだけの小説だから、特に批評の必要もないようなもんなんだが、ふと気になったことがあった。 『愛は強し』の中に、マーカスとレイチェルってラブラブなバカップルが出て来て、思い切りリナとナーガを疲れさせてしまうのだけれど、このギャグのルーツっていったい何だったろう。『クレヨンしんちゃん』にもミッチーとヨシリンってキャラがいるけど、これだってルーツじゃないしなあ。 私はこれも吉本新喜劇なんじゃないかと思うんだけれどどうだろう。記憶だけで書くから細かいところは違うかもしれないけれど、こんな感じである。 さっきまでケンカしていたカップルが仲直りするシーン(誰かの持ちネタと言うわけでなくたいてい新人の男女に割り振られる)。 「○○ちゃん、ボクが悪かったわ」 「いややわ、ウチのほうが悪かってん」 「そんなことない、ボクの方が悪かったんや」 「ウチや」 「ボクや」 「ウチや」 「ボクや」 回りで聞いてる人々、もだえて胸を揉んだり肌を露わにしているうちにブチ切れて。 「ええ加減に晒せ!」 もだえてたのは桑原和男さんが多かったんじゃないかな。 けれど、これ以前にもルーツがありそうなんだよね。『エノケンの法界坊』のラストでも、若いカップルに幽霊になった法界坊が照れながら「高砂や〜この浦船に帆をあげて〜♪」と歌うシーンもニュアンスはそれに近いが、冷やかされる方がバカップルではないので、やっぱりこれ、感覚的には関西系のギャグではなかろうか。 ……全然『スレイヤーズ』の感想になってないな(^_^;)。 表題の『るなてく・へすてばる』と『うちのジョン知りませんか?』にラギアソーンって魔族が出てくるんだけれど(ゼロスとも関係があるみたいね)、本編でなくて『すぺしゃる』に魔族が出てくるのも珍しいことだ。けど結局、『すぺしゃる』だからね〜、まともな魔族じゃないんだよね〜。 魔族の住むカタート山脈はペット飼育が禁止されているそうである。ところがラギアソーン、魔王竜のジョンをこっそり隠して飼っていた。……ってカタート山脈って近所づきあいの難しいマンションかい。誰がどうして文句つけるって言うんだ。 で、うっかりはぐれてしまったジョンを探してくれと、ラギアソーンが頼んだ相手がよりによってリナとナーガ。その結末は推して知るべしであるが、この二人、よくこれだけあちこちでトラブル起こしまくってるものだと感心する。あれだね、江戸時代にテレビの時代劇並に人が殺されてたら、江戸の人口が半減するとか計算してた人がいたような気がするが、そのことをちょっと思い出した。リナとナーガの二人がいて、よくこの世界、崩壊せずに残っているものである。それくらいいい加減だからこそ、各話の飛びっぷりを楽しめるんだけどね。
2001年07月22日(日) 愚か者の舟/『ハッピーマニア』1巻(安野モヨコ)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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