無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年06月03日(火) 路傍の石のように生きたい/『ああ探偵事務所』3巻(関崎俊三)/『爺さんと僕の事件帖』4巻(しかくの)

 同僚の一人がなにやら真剣な面持ちで、「藤原さん、ちょっとお願いがあるんですが」と耳打ち。
 「なんですか?」と聞き返すと、「ここではナンですから」と、暗闇に(^o^)連れていかれる。
 なんだか怪しげな雰囲気なので、まさか「いい○○○があるんですが」とかそんなんじゃねーだろーな、とちょっとびくつく。
 あたりを見まわし、ヒト気がないことを確かめて、その同僚、「実は」と切り出す。
 ゴクリと唾を飲みこむ私。
 「……藤原さんに余興に出てもらいたいのです」
 ……はあ? とは思ったが、声には出さない。そういえば、忘れかけてたが、もうすぐ宴会があるのであった。
 「藤原さんには、ある『役』を演じてもらいたいのです」
 「と言うと、芝居か何かをやるんですか?」
 「はい」
 宴会に参加する気などこれっぽっちもなかったのだが、私が劇団に参加しているということを一部の同僚は知っている。どうもそこを勝手に見こまれたらしい。私は脚本専門だってのに。
 もしかして……と思い、同僚に質問する。
 「……イロモノですか?」
 ニッコリ笑う同僚。それ以上は全く話してくれなかったが、どうも何やら「かぶりもの」をしなくてはならないらしい。その同僚には先日欠勤したせいで、迷惑をかけており、とても断れる雰囲気ではない。
 ああ、いやだなあ。目立つことはできるだけ避けて生きるのが私のポリシーだというのに。仕方なく引き受けてしまったが、いったいこれからどうなることやら。


 昨二日、北九州市八幡西区黒崎の複合商業ビル「コムシティ」が自己破産を申請。負債総額は130億円に上るとか。96の店舗は全て閉店に追い込まれ、北九州市が無利子で融資した35億円は回収不能のまま。
 第三セクターの破産としては、宮崎シーガイアの3261億円倒産には遠く及ばないものの、一市町村の破産としては結構な額だろう。これだけの税金が無駄に使われたんですぜ、どう思いますかね、よしひとさん(←北九州市民なのである)。
 北九州市の末吉興一市長は、「多くの人に迷惑をかけ申し訳ない。市として、できる限りのことをやりたい」とコメントしてるが、いつぞやの北九州博と言い、アンタが頑張っていい目が出たことなんてほとんどないと思うんだけど。
 そごうの倒産と言い、今度のコムシティと言い、立地的には駅に隣接、それなりの集客は見込める好条件であるにも関わらず、こうも失敗続きと言うのは、やはり資金投資の規模がデカ過ぎるのである。
 ハッキリ言うが、わざわざ北九州くんだりまで買い物に行く人間がどこにいるのか。福岡の人間は福岡だけで充分買い物ができる。九州の他県の人間だって、遊びに行くなら福岡だ。北九州でメダマになる施設と言えば、スペースワールドと、松本清張記念館しかないではないか(後者は違うというツッコミは聞かん)。地元の人間しか利用しないのが最初からわかりきってるのに、どでかい施設を作ったって無意味なのである。
 人口流出が進み、既に政令都市の基準に達しなくなりつつあることから焦っているのはわかる。けど、鉄鋼業が駄目になっちゃった時点で、北九州市に未来はなくなったのだ。町というものが発展するためには、そこが他の町からも「必要」とされる何かがなければならない。福岡への対抗意識から、福岡のマネをしてみたところで、それはただの二番煎じではないの。誰が振り向いてくれるというのか。
 例えて言うなら、今の北九州の狂乱ぶりは、男に捨てられ、ほかの女に走られてしまった女が、嫉妬に狂って、「ほら見てよ! 私の方があの女よりいいカラダしてるわ!」と前をはだけて見せてるようなものである。誰がそんなん見るかい。
 自分たちが「捨てられた女」であるという客観的な事実から目を逸らしたって、立ち直ることはちょいと無理だと思うんだけどねえ。まずはつつましやかに、一人で生きていくことを考えた方がいいんじゃないでしょうか。


 昨日、ウチに届いた「金払えメール」(厳密に言えば借金メールではなくて、「コンテンツの使用料を払え」って内容でした)、唐沢俊一さんのところにも届いていたようだ。
 どうやら、サイトを開いてるところに手当たり次第に送りつけているもののよう。唐沢さんの本を読むとかしてその人柄を知っていたなら、こんなアホなメールに引っかかる人ではないと判断できるはずだし。
 チャットでヨナさんが「百人のうち一人が引っかかればいいんですよ」と仰ってたが、そんなに率が高いものなんだろうか。


 アニメ『成恵の世界』第5話「香奈花学校へ行く」。
 このアニメも途中を見損なっているが、まだまだ見逃せない。まあ美少女ほのぼのラブコメではあるけれど、基本的に藤子F系の日常SFはできるだけチェックしておきたいのでねえ。『天地無用!』ほどにドギツクないところも「買い」だし。
 でも、さすがに5話目ともなると1話ほどの作画レベルではない。別に体操服姿のときにどうしてチチ揺らしをせんのだ! とは言わんが、もちっと線が柔らかくてもいいんじゃないかと思うんである。


 マンガ、関崎俊三『ああ探偵事務所』3巻(白泉社/ジェッツコミックス・530円)。
 表紙は茜ちゃんの、恐らくはロリコン親父に対してはとてつもなく凶悪なポーズ。関崎さん、絶対昔、エロ雑誌で描いてた経験があると思うな。冒頭のテニス話は特に推理モノではない。っつーかこのマンガを推理モノとして読んでる読者ってあまりいないかもしれないねえ。私くらいか(^_^;)。実際、四分の一くらいはエロマンガだからなあ。
 でも、今巻特筆すべきことは、流行りのミステリマンガのいい加減さに対して、ついに作者の怒りが爆発しちゃった描写が表れている点だ。
 大学の卒業論文を手伝ってほしいという依頼を引きうけた妻木。ところがその卒論のテーマは「コミックスにおける探偵の表現について」。山と詰まれた探偵マンガを読むうちに、妻木が思わず漏らした述懐。
 「人が次々死んで、戦争みたいでした。次々トリックを解いていく探偵たちがなんだかTV番組の『手品の種明かしスペシャル』でトリックネタ我がもの顔で暴露してるマジシャンに見えてきて」
 もう、コナンだのキュウだのに聞かせたい言葉だよ(T∇T)。
 で、コナンと言えば、コナンの脳内でしか解けない暗号ネタ(別名ナゾラーの謎々)ですが、もうこれに対する皮肉ネタも今回入ってます。妻木の「こんな暗合っわかってたまるかーっ!!」の絶叫も青山剛昌に聞かせてやりたい。
 やっぱさあ、『コナン』とかに対して怒ってる人間って、たくさんいるんだよ。
 それから、前半はロリコンオヤジ向けですが、後半は美少年背徳モノ、いけない女教師の放課後レッスンって話になってます(^o^)。
 「授業中……あんな目で見ないで……先生恥ずかしいから」
 「先生だって……僕のことよく見てたよね? でも僕は恥ずかしくなんてないよ? 嬉しいよ?」
 そうかそうか、女教師ってそうやって落とせばよかったのか。ちっ、あのころこのマンガ読んでれば……。ああ、いやいや。〜( ̄▽ ̄〜)(〜 ̄▽ ̄)〜
 そういう方面のオハナシが好きな人は、買ったらマルトクです。


 マンガ、しかくの『爺さんと僕の事件帖』4巻(角川書店/アスカコミックス・デラックス/546円)。
 小学生の推理モノだからと言って、『コナン』みたいにチャチにならないところが、このマンガのスゴイところ。作者が、子供たちの世界をこよなく愛しているからこそ、動機もトリックも不自然ではないミステリが書けるのである。
 殺人や誘拐がなくたって、「事件」は少年たちの身の周りには一杯ある。オトナが見逃している、あるいは忘れ去っている断片。それを子供たちの好奇心の目は、見付け出さずにはいられない。子供は、自らの行動を抑制する術をまだ知らないから。
 しかし、オトナたちがそれらの記憶を封印してきたのにも、口に出せない訳のあることだ。真相が明らかになったとき、子供たちは、何気なくそこにいるように見える大人たちが、深く、切ない心の傷を抱えて生きてきたのだという事実を知る。そして、その傷を抉り出したのが自分たちの心に巣食う悪魔だということにも気付く。子供たちは恐怖する。自らの心に。
 子供たちの流す涙は、決して彼らの誰も救いはしない。悲しいことだが、それが事実だ。けれど、ただ一つだけ言えることがある。
 その傷を得て、少年は、また一つオトナになるのだ。

 「清か水求む」。学校のプールの水がいつの間にか抜かれ、プール開きが危ぶまれる事態に。このトリック、実行が可能っぽいから、これ読んだ子供たちは同じような動機でイタズラしちゃダメだよ(私も高校時代、このトリック考えたことがあったなあ。もちろん実験はしなかったが)。
 関係ないけど、逸実たちの担任の「玄田哲明」って、やっぱり声優さんがモデルなのかなあ。
 「閉鎖書架の神様」。
 古本好きには嬉しくてたまらない一編。捨てられる寸前だった図書館の本。その中に隠されていた一枚の紙片。
 「神の手蹟を無の本に隠す」。
 実のところ、この「暗号」、古本に関する知識がないと全く解けない。
 もしも、「作者と読者の知恵比べ」としてこの作品を捉えると、古本の知識のない読者は圧倒的に不利になる。しかし、ミステリの楽しみ方は、単に「知恵比べ」にのみあるのではない。子供たちが「知識」を一つ一つ手に入れて真相に近づいていく過程自体に、読者をして「知的興奮」にいざなう力が含まれている。そういう形式のミステリだってあるのだ。
 「『コナン』素敵!」なんて喚いてる腐女子、これ読んでもまだコナンがカッコいいなんて言えるか。

 余談。
 小学五年生にして、逸実の愛読書は『�郢犂椹�人事件』に『ドグラ・マグラ』。なんていい趣味なんだろうねえ(^o^)。
 小学生でそんなコムズカシイの読むのか、とか文句つけるヤツはモノを知らない。そういう発想自体が小学生をバカにしているじゃないの。もちろん「趣味の違いで」読まない小学生だってたくさんいるだろうけれど、読む小学生だっているんだよ。私がそうだったんだし(中学に上がったとき、校長先生が夢野久作の息子さんだったんで狂喜したんだから)。
 読んだ当時はよく意味が取れなくたって、本ってのは人の心の中で熟成していくものだ。小学生のころから活字に慣れさせとけば、「オトナの」活字離れなんてことは起こりゃしないのよ。

2002年06月03日(月) 「八手三郎」は「やつでさぶろう」/『ふたつのスピカ』1・2巻(柳沼行)/『僕らのスーパーヒーロー伝説』(堤哲哉)ほか
2001年06月03日(日) 全集員合(←解る人には解るね)/『だめだこりゃ』(いかりや長介)



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