無責任賛歌
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| 2003年06月08日(日) |
別れの予感/DVD『八つ墓村』/『HUNTER×HUNTER』��17(冨樫義博)ほか |
アニメ『鉄腕アトム』第10話「金星ロボット襲来!」。 20年前、金星開発のために大量生産されたが、宇宙開発が木星の衛星群に移行したために、使われることなく海底に廃棄された金星ロボットがトロール船の電磁網に引っかかる。彼らは未だに稼動しているのか? 強力な冷却装置を持つ金星ロボットの危険性を心配したお茶の水博士は、アトムに海底の探査を命じる。驚いたことに、彼らは自己進化を遂げ、海底で町を作り、使命を与えてくれるキャプテンが再びやって来るのを待っていた。 アトムのあとを追って広大な都市を発見した天馬博士は、自らキャプテンと名乗り、金星ロボットを操り、彼らの持つ冷却装置で、メトロシティを凍らせようと企む。 ベースになってる原作は『ロボット爆弾(□□□□から来た男)』か。天馬博士を登場させた分、メイスンも丸首ブーンも出番がなくなってしまったが、手塚キャラクターシステムファンとしてはちょっと寂しい。ヒゲオヤジもレギュラーじゃないからなあ。 天馬博士が「私は神だ!」って叫ぶのもキャラクターを安っぽくしてしまっている。それにラストのモニュメントのデザインがお茶の水博士を支えるアトムって……なんかベタ過ぎるぞ(^_^;)。 だいたい、アトラスをアトムと戦わせたのが「試練」のためだったとしたら、金星ロボットでメトロシティを凍らせようとする天馬博士の目的は何だったのか。ロボットの独立を図らせるのにはまだまだ時期尚早だろう。特にアトムを「ロボットの王」に本気でしたいのなら。「今の」アトムがロボットたちの暴走を止めようとするのは分りきっている。仮にメトロシティが破壊され、ロボット王国が築かれ、事後承諾で(おいおい)アトムを王位につかせようとしたとしても、さて、アトムが納得するはずがない。アトムにもっと人間に対する不信感を抱かせてからでないと、金星ロボットを操るだけでは結局、目先の破壊しかできはしないし、体制の転覆までは無理な話だろう。 なんだか天馬博士がバカに見えちゃうんだけど、そういうのって、よかないよなあ。シリーズ構成がちょっと甘いのではないかとも思う。 あっ、けど、アトムのコブシを握ったおなじみの飛行ポーズが出て来たの、今回が始めてではないかな。
よしひと嬢としげ、練習に出かける。 14日にシネリーブル博多駅で友成純一さんのトークショー&『死霊のはらわた』の上映会があるのでお誘いしたのだが、今週は都合がつかぬとのこと。残念である。
ともかく見ないまま溜まってるDVDを見ねばと、まずは松竹版の『八つ墓村』を鑑賞。 横溝正史ファンとしてはまあまあ濃い方だろうと自認している私ではあるが、実はこの映画を公開当時劇場では見ていない。なんでかって、もう休日となるとスゴイ長蛇の列で、何回行っても人が多くて入れなかったのよ。 でもって、当時の福岡の松竹ピカデリーってさ、映画館としては最低な部類だったので(客席が急勾配で、映画がマトモに見られる角度がほんのちょっとしかないし、スピーカーが古くて声が割れてて聞こえない)、ええい、もう見なくたっていいや! とパンフレットだけ買って帰っちゃったのだ。あとでテレビで見て、これはやっぱり「いい条件の」大画面で見たかったなあとつくづく思ったことである。 特典で「シネマ紀行」ってのが収録されてるのだけれど、これが単に「ロケ地は今どうなってるか」ってだけのもので、つまらない。 まだ、予告編5パターンが全部収録されてるが、こちらのほうがよっぽどメイキングとしての価値がある。原作者横溝正史と野村芳太郎監督との打ち合わせの様子とか、津山30人殺しの現地を訪ねる渥美清の映像とか、こりゃスゲエ貴重だよ。街頭インタビューは明かにヤラセのアフレコだったけど(^_^;)。 予告編でやたらと「『砂の器』のスタッフが再結集」と紹介されているのは、1977年当時の状況を知るものでないとピンと来ないだろう。1974年公開の松本清張原作による『砂の器』は、松竹映画史上最大のヒットを飛ばし、ロングランに継ぐロングラン、映画賞も次々に受賞し、この『八つ墓村』の前年にもリバイバル公開されやっぱりヒットを飛ばすという、とんでもない状況を生んでいたのである(その記録を『八つ墓村』が破ることになるのだが)。 当時の総製作費7億円(現在の金額に換算すると15億円程度)、キャストも松竹定連だけでなく、もと東宝の役者さんでフリーになっている人たちも総動員して、実に厚みのある演技陣。 下準備に6年をかけ(実は最初は角川との共同提携であった。角川春樹と松竹が揉めて袂を分かち、角川映画第一作として『犬神家の一族』が前年に公開されたのは周知の通り。これがかえって『八つ墓村』を宣伝する結果になった)、音楽は『砂の器』の汚名返上、起死回生を狙う芥川也寸志(実は『砂の器』のテーマ音楽『宿命』を作曲したのは芥川さんではない。弟子の菅野光亮さんである。でもあれを芥川さん作曲だと勘違いしている人は当時から多く、芥川さんにとっては忸怩たるものがあったろう)、脚本は黒澤組の橋本忍、撮影は松竹生え抜きの川又昂、監督は横溝「文学」の映像化を長年夢見ていた野村芳太郎。既に『張込み』『ゼロの焦点』『背徳のメス』『五辨の椿』『影の車』『砂の器』などの作品で、ミステリの映像化に関しては第一人者と見られていた。これだけの大作感のある映画は当時はそうそうなかった。 同時期に『スター・ウォーズ』第一作(今はエピソード4『新たなる希望』って呼ばれてるやつね)が公開されているが、その前年からの宣伝攻勢でSFファンはともかく一般観客は食傷気味になっており、興行自体はたいしたことはなかった。前年からの横溝ブームの方が世間的には圧倒的に上、という状況だったのである。 では、映画として、完成度は高いかと言うと、そこが微妙な評価になってしまうのである。原作は随分改変され、里村慎太郎・典子(原作のヒロインなのに)の兄妹がカット、重要な役を担う僧侶英泉も同じくカット、いくつかの人物に習合されている。映画的に2時間にまとめる必要があったという事情もわかりはするのだが、ミステリとしての深みが薄まってしまった印象は否めない。 何より、都筑道夫も「これは推理映画ではなくオカルト映画だ」と嘆いたラスト、詳細は省くが、「あれはないよなあ」なんである。脚本の橋本忍、考えてみたら『幻の湖』の人だものなあ(^_^;)。何のことか映画見てない人にはよく分らないと思うが、ネタバレに属するので、この程度の表現でカンベンしていただきたい。 それでもこの映画は、私の「横溝正史映像化作品」の中では市川崑の全作を抜いてベスト2になる(1は高林陽一監督作『本陣殺人事件』)。それはたとえ風貌が原作通りでなくても、金田一耕助の内面を見事に表現した渥美清の名演にかかっている。 金田一耕助は怖い人である。 人間の心の深淵を覗き、そこでのたうち回り、帰ってきた人間である。かつて麻薬中毒患者でもあった過去までも感じさせる演技を披露してくれた役者さんは渥美さん以外にはいない。 渥美清の金田一に、「怖さ」を感じた人ならば、私のこの意見にも首肯していただけると思うのだが。
帰宅したしげと、久しぶりに一緒に外食。 「焼肉のさかい」へ。「焼き肉」と言うとしげの方から誘ったように思われるかもしれないが、珍しく私の方からである。私もたまには肉に飢えることもあるんで。 しげ、なんだか情緒不安定。人の悪口がやたらと口を突いて出るが、そんな自分がまた嫌いになるらしい。果てはいきなり別れ話を切り出される。 「別れたいなら別れてもいいけど、なんで?」 「最近会ってないから。会ってないと忘れるし」 「つまり、『夫婦のすれ違いってシチュエーションがあるから、別れなきゃいけない』ってこと? 別れたい理由があるわけじゃなくて?」 「うん」 「それって、ムリヤリ『別れのドラマ』作ろうとしてないか?」 「だって、ドラマ作るの好きだって知ってるやん」 「……何度も言うけどさ、オノレの作った夢(=妄想)に人を巻きこむなよ(by諸星あたる)」 でも、しげにはこういういい加減な理由で別れちゃいそうなところはあるんだよなあ。例えばしげはやたら「ラブラブなムード」を形で示してくれるよう私に望むことが多い。私にとっては、必ずしねベタベタなラブシーンを演じなくても、「今のこの形で」充分それを表しているのだ。ところがしげはそれではとても物足りない。それこそ、「うふゥ〜ん、君ってなんでそんなに素敵なのぉ?」「いやァ〜ん、アナタこそどうしてそんなにカッコイイのォ〜ん?」ってな臭過ぎるくらいの語り合いをしないと満足しないのである。でも、それは実は「恐怖心」の裏返しだ。 「形あるもの」、それもベッタベタに象徴化・具象化されたものにしか信頼が置けない、というのは、そうでもしないと二人の関係を保てないかもしれない、と恐れているからである。私がどんなに口で「お前を嫌いになることはない」といってもムダである。 じゃあ、実際に愛している様子を見せたらしげは本当に安心するのか。それもまた望み薄だな、と私は感じているのである。そのときはそのときで、「怖がり」なしげは心のどこかで「これはウソだ」と思うだろう。結局、自らの心から「恐怖」を追い出さない限り、しげは何も信用することはできないのだ。 しげはやはりまだ「怖がって」いる。人の心を受け入れることを。その深淵に触れることを。 でもそれをする、と約束をしてしげは私と結婚したのだ。しげのことだからそんなことはすっかり忘れてるのかもしれないが、まずその努力をしないで私に何かを求めても、私は永久に答えることはできないのである。 ともかく「形」に左右されるの、やめようよ(-_-;)。
マンガ、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』��17(集英社/ジャンプ・コミックス・410円)。 相変わらずトーン使わないし、白っぽくて雑な印象なんだけれど、さすがにグリード・アイランド編もクライマックスが近づいてきたせいか、それなりに面白くはなってきた。っていうか、本誌の方でチラチラと今後の展開を見てるせいもあるけど。 カードかどうのこうのってのは実は全部読み飛ばしてるのであるが(^o^)、キャラクターの心理の流れに緊迫感が生まれてきてるのがまだこのマンガを読ませている原動力だろう。 けれどヒソカがどんどんいいやつに見えてくるのはどうかな、まあ、まだここぞ、というところで残虐になってくれるんじゃないかと期待してるんだけど。
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