無責任賛歌
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| 2003年07月30日(水) |
マヌケな人々/『二葉亭四迷の明治四十一年』(関川夏央)/映画『山の音』/『住めば都のコスモス荘』1・2巻(阿智太郎・矢上裕) |
まずは小ネタを一つ。阪神タイガースの優勝が目前に迫り、ケンタッキー・フライド・チキンが、カーネル・サンダースおじさんの人形を一時的に避難させようか検討中だとか。前回優勝の昭和60年には、大阪のミナミで、熱狂したファンが人形をバースに見立てて胴上げし、道頓堀川に投げ込んだことがあったから。 けど、サンダースおじさんだけ避難させても、どうせ他の何かを盗んで放り投げたり、自分から飛び込むバカはいると思うけどな。かと言って、投げ込み用人形をフーセンか何かで作ったって、お膳立てされたものにはファンは乗らないだろうし。つか、警察総動員して治安に当たれよ。「熱狂的なファン」と言ってゴマカされてるけど、あいつらただの犯罪者なんだから。 いえ、私は別に巨人ファンではありません(^o^)。
今日、静岡県沼津市で、盗み目的で閉店間際の書店に入った男が、シャッターを閉められて外に出られなくなり、タイホされるというマヌケな事件あり(^o^)。 犯人の24歳の男は、29日の午後11時過ぎに、客のフリをして本屋に入りこみ、店員に気づかれないように、本棚の陰に隠れて、閉店になってシャッターが下ろされたあと、レジの中をあさった。と、ここまではよかったのだが、外に出ようと思った時になって初めて脱出方法がないことに気が付いたんだって。ここまででも充分間抜けなんだが、それからあとがまた情けない。 犯人はそれから悪戦苦闘、店内は真っ暗で窓もない。シャッターは内側から開けられない仕組みになっていて、強引に開けようとしたけれど歯が立たない。ついには素手で天井を40センチほど叩き割ったけれど(本棚の上にでも登ったのかな)、そこからも脱出できないことが分かって、携帯電話を使って友人に助けを求めたとか。 30日の午前3時ごろ、ようやくシャッターは開いたけれど、待っていたのは警察官。あえなく御用となりました。 うーんと、ミステリに腐るほど書かれてきてる密室トリックだけどさあ、扉が開くのを待って入ってきた人に紛れて出て行くっていうのがあるよねえ。実際には成功率は低いと思うけど、友達にSOS送ってタイホされちゃうより、一か八か朝まで待って、客に紛れてさりげなく出てくって手は考えつかなかったのかねえ。閉店時に店員に気づかれないくらい広い本屋だったんなら、それも可能だったろうに。 仮に朝方店員に見つかったとしても、おカネはレジに戻しときゃ、「アパート追い出されて夜寝るところがなかったから」とかホームレスのフリをして同情を買うとかしていくらでも誤魔化しようがあると思うんだが。 ちなみにレジん中のおカネ、とっくに金庫に仕舞われてて小銭しか残ってなかったそうである。とことん下調べしないで泥棒に入ったんだね(~ー~;)。 24歳で既に脳みそとろけだしてるような事件で、まあ、笑うしかないんだけど、もうちょっと世間を唸らせるような知能的な犯罪は起こらんものか。いやね、別に犯罪を奨励してるんじゃなくて、犯罪者が知恵をふりしぼらないと成功しないってことは、つまりそれだけ警察が優秀で、治安がいいってことなんだから。マヌケな犯罪でもそれ以上に警察がマヌケだったら、成功しちゃうんだよ。実際犯罪検挙率、最近は相当低くなってるじゃないの。 逆説を弄するつもりはないけど、事件が起きるなら起きるで、もちっとアタマのいいものが起きてくれないと困るのである。 一昔前に比べたら知能犯って随分減った気がしないかな。12歳の事件も(アレだって犯人がただのバカガキだから逮捕されているのだ)、「こんな事件は昔はなかった」というのは、「こんなマヌケな事件は昔はそんなに多くなかった」という意味でならそうかもね。
しげ、ついに車を買う決心をして、なんかパンフを持って来た。 「ねえねえ、どれがいいと思う?」とか聞かれても、私は何だっていいので返答に困る。頭金だけ出して、と頼まれたので、ナケナシの貯金をはたく。本とDVD買いまくってても、借金だけはしないで来てたのだが、これで我が家もローン生活だ。でもこれで出費をなかなか控えられないのがオタクのツライとこなんである。
関川夏央『二葉亭四迷の明治四十一年』(文春文庫・620円)。 『「坊ちゃん」の時代』の読者には必読の一冊。 関川さんの評伝が面白いのは、二葉亭四迷に関わった人だけを描出するのでなく、「関わらなかった人」をも描くことで時代そのものを浮きあがらせる点にある。『「坊ちゃん」の時代』のあの「そのときそれと知らず、明治を代表する人々が一同に会していた」というあの手法である。 四迷と樋口一葉は近所に住んでいながら一度も会わずじまいだった。四迷の評伝の本書で、関川さんは一葉に一章をあてる。近代の拡大とともに増殖した貧民たちの中に彼女はいた。また、四迷が最初の妻とした女はまさしくそういった貧民階級の女であった。二人は会わずとも、そういう形での「時代の接点」はあったのである。 夏目漱石とは、朝日新聞の小説を交互に連載していた間柄でありながら、六回しか会ったことがなかった。漱石は、四迷の死後、「近くて遠い友人」として、四迷を追悼している。 けれど、どうして関川さんは四迷を「二葉亭」と書いて、「四迷」と書かないのだろうか。逍遥、漱石、鴎外、紅葉、露伴、一葉などは全て名前で書いているのに。近代小説の草分けの人でありながら、自嘲し、自作を否定した点に、旧時代を捨てきれぬ四迷の姿を見て、その象徴としての「二葉亭」という「家号」で呼ぶのがふさわしいと考えたのかもしれない。 四迷の若き日の顔は、何となく関川さん自身に似ている。
CS日本映画専門チャンネルで録画しておいた『山の音』を見る。これも随分前に見たやつの再見。 原作は川端康成だが、彼は長編を雑誌を越えて何年にも渡って断続連載し続けるという変わった書き方をするので、映画化の時点ではまだ物語は完結していなかった。従って原作最終章の「秋の魚」は映画に盛り込まれてはいない。 それどころか、原作にずっと漂いつづける「死」の感覚(タイトルの「山の音」自体が死を予感させる幻聴だ)、これを脚本家の水木洋子はできるだけ薄めるようにし、父親の山村聰と嫁の原節子の心の交流に主眼をおくように改変してしまった。それはそれで普通の日本映画にはなってるのだけれど、原作を知っている者には物足りない。 「美しきかつての日本」を描いたことを高く評価されている川端康成だが、この『山の音』を含め、戦後の『古都』や『片腕』といった作品は心理幻想小説としての完成度も高い。幻想文学畑の人はそのあたりを熟知してるんだけど、普通の日本文学の研究家の認識度が低いんだよね。ツマラン垣根は取っ払っちゃった方がモノは楽しく見られるんだが。
マンガ、阿智太郎原作・矢上裕漫画『住めば都のコスモス荘』1・2巻(メディアワークス/電撃コミックス・各578円)。 アニメは福岡じゃ放送してないから、マンガを買った。小説の方も完結してるようだから買おうかどうしようか迷ったけど、矢上さん気に入ったとこだったし、まずはこちらから。 けど、これストーリーの説明はすごく難しいな。とゆ−のが、ナカミはすげえ面白いんだけど、プロットや展開はあまりにもありきたりで紹介しても全然面白そうに思えないだろうなあってのが見当つくから(^_^;)。 簡単にまとめちゃうと、 「宇宙の玩具メーカー・�螢�タンコナス社製造の銀河連邦警察採用候補超特殊汎用パワードスーツ、ドッコイダーのモニターに選ばれた桜咲鈴雄は、次から次へと襲いかかって来る宇宙犯罪人を相手に戦う毎日。けれどその犯罪者たたちは、実はみんな同じ「コスモス荘」の同居人だった!」……気づけよ(-_-;)。 「いきなりヒーロー」とか、「みんなで同居」とか、もう設定はこれまで何度繰り返されたかわかんないくらい陳腐なんだけど、やっぱりマヌケ揃いのキャラクターが生き生きとしてるから面白いのだ。でも私の一番好きなキャラクターがヒヤシンスであることは誰にもナイショだ(^o^)。
2002年07月30日(火) ウチにキンチョールはない。/『ゴーストハンター ラプラスの魔』(安田均・山本弘)ほか 2001年07月30日(月) 八女って全国的にどの程度有名なんだ?/『ロマンアルバム・太陽の王子ホルスの大冒険』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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