無責任賛歌
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| 2005年05月28日(土) |
おお・それ・みよ!/映画『機動戦士Zガンダム A New Translation 星を継ぐ者』 |
アメリカの俳優エディ・アルバートが26日、肺炎のために死去。享年99。 って、えっ? エディ・アルバート、まだ生きてたの? と、そっちの方で驚いてしまった。つか、この人の訃報、私は昔、新聞で見た記憶があったんだけど、私ゃユメでも見てたんだろうか。確かに横顔の写真まで載ってたって記憶してたんだけどなあ。 映画ファンにはなんといっても『ローマの休日』での陽気なカメラマン、アーヴィング・ラドヴィッチ役が有名で、これでアカデミー助演男優賞にノミネートされたくらいなのだが、それまでは下積みが長く、1953年当時、既に45歳だったのである。映画を見てるとそんなに老けてるようにはまるで見えないんだけど、それが彼の演技力だったんだろうね。経歴を見ると、サーカスの空中ブランコ乗り(!)から始まって、舞台、ラジオで歌手・役者・声優として活躍した後、30歳でようやく映画デビューを果たしている。本名は「エドワード・アルバート・ハインバーガー」と言ったが、ラジオで名前を「エディー・ハンバーガー」と間違って紹介されたことがあって、ラストネームを省いちゃって芸名にしたのだそうな。 もともと演技に幅があるのは当然だったのだが、軽妙な役から重厚な役まで自由自在に演じられたものだから、かえって重宝がられすぎてどうでもいいような役まで引き受けすぎていた嫌いがあり、50の坂を越えたころから少しずつテレビ出演が多くなり、映画はとんとご無沙汰となってしまった。 それでも『刑事コロンボ/ホリスター将軍のコレクション』では権威主義の塊のような老将軍、マーティン・ホリスターを堂々と演じてもいた。犯罪の具体的な物証に乏しいなど、ミステリーとしての本作の弱さを指摘する声は結構あるのだが、これはエディ・アルバート自身が第二次大戦中最も激烈な戦闘であったタラワの戦いに参加しており、負傷した味方の救出に尽力した功績がある事実を踏まえてのパロディ作品なのである。彼自身にとってもこの戦闘は思い出したくない過去だったらしく、本作放映当時(1971年)には完全な沈黙を守っていた。そういう経緯があったからこそ、「なぜ将軍は凶器を隠すことができなかったのか」という謎の解決に説得力が生まれていたのである。 遺作は日本のテレコムも作画で参加しているテレビアニメシリーズ『スパイダーマン』の悪役ヴァルチャーの声優。空飛ぶ科学者・ハゲタカスーツの爺さんである。ホントに何でもやってるんだなあ。65話中、7話に登場しているが、日本で放映されたのはそのうち2話のみ。最終出演作である“Six Forgotten Warriors Chapter 4: The Six Fight Again”の放映が待たれる。……って、エディ・アルバート目当てで首を長くしてる人が日本にどれだけいるかわかんないけど。
しげはエコ缶さんの芝居の打ち合わせであ朝からおでかけ。 昨日に引き続き私は歯医者に行って再び消毒。麻酔が切れると悼みがぶりかえすので、まだ抜糸はできない。 帰りに「バーミヤン」に寄って、台湾フェアの小海老と卵のビーフンを食する。辛くなくて油濃くもなく、適度に美味い。でも台湾フェアなら台湾ちまき〔肉粽 (バーツァン)〕があってほしいとこだけどね。
昼に待ち合わせて、映画を見に行くつもりだったのだが、しげはどういうわけか家までエコ缶スタッフのぞのっちさんを連れてきていた。てっきり一緒に映画を見るのかと思ったら、「車でぞのっちさんを家まで送ってあげようとしたら、道に迷ってウチまで着いた」とのこと。 「ぞのっちさんの家ってどこよ」 「M」 「ウチと方向全然逆やん!」 しげはこうしてしょっちゅうリングワンデルングに陥っているのである。……つか、ぞのっちさん送ったあと、帰りの博多駅までの「一本道」をなぜか脇道に入ってまた迷うしよう。 おかげで、シネ・リーブル博多駅で映画『機動戦士ZガンダムA New Translation星を継ぐ者』を見る……つもりだったのだが、到着したのが開始時間の10分前で、既に午後1時の回は満席であった。仕方なく次の3時の回のチケットを買うが、これも満席ギリギリ。客が来てくれるのは嬉しいが、座れないんじゃなあ。どうしてもっとでかい映画館でやってくれないのか。 Yahooの映画投票では『ミリオンダラー・ベイビー』に次いで期待度が2位だったのに、劇場側もリサーチが不充分なのである。 今や信じがたい話ではあるが、本放映時の20年前、テレビシリーズ『機動戦士Zガンダム』第1話『黒いガンダム』を見た友人Kは声を上気させてこう言った。 「見たか? あの作画レベル! トミノ、絶対劇場化そのまま狙ってるぞ!」 私はと言うと、「女のような名前」と言われただけでいきなり相手に殴りかかる「キレる若者」(もちろん当時そんな言葉はなかった)、カミーユ・ビダンを見て、その雑なキャラクター設定に引いてしまっていたので、正直な所、作画レベルの話などはどうでもよかった。けれど友人Kが興奮するのも一応は納得できて、当時は「あれでも」劇場アニメ並みの作画レベル、と思われていたのである。つか、たいていの劇場アニメの作画レベルが低かったんだけれどもね。 今、『ヤマト』や『銀河鉄道999』シリーズなどの劇場版を見ても、最近のテレビアニメシリーズ並みの作画にしか見えない。 当時はアニメの情報は現在よりもはるかに少なく、断片的にしか入っていなかった。しかもようやく入手した情報は、必ずしも嬉しい情報ばかりではなかった。そもそもマトモなアニメファンならみんな、「続編」と聞いただけで、「『ガンダム』まで『ヤマト』化するのか!?」と、苦虫を噛み潰したような顔をしていたものなのだ。つまり、本放映時から、「別にファンは誰も望んではいなかった」企画なのである。それが、「安彦良和はキャラクターデザインのみで、作画には参加しないらしい」とか、「井上瑤も続編には反対していて、セイラさんの出番は殆どないらしい」とか、初めからいやな情報ばかりが相次いでいた。で、現物がアレである。「『ファーストガンダム』(という言葉も当時はなかったが)しか認めない」というファン層が生まれたのもこの頃からなのである。 賛否両論が渦巻いた『Z』は、結局、当時は劇場アニメにはならなかった。それなりの人気は博したが、第一作に比べればとても一時代を築いたアニメと言える代物にはならなかった。しかも、アムロとシャアを中心に描いてきた一連の『ガンダム・サーガ』は、いったん、劇場版『逆襲のシャア』で終わってしまっている(それでも尻切れトンボの印象は強いが)。更なる続編、小説版『閃光のハサウェイ』はついに映像化さえされなかった。 その後の数々の続編、他監督による外伝やパラレルワールド的作品群、「リメイクもどき」などなどが生まれては消えていく中では、もはや『Z』の映画化など、誰が予想できただろう(ゲームで『Z』に人気ガ集まってたことなんて、私ゃ想定してなかった)。 けれど、逆にその「なぜ今」が、『Z劇場版』にかえって新しい魅力を付加しているようにも思う。本放映時の「なぜ?」は多分に「続編なんてやめてくれ」という気分がファンの間を支配していたが、『∀ガンダム』という「黒歴史の封印」を経た後では、「かつての間違った歴史の修正」もありえるのではないか、「今度の『Z』はハッピーエンドです」というトミノ御大の信じられない台詞にも信憑性があるのではないか、『Z』に幻滅した世代にも何かを期待させるものがあったのである。 実際には私のような本放映時のファンの殆どは、既に「ガンダムシリーズ」自体から遠ざかっていて、今『Z』に熱い眼を向けているファンは『ファースト』も『Z』も、全て「既にあるもの」として享受している若い世代だろう。情報はあるが、「時代の空気」を知らないのはかえって幸せである。なにしろ彼らは、何の心の葛藤もなく、『Z』を『ファースト』の素直な続編として認められているのである。
劇場は大混雑だったが、お客は明らかに10代、20代に集中していた。男女比は8:2で男が多く、女性もたいていはカップルの片割れである。一人で来ていた女の子もちょっとだけいたようだが、『SEED』流れの腐女子さんだろうか。まさしく「新世代のガンダムファン」たちである。九州で『Z』が劇場公開されてるのは福岡と熊本だけなので、どうも北九州や長崎あたりから遠征して来ている客もいたようだ。 チラチラ聞こえてくる会話を聞いていると、たいていの観客が『ファースト』も『Z』もテレビシリーズを見た上で来ている。しかしその会話内容は幼稚で、旧作画との落差とか、どのキャラのデザインは気に食わんとか、そんなんばっかである。脚本や映像演出について語っている連中は殆どいない。オレたちが20代のころにはもうちょっと身のある会話してたよなあとは思うが、それも「葛藤のない享受」をしている若い人たちには無関係な旧世代の愚痴に過ぎまい。
かつての『ファーストガンダム』劇場版三部作はそれぞれ2時間20分ほどの長尺を要した。しかし今回の『Z』第1作は1時間35分。当然、テレビシリーズ14話分のストーリーを全て語ることは不可能なのだが、ではこれがダイジェスト版になっているのかというとそうではないのだ。これは声を大にして言いたいのだが、本作はあくまで富野由悠季監督による「ディレクタ―ズ・カット版」なのである。だから、「テレビシリーズを見てないとわけがわかんないよ」という批評・感想は、全てこの映画の表面をなぞっただけの浅薄で半可通な意見でしかない(『ファースト』は見てないとつらいだろうが、『Z』を見ておく必要はない)。 一つ例を挙げるなら、主人公であるカミーユの登場シーン、これが映画では一切使われていないのである。カミーユの映画での初登場シーンは既に拘束された後、脱出のシーンからである。あとでジェリドをぶん殴るシーンが回想としてチラッと出て来はするのだが、なぜカミーユがそんな暴力を振るったのかは最後まで全く説明されない。説明不足じゃないか、と憤慨するのはお門違いで、ティターンズの横暴は再三再四描かれているので、カミーユの拘束も、“映画上では”「民間人が何か軍人から横暴なことをされたのだろう」としか見えない。というか、そう見るべきなのである。 カミーユがシャアを「そんな大人、修正してやる!」と殴るシーンもカットしているので、当然これは「カミーユはシャアを殴らなかった」と解釈すべきなのだ。見事なくらいにカミーユの「いやな部分」がカットされている点だけを取ってみても、本作が「ダイジェスト版ではなくディレクターズ・カット版」になっている所以であるのだ。詳細はもう語ってたらキリがないから省くしかないが、ともかく全編に渡って、あの「陰気アニメ」がこんなに「気持ちのいい」アニメになっているとは、なんとまあ。 だから、テレビ版との違いをいちいち挙げることは、本作の魅力を挙げる一助になりはしても、本質を描くことにはならない。恐ろしいことに富野由悠季の演出力は、60の坂を超えてまだ進歩しつつある。これも富野御大がこれまでに映像演出の本を何度となく表しているお陰で理解できるのだが、ラストの延々と続くバトルシーン、『逆シャア』でも『F91』でもその演出理論が優れているにも関わらず具体的な映像としては有効に働かせられなかった失敗、簡単に言えば「誰と誰がどの機体でどうやって戦っているか分からない」状態だったのが、本作では実にスムーズに「分かる」のである。 一つはあの「画面切り取り」の演出がスライド式に変わり、唐突で説明的に見えていたのが軽減されスムーズに見えるようになったことも大きいだろう。単純に見えるが、あれは面白いアイデアではあったが、実は映像の流れをかなり滞らせていた。 しかし工夫はそれだけでなく、カットからカットへ移行するときのモビルスーツの動線が「見えるようになった」ことが一番の進歩だと思う。 我々観客は映画をただ漫然と見ているだけなわけではなくて、「この先、このキャラクターはどう動くのか」、その「動線」を予測しつつ見ている。例えばそれは視線の動きも含めてそうで、あるキャラが右を向いたとき、その相手は当然左に位置していなければならないわけで、それは、映像演出の基本中の基本である。テレビサイズの演出と映画サイズの演出では、その「動線」の作り方が違うのだが、最後のバトルシーンを全て新作画にしなければならなかったのは、まさしくこの「動線」の処理のためである。単純に上下の絵を切って、横広にすればいいわけではないのだ。『逆シャア』などはそれをテレビサイズ感覚でやってしまったために、動線が見えず、誰がどう戦っているのかよく分からなくなっていたカットも多かった。それが今回のバトルシーンでは殆ど見られないのである。 二者の対決だと動線は比較的作りやすいのだが、三者以上になるとなかなかに至難のわざとなる。「シャアの乱入」と言う、そのカットだけは「わざと」動線を無視するが、それ以外、本作では全てこの動線がきちっと計算されているのだ。ロボットアニメの歴史上、これだけ複雑な空中戦を観客を混乱させずに見せてくれた例を私はすぐに思い出すことができない。『マクロス』の「板野サーカス」だって、カメラが追いかけているのは実はバルキリー一機だけだったりするのだ。このラスとバトルの美しさを見るだけでも、本作を見る価値は充分にある。 でもって、最後はアムロとシャアの再会でパート2に続くのだが、この空中シーンでの夕陽に輝く二人のきらめきぶりは、富野演出初の「萌え」シーンと呼んでいい。空中で殆ど言葉も交わさず見つめあっているだけなのに、二人には確かに心の交流が存在しているのだ。それは第三者であるカミーユを二人の再会の「目撃者」として配置し、「ただならぬもの」として認知させることで「萌え」感覚を観客にも誘導しているのだ。何ちゅー演出をあのトシでなされるかね。「なんか巷では『ガンダム』の名を騙った萌えアニメが幅を利かせてるらしいな。でも俺に「萌えアニメ」を作らせたらこうだぞ!」と叫ぶ御大の雄叫びが聞こえてきそうである。もう刻(とき)が見えちゃってますって(笑)。 ……しかしオタクも変わったねえ、というのは、字幕が流れだした途端に立ち上がる客がかなりいたことだ。字幕を見ないオタクがオタクと言えるか! それに『�供戮陵醜霾圓世辰討舛磴鵑販�れたんだぞ! サブタイトルが「恋人たち」だと!? もう御大、どこまででも行くつもりだぞ!! やっぱ若いやつに『Z』は渡せんよなあ。 というわけですんで、今んとこ劇場アニメでは今年No.1な本作をアニメファンならぜひとも見ましょう。で、薄いウンチクを劇場でくっちゃべるな。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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