専門学校の卒業を1週間後に控えた俺は、まだ就職が決まっていなかった。
周りの奴らは既に就職を決め、卒業した次の日から働く予定の奴もいた。
俺は介護施設に就職する奴らを『よくやるよ・・・』と思って眺めていた。
軽蔑の眼差しだったのかもしれない。
『お前ら、よくやるよホント。』
そう思いながら、淡々と卒業までの日を過ごしていた。
将来の不安なんぞ、全く感じずに・・・・・・。
介護の専門学校に入ったのは、介護がやりたくて入った訳じゃない。
資格が欲しかった。
どこに行っても通用する資格。
国家資格。
履歴書にハクを付けたかった。
俺の選んだ学校は、卒業と同時に資格取得というのが大きな魅力だった。
『2年の我慢だ。』
人生をナメている20歳の甘い、甘すぎる考え。
『相坂さん、就職しないの?』
『俺らの中で相坂さんだけだよ、就職してないの。』
級友たちが、俺に笑いながら問いかける。
・・・・うるせーな。
・・・・俺は介護なんてやらねーんだよ。
・・・・俺はデスクワークやるんだから。
・・・・何笑ってんだよ、勝ったつもりかよ。
・・・・これからだよ、これから。
俺は表情では笑っていながらも、心では級友たちを見下していた・・・・。
『相坂、就職してくれ。』
『はあ!?』
クラス担任に、懇願された。
卒業式があと2日。
もう目前だ。
2日乗り切れば、この腐った学校生活ともオサラバだ。
そう思っていた矢先の事だった。
クラス担任が懇願したのには訳があった。
学校の就職内定率を上げる為だ。
俺が就職すれば、内定率が95%に達する。
これでも年度平均より少なかったのだが、学校側としては、どうしても95の数字が欲しかったらしい。
これからの¨対入学者用¨の売り文句の為に。
理由は分かっていたが、断る理由も無かった。
・・・・しょうがねえ・・・・。
『クチ用意してくれてんの?』
『ああ。お前も実習で行ったろ。○○だ。』
『げっ!!○○かよ!?』
○○という施設は、学校の経営者が運営している老人保健施設。
しかも、かなり悪評高い。
実際俺も1ヶ月間、実習に行って嫌というほど見せ付けられた。
もし介護福祉士として働くなら、そこだけは絶対イヤだ!!と思っていた所。
よりにもよって、その施設を紹介しようとしている。
『あそこは嫌だ!!』
『まあ、そういうな。結構良いとこだぞ?』
『全然良くねーよ!あそこは!!』
『それは実習生だからだろ。職員になったら違うかも知れんぞ。』
『違う・・・・・か?』
『見る目の位置が変わるからな。』
『・・・・・・・・・。』
『どうだ?やってみないか?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった。』
画して俺は¨絶対行きたくない¨と思っていた施設で働く事となった。
だが・・・俺はやはり間違った決断をしていた。
・・・・・・この施設は最悪だ。最低だ。
・・・・・・俺はここで働きたくない。
・・・・・・こんなとこで働きたくない。
・・・・・・介護うんぬんの前に、人間としてここは嫌だ!!!
この施設・・・・・・・・
入所者に対する虐待があったのだ。
実習していた頃から、薄々感じてはいたのだが
それを目の当たりにした以上、こんなトコでは働けない!!働きたくない!!
このままでは、いつか俺も同じ事をしてしまう!!
・・・・・・辞めよう・・・・・・。
3日で辞めた。
実際行ったのは初日だけ。
次の日はサボり、3日目で辞表を出した。
俺が辞めたという事実は、瞬く間に広まった。
『相坂さん、辞めたんだってよ。』
『しょうがねーな。だって相坂だもん。』
『たった3日で辞めたのかよ、根性ナシだな。』
結構、色々な噂があったらしい。あとから聞いた話だけど。
でも、俺は言い訳しなかった。
虐待があったから辞めた、なんて言えなかったし
どこの施設でも¨少なからずある¨っていうのは知ってたからな。
働いていれば、そういう事にも慣れてきて
段々とその中に染まっていく。
埋もれていく。
そして、何とも思わなくなっていくのだ・・・・・。
・・・・・介護はやらない事にしよう・・・・・・
そう思い、事務職を中心に幾つか面接試験をする。
だが、全て断られる。
理由は
『せっかく介護福祉士の資格持ってるんだから、そっちに行ったら?』
全てこれだった。
俺は、間違った資格を取ったんだろうか?
2年間も無駄な時間を過ごしたんだろうか?
1ヶ月間、葛藤した。
ゴールデンウィークも迫ってきた、ある日の夕方。
夕刊広告に¨介護福祉士募集¨の記事があった。
ここでも虐待があったら、もうホントに介護はやめよう!!
そう決意し、面接試験に臨んだ。
受かった。
ゴールデンウィーク明けから仕事開始。
虐待はなかった。
3日のラインを越えた。
老人と触れ合う事の楽しさ。
介護を通しての人生の勉強。
いつしか俺は、介護福祉士としての自覚、自信に溢れていった。
そして、そこで現在の妻と知り合う。
妻が言うには、介護している俺が生き生きとして見えたそうな(笑
あれから3年経った。
あの学校に入った2年間は無駄な時間じゃなかった。
あの施設での3日間もいい経験だったと、今にして思う。
じゃなかったら、現在(いま)ある俺は存在しないから。
まあ、ありがとうと言っておくよ。
でもね・・・・・・
たまーに会議とかで
介護福祉士として、意見を言ってる自分が
¨介護やらない!!¨
って言ってた頃を思い出して、苦笑したりするけどね(^^
俺はまだまだ成長する。成長したい!!
人間としても
介護福祉士としても
親としても、夫としても。
現在の俺は、その為のステップを踏んでいるのだ。
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