めろめろ日記...花智ふう

 

 

羽虫1 - 2003年02月22日(土)


天野神無のクラスメイトやその周辺の人々が、最近、とても気になっていることがある。
『神無君の二重人格って治ったのかしら?』
『えー、でも弟の方はそうでもないよね』
『今の神無君もステキだけど、優等生神無君もよかったよね』
『ファンクラブとかあったらしいよ』
『あー・・・知ってる知ってる・・・』
一部には、直接、神無自身に「治ったの?」と尋ねてくる強者などもいたりして、イオスの存在感を改めて神無に知らしめる結果となっている。
入院したり、自主休校したりと、決してマトモに学校に通えたとは言えない天野兄弟であったが、それでもなんとか無事に進級し、神無は高校3年生になっていた。その頃からである。イオスが表面に、全く現われなくなったのは。
家や通学途中にマスコットのような小さな状態で現われることはある。しかし、以前のように神無の身体を使って行動することは全くなくなった。
「たまには使ってもいいんだぜ?(特に授業中なんかは)」
と言う神無に、イオスは、
「いいえ、結構です。もう悪魔が襲ってくることはありませんし、それに神無さん。もう3年生なんですよ。しっかり勉強しないと」
と答えながら、宿題のノートの上にちょこんと座り、神無のシャーペンの行く先を見守っている。
元々、弟の身体に居候しているソードに比べて、イオスは身体の占有権を主張することはなかった。当然といえばそうなのだが、何せ比べる対象がアノ悪魔である。イオスの謙虚さといおうか、天使らしさが強調されるのは仕方のない話だった。神無としては適度に授業をサボれるので、実はイオスには適当に身体を使っていただきたいなと考えてもいた。そして、それはつい最近まで可能な話だった。神無が少し強く言えば、イオスは渋々ながらも肉体の表面に現われて、天野神無として真面目な高校生活を何事もなく過ごしてきた。朝は七海の声で玄関へ向かい、表面上は3人で、実は5人で登校し、帰りは申し合わせてはいないが、やはり5人で帰る。たまに教会へ寄り道したり、ガーベラやシェキルの報告を聞いたり。
それが崩れ始めたのは、2月14日。
去年の同じ日、七海は全く同じ包装のチョコレートを4つ、カバンに入れていた。
「義理だからねッ!」
いつも強気な七海が恥ずかしいのを隠すように、殊更大きな声で言い、4人に渡した。
そして、今年。
七海はカバンに1つだけソレを忍ばせ、「双魔、内緒にしておいてね」と小さく呟き、ソードに渡した。
双魔は言われたとおり、誰にも言わなかった。
胸がキリっと傷んだが、双魔はぐっと堪え、何食わぬ顔をして、いつもどおりいつものように過ごしていた。それは神無ですら気付かないほど、完璧な演技だった。
そして1ヶ月後を間近に迎えたある日。チョコレートを貰ったら、翌月の同じ日には何かを返さなくてはいけないらしいという風習を、悪魔なりにも理解したソードは、さて何を返せばいいのか分からず、考えあぐねた末、最も不適格な人物に相談したのである。
それがイオスだった。
しかしこの時点では、例えば双魔の1ヶ月に及ぶ努力とか、七海への配慮という点についてを除けば、神無が気にするようなことは何も無かった。イオスはバレンタインの意味を理解していたし、七海のソードへの想いもよく分かっていた。相談を持ちかけられても、いつもの笑みを浮かべ、面倒そうに後ろをついてくる悪魔にお返しはあれにすれば良いのではないか、それともこちらの方が七海には似合いそうだとか言いながら、悪魔の買い物に付き合ったのである。
今にして思えば、それが天使と悪魔の二人だけで行動した最後の日になってしまった。
3月半ば、天野兄弟は出席日数と単位が足りず春休み返上で補習に来ていたのだが、俄然、イオスを有する神無の方が有利であった。的確なイオスの指導の下、神無は与えられた課題を早々と片付け、先に帰宅するという日が続いていたのである。その日もまた、唸る双魔を尻目に先に学校を出て、神無は寄り道をしながら家路に向かっていたのだが、たまたま他校の生徒とやり合うことになり、あっさりと勝負を決めた神無は軽い運動の後の一服といわんばかりに、公園のベンチに腰掛け、ポケットから煙草を取り出そうとした。
が、出てきたのは、煙草を抱えた小さな人形・・・もとい、イオス。
「・・・神無さん。何度言えば済むのです?」
眉間に小さな皺を刻んで睨むイオスだが、いかんせん小さすぎる上、可愛すぎる。
泣いても怒っても、可愛さが増すばかりなのだった。
それ故に、決してイオスの迫力(?)に負けた訳ではない神無であったが、途端に吸う気が失せてしまい、神無はやれやれと煙草を元に戻した。
しかし、それでもイオスは引き下がらない。
「ダメです。神無さん!ポケットに仕舞うのではなくて、ゴミ箱に捨てなさい!」
「バカ。そんな勿体ないコトが出来るか」
「身体の方が大事です!」
「天使の御力ってヤツで何とかしてくれりゃ済むだろ。吸わずに捨てる方が煙草を育ててくれたお百姓サンに悪いじゃないか」
「神無さん〜〜〜〜〜」
口では敵わぬとみたイオスは煙草をしっかと抱き締めた。
「だから、ホラ、よこせって・・・あ?」
公園の隅に見知った人物が通るのを神無の目が捉えた。
神無の声に、イオスもその視線の先を追った。
ソードと七海だった。
補習の無い七海は私服姿で、ソードの横を歩いている。
たったそれだけだった。
しかし、それだけで神無もイオスも二人の間に流れる空気を読んだ。
声を掛ければ十分届く距離だったが、彼らは黙って二人を見送った。
それ以来、イオスは神無の肉体を使うことはなくなった。ソードと二人で行動することもなくなった。


「神無さん、手が止まってますよ。何か解らないことが?」
神無のシャーペンの先は英単語の途中で止まってしまっている。小首を傾げてイオスが神無を見上げていた。1ヶ月ほど前の出来事は、何かの折に甦り、神無の心をその場へ連れ戻し、小さく引っ掻いていく。
「え?あ、いや・・・」
はたと我に返り、神無はすぐにその先を続けた。途中で止まった文字は何かいびつな形になってしまった。
「もう一度、書き直しましょうね」
そう言ってにっこり微笑みながら、イオスの指導は結構厳しい。持ち易いようにと小さく切り取られた消しゴムを手にイオスはごしごしとノートを擦っている。
「なあ、イオス」
「何ですか?」
「何で出てこないんだ?七海に遠慮してるのか?」
不意の質問にイオスは目をぱちくりさせた。
「あの・・・何のことでしょうか?遠慮とは何のことかさっぱり解らないのですが」
消しゴムを擦る手を止め、見上げるイオスは神無の質問の意味を全く理解してないようだった。
「ソード」
神無は静かに言った。しかし、イオスの表情はまるで変わりがない。再び、目をしばたかせた。
「すみません。質問の意味が全く掴めないのですが」
数秒間、二人は見つめあった。先に視線を逸らしたのは神無の方だった。
「・・・・いや、何でもない。忘れてくれ」
イオスは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、何も言わず、再び消しゴム作業についた。
――お前、本気で解らないのか?
神無はイオスを問い詰めてみたい欲求にかられた。
博愛という神の教えを体現するイオスには、自分の内に存在するであろう利己的な愛情にすら気付けない。気付けないばかりか、確実にダメージを受けているくせに、それすら分からなでいる。
小さな手が熱心に上下し、文字を消し終えると今度は消しゴムのカスを集め始めている。本来ならこんなところで、高校生相手に勉強を教えているような身ではないのだ。だが、厳格な神の教えは、イオスにそんな疑問すら抱かさせはしない。
神無は自分がひどく苛立ち始めていることに気がついた。
「・・・もういい、イオス。後は自分でやるから。」
神無はイオスを掴むと、ベッドに向けて投げた。




++++++++

ちょっと前に書き始めたSSです。
これを完成させないと次に進めないので、強引に載せました。
・・・ガンバレよ。自分。













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