| 2006年02月23日(木) |
自分自身のために書く |
かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。高校生の終わり頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。(109頁)
「風の歌を聴け」からの引用だ。 僕にも高校生位の時にクールに生きたいと考え、思っても発言しないようにした時代があった。そして上記と同じく、僕も発言できない人間になっていた。今思うと、若気の至りだなと笑い飛ばすしかない。
あと村上春樹の物語について思った事があったので下記に記しておく。
村上春樹の物語には、どうしようもなく救えない弱者と、権力や能力は無いが一般論で片付ける強者が存在すると思う(初めにしたクールの話は村上春樹自身の話なので弱者と強者は存在しない。即ち物語と無関係)。その対比が、彼の物語の本質で、その強者にも愛があるから美しい話になるのだと思う。愛の無い一般論者は2流の政治家か2流のメガメディアだ。
「しかし少なくとも、書くたびに自分自身が啓発されていくようなものじゃなくちゃ意味がないと思うんだ。自分自身のために書くか・・・・・・それとも蝉のため書くかさ」(114頁)
この日記の多くは自分自身のために書いてる。たまに蝉のために書く時もある。全ては気分次第。
|