ぼんのう
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2001年09月24日(月) 黙祷

先日、ニューヨークテロ事件に対して、有明(だっけ?)で追悼集会が行われた。残念ながら行けなかったが、黙祷はした。
胸が痛い。

一方でアメリカ大使館とか首相官邸とか色んな所で、報復派兵に反対する人達が集まっていたけど、なんか思い出すな…。

約10年前、大学在学中にちょうど湾岸戦争というのがあった。
あの頃、大学の殆どが戦争反対を叫んでいて、我輩を含めてほんの数人しか賛成してなかった。
んで、確か政治学だか何かの授業の時に、ディスカッションというかディベートというか、湾岸戦争に賛成か反対かという内容で、我輩だけが賛成という状況があった。
反対派の言っている事があまりにも空理空論で、単に人を殺すのはよくない、外交交渉で進むべきだ、元々帝国主義時代における国境だからクウェートはなくなっても問題ない、賛成するのは軍国主義者だ…なんか無茶苦茶言われてしまったが、我輩の一言で全て決着した。

「強姦されかけ、殺されかけている人がいる時、あなた方は助けもしないのですか?」

ディスカッションには勝ったけど、数週間我輩の大学内個人用メールボックスの中は、個人攻撃の手紙でいっぱいだった。
あの頃から我輩は、意味もなく打たれ強くなっていたんだなあ…。

平和は大切だが、戦争は残念ながら人間がこの地上にいる限り続けられる。
平和をもたらす行動に、その人の信念がある。
今でも我輩の考えにおいて、一人の殉教者にたどり着く:ディートリッヒ・ボンヘッファー。
1945年、ヒトラー暗殺事件の関係者として刑場の露と消えたプロテスタント神学者は、彼の信念をこう述べた。

「狂人がバスを奪い、登校中の小学生の列に突っ込んだとしよう。
 キリスト者は何をすべきか?
 行ってはねられ殺された子供達の冥福を祈るだけでは足りない。
 行ってバスの中から犯人を引きずり出すことをしなければならない。」


本当の平和が訪れますように。


ANDY 山本 |HomePage

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