今年のテーマは「勤勉な生活」と豪語した北条、その第一歩として、こっちに来てから中断していた出納帳を再開することにした(勤勉と出納帳とどういう関係にあるのかなんて聞かないように)。
実は北条、幼い頃からずっと、「お小遣い帳」なるものをつけていた。いわゆるお小遣いをもらうようになったのは小学生に入ってからだったが、初めてのお小遣いと一緒に小遣い帳も義務づけられたんである。市販の小遣い帳ではなく、ノートに自分で線を引いて、「日付・つかいみち・もらったおかね・つかったおかね・のこったおかね」、というふうに書き込むだけの、簡単なものだった。小学生のこと、毎日お金を使うことはなかったものの、使う都度に律儀に書き込んでいた小学生の頃の北条は我ながら偉かった。なんでそんなに律儀に小遣い帳をつけていたのかというと、なんというか、自分の金銭を自分で管理することがオトナのすることのようでカッコイイと思っていた節があるというのもひとつだが、本当は、もっと即物的な理由の方が大きかったような気がする。小学生の間は、お小遣いは前月の会計監査(つまりお小遣い帳の点検)を経たのちに支給されるきまりだったんである。きちんと書いてあるお小遣い帳をみせなければ、お小遣いがもらえない。これを反抗期前に慣習法化してしまったハハは、なかなかのやり手である。 とはいえ、無駄遣いするな云々の指摘を受けた記憶がないから、不適切な支出を検査するというわけでもなく、単に毎月帳面につけているかどうかをチェックするだけだったんだろう。ともあれ、おかげさまで、支出を管理し記録することは知らないうちに習慣づけられていた。それ以来、小遣い帳は出納帳と名を変え、紙のノートは電子ファイルとなったが、ずっと出納状況を記録し続けてきた。日記のようなものだ。ノートの頃は、月末その月の集計をするために電卓を叩くのが恒例だった。一円でも合わないと、何度でも計算し直したもんだ。銀行員並である。しかしそれが結構楽しかったりもしたのだった。習慣というのは怖いものだ。パソコンを使うようになって表計算でパンと項目別の合計まで出るようになって、いたく感動したもんである。
実は、この記録を中断したことが二度ある。一度目は、大学生の時だった。バイトをし遊ぶことを覚え、収入支出が額・種類ともに倍増したので、面倒になってやめてしまったのだが、記録をやめたとたん支出が増えてしまったので、数ヶ月で再開した。出納記録が、結果的に無駄遣い防止になっていたってことである。結構あなどれなかったのだ、お小遣い帳というヤツは。
二度目は、去年の4月にこっちに来てからである。引越やら仕事やらでばたばたして、時間がなかったのと出納状況が混乱をきたしたのとで、一時休止のつもりでつけるのをやめたら、いつの間にか年を越していたというわけだ。 ずっと忘れていたんだが、こっちにきて色々とものを買っている北条、なににどれだけ使っているのか把握し切れていない状況がちょっと気になってきた。で、新年を機会に、再開してみたというわけ。 今まで使っていた出納帳ファイルを一人暮らし用に改訂し(家賃とか光熱費とかの項目を作っただけ)、早速前回の給料日後からの出納状況を書き入れてみたら、なんだかとっても支出していた。愕然。あああ、年末年始でプリンタとかヒーターとか加湿器とかいろいろ買ったからなあ。こうやって目に見えるかたちになると、身にしみます。やっぱり必要ですな、いましめとして。 (なんて言いつつ、今日もまた通販でモノ買ってるし)
出納ファイルを収めてあるフォルダには「経理部」と名前が付いてます。ちなみに住所録とか名刺ファイルとかが入ってるフォルダは「総務部」です。
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