ある少女の7月8日 |
7月8日。 それは、彼女の誕生日でありました。彼女は、一ヶ月も前から念入りに準備をしていました。大学の友達が手帳を開いているところを狙って、「わたし8日誕生日なの」と声をかけて回りました。友達は手帳に誕生日を記入してくれました。
「ねえ、誕生日にチュッパチャプスちょうだいよー」
彼女がそう言うと、友達は笑って了解してくれました。わかった、何味がいい?と。コーラ味!骨が溶けるから!と返して彼女は次の友達に声をかけました。
「ねえ、誕生日にチロルチョコおくれよお」
その友達も快く了承してくれました。そしてその次の友達には、チョコバットをねだりました。その次の友達にはm&msの30円版のマーブルチョコを。その次の友達にはうまい棒を。そうして、自分ではかわいい袋とリボンを用意しました。 そう、彼女はたくさんの人に少しずつお菓子をおごってもらって、最後に一つにまとめ、自分でラッピングしてプレゼントを貰った気分になろうとしたのです。こう言ってはアレですが、彼女は可哀想な人間なのです。
彼女は薄い和紙と茶色のリボンを用意しました。ほんとに用意しました。 用意しながら、われながらキモいな、と思ったりしました。実際彼女はキモい女性でした。思い出し笑いとかも頻繁にやりました。が、とてもご機嫌でした。
7月8日、当日。 彼女は、授業の関係で朝5時半に目覚め、大学に向いました。電車の中、先日お友達から聞いたお父さんの話(ひどく巨人ファンな父君は、中日戦で巨人が勝ち越すとご近所中に響き渡る大声で『死ね死ね星野!即死だああ!』と叫ぶという話)を思い出してしまい、うっかりにやにやしてしまい、恥ずかしさを隠すべく下を向いて目を閉じていました。
目を閉じている間に、彼女は1つの事を思い出しました。
和紙とリボン忘れた。 いや、それだけならまだしも、上履き忘れた。
「・・・・・・・・・。」
その日は、実験でどうしても上履きが必要な日でした。先週忘れた人は、年配のおばあちゃんに怒られる、という、微妙に凹む体験をなさっていました。それを思い出して慌てて対応策を考えていると、
ぐいっと。
隣から。 ひじで、押されました。
電車通学をしている彼女は、今までも電車の中で寝てしまい、隣の方にもたれてしまい押し返されるということを何度も経験しています。その都度、『こんな臭い子がもたれてすみません。殴ってやりましょう、チョキで』と思い、口先でもごもごと「すみません」と言うのです。
しかし、起きていて、お隣とは体のどの部分も密着しておらず、真っ直ぐ座っていた状態で押し返されるという体験は初めてでした。
彼女は隣のお嬢さんの方を見てみました。しかし彼女は目を閉じていて、何のリアクションもありません。寝ているのかな、と思いました。体がぴくっと動いてしまったのかもしれない。と、彼女は思い直して、上履きを売っていそうな店を思い出すことに専念する事にしました。すると、また
明らかに拒絶する肘が、彼女の体を押しました。 肘が、彼女の体がよろめくほどに押しました。向こうにいけ、と言わんばかりです。そんなことが、電車に乗っている間、4度ほど起こりました。
彼女は、素で凹んでいました。 そして、どうしてこんなことをされるのか、考えていました。 もうこれは、お前という人間の隣が耐えがたい、と言われているとしか…!と思い、凹み、しかし心のどこかで妙に納得していました。
大学につくと、彼女は1限の実験でお友達に会う前に、体育倉庫に忍び込んで上履き(代代置きっぱなしになっている触るだけでかゆくなる魔法の上履き)を探しました。右と左のそろってる上履きがなかったため、右はともみ、左は美帆でした。
まあ、いざとなったら間違えてお姉ちゃんの上履き方っぽ持って来ちゃったことにしよう。そう思って「わたしはともみ。お姉ちゃんは美帆。2つ上で肩くらいのハニーブラウンの髪の毛を強めにパーマかけていて、白いスーツで出勤して車が大好き。」と姉設定を決めて暗記していました。彼女には女のきょうだいはいないのです。
1限の実験の部屋に行くと、お友達に会いました。出会い頭に言われた「誕生日おめでとう!」は彼女の心をとてもとても幸せにしてくれました。彼女が、手提げのポーチをすっと差し出して、「はい、プレゼント」と言いました。彼女は、チョコバットをくれると約束したお友達です。よく見ると、でかプッカが手提げからはみでてのぞいています。
すごい!チョコバット(20円)がでかプッカ(100円)になった!
彼女は大喜びでそれを手提げから抜き取りました。すると、彼女は違うと言います。でかプッカがもらえると大喜びしてしまった事を心の中で『いつもこうだよ、アタイってやつはよ、クソ!』と恥ずかしがりつつ返すと、彼女は再度手提げを差し出します。
「全部。」
ずいっと差し出された手提げの中身を覗くと、チョコボール全種・ペロティ・チョコパイ1箱・ポッキー3種・マクビティビスケットに、でかプッカ。
感動して彼女に奇声を浴びせていると、彼女は「ほんとはチョコバット箱買いしようと思ったんだけど、ないとか言うから」と、言ってくれました。
次に会ったお友達は、お誕生日おめでとうの歌を歌ってくれました。彼女は音痴をとても気にする人でした。でも歌ってくれたことが、本当に嬉しくて彼女は亀の涙みたいな体液を目からどろどろ流しました。 彼女は、紀伊国屋の手提げ袋をずいっと差し出して、プレゼントと言ってくれました。彼女と約束したのはコーラ味のチュッパチャプスです。
中を覗くと、キャンディ状にラッピングされたサッカーボール大の丸いものが。それをほどいて中を見ると、中から出てきたのはこれ一生飴には困らねえな、という量の飴。飴。飴。
「あんたチュッパチャプス食べながら転んで喉の奥から血ィ出したでしょ」
丸いのにしてみた。と、彼女の友達は言ってくれました。食堂に彼女の奇声が流れました。
その次に会った友達はチロルをタイル状に敷き詰めて渡してくれ、ブックカバー・アジアン模様のピン・定期入れ・ネックレスを他の友達から貰いました。
彼女は、和紙もリボンも忘れてしまったけれど、一度もそれを使う事がなく、満員電車の中を、チョコや飴を抱えてにやにやと帰りました。
そして、そのチョコと飴を、少しずつ少しずつ、食べているそうです。
余談ですが 家に帰った彼女が兄に自慢していると、『自分で買ったのか』という疑問文なのにいやに断定的な温かな声と、ハリー・ポッター狂の母親による『プレゼントにハリーの新刊買ってあげるわ』という優しい声(去年の誕生日プレゼントも同じものでした)、そして父親にはケーキを買ってもらいました。そのケーキの上に乗っていたチョコに、「お誕生日おめでとう志野」とやけにくせ字な上に呼び捨てで書かれてあるのを見て、彼女は客にタメ語で語りかけものすごい収入を得ているというカリスマブティック店員のことを思い出しました。ケーキ界もとうとうここまで来たか、と時代の波を感じ、うかうかしていられないな、と思ったのでした。
P.S はっす、ファックスありがとう!
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2003年07月10日(木)
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