リュカの日記

2003年07月11日(金)

今日は午前9時過ぎに目が覚めた。
床に就いたのは今日の午前7時過ぎだったので、2時間も眠れていなかった。
とても眠くて、グズグズしていたせいで、1時限目から始まる補講授業に出席することができなかった。
2時限目の美学特講の授業が行われている教室に入った。
いつもと先生が違うことに気がついた。先生は、西洋の美術について語っていた。
俺が今までこの授業を受けていた時は、日本の美術について語っていたはずである。
普段全く授業を聞いていないのに、この授業が間違っていることにすぐに気づいた。
おかしいと思って確認してみると、俺が取っている授業は美学特講��Aなのに、メモ帳で確認してみると、美学特講��Aになっていた。
この授業は受けても意味がないんだな、と思ったのだが教室はクーラーが効いていたので、そのまま授業が終わるまで眠っていることにした。
家に帰っても暑いだけだし、とても眠かったからである。
そのまま気持ち良く眠っていて、途中で目が覚めたら、ゴッホの人生をモデルにしたビデオが放送されていた。
寝ぼけた感じで見ていたのだが、ゴッホの最後の作品?で、麦畑か何かを描いているシーンだった。
ゴッホが何か叫びながら必死な顔でキャンバスに色を載せていっているのがとても滑稽に見えて「何か馬鹿みたいだな」と思えた。
ちょうどそこら辺がビデオのラストシーンだったようで先生がその映画?について「芸術家の苦悩がよく表現されています」と語っていたのを聞いて「芸術家の苦悩って何だよwありきたりだよな」と思った。
今日は、家に帰ってしばらくするまで全く欝になることがなかった。
少年のこと自体頭から忘れさっている感じで、とても余裕があった。
しばらく適当にメガビを見ていると、何の前触れもなく少年のことが思い出されていきなり欝な気分になった。
しばらくモヤモヤしていたら、普段メッセで話さない人からメッセが入ったので、少しだけ相談してみた。
その人が「自分の知り合いにも、昔そういう事してる人がいて、なかなか抜け出せなかった人がいるから、その人に話だけ聞いてみる」と言ってくれた。
その後ずっと許せない気持ちやモヤモヤした気持ちで数時間を過ごした。
今日はビデオの半額デーだという事を思い出し、ビデオ屋に行って「ハリーポッターと賢者の石」とジム・キャりー主演の「マジェスティック」という映画を借りた。
今まではジム・キャリーの映画は近くのビデオ屋にあるものは全て目を通していたのだが、最近まで映画を見ることを辞めていて、殆どテレビも見なかったのでそんな映画が出ていること自体、数日前まで知らなかった。
数日前に「A・I」を見た時に「新作映画情報」を見て、その映画の存在を知り、今日ビデオ屋に行って何をレンタルしようか適当に棚を見ている時に偶然「マジェスティック」を発見した。
欝な気分だったのだが、ジム・キャリーの映画だし、気晴らしになると思って家に帰ってからさっそく見てみることにした。
数十分見ていると、とてもその映画に惹きこまれてしまって、欝な気分がどこかへ行ってしまって頭から忘れてしまえた。
その映画の舞台になっている「ローソン」という町は、悪いことをするような奴が一人もいないと思えるくらい暖かい感じがして、俺が人間好きだった時期に思い描いていた世界はこういった感じだったのだろう、と思った。
ジム・キャリーは元々コメディー俳優なのに、ここ数年普通のドラマチックな映画にも出演するようになってきている。
彼が出演している映画は、とても良い映画が多い。
部屋が暑くて扇風機をかけていたのだが、扇風機の音に映画を邪魔されたくなかったので、映画の途中で今年初めてクーラーをつけた。
久しぶりに、「とても良い映画」だと言える作品を見ることができたと思う。
何故か、中学時代までのような新鮮な気分に戻れたような気がする。
欝な気分が全くなくて、心に余裕ができたせいか、その映画を見ながら色々と自分を振り返ることができた。
俺はよく、懐かしい気分や新鮮な気分を求めてしまう。
何故、今そう感じるたのか、と考えてみた。
しばらく考えていると、中学時代までは今ほど欝にならなかったからなんだ、という事が分かった。
欝のない状態が数年前までの事だったので、欝や欝になりそうなプレッシャーが消えた状態になると、その時の心境が蘇ってくるのだと思う。
時間が、ではないが、心境や気分が中学くらいの欝に悩まされるようになる前の時点で止まった感じなのだろうか。
もちろん、それは欝になっていない状態の時の事だが。
さらに映画を見ていて、「昔はこういう、映画に出てくるような心の底から良い人というものに憧れたものだな」と思った。
言葉にすると矛盾してしまうのだが、俺は人間好きだった時期でも、他人を思いやる心というのを殆ど持った事がなかった。
俺の周りの奴らは、兄弟や友達のことを思いやったり心配してやったりする奴が多かった。
他の人間と違ってしまうのが嫌だったので、ひたすらに映画や小説などで表現されているような「道徳」というものを演じ続けていた。
同級生が失恋した時には励ましてやり、誰かに裏切られた奴に対しては同情してやるふりをした。彼女をはらませた奴には、心配しているふりをして金を貸してやったりもした。
もっとも、心の中では「お前らがどうなろうと、興味ない」といった感じだったのだが。
そのせいか、俺は周りの奴らからは「良い奴だ」とよく言われていた。
随分と都合の良い言葉だな、と思っていた。
「なんでこんなにも良い奴ぶらなければならないのだろう」と思っていたのに、何故か映画や小説に出てくるような「心の底から良い人」に強く憧れていて、「こういう人間になりたい」と思っていた。
「マジェスティック」に出てきた人たちは、みんなそういった感じの「良い人」だったので、そういう人間に憧れていたのを思い出して、とても強く惹きつけられた。
俺もショタになって初めて、少年に対してだけは強い感情を持てるようになったのだが、それは少年のことを思って、というよりは、自分が納得できないからそう思うとか、そういったエゴっぽい部分が殆どなので、昔憧れていた人間像とはほど遠いんだろうな。
俺自身が、少年以外にはあまりそういった感情が沸いてくることがないので、未だに他人の思いやりに対して懐疑的な部分が多いと思う。
まあ、他人の頭の中なんて分からないんだから、昔の俺みたいに世間の人間に対して良い人面してる奴も多いだろうし、心底思いやりを持っている人間も多いんだろうな。
人それぞれだと言ってしまえばそれまでだ。
と、「マジェスティック」を見ながら色々と考えさせられたので、一気にここまで書き上げてしまった。
今日は、欝が完全に消え去って心に余裕が出来てくれたので、欝や少年、自分の性癖以外の事で色々と考えて、自分について振り返ってみることができた。
まあ、また欝になった時に「他の事で色々考えて、振り返ることができた」という事を思い返してみると「くだらない」とか「どうでもいい」とか「アホらしい」と思ってしまうのだろうけど・・・
今日はとても気分がいい。
元々夏は暑くて大嫌いなのだが、モワッと生暖かい真夏の夜の街中、クーラーの効いている部屋、どれをとっても「夏の匂い」が感じられて新鮮な気分だ。
10代中ごろまでは、この時期には夜中まで外で遊びまわっていたものである。
もっとも、それが楽しかったかどうか、というと話は別だが。
とても懐かしい気分だ。


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