| シロクマ日和 |
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[ まだ落ちてないからな ] 今日は朝からひたすら悲しくて、 絵は自分で好きな言葉を2つ適当に選んで描け、という課題で そしたら結局悲しい感じで、赤いガスタンク描いてたんですが (適当に描いてたらガスタンクに似たのでそうした) 死んだおじいちゃんの絵をおばあちゃんのために描いたり、 していた。 もう本当にぽっかり悲しくて。こんなの始めてだ。 いや中学生の頃はこんな感情普通だったような気もしたなあ、 恋とか先輩後輩とか、情緒の暴走。ああかなしい。 でもなんかこれは本当に初めての感情だったので、 ちゃんと体験しておかないといけないと思って、そのイメージを 探ったり散歩したりしていました。勿体無い。かみしめた。 じいちゃんの絵の目が似すぎてしまって、いやでもイメージなんですが、描きながらこっそり泣いてしまいました。誰も気付かなかったと思うけれど、 「優しい目だねえ」「あートノに似とるね、顔」 という感想がとても嬉しかった。そうか、似てるのか。 おばあちゃんはおじいちゃんをずっと毎日見ていたから、 私は一生で5日ぐらいしか見ていないけれど、 全然違うかもしれないけど、だから見せたいと思いました。 私の祖父。 最後の言葉は、 「トノ子は頑張ってるみたいだから、おこづかい送ってあげなさい」 だったそうです。うおー 「大学はどこへ行くんだ」と言われて、嘘もつけないけど心配もかけられないと思って、 「多摩美の環境デザイン科」と言ったら、いつもの薬袋に 忘れないようにそう書いて、高い所に飾ってた。 「書いたからな、頑張れよ」というようなことを言われた。 祖母に「いい大学に入りなさいよ、そしていい会社に入らないとダメよ」といつも電話で言われていて、私は少しがっかりしていたのだけれど、 祖父に会ってみて「一度しか言わないから今だけ我慢して聞きなさい」と言われて聞いたことは、 「自分の入りたい大学に必死こいて入れ」ということと、 「学問ばかりを詰めた所で社会ではリーダーになれない、上手くもいかない、大事なのは心だ、人格だ、忘れるな」 という話でした。 厳格で厳しいとお葬式でも全員から言われていた祖父だけれど、 私が見たのは、パフェを注文したけれど食べきれなかったり、 孫の結婚式ドロンしてしかもその時私(孫)を誘ってくれたり、 大根のど飴が好きだったり、毎朝マンゴージュースがお気に入りだったのにマンゴー高いからおばあちゃんからストップがかかった話だとか、 生き生きしながら話す戦時中や大学での話だったり、 それは滅多に会わないからだとも分かっているけれど、 私は自分に必要なだけの、最低限かもしれないけれど、 必要なだけのおじいちゃんは知ったんだー 厳格で厳しかった?と思ったら、 「あんたはおじいちゃんによう似とる」といわれた。 先を案じてガックリされもした。 そうか、だから私はあまり感じなかったのか。 それはとても嬉しいことなんだ! お葬式の後、口癖を真似た。 大好き。 2002年10月03日(木) |
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