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1997年に神戸市須磨区で起きた14歳の少年による連続児童殺傷事件「酒鬼薔薇事件」 このときの被害者の一人で、わずか10歳でその生涯を終えなければならなかった山下彩花ちゃん。 もう、6年半も経ったんですね。
犯人酒鬼薔薇は、この春、娑婆に出ます。 顔を変え、名前を変え、これから死ぬまで過ごします。
彩花ちゃんのお母さんの京子さんは、「生きることの尊さ」を伝えるために講演を依頼されることがあるそうです。 すると、学校の先生の中に反対する輩がいるそうです。それも少なくなく。 その理由。 生徒(児童)の中には、酒鬼薔薇の信者が存在するから、それを刺激するべきではない。 遺族の話は、死を以っての話だから「生きること」にはならず、そんな話は「生きることの尊さ」を語れない。 どこまで学校の先生は成り下がったかがよく分かる話です。 こんな奴らが子供に何を教えられるのでしょうか? 大平光代さん(大阪市助役)も、教育現場にはそれにふさわしくない人も多い、と指摘しています。
酒鬼薔薇を崇拝するのは勝手だが、わけもなく人殺しをやった人間を慕う若年者にはそれなりのケアをするべきだと思う。なぜ慕うのかを、本人の言葉として語らせることで、その若年者に内包する膿を本人の力で排出させるべきだと思う。 それを面倒くさがらずにやるのが教師じゃないのか? 生きることは死ぬことだって言葉を、上記の教師達は知らないのか? 生きることの尊さを語るのには、色々なアプローチの方法がある。そのひとつに、生きることの儚さを語って知る生きることの尊さというものも当然ある。・・・のは、誰もが知っていることじゃないのか? 俺の思い違いか?
彩花ちゃんのお兄ちゃんは、未だに酒鬼薔薇を許せないという。酒鬼薔薇は人間にはなれない、ずっと悪魔だとこのお兄ちゃんは言う。 しかし、人間にしてやろうや、とお兄ちゃんに言った人間がいる。わしらの手で酒鬼薔薇を人間にしてやろうや、と。 なぜなら、人間にならない限り酒鬼薔薇は、山下さん家族が受けた消すことなどできない心の深く大きく冷暗な傷を知ることができないからだ。 だから、酒鬼薔薇を人間にしなければならない。 俺も、そう思う。
皆さんは、どう思うのでしょうか?
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