1日雑記

2005年01月17日(月)

人というのはなかなかどうして……
意味の反する言葉をどちらも使いたがるものだ。

運命と分岐。

運命も分岐も、道という言葉を使い人生を表すのに
良く使われる言葉なんですよ。
両者の違いは運命が一本道なのに対して
分岐は人生の選択を表したもの。

一つ一つを自分で選択したという場合には分岐
道があらかじめ決まっているときには運命。
前者を使い人生を説明する人が多い反面、
運命という言葉も数え切れないほど聞いてきたわけです。
意味が随分違うはずなんですけどね。
同時には並べて語られないものの
同じ人間からこの二つの言葉を聴くことは少なくない、と。

まぁ両者に共通する部分もあるんですけど。
自分より、自分の人生において優位に立つものが居る。

運命なら、神様が道を定めているし
分岐にしたって、『道』というのは
誰か先人(神)がいてこそ出来ているわけなのだから。
進んでいる人はまだその先が見えないけれど
道を作った誰かには、それがどこに続いているか分かっている。

……簡単に人生を道にたとえるけれど
それは少し悔しくはないだろうか?

誰かが進んだ、誰かが作った道を歩いている。

意味の上で、誰かを諭すとき
それは道という言葉ではなく、開墾・開拓として
説明するべきなんじゃないのかなぁ?

自分で道を作ったほうが良いといってるわけでしょ。
まぁ「自分で道を切り開け」って言葉も聞きますけど。


極端な話、ゲームみたいなもんなんですよ。
少なくとも私は「○○の人生・大攻略!」
みたいな本や記事があったら嫌です。
先が分かってたら、こういうものが作られる可能性あるわけでしょ。

あらゆる可能性をシミュレートして
その結果を記す。
当事者にしてみれば
間違いの少ない人生を選べるわけですが
先が見えているのも大成、失敗に関わらず面白くないかなと。

人生をあらわすなら、それこそ
『一寸先は闇』
が、もっとも近いのかもしれないね。


 < 過去  INDEX  未来 >


PITZ [MAIL]

My追加