人というのはなかなかどうして…… 意味の反する言葉をどちらも使いたがるものだ。
運命と分岐。
運命も分岐も、道という言葉を使い人生を表すのに 良く使われる言葉なんですよ。 両者の違いは運命が一本道なのに対して 分岐は人生の選択を表したもの。
一つ一つを自分で選択したという場合には分岐 道があらかじめ決まっているときには運命。 前者を使い人生を説明する人が多い反面、 運命という言葉も数え切れないほど聞いてきたわけです。 意味が随分違うはずなんですけどね。 同時には並べて語られないものの 同じ人間からこの二つの言葉を聴くことは少なくない、と。
まぁ両者に共通する部分もあるんですけど。 自分より、自分の人生において優位に立つものが居る。
運命なら、神様が道を定めているし 分岐にしたって、『道』というのは 誰か先人(神)がいてこそ出来ているわけなのだから。 進んでいる人はまだその先が見えないけれど 道を作った誰かには、それがどこに続いているか分かっている。
……簡単に人生を道にたとえるけれど それは少し悔しくはないだろうか?
誰かが進んだ、誰かが作った道を歩いている。
意味の上で、誰かを諭すとき それは道という言葉ではなく、開墾・開拓として 説明するべきなんじゃないのかなぁ?
自分で道を作ったほうが良いといってるわけでしょ。 まぁ「自分で道を切り開け」って言葉も聞きますけど。
極端な話、ゲームみたいなもんなんですよ。 少なくとも私は「○○の人生・大攻略!」 みたいな本や記事があったら嫌です。 先が分かってたら、こういうものが作られる可能性あるわけでしょ。
あらゆる可能性をシミュレートして その結果を記す。 当事者にしてみれば 間違いの少ない人生を選べるわけですが 先が見えているのも大成、失敗に関わらず面白くないかなと。
人生をあらわすなら、それこそ 『一寸先は闇』 が、もっとも近いのかもしれないね。
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