色々とあるだろうけれど
一つの問題は集合を一つと認識することにあるんだと思う。
何でもいいですが…… 例えば自転車はハンドルやサドルやパイプや…… それらの集合を総合して自転車と呼んでいます。 自転車そのものがどれであるのかも分からずに。
例えば人間。 山田さんという人が居たとして 私が山田さんを指したとき、 それは山田さんの胴体を指しているかもしれないし 皮膚を指しているかもしれない。 それらの集合が山田さんで、 山田さん『そのもの』は一体どこなのか分からない。
例えば『1』 一つの文字に見えるけれど 小さなドットの集合。 たまたまこの形にみえる物を1と呼ぶだけであって 結局1と認識されるそのものがどこにあるのか良く分からない。
もっと小さくすれば分子の集合だし 更に細かくすれば原子 中性子や電子…… どんどん小さくなっていく。
大きくすれば地球でもいい。 いろんなものが新しく作られ壊され、無くなって、生まれて。 でも地球は地球。 個別を指して地球とは言えないけれど 家の中にいて地球を指せといわれても難しい。 でも地球の上にいる。
民族でも、町でも、種、群れでも 結局集まりを一つのものとして認識してるから その感じ方に違いがあると隔たりが生じてしまう。
だから誤解が生じるし 問題が起こるし 色々あるわけです。
自虐的な趣味の持ち主でもなければ 好んで体を傷つけない。 戦時下、思想の違いでもなければ 自分の国を傷つけるようなことはしない。 でも、人間って種の中では傷つけあう。
だから、全ての原因は 集合を一つと認識することにあるんじゃないのかなぁ……。
もし、これを話にして、私がオチを書くなら。
最後は集合を元(集合を構成する要素)に分解するんでしょうね。 存在する全てのものが、それをそれ以外と認識できないくらい。 一番小さいものに全てを分解してそれで終わるわけです。 それで全ての問題が無くなる。
あるいは全てを統合します。 原子の集合を一つの物として認識するように。 それ以下では物を認識しない。 次はAという金属とBという金属を 金属というもので統合。 金属は金属であって、AもBも認識しない。 そうやって最後は全てが一つになります。 それで全ての問題がなくなる。
……なんかどっちもハッピーエンドじゃないような。 って事は問題があるから幸せなんですね、私達。
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