transistasis
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2001年06月16日(土) 警戒すべきことはどちらか?

例の大阪児童殺傷事件容疑者。
いつのまにか彼は健常者にされているそうだ。
メディアはいう。「いろいろ調べると容疑者は異常を装っていたらしい」と。
違うだろう?
「異常を装っていたらしい」ではなくメディア自身が彼の行動を「異常を装っていた事」にしておきたいのであろう。
真実は常にその時の都合によってねじ曲げられる。
彼が異常者であっては都合が悪い事が沢山あるから何としても健常者にしておかねばなるまいと。
「自暴自棄になって児童を殺傷した。因果関係がはっきりしてるから、彼は異常者ではない」だと?
自暴自棄になって見知らぬ児童を殺傷するのはどうみても異常だろう?
これが異常でなかったらこの世に異常なんてどこにある?
彼を健常者として裁く事は即ち同世代の同じ境遇にある日本男子を裁くことと同意語だ。
その目的があるからこそメディアと警察は彼を何としても健常者にしておきたいのだろう。
メディアは更に騒ぎ立てる。
「このような危険な男から学校を守れ」と。
行政も公立小中学校の校舎内立ち入り警備強化を通達したという。
いったい何のためだ?
20〜40代男性をすべて不審者としてチェックせよとでもいうのか?刑務所並に鉄条網でも張り巡らせと?
それで児童の安全が保たれるだと?
笑止千万。
むしろ、教師や児童自身がキレて校内で殺傷事件を起こす確率のほうがどれだけ高いかよく考えてみよ。通学路で交通事故に合う確率と刃物男と出会う確率どっちが高いんだ?
こんな破綻した無益な報道キャンペーンはいい加減にしたらどうだ?
まあ、メディア自身がある目的をもって市民を扇動していると考えれば合点がいくがね。
国民同志を疑心暗鬼に陥れ、お互いを疑いの眼で警戒し合わせ、民意をばらばらにするという目的・・。
我々はそちらの方こそ警戒せねばならぬのだ。危険なのはメディアが伝える偽りの「真実」の方だ。


絶望皇太子