巷で大流行の〇〇バトン。最近はどこいっても ブログも日記も雑記もコレのお答えで埋まってる。 楽しげに回していらっしゃる現在進行形の方々は以下 反転部分は絶対に読まないで下さいm(__)m読んで文句 あっても管理人は馬耳東風に徹します。コレはダレに 文句言われてもわたし自身が絶対に曲げない意見です。 〇〇バトン、どー見ても、どー好意的に見ようとしても アレは「善の皮被せたチェーンメール」にしか見えません。 チェーンメール、遡ればチェーンレター、もっと遡れば 有名な「不幸の手紙」系列のアレですな。 少し前に流行った「〇〇に100の質問」系と同じ色んな 質問に答える形を取ってはいるけど、読んでてちっとも 楽しくない。100の質問系は管理人さんの考えとか、ちょっと した性格が垣間見えて、読んでて楽しかったし、自分も アレコレ選んで答えてみたけど、数多いとちょっと後半 苦しくなっては来ても、考えているの時間は楽しかった。 毎度年寄りらしく、あーだこーだと色々考えて見たんですが、 バトンの最後の「これを回す〇人を指名してください。」 この問いに、カッチーン と来るのが一番の理由らしい。 チェーンメールにもあったな「このメールを何日以内に 何人の人に回してください」って同じ文句が… 最後でさり気なく、さり気なーく「その管理人にとって 一番身近で大切なネットの友人」を選ばせてる気がして ならない。「友人」を無意識に差別化させるなよ… 萎える訳だ…_| ̄|○友情を重い、軽いと天秤にかけてどうすんのさ。 友人の差別化と一緒に、人に拠っては「自分に有益な人」からの バトンは嬉々として受け取って答え、「無益な人」と判断した人 からのバトンは色々な理由をでっち上げて止めてしまう、 なんてコトをやってる人もいる様で当然、ネットのウワサ好きの 格好のエサになり叩かれてたりするみたいですが… 子供の時から幼稚園や学校で「誰も傷つかないような」 配慮をしてもらって育ってる、現在のネット人口の大部分の 若い人たちが「人の信頼とか友情」を「バトンを回す規定の 人数枠」を指名することでその「規定枠」から 漏れて「密かに傷ついているかもしれない」友人の思いを 推し量れないのでしょうか? しかし、何で皆相談したかのように、ブログや雑記、日記で バトン回答するんだろう?100の質問系のようにサイト内に 別部屋作って、色んなバトンにそこで回答すれば良いのに。 あ、やっぱり最後の「渡す〇人をご指名」の部分のログが 長々と残るのを防ぐため?ちょっとは良心が咎めてでもいると? 「バトンも回してもらえないババァの僻みの繰言」と受け取られても 仕方ないけど、どう考えてもネットのバトンは好きになれないです。 以上反転終了。最近愚痴の反転日記ばっかで自分が嫌だ(泣)
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