先日、友達と映画を見に行った時、 「A.I.」って別の映画の話になったんですけど(古ッ!) 友達曰く、「あの映画を見て感動できる人は純粋な人」なんだそうで。
ということはそれを見てちっとも感動できなくてむしろ恐ろしいとか、 そういう風に感じてしまった私は曲がり曲がったひねくれものでしょうか?
だってみなさん。あの子供の母親への愛って 製造者に「プログラムされた」ものであって、 自然発生した愛ではないんですよ?
プログラムされた愛に従って自分を捨てた母親を追い求め、追い求め、 最後には髪の毛で再生しちゃて望みを叶えるロボットには寒気すら覚えたのですが。 なんて怖いものを作ったんだーとか思って。 髪の毛を何回も何回も使って母親を再生し続けるのかな〜とも思いましたし。
あの子が愛なんて知らない子で、お話が進むにつれて愛が生まれちゃった って言うんならまだ感動する余地もあったんですけどねぇ。
だって、恋愛でも一目惚れとかって言うのもあると思うんですけど、 それも実際付き合ってみないと自分に合うか合わないか、 わかんないじゃないですか。そういうの考える余地がないっていうか。 強制的・脅迫的な愛を感じちゃったんですよね。多分人間の側では、 気に入らなかったら廃棄処分にしちゃえばいいや、ってノリなんですよね? あぁ。ひねくれてるかなぁ。
そんなひねくれ女はまだひねくれ中で、 彼に「距離を置こうか?」とかいってます。 彼は「そんなこといわないでーどうしたらいいのー」と言っておりますが。 気分のへこみはだいぶなくなってきたのですがねぇ。どうしたものやら。
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