
|
 |
| 2003年03月12日(水) ■ |
 |
| タイムパラドックス。 |
 |
や〜っとテストが終わりました。 今回、テストちょっと自信あるかも。 でも、地理はたぶん赤点とったっぽい(^^; 今日の放課後、テストが終わった開放感に満ち溢れつつ廊下を歩いてきたら、地理の先生と擦れ違ったんですよ。 で、挨拶したら、先生に無言で肩をつかまれて揺さぶられました(^^; 「お前ちゃんと勉強したかァ?」 と訊くので 「いや〜。英語ばっかりがんばってたら、地理の時間がなくなったかも……」 と言ったら 「一生懸命教えてるのに……」 と先生にふてられました(笑) 点数は訊かなかったけど、あの態度から察するに落としたっぽいなあ。 地理、大問1つしか解けませんでしたから(駄) そのかわり、英語はいつもよりはよさげ。 でも、毎回そんなこといって悪いので、今回もやっぱり悪いかも(駄) まあ、終わったもんはしょうがねぇ。
ところで、今日『タイムマシン』という映画を観ました。 DVDレンタルが95円なので(笑) あれはおもしろいですね。 時間旅行の話は前から興味があります。 だから学校でも物理を取りたかったんだけど、めちゃめちゃ難しいからやめとけと先生に止められたので、地学をとったんです。 地学でも少しくらいやりますからね。物理のほうが楽しそうだけどな。
映画で『過去が変えられない理由』というのをやってました。 半分くらいしか理解できなかったから、合ってるのかどうかわからないんですが、よく考えると過去を変えるということはナンセンスなんですね。
例えば、昨日地理のテストで赤点をとったゆう少年がいたとします。 もし過去に戻れたら満点とれるのになあ。 そう思ったゆう少年はどうにかしてタイムマシンをつくり (前にも書いたけど、4本の棒が全部90度に交わる角度を見つければできるらしい) 過去に行って過去の自分に答えを教え、結果、ゆうは地理で100点をとりました。 しかし、ゆうが100点を取ってしまえば、ゆうにはタイムマシンを作る動機がなくなるわけです。 ゆうは地理のテストで赤点を取ったから過去を変えたいと思い、タイムマシンを作ったわけで、100点を取ってしまえば過去を変えたいなんて思いませんよね。 しかし、現実には未来の自分がテストをうける自分の前に現れ、結果として100点を取っているわけですから、100点をとっていて、タイムマシンを作る動機がないにも関わらずタイムマシンはなぜか未来に存在していることになるのです。 ここで矛盾が生じ、上の仮説は成立しなくなるというわけです。
たぶん、映画で言ってたことはこういうことだと思うんですが(^^; 上の仮説は『原因は結果に先行する』という因果律に反しているそうです。 ちゅーか因果律ってなによって感じですが(駄) 上の場合、『地理の勉強をしなかった』のが<原因>で、それにより生み出された<結果>は『赤点をとった』です。 そして、『赤点』がさらに<原因>となり、<結果>として『タイムマシンを作った』わけです。 しかし、タイムマシンで過去に行き、『地理の勉強をしなかった』という<原因>を取り除くと『赤点を取った』という結果が『100点を取った』という結果に変わりますが、『タイムマシンを作った』は『赤点をとった』という<原因>が排除されたのにそのまま<結果>として残ってしまっているわけです。 つまり、この場合<結果>が<原因>より前に来てしまっているわけですね。 「お前は1年後に俺の彼女と浮気するから今ぶんなぐる」って言ってるのと大差ないわけです。
でも、全く過去を変えられないかというとそういうわけではなく、ちょこっとだけなら変えることは可能だそうです。 上の仮説を使うと、タイムマシンを作ったという事実は変えられませんが、例えばタイムマシンの色を塗り替えたり、飾りをつけたりといったことは可能なんです。 結果は変えられなくても、過程は変えれるっていうことなんでしょうかね。 これも、映画で説明されてます。 映画では、主人公の恋人が過去に死んでしまったので、主人公が過去に行き恋人を助けようとするんですが、結局同日の同時刻に、別の原因で恋人は死んでしまうんです。 この場合、恋人が死ぬという結果は変わりませんが、死因は過去に行くことによって変えられるということ……だと思います。多分(駄)
興味のある方は検索サイトで『タイムパラドックス』と入力してみてください。 ゆうよりよっぽどわかりやすい説明が載ってます。
|
|