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| 2004年09月02日(木) ■ |
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| クオリティ・オブ・ライフ |
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今日の講義で、グループごとに語り合って、その結果をまとめて明日に発表する、ということをやりました。 議題は 『余命わずかと宣告された終末期患者が“健康である”と言い切るために必要な要素について』 でした。 世界保健機関がいうところの健康の定義は、身体的、精神的、社会的、霊的(スピリチュアル)の四要素から成り立つと言っているわけですが、終末期の患者にもちろん身体の健康は望めない。 それでも、健康であるという状態にするにはどうすべきか、というのを討論するのです。 なんか、こんなことやってると医学生みたいでもりあがります(笑)
そのディスカッションで、総合司会を学生にお願いしたい、男女各一名ずついないか、と教授は言い、男子学生が一人手を挙げました。 じゃあ、女子は、と教授が言っても誰も手をあげない。 この学部は七割近くが女子なのですが、誰もやりたかがらいので、よし、やった人はポイントをあげようと教授は言いました。 「じゃあ、あたし、ゆう子ちゃんがやる。うふっ」 とジョークで友達に言ったら、なぜかそれを教授がばっちし見ており 「じゃあよろしく」 などと勝手に決められる( ̄∇ ̄;)
そんな訳で、明日のディスカッションで司会をやることになったアホです。 そこまで決まったら、あとはグループ討論にうつりました。 ターミナルケアに入った患者さんが“健康に”生きていくための方法。 その人だけの病気だから、というのではなくて家族や医療チームが一団となって、一緒に医療行為にあたることが重要になると思います。 そこから、人間の尊厳や、患者さんの人生の質を考え、何をすべきか、など個別に診療していく、というところで意見は一致を見せる。 日本はとにかく延命治療を最優先させる傾向にあるのですが、それは果たして本当にいいことなのか、もはや医療になす術など何もないのに、ただ漫然と蘇生術を繰り返し、患者にとって苦しい状態を長引かせるのが正しいのか、などという問題も出てきて話がこじれたりもしましたが、なかなかにおもしろい討論でした。
話し合っているうちに授業時間は終わり、それでも終わっていないので、班全員でぞろぞろとラウンジに出て再び話し合う。 次のテーマは精神的な健康の定義とは、というところ。 なんだかんだと意見を出し合っていたら、劇団の稽古が始まる時間をとっくに過ぎていました。 あらら、と思っていると 「ゆう君はいらないから、先行ってな」 と、彼女の友人に言われる。 バリバリ意見発表しとるがな( ̄∇ ̄;) と思いながら、涙を拭いて稽古場へと行きました。
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