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★短編小説14 - 2004年04月01日(木)






[ 四月一日という日。 ]


四月一日。夜の8時。
いつものように居残り練習を終えて、俺は1人でモップがけをしていた。
桜木は、俺が倉庫にモップを取りに行った間、部室に行ったらしい。
片手にモップを持ってコートに戻った俺は、でかでかとした体育館に独り、取り残されていた。
大概は、二人でモップをかけていたが、たまにどっちかが先にあがると、残った1人が黙々とモップをやらな
きゃいけないハメになる。
俺はいつも、桜木よりも先にあがる場合は、「片付け、ヨロシク。」とそれだけ言い残して体育館を後にする。
桜木の怒った声がして、俺はそれでも、ちゃんと投げ出さずに片付けをして帰って来る桜木を、着替えを済ませ
て待っていた。
イタズラのようなものだった。
嫌がらせをさせるような、そんな子供染みたイタズラ。
俺はその日、桜木が俺をハメて、先に体育館を後にしたのだと思っていた。
夜の8時。
黙々とモップをかけて、ゴールを元に戻す。
眩しかった体育館の電気を消して、少し苛立ちながら、寒い廊下を歩く。
鍵の開いた部室に戻ってみると、いると思っていたあの赤い頭がいなかった。


四月一日。
俺達はいつものように、一緒に部室で着替えて、一緒に俺の自転車の置いてある駐輪場まで、悪態を付きながら、
もしくは桜木が一方的に喋りながら、だけど距離は離れることなく、一緒にあの場所に向かい。
自転車を押して、たまには桜木を後ろに乗せてみたりして、桜木の家に向かうと思っていた。
だけど、さっきから俺は、そのすべてが裏目に出ている。

部室に行けば桜木は先に帰っていて、慌てて出たのか、桜木のロッカーが中途半端に開いていた。
俺は独りで着替えを済ませて、部室の電気を消した後、独りで駐輪場に向かう。
今日は桜木を後ろに乗せてやろうと思った俺の良心も、見事に裏切られて、俺は独りで桜木の家に向かう。
今日は四月一日。



夜道を、自転車で、猛スピードで走る。
俺は行きなれた道を走って、桜木の家に向かう。


もともと、桜木と毎日、約束をして帰っていたわけじゃない。
約束をして、一緒に着替えてたワケでもないし。
約束をして、桜木の家に向かって。
約束をして、桜木の家に泊まっているワケでもない。
だから、先に桜木が帰っても、別に俺はどうこう言う問題じゃなかった。

だけど、今日は。
桜木と今日この日に、行きたい場所がある。



いつの間にか、そういう関係になってて。
男同士でナンだけど。
それを黙認していた俺達は、人並みのコトをして来たつもりだ。
むしろ、自分の欲に正直になってみただけだ。
自然の流れに、任せてみただけ。
だけど、お互いに自分達の関係を、言葉にすることも、認める事も出来ずに。


今年の一月一日。
「今日、俺の誕生日。」
「もっと早く言えよ!!」
そう呟いた俺に、アイツは怒った。
「オメーはいつ?」
「は?」
「誕生日。」
「4月1日。」
「…四月バカ。」
「ウルセェ!!」
そんな話しをしてたっけ。
アイツはまた怒ってた。

忘れたりなんかしない。
四月一日。





桜木の家。
静かな住宅地の中に、ボロい小さなアパート。
2階の一番奥の部屋。
俺はアパートの下に自転車を止めて、階段を勢い良く登った。
廊下に面した窓から、光りが見えた。
桜木が、家にいるのが分かる。

一歩一歩歩くたびに、桜木の部屋は近付く。
窓の光りが近くなるにつれて、やたらと耳障りな笑い声が、俺の耳に入ってきた。
その五月蝿い笑い声が、確実に桜木の部屋から聞こえる。

きっと、あの五月蝿い連中と、部屋で騒いでいるのだろう。
桜木の笑い声や怒鳴り声も聞こえてくる。
近所メイワクな奴らだ。
部屋に入ろうかと思ったが、俺には入れない空気。
妙な疎外感。
だけど、今日のうちに、アイツと行きたい場所があった。
会わないわけにいかない。
俺は、桜木の部屋のドアに寄りかかって、アイツらが家を出るのを待つ事にした。

バカだと思う。
何時になるか分からない。
だけど。









まだ春とは言え、寒い夜。
小さく丸まったまま、その場で何度も寝そうになる。
実際、何度か意識が飛んだ。
起きているのか、寝ているのか、判断が付かないくらい、意識がボーっとする。
寒くて、死にそう。
時間の感覚が分からなくて、今何時になったのか判断が付かない。
もう、会えそうに無いかも。
会う前に凍死する。

そんな下らない事を考えているうちに、桜木の家から、五月蝿い声がドアに近付いてきている事に気が付く。
俺は急いで、寄りかかっていたドアから離れ、その横に丸まる。

「じゃあなー花道!」
「今日はありがとなー。」
「毎年のことじゃねぇーかよ。」
「…まぁな。」
「じゃな!明日朝練休むなよー!」
「おぉ!じゃあなー!!」

桜木の五月蝿い声がすぐ横にあるのと、あの五月蝿い連中が階段を下りてく音が聞こえる。
ドアの後ろに立っていた俺は、バカみたいに友達に手を振る赤い頭をブッ叩いてやった。

「痛ッ!」

痛みのする方へ正直に顔を向けた桜木に、思いっきりガン飛ばして「どあほう」と呟いてやる。

「ルカワ!!オメーなんでこんなトコにいんだよッ!」
「んな事どーでもいい。ちょっと来い。」

五月蝿い桜木の手を引っ張って、無理矢理歩かせる。
今まで待たされたんだ、多少強引だってバチはあたんねぇ。
桜木の腕が、いつもより熱かった。
きっとアイツらと酒でも飲んでたんだろう。
歩く速度も遅いし、歩き方がおぼつかなかった。


「なぁ、どこ行くんだよ。」
自転車でいままで二人で通った事も無いような道を通る。
夜風が気持ちいいのか、桜木はさっきから俺の背中に体重を預けていた。
いつもなら、絶対に体重を預ける事も、ましてや俺の腰に手を回す事もなかった桜木が。
散々寒い中待たされた俺の気分も、少しは良くなる。
自分で単純な奴だと思う。

何度も角を曲がり、どんどん細い道に入っていく。
「どこだよ、ここ。」
桜木が、さっきからキョロキョロとあたりを見回しているのが分かる。
アイツが頭を動かすたびに、動かした方向に自転車が軽く傾く。
「大人しくしてろ。」
そう言って、俺はわざと自転車を大きく傾けてやった。
「あぶねぇーなぁ。」
さっきまでの元気はどこへやら。
桜木の声にハリが無かった。


桜木の家から自転車で40分近く。
小さな町に辿り着く。
桜木の家の方も割りとこじんまりしてるが、この町はコイツの住んでいる町よりももっと、小さくて素朴。
その町の、もっと細くて小さい道を通って。

ある場所に着く。

人気の少ない公園。
それは町の外れにあって、子供達の遊び場になっているのかすら危うい。
滑り台と、ブランコだけがある、ちっぽけな公園だ。
たまたま、ここまでランニングをして道に迷った時、偶然知ることが出来た場所だった。
見つけたときは、まだ蕾だった桜も、今日になって満開を迎えていた。

「着いたぞ。」
「あぁ?」

桜木の寝ぼけたような声がする。
きっと自転車に揺られて、ウトウトしていたのだろう。
まだぼーっとしている桜木の手を引いて、公園の敷地に入り込む。

公園に一つしかない滑り台の少し離れたところに、弱く光る電灯がある。
月の光りも手伝って、満開に咲いた桜が、淡いピンクに光って綺麗だった。

「スゲー!桜が近ぇぞ!」

その町の桜の木の中で、この公園の桜の木だけが妙に低い。
ちょうど、滑り台の上に上ると、目線が桜の枝と同じくらいになる。
桜木は俺の手を滑るように抜けて、滑り台の小さな階段を登る。

「おぉー。スゲーぞ。視界が桜の花だらけだ。」

嬉しそうに言う桜木。

「来年から、ここに花見に来よーぜ、ルカワ。」

桜を見たまま、呟くように言う。
嬉しそうな顔をしたまま。
桜木がそういってくれれば、俺はそれで十分だった。

例えば今日。
俺は桜木に、なにも言われずに唐突に体育館を後にされ。
状況も把握できないままに取り残されたり。
部屋で楽しそうに騒いでいる桜木を尻目に、外で長い間待たされて。

だけど、そんなことは。
正直どうでもよくなっていた。

桜木の誕生日が日に日に近づいていた頃。
俺は桜木に何をあげてやればいいのかを必死になって考えた。
もともと、プレゼントをあげ合う様な友達なんかいるワケもなく。
誰かに聞く事も出来ずに。
どうしようかと、そればかり考えていた。
アイツが喜ぶようなものが想像出来なかった。
ウザがって受け取る事をしようとしなさそうにも思えた。

結局、最終的に辿り着いた結論。
桜木が幸せに思うんだったら、嬉しいと思うんだったら。
なんでもいいと思う。
アイツは、単純だからきっと、小さい事でも喜んでくれるはず。
なんか、小さいことでもいいから、桜木にして上げられること。

それをまた、なにかと探していた頃。
この場所を見つけた。

桜木をここにつれてきて、只単に笑ってくれればそれでいいと。
奇麗事かもしれないけど、本当にそれでいいかもと。
本気で思った。







しばらく俺達は、ただ黙って桜を見たり、ブランコを漕いだり。
唐突に桜木が「今日は悪かったな」と言った。
きっと桜木は、自分の誕生日に俺を黙って体育館に置いて行った事を、悪いと思っているんだろう。
だけど、俺は桜木を責める気はなかった。

黙って言った事は確かに、ちょっとムカついたケド。
桜木を取り巻くあのウルサイ軍団。
アイツらはきっと、毎年桜木の家で近所メイワクなくらい騒いでいるのだろう。
桜木を、なにか大切な日に独りにさせたくないと。
家族のいない桜木を、一人にさせるわけにはいけないと思っているのだろう。
部屋を出るときに、アイツらは「毎年の事だ」と言っていた。

だからきっと今年の四月一日は、どっちと過ごすか桜木は考えていたのだろう。
要領の悪い桜木は、あの軍団に自分がバスケ部の天敵と妙な関係になっている事も言えず。
だからと言って、俺にアイツ等と過ごすと言う事も出来ないで。
そのまま、四月一日の夜8時。
アイツは、あのウルサイ軍団の集まっている部屋に、行く事しか出来なくなったのだろう。


「別に気にしてねぇから。」

「…でもよぉ。」

「オメーはバカみたいに笑ってろ。」

そういって、その話に無理矢理けりをつけた。






デカイ男が、白いブランコに二人。

「オメェー、幸せか?」

「あ?急に何言ってんだよ、お前。」

一応、確認。
しときたかった。

「どーなんだ?」

「まぁな。割と。」

「割と?」

風に吹かれてゆれる、ブランコ。

「じゃあ結構。」

「はっきりしねぇー。」


バカみたいに躊躇いがちに、ちょっと照れくさそうに、

「スゲー、幸せなんじゃねぇの?」

そう言った。



「どあほう。」

俺は桜木に、そう言い返してやった。

桜木は、笑った。












end





花ちゃん、誕生日おめでとう。
今年も来たね。永遠の16歳。


ここまで読んで頂いて有難う御座います。
今回は、長すぎましたね。(苦笑)
個人的には、もっと短く分かりやすい、ストレートなものにしたかったのですが。
もうこの際、花ちゃんの誕生日なので、気にしない。(笑)
桜木軍団にも、流川さんにも愛される花を目指した、つもりです。
つもりです。






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