くもりときどき、はれ。
そら
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個人と国家の違い。
人と人は争う。
終戦記念日。
テレビを見ていて、
韓国・北朝鮮がともに
日本から解放された日だと喜ぶニュースは
日本人の私にはやりきれないと思えた。
平和はわかんない。
今が平和なのか…。
心の平和こそが本当の平和。
日本が悪い人たちだったかもしれないけど
今も尚恨まれているのか。
後に生まれた人たちには
何も解らないというのに
日本人の子孫であることが罪に思える。
しかし日本の若者の
一体どれくらいがそんな終戦の意識を持って
この日を迎えているのだろう?
他の虐げられた外国人よりは薄いんじゃないだろうか?
だけど、終わったことを何十年も
負けた国に対してずっと恨み抱き
では日本が完全になくなれた歓ぶんでしょうか?
北朝鮮も、韓国も。
大人に成れない国に私には思える。
紳士じゃないだろう?
サッカーというスポーツすらも
ブーイングで相手に対して
気分良くない態度になる観客たち。
国の程度の低さが伺える。
それなら
そんな低レベルな人種だから
虐げられたんじゃないの?
としか思えない。
勇気の無い国だ。
大人になるべきだ。
この国際社会なんだから。
もう何十年も経ったし
どこの国も戦争の犠牲者だと想う。
私に全てはわからないにしても
いつまでもマイナスをひきずったままで
隣の国として生きていくんですか?
日本はひっこんでればいいんでしょうか。
沈没して皆殺しになれば気が済みますか?
でもそれって
個人に対する気持ちと同じね。
ひろあきの家族を皆殺しにしろと想ってる私と同じ。
ひろあき個人にされたことかもしれないけど
私には家族全員が幸福になるのが許せなかった。
私が一方的に傷つけられて
相手が幸福になっているだなんて
全てを失ってみてられない。
その場合一度断ち切り関わらないでいるほかなく
それから
時間が経って交流が始まり、
傷は治らないが
傷を越えた付き合いが出来るのかもしれない。
でも
個人の問題ではないから
難しいのかもしれない。
ただ国際的に見て
大人に見える態度でいないと
程度が低く見られるものだ。
私は最初
あの職場に戻るつもりがあった。
でも
今はよく働けたな
あんなオジさんよく好きになったな
と思えてきた。
今の彼がいい。
若くて素敵だ。
もう私は自分も年だし
よっぽど離れた人とは付き合えない。
でもあの人に会えるのなら。
いや
会わなくても
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2005年08月15日(月)
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