くもりときどき、はれ。
そら



 集団の中にいても、ひとりぼっち。

人の考えていることなんか解りもしない。

心だって他人のものは他人のもの。

私がどうこう変えられるわけでもないのに…。




どうしてなんだろう?



大勢の人の中で
私は自分の位置がない。



いつもひとりはぐれている。



ひとりっこってそういうことなんでしょうか。


学校という場が馴染まない世界だったのは
集団の中で自分がどこに居たらいいのか

そういう

ポジションが解らなかったり

悪い意味で人がいいから
人に利用されてしまうからだと想う。


そんなことに気付いてきたのも

本当に最近のことで…


もう一度学校に行こうと思い立たなければ
解るのは先だったかもしれない…。



いったい


どう生きていけばいいのか


本当に解らなくなって


時々


もう疲れて生きていたくなくなる。



こんなことに苦しみ続けることも、疲れた。



死に切れない自分が悲しい。



死に切れないのは

苦しくても諦められないからだ。




まだ人生に勝ってない。




私がくじけてばかりな人生から
全く立ち直ってないじゃない。




クラスの若い女の子達は

自由気ままで

人を利用したり

自分がひとりにならないために

様々なことをして命を繋ごうとしている。




私にはギャルが学校へ来れば

本当に嫌で嫌でたまらなくて

いっそ死んでくれないかと思うほどに嫌なのだ。



他の女子は同世代だから仲間に入れて貰えるが

私は世代も違うしひとりぼっち。



いつの間にか名前も苗字で呼ばれ
突き放されていくその痛みがある。



人を傷つけ

大人をバカにし



自分がひとりで大きくなったような顔をしている。

自分が人より上から物をみているという感じ

それは冷めてることじゃなくて
見下していることなんだよ。



資格を取る為に
早く卒業したいと思いながらも


私は日々、耐えている。
先日は彼にも話をしなかった。


我慢した。



そんな時の私の感情はとても投げやりだ。






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ホントに軽くそんなことを思うのは
阿呆だと思うが


多分もう


頑張ることに疲れている。


人の目を気にすることも
ひとりになっている自分を他人にどうこう言われることも


臆病になって
懸命になって


そういう自分を見られないようにしている。



それに疲れた。



多分最近の私は皆に嫌われていると思ってしまう。

態度で解るもの…



私がひとりぼっちでいる方が

皆さんの思うとおりになることなのかもしれない。


私はどこでもひとりになってしまう。


どうしてなんだろう?



それがずっとずっと
哀しくて哀しくてならないことだった。


懸命にひとりにならないようにしないで
ひとりでもいいやって思えたらいいのに。



そういう思いは

現代病のような気がする。



ずっと前から


今の時代には私は合ってないって思うから
どうにも頭が固くて


通りに合わないことが許せないのだ。


若い人たちはそんな奴等ばっかりで

そんな人たちを育てた親も同じなのだ。


大人から腐っているのだ、社会とは。
腐ったものからは腐ったものしか生まれないから



この世の中ごと
腐ったものを排除できればいいのにと思う。


2005年11月11日(金)
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