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エンジェルという名の男の子 - 2001年08月18日(土) 土曜日だけど仕事に行った。 土日の勤務はほかの病棟もカバーする。 小児科の ICU は辛い。腕や鼻に IV や非経口栄養の管を通されてる小さな姿が苦しい。何にもわからないまま苦しみと闘ってる寝顔には生命力が溢れてて、それを見つめるお母さんの希望が痛い。そしてわたしは夫に抱きしめて欲しくなる。 あの人も今頃ライブを頑張ってるんだと思うと、週末の仕事もいいかなって気持ちになる。いつもより歩き回って走り回って、それでも背筋だけはしっかり伸ばして、3インチのヒールをカツカツ響かせながら頑張る。 ゆうべは化粧も落とさずにだらしなく寝てしまったけど、おかげで10時間は眠れて今朝はすっきり起きられた。おとといは「朝起こしてあげるね」って言ってくれてたのに、夜中の電話で起こされた。打ち合わせに行く時間が早くなったから、朝起こせなくなったって。あの人の夕方の時間。駅まで行く途中にかけてくれた。いつもより時間が長いから「まだ駅に着かないの? なんで今日はこんなに長いの?」って聞く。「次の駅までひと駅歩いてるんだよ。誰かに会いに行ったりしてないって。そう思ったんだろ?」なんて答える。そんなこと思ってなかったのに、そう思ってたことにしてあげた。 夜中に電話してごめんってしきりに謝ってる。「ううん、嬉しいよ」。ほんとに嬉しい。突然の電話はいつくれたって嬉しい。夜中にかかってくるのは、特に嬉しい。自分の声が眠そうなのがわかって、眠たい声に便乗してとろんと甘えた話し方が出来るから。「眠たそうだなあ。何言ってるかわかんないよ」って言われちゃったけど。 今日のモーニングコールのリクエストはなかった。あの人の日曜日の朝・・・。 インターンで小児科専門のクリニックに行ってたとき、エンジェルっていう名前の赤ちゃんが来た。黒人のお父さんと白人のお母さんに連れられて。わたしとバースデーがおんなじの、生まれたばかりのぼうやだった。「わあ、エンジェルってお名前なの? 素敵ですね」って言ったら、お母さんが幸せそうに笑った。お父さんが恥ずかしそうに笑った。わたしとおんなじバースデーなのが、わたしは嬉しくて笑った。 わたしがあの頃空想してたこと。 危ない日にあなたをレイプして、内緒で妊娠するの。 そしてこっそりあなたによく似た赤ちゃん生んで、 誰にも言わずに、ここでひとりで育てるの。 素敵な音楽いっぱい聴かせてあげながら。 その子が音楽が好きになって、音楽で生きていきたいって言ったら、 あの有名な音楽アカデミーに入れてあげるんだ。 あなたの子どもだから才能あるでしょ、 わたしの子どもだからセンスいいでしょ、 それで売れっ子のミュージシャンになるの。 そしていつかその子がグラミー賞取ったときに、わたし話すの。 「昔グラミー賞を取ったあの人が、あなたのパパなのよ」って。 それからその子は日本に自分のパパに会いに行くんだよ。 名前がずっと決まらなかった。あの人の名前の下に Jr. をつけようかなって、あんまりセンスのないこと考えてた。でも、エンジェルって名前のぼうやに会ったときに決まった。そう、その子の名前は Angel にする。男の子ってしか考えてない。あの人みたいな男の子。 まだあの人が結婚するって言わなかったときのこと。 でも今でもちょっと思ってる。突然日本に行って、寝込みを襲っちゃえって。あの人が結婚する前に。怖い? 大丈夫だって。いつものただの空想だから。 赤ちゃんを見ると、今は胸が痛くなる。あの時はあの小児科のクリニックでインターンすることを自分で選んだのに。 あなたのところにやって来る赤ちゃんには、エンジェルって名前、つけないでね。つけるわけないか。女の子だったらわたしの名前をつけて。・・・それもあんまりセンスよくないね。 -
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