心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2002年12月28日(土) 始まった理由

3回目の入院のときに、初めて「自分はアル中だ」と名乗る患者さんと一緒になりました。
まわりは他の病気の人ばかりですから、ふたりでよく話したものです。年齢の差を越えて、「よくもこれだけ、自分に似た人がいたものだ」と思ったものです。精神病院への入院が20回を越えると言うその人の姿は、自分の将来を暗示させるに十分でした。あるとき、彼がポツリと言いました。

「俺も、30代の頃に2年ほど酒を止めたことがあるんだ」

どうやって? と僕は、ききました。 彼は、別に何もしなかったと答えました。医者は役に立たないし、当時はAAなんてなかったし、断酒会にも通わなかった。ただ、止めようと思って、何の苦もなく2年間飲まなかったのだと。そして、その後「何の気なしに」また飲み始めたところ、今度は「どうやっても止めることができなかった」というのです。

その後、数年して僕のソブラエティが始まったのですが、時々不安に思うことがありました。「僕のソブラエティは、AAに通う自分の努力によって得られたものではなく、単なる偶然によって与えられたものに過ぎないのではないか。 あの彼の2年間の断酒のように、僕のこれも気まぐれに過ぎ去ってしまうものではないか」と。
飲まないで生きていく時間が延びるにつれ、社会的な責任がいろいろと増えてきます。それらとのバランスを考えながら、はたして今自分がAAに注ぎ込んでいるエネルギーは、本当の意味でソブラエティを支えるに十分であるのかどうか・・・。今手にしているソブラエティを、もっと大事にしないと、それは指の間からこぼれ落ちていってしまい、僕はまた下り坂を転がり落ちていく羽目になるのではないかと。

今の自分なら、当時の自分にこう言ってあげられるでしょう。
「ソブラエティが始まった理由なんてどうでもいいじゃないか。 大事なことは今日一日飲まないことだよ。 そして今日一日の生き方を忘れれば、始まった理由にかわりなく、ソブラエティの終わる理由はひとつなんだから、心配するな」と。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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