やるきまんまんの日記
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2001年05月10日(木)

なんかとても寂しくなりました。
泣きたいくらいです。
スイッチを押すのがこわいのでした。


人間って恐ろしい(?)と思いました。ホントに恐ろしいことなのか分かりませんが…。
イメージって勝手に膨らんでしまうのですね。
そして、実物はまた忘れ去られていくのです。

取り合えず僕の脳の中ではなくここに記憶として留めておきましょう。
目尻に皺がある。


また明日がありますね。

ところで明日っていつまであるの?


介助者っていうのが、僕にとってはここ数年来のテーマだったわけですけど、
一体彼らに何を期待していいのか、試行錯誤に経験してきて、
介助者だけ考えていたら済まなくなって、友達も恋人も考えなくてはならなくなって、
なんさ最近またひとつの転機が来ているような気がしているので、
これまでのことをちょっと書いておこうと思う。

友達というのがあって、恋人というのがあって、介助者っていうのがあって、
関係にはそれぞれ名前があるようなのですよ。この社会には。

それで、その名前によって関わり方がある程度決まってしまっているようなんですね。
それで、名前が決まってしまうとその関わりから出ることも結構大変だったりするようで。
それは、二人いるからってことも関わっているようで。

その二人が、今のところから次のところへ、たとえば、友達から恋人になるとき、
二人がその場所へ行きたいと思わなければ、了承しなければそれへはいけないわけのようなんです。

でも、その移る場所っていうのが結構見渡してみると選択肢が少なかったりすると思ったりして。
友達だったら、恋人・夫婦・?。あとなんかあるかなみたいな感じなわけで。

でも、二人は友達のままはイヤだとして、でも、恋人も夫婦も二人が了承することではないとして、
どうしたらいいのかなーとか考えたりして。

それなら勝手に自分たちの関係に名前つけちゃえばいいんじゃないのかなと。
関係に名前が付くということは、関わり方が決まるってことなんだけど、勝手に名前つけちゃうわけなので、
関わり方も勝手に決めちゃえるのではないかなと思ったりしているのだけど。
既成の関わり形にとらわれない形で出来るかなと。

あと、対面的にも名前が付いていると説明しやすいし、怪しまれなさそうかなとも思ったりして。


10:40pm
あした、らい病の国家賠償訴訟の初判決が熊本地裁であります。
らい予防法が廃止されたのが1996年でした。学生でした。
僕が、差別を学ぶ上で影響を受けたのが、部落差別であり、障害者差別であり、
そして、らい差別でした。
そんなときに、らい予防法が廃止されました。

人と人の関わりに強制的に介入する権力は許せません。絶対に。



やさくれて死ぬってかっこいいかな??


今日はなんか感情が高ぶってて、寂しさと悲しさの感情を司る神経が肥大して真っ赤になって濡れていて振動していて
全うに電話にでれそうにないので無視しました。
ごめんなさい。と謝ることじゃないけど、謝っておこう。安心するから。


会話の80パーはただおしゃべりのためにあるんだそうだ。

今日は書きすぎだー。




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